クラフトゲーマーは王国をクラフトする!   作:おんせんみかん

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4話 初めての戦闘とレベルアップ解放

 

 

意識が浮上した瞬間、体の奥底から力が湧き上がってくるのを感じた。

 

(スタミナ全回復。体力も……ほぼ満タンだ)

 

 ステータスを確認するまでもない。重りのようだった疲労感は嘘のように消え失せている。

 

 体力:98/100

 スタミナ:100/100

 

 眠りについたとき、空はまだ昼下がりの青さを残していたはずだ。だが今、木々の隙間から差し込むのは、傾きかけた夕陽の深いオレンジ色だった。

 

「ハルカ、大丈夫?」

 

 ルイが心配そうに俺の顔を覗き込む。その背後では、リファが周囲への警戒を解かずに焚き火の番を続けていた。

 

「ああ、ばっちりだ。完全に回復したよ。心配かけてごめん」

 

 俺はベッドから跳ね起き、軽く体を動かす。そのあまりに軽快な動きに、二人は驚きつつも安堵の息を吐いた。

 

「本当ね……顔色が全然違うわ。その能力、底が知れないわね」

 

 リファが感嘆の声を漏らす。組まれた膝の上で、隻腕の袖口が微かに揺れていた。

 

「ゲームのチート能力って言っただろ? 短時間の休憩で全回復。これこそが俺たちの命綱だ。さて、時間はあまりない。日が沈む前にシェルターを完成させるぞ」

 

 俺は石の斧を握り直し、先ほど中断したブナの巨木へと向き直った。

 

「ルイちゃん、リファ。二人には引き続き、焚き火の管理と枯れ葉集めを頼みたい」

 

「わかった!」

「ええ、任せて」

 

 再び斧を構える。全身に満ちるスタミナ。今度は休む必要はない。一気呵成に叩き切る。

 

「オラァッ!」

 

 ――ドゴォン!

 

 スタミナ残量など気にも留めず、俺は斧を振るった。七回で限界を迎えた先刻とは違う。八回、九回、十回――。幹が悲鳴を上げ、刃が深々と食い込んでいく。

 

 ――ギギギギ……バキィッ!!

 

 十一撃目。太いブナの巨木が轟音と共に傾き、地面を揺らして倒れ込んだ。土煙が舞い上がり、森の空気を震わせる。

 だが次の瞬間、その巨体は蜃気楼のように掻き消えた。

 あまりに唐突な消失に、リファとルイは目を白黒させて立ち尽くしている。

 

• [木材(大) を大量に獲得しました。]

 インベントリを確認すると、「木材(大)」のストックは15本を超えていた。

 思わず拳を握りしめる。

 

「よっしゃ! これで建材の材料は十分だ!」

 

 俺は軽い足取りで作業台へ向かい、脳内でクラフトメニューを展開した。

 

 木の土台 

 木材(大)×1 石(小)×2

 木の壁 

 木材(大)×1 石(小)×1

 木の窓壁 

 木材(大)×1

 

 ずらりと並ぶ建材シリーズ。

 土台を二つ、屋根を二つ、壁を三つに窓壁を二つ。最後に出入り口を作れば完成だ。

 いわゆる、クラフトゲームの基本構造体。

 

(長方形の豆腐ハウスは基本だよな)

 

 建設予定地は、リファが選定した湧き水のすぐそば。背後の巨大な岩壁が天然の防御壁となる絶好のポイントだ。

 

(そんじゃ、いっちょやりますか)

 

 俺はメニューを操作し、手際よく土台を設置していく。ポン、ポン、と軽快な音と共に虚空から構造物が現れ、その上に壁板が組み上がっていく。

 イメージするだけで窓の位置や形状を微調整できるのは便利だった。夜間の襲撃を想定し、窓はあえて腕一本が通る程度の狭いスリット状にする。

 最後に頑丈なドアを取り付け、屋根を被せれば――完了だ。

 ものの数分で、岩壁に寄り添うような木造のシェルターが出現した。

 飾り気のない、実用一点張りの豆腐ハウスだが、太い丸太が組み合わされた壁は頼もしい厚みを持っている。

 

「できた……!」

 

 リファとルイは、魔法のように現れた家を見上げ、言葉を失っていた。

 

「まるで、最初からそこに建っていたみたい……」

 

「すごいよハルカ! 村の家よりずっとおおきい!」

 

