活気に満ちた大通りを歩きながら、俺は内心で深い落胆を覚えていた。
ゲームのような美しい街並みを想像していたが、現実はもっと雑多で、汚れていて、生々しい。路地裏からは腐臭が漂い、行き交う人々の目はどこかギラついている。隙あらば他人を食い物にしようという気配が濃厚だ。
「じゃあハルカ、また後でね」
「ああ、夕方にこの広場の噴水前で」
リファとルイは、叔父が経営するという宿屋「踊る亭」へ向かった。
俺はと言えば、まずは手持ちの武器を金に変えるため、武具店が並ぶ区画へと足を運んだ。
一軒の、そこそこ大きな店構えの武具屋に入る。
「いらっしゃい。何の用だ?」
カウンターの奥から、片眼鏡をかけた太った店主が面倒臭そうに声をかけてきた。
俺は背負った布包みから鉄の剣を一振り取り出し、カウンターに置いた。
「これを買い取って欲しい」
店主は最初、鼻で笑うような態度だった。だが、剣を見た瞬間、片眼鏡の奥の目が光った。
震える手で剣を持ち上げ、光にかざし、小さい木のハンマーで叩く。
キィィン……と、澄み渡る音が店内に響いた。
「……
店主の独り言を聞き逃さなかった俺は、これなら高値がつくと確信した。
だが、次に店主の口から出た言葉は耳を疑うものだった。
「……銀貨3枚だな」
「は?」
俺は思わず聞き返した。
入街税だけで銀貨1枚だ。現代技術レベルの純度100%の鉄剣が、入場料の三倍だと? ふざけている。
「おいおい、冗談だろ? 店に並んでる青銅や不純物だらけの鉄剣でも、銀貨10枚はしてるぞ」
「はん! それは『正規の組合員』が打った剣だ。どこの馬の骨とも知れねぇ田舎もんが持ち込んだ剣なんざ、盗品の可能性もある。買い取ってやるだけありがたいと思え」
店主はニタリと下卑た笑みを浮かべた。
足元を見られている。俺が身分証を持たない余所者だと見抜いて、買い叩くつもりだ。
「……そうか。なら売らない」
俺が剣を掴み、再び布に包もうとすると、店主が慌てて身を乗り出した。
「ま、待て待て! なら銀貨5枚……いや、特別に銀貨30枚出してやる!」
「信用できない相手とは取引しないことにしてるんだ」
俺は吐き捨てるように言って店を出た。
背後で店主が「衛兵を呼ぶぞ!」などと喚いていたが、無視して雑踏に紛れる。
その後、数軒回ったが、結果は似たようなものだった。
余所者、身分証なし、そして高品質すぎる品物。誰もが俺を「カモ」か「厄介事の種」としてしか見ていない。
「……クソだな、この街は」
俺は路地裏で、偽装のために持っていた荷物を手早くインベントリに収納した。
街を回って得たのは、街の腐敗具合を知ったことと、路地裏の怪しげな露店で鉄のナイフ一本を相場の半値ほどで売り払い、当面の宿代と食費程度の銀貨を手に入れたことだけだった。
日が傾きかけた頃、俺は約束の場所ではなく、リファたちが向かった宿屋「踊る亭」へ直接向かうことにした。
嫌な予感がしたからだ。
貧民街に近い区画にあるその宿屋は、塗装が剥げ落ち、薄暗い雰囲気を漂わせていた。
中に入ると、酒の腐ったような匂いが鼻をつく。客はおらず、カウンターに強面の男が一人座っていた。
「部屋なら満室だ」
「いや、今日ここに来たはずの姉妹を探している。リファとルイというんだが」
「あぁ? 知らねぇな」
男は目を逸らして答えた。
嘘だ。視線の動き、それにカウンターの隅──ルイにあげた木製の人形が転がっている。俺が暇つぶしにクラフトしてやったものだ。
俺の中で警鐘が鳴り響く。
無言で手の中に鉄のナイフを出すと、男の手を掴んで、そのまま手をカウンターに縫い付けた。
「……思い出したか?」
悲鳴を上げようとした男の顔面を殴り、無理やり黙らせる。そのままインベントリから石を取り出し、大きく開いた口の中にねじ込んだ。
──バグンッ!
石が大きすぎたのか、顎の外れる嫌な音がした。
「もう一度だけ聞いてやる……二人をどこへやった?」
男は目に怯えを宿し、無傷の方の手で震えながら一つの扉を指差した。
俺はその扉を睨みつけると、もう二度と使うことはないだろうと思っていた石の斧を取り出し、男の頭を殴って気絶させた。
男が示した扉の先には、地下へと続く階段があった。
降りていくと、怒鳴り声と子供の泣き声が聞こえてくる。
「ふざけるな! 片腕のない役立たずとガキ一人だぞ!? これまでの借金も返せねぇじゃねぇか!」
「そ、そんな……お父さんが死んで、家も畑も全部村に……! お願い、ガンツ叔父さん、ここしか頼るところがないの!」
「知ったことか! 兄貴が死んだのは自業自得だ! ……おい、こいつらを裏口から運び出せ。ガキの方は『教育』すれば高値がつく。片腕の方は……まあ、場末の娼館なら買い取るだろ」
頭の中で、何かが切れる音がした。
俺は勢いよく扉を蹴り破った。
──バァンッ!!