 リファが呆然と呟き、ルイは無邪気に跳ねて喜ぶ。

 

「さあ、まずは中へ。内装はこれからだけどな」

 

 俺は急いで焚き火台と簡易ベッドを回収し、シェルター内に再設置した。

 土台二つ分、およそ四メートル×八メートルの空間だ。俺が以前住んでいたワンルームよりも遥かに広い。ベッド二つと焚き火台、作業台を置いてもまだ余裕がある。

 外は急速に闇に沈み始めていた。森の木々が不気味なシルエットに変わり、川のせせらぎが冷たく寂しい響きを帯びる。

 不意に、遠くから遠吠えが響いた。

 肌にまとわりつく空気が、明確に変わる。『夜』が来たのだ。

 俺はスリット状の窓から外を窺う。風の音に混じり、何かの唸り声が微かに聞こえてくる。

 

「ハルカ、あれが……」

 

 ルイが震える声で尋ねる。俺は彼女の小さな肩に手を置いた。

 

「大丈夫だ。壁はあるし、火もある。水も確保した。もう怖いものはない」

 

 俺はシェルターの扉をしっかりと閉ざし、カンヌキを掛けた。

 焚き火の炎が室内を暖かく照らし出し、揺らぐ影を作る。壁の断熱効果のおかげか、外気とは比べ物にならないほど暖かい。

 

「ルイちゃん、リファ。今晩はここで、魔の森の最初の夜を乗り切る。明日の朝になれば、西へ抜ける準備を始めよう」

 

 リファは俺が渡した水を一口飲み、強く頷いた。

 

「ええ。ありがとう、ハルカ。……本当に、心から感謝しているわ」

 

 彼女の瞳にあった警戒の色は、今、確かな信頼へと変わっていた。

 夜の帳が完全に下りた。

 森は不気味な唸り声と、夜行性の獣たちの気配に包まれている。

 

(ゴブリンか、夜オオカミか。来るなら来い。俺にはクラフトがある。そして……)

 

 俺は壁に立てかけた一本の槍を見やった。

 夜襲に備えて作っておいた「石の槍」。焚き火に照らされ、鋭利な石の刃先が頼もしく見える。

 

「さあ、最初の夜だ。絶対、守り抜いてやる」

 

 俺はベッドで身を寄せ合って横になる二人を見守りながら、槍を手元に引き寄せ、火の番についた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 夜の闇は墨を流したように濃く、森全体を覆い尽くしていた。

 シェルターの中は快適だ。クラフトで作った焚き火は煙を出さず、室温も適温に保たれている。

 だが、俺の心臓は早鐘を打ち続けていた。外から響く物音が、神経を逆撫でする。

 ルイは疲労からか深い眠りについているが、リファは時折不安そうに目を開け、扉の方を見つめていた。

 

「ハルカ……大丈夫かしら」

 

「ああ。背後は岩壁だし、この壁の強度は相当なもんだ。大物が来ない限り、建物が守ってくれる。万が一の時も、対策は考えてある」

 

 俺は石の槍を構え、立ち上がった。

 柄の感触が手に馴染む。作ったばかりのデータ上のアイテムなはずなのに、妙な実在感があった。

 どれほどの時間が過ぎただろうか。

 微かに聞こえていた唸り声が、突如として明瞭になった。

 

 ガサ、ガサガサ……。

 

 草を分け入る音。複数の足音。獲物を狙う、飢えた獣の気配。

 

「……来たぞ」

 

 俺の小声に、リファが息を呑む。

 

 ――グォ……グゥゥ……

 

 扉のすぐ向こう側から、低い唸り声。獣ではない。明らかに喉を使って発せられる、知性を持った何者かの声だ。

 

 ――ドンッ!

 

 突然、扉に何かがぶつかる鈍い音が響いた。板が軋み、パラパラと埃が舞う。

 

「キャッ!」

 

「ルイちゃん、大丈夫だ! 動くな!」

 

 跳ね起きたルイを制し、俺は窓の隙間から外を覗いた。

 暗闇の中、赤く光る目玉がいくつも並んでいる。

 松明の明かりに浮かび上がったのは、緑の肌に鋭い爪、醜悪に歪んだ小人の顔。手には粗末な棍棒や石斧が握られている。

(こいつらがゴブリン……! 三体もいやがる!)

 奴らは建物を警戒しつつも、中から漂う人間の匂いに興奮しているようだ。

 

 ――ドンドン! ガッ、ガッ!

 

 激しい衝撃が続き、壁が削れる音がする。

 俺は壁に意識を集中させた。視界に浮かぶ耐久ゲージが、五分の一ほど削れているのが見える。

 

(道具を使ってくるのかよ……!)

 

 俺は壁に手を付き、無心で念じた。

 

(直れ、直れ、直れ!!)

 

 インベントリ内の「木材(小)」が消費され、耐久ゲージがみるみる回復していく。

 破壊と再生のいたちごっこ。だが、このままではこちらの資材が尽きるのが先だ。

 

「リファ、ルイちゃん。反撃する! 少しだけ耳を塞いでてくれ!」

 

 俺は槍を構え、小窓を一気に全開にした。

 漏れ出した光に反応し、ゴブリンたちが一斉にこちらを向く。

 その瞬間を待っていた。

 

 穴から醜悪な顔が覗き込んだ刹那――。

 

「ウォラアアアアッ!」

 

 力加減など忘れた全力の突きを放つ。

 穂先が何かにめり込む感触。骨を砕き、肉を裂く、生々しい抵抗感。

 

 ――グヂュッ。

 

 槍がゴブリンの眼窩を貫き、脳を破壊した手応えが腕に伝わる。

 即死したゴブリンが痙攣し、その振動が槍を通じて俺の体を揺さぶる。

 

「キィッ!?」

 

 仲間の死に、残りのゴブリンが一瞬動きを止めた。

 その隙を見逃すほど、俺も甘くはない――いや、恐怖が俺を動かした。

 

「うおぉぉおおおぉぉおぉ!」

 

 俺は扉を蹴り開け、外へと飛び出した。

 呆然としている二体目の胸板に槍を突き刺す。引き抜く暇などない。俺は槍から手を離し、インベントリから石のツルハシを呼び出した。

 振り向きざま、最後の一体の脳天めがけて叩きつける。

 

 ガシャッ――。

 

 頭蓋が潰れる、水風船が割れるような嫌な音が響いた。

 

「――ぎぃぃ……ぎぃぃぃぃ……」

 

 槍に貫かれたゴブリンがまだ地面でのたうち回っている。

 俺はツルハシを振り上げ、無我夢中で、動いているそれが動かなくなるまで叩きつけた。

 緑色の血が飛び散り、俺の顔や服を汚す。

 やがて、辺りには静寂だけが残った。

 初めて生物を殺した実感が、遅れて、重くのしかかってくる。

 膝から力が抜け、ストンとその場に崩れ落ちた。

 

「あれ? スタミナ切れ? ……バグか?」

 

 足に全く力が入らない。震えが止まらない。俺は訳のわからない言い訳を口にしながら、自分の手を見つめた。

 

・[ゴブリンを撃破しました。経験値+150を獲得]

・[サバイバルチュートリアル完了。レベルアップ機能が解放されました]

 

 無機質なシステムメッセージが脳内に流れる。

 目の前には凄惨な死体があるのに、頭の中ではファンファーレのような達成通知。その落差に、吐き気がこみ上げる。

 

「ヒッ……!」

 

 喉から小さな悲鳴が漏れた。

 その直後、温かい体温が背中に触れた。

 

「大丈夫!? 怪我はない? とりあえず立って! 血の匂いは他の魔物を呼ぶわ! ほら、立って!」

 

 背後からリファが俺の体を抱きすくめていた。片腕で俺の襟首を掴み、必死に引きずり起こそうとする。

 彼女の声には、俺のような混乱はない。生き残るための必死な意思があった。

 俺は人形のように引きずられ、ほうほうの体で小屋の中へと転がり込んだ。

 

「ルイ、扉を閉めて! 早くっ!」

 

「う、うん!」

 

 ベッドの上で震えていたルイが弾かれたように動き、扉を叩きつけるように閉め、カンヌキを落とした。

 再び、静寂が戻る。

 

「ハルカ! 聞こえてる? お水を出して!」

 

「水……? ああ、えっとボタンは……あれ? インベントリが……」

 

 視界がチカチカする。UIが開けない。

 

「ハルカ! しっかりして! こっちを見て! 水を出すの!」

 

 リファの悲鳴のような叱咤。頬を軽く叩かれる感触。

 ハッとして顔を上げると、リファの必死な瞳と目が合った。彼女の熱に当てられ、俺の意識が現実へと引き戻される。

 

「……あ、ああ。わかった」

 

 俺は震える指で操作し、瓶に入った水を取り出した。

 

「ほら、手を出して! 全く……無茶をして……っ!」

 

 リファが俺の手を取り、水をかける。

 冷たい水とともに、緑色の粘液――ゴブリンの血が洗い流されていく。

 

「あ、あ。すまん! 少しボーッとしてた。もう大丈夫。大丈夫だ!」

 

 俺は暴れ回る心臓を無理やり押さえつけ、大きく深呼吸をした。

 ようやく、自分が生きているという実感が戻ってくる。

 

「すまん。助かったよ、リファ。もう大丈夫だ」

 

 自分に言い聞かせるように呟き、新しい水瓶を取り出して一気に煽る。

 干からびた喉に水が染み渡り、無味のはずの水が甘露のように感じられた。

 

「本当に平気なの? どこも怪我はしていない?」

 

「ああ、心配かけた。これは全部あいつらの返り血だよ」

 

 そう言って、へらりと笑ってみせる。服にべっとりとついた緑色の染みを見せつけると、強烈な鉄錆と腐臭が鼻をつき、胃液がせり上がってきた。

 俺はそれを必死に飲み込む。

 

「まだ、動いちゃダメよ!」

 

「いや、ダメだ。外の武器と死体を回収しないと。臭いで他の獣が寄ってくる」

 

 地面の硬さを確かめるように、意識して足に力を込め、立ち上がる。

 笑顔を作ろうとしたが、頬が引きつっているのが自分でもわかった。

 

「……わかったわ。私は窓から外を見張る。ルイ、あなたは万が一に備えて扉の前で待機して」

 

 リファは俺の強がりを察したのか、小さく溜息をつきつつも指示に従ってくれた。

 

 外に出る。

 

 夜風に混じる死臭。俺は呼吸を止め、物言わぬ肉塊と、それに突き刺さったままの自分の武器に触れた。

 インベントリに収納されると、生々しい死体は一瞬でデータとなり、この世から消え失せる。

 そのあっけなさに、今の殺し合いが幻だったかのような錯覚を覚えるが、手に残る感触だけは消えてくれない。

 

「……ハルカ?」

 

 扉の隙間から、リファが不安そうな顔を覗かせた。

 

「ありがとう。中に戻るよ」

 

 俺は小屋に戻り、扉を閉ざした。

 安全は確保された。だが、室内の空気は先ほどよりも重い。

 ルイは姉に抱きつき、小刻みに震えている。

 

「ごめん、怖かったな。でも、もう大丈夫だ」

 

 俺はルイに瓶の水と、残っていた焼いたキノコを渡した。

 

「リファ、この夜襲は……ある意味、良い教訓になったかもしれない」

 

「教訓……?」

 

「ああ。この世界がどれだけ危険か、そして俺がどれだけ甘かったか、教えてくれた」

 

 未だに微かに震える自分の掌を見つめる。

 ゲーム感覚でいた。ボタン一つで敵を倒すのと、肉の感触を感じながら命を奪うことの違い。その重みが、嫌というほど指先に残っている。

 

「ごめんなさい。私たちは足手まといよね? 守られるだけで、何もできなくて……」

 

 リファが俯き、唇を噛む。

 

「何を言うんだ。俺の方こそ助けられた。さっき、リファが俺を引き戻してくれなかったら……俺は腰を抜かしたまま、次の魔物の餌になっていたかもしれない。ありがとう」

 

 本心だった。彼女の叱咤がなければ、俺は「システム」と「現実」の狭間で壊れていたかもしれない。

 

「卑怯だわ……お礼なんて言われたら、もう謝れないじゃない……」

 

「あはは、それじゃあ、リファもありがとうをくれよ。そっちの方がやる気が出る」

 

 俺の軽口に、リファもようやく小さく笑みをこぼした。

 

「ハルカ! 大好き! ありがとーー!」

 

 横からルイが飛びついてきて、俺の腰にしがみついた。

 俺とリファは顔を見合わせ、声を上げて笑った。

 ようやくしっかりとした笑みを形作れた気がする。

 

「ありがとう、ハルカ。……頼りにしているわ」

 

「おう! 大いに頼りにしてくれ」

 

 単純な言葉だが、二人の笑顔が俺の心の冷たい部分を溶かしていくようだった。

 俺はこの世界で生きていく。その覚悟の杭が、改めて深く打ち込まれた気がした。

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