「なっ、誰だテメェは!?」
部屋の中には、小太りで脂ぎった男──ガンツと、柄の悪い男たちが三人。そして部屋の隅で抱き合って震えるリファとルイがいた。
「ハルカ!!」
「ハルカぁ!!」
二人が駆け寄ろうとするが、男の一人が立ちはだかる。
「おいおい、どこから入ってきやがった。ここは関係者以外立ち入り禁止……」
俺は問答無用で、インベントリから鉄の槍を取り出すと、男の足元へ突き刺した。
石床が砕け、男が悲鳴を上げて尻餅をつく。
「ひっ!?」
「死にたくないならどけ!」
俺の声は、自分でも驚くほど冷え切っていた。
「て、テメェ! 衛兵! 誰か衛兵を呼べ! 強盗だ!」
ガンツが叫ぶと、地下の別の部屋から、さらに二人の男たちが雪崩れ込んできた。衛兵ではない。明らかに裏社会の人間──人攫いか、用心棒の類だ。
「ちっ……数が多いな」
この狭い地下室で、ルイたちを守りながら戦うのは分が悪い。
俺は即座に決断した。
「リファ、ルイ! 階段を上がれ!」
二人を背後に庇いつつ、俺は脳内でインベントリの操作画面を展開する。
狙うのは男たちではない。この「環境」だ。
「やっちまえ!」
男たちが剣や棍棒を振り上げて襲いかかってきた、その瞬間。
俺は手を前に突き出した。
【クラフト設置:石の壁】
ズゴゴゴゴゴッ!!
俺たちと男たちの間に、突如として分厚い石の壁がせり上がった。
迫っていた男たちが「うおっ!?」と声を上げて止まる。壁は天井まで達し、部屋を完全に分断した。
「な、なんだこれは!? 魔法か!?」
壁の向こうから、狼狽する声だけが聞こえてくる。
「急げ! 出口はこっちだ!」
俺は呆然としているリファとルイの手を引き、蹴り破った扉から一階へと駆け上がった。
しかし、表の通りにもすでに異変が起きていた。
宿屋の入り口には、通報を受けたのか、それともガンツとグルなのか、槍を持った衛兵たちが集まってきていたのだ。
地下に別の階段があったのか、いつの間にか外へ回ったガンツが大声を上げる。
「あの男だ! 俺の店を襲って、姪たちを誘拐しようとしたんだ! 捕まえてくれ!」
嘘八百を並べ立てやがる。だが、この街では金を持っている奴、コネがある奴の言葉が「正義」なのだ。
衛兵たちが殺気立ってこちらへ向かってくる。
その中に見知った顔が混じっていた。門のところでナイフを渡した門兵だった。
その瞳は欲に濁った目をしていた。
(衛兵が早かったのはそういうわけかよ!)
街の腐敗度に吐き気すら覚える。
「……ハルカ、私をおいて逃げて……! このままじゃ、あなたが……」
リファが青ざめた顔で俺の袖を引く。
俺はその手を強く握り返した。
「ふざけるな! ここまで来て見捨てられるかよ!」
俺はインベントリから大量の「石ころ」を取り出した。
「くらえッ!」
ただ投げるのではない。インベントリから放出される勢いを利用し、散弾のようにばら撒く。
バラバラバラッ! と石の雨が衛兵たちに降り注ぐ。
「ぐわっ!」
「なんだ!?」
彼らが怯んだ隙に、俺たちは路地裏へと飛び込んだ。
だが、街の構造を知らない俺たちは、徐々に追い詰められていく。
前方からも追手が現れ、挟み撃ちの形になった。
「終わりだ! 大人しく……」
門兵がニヤリと笑う。
俺は路地の狭さを確認し、ニヤリと笑い返した。
「ああ、終わりだ。お前らの道がな!」
【クラフト設置:鉄のスパイク】
前方と後方の路地に、刺々しい木のバリケードが一瞬で出現する。
しかも今回は、対オーク用に鉄のインゴットを消費して先端を強化した、特別製だ。
勢いよく走ってきていた男たちが、突然現れたスパイクで止まれるわけがない。
「ぎゃあああッ!」
「なんだこれ! 刺さる、痛てぇ!」
勢いよく突っ込んできた先頭の数人が串刺しになり、後続が慌てて止まる。
狭い路地は完全に封鎖された。
「今のうちに走るぞ! 壁を越える!」
俺は近くにあった木箱や樽をインベントリに収納し、即座に階段状に積み上げた。
まるでパズルゲームのように足場を作り、建物の屋根へと駆け上がる。
「きゃっ!」
「──ッ」
二人を抱えて屋根の上を走り、街の外壁を目指す。
下からは罵声と怒号が聞こえるが、屋根の上までは追ってこれない。
離れた場所に見える城壁に向かって屋根伝いに走る。
その途中に外壁へ続く階段を見つけると、無我夢中で登った。なんとか壁の上までたどり着くと、俺は躊躇なく外の堀へと向かって、繊維で作っておいたロープを垂らした。
「降りるぞ! しっかり捕まってろ!」
摩擦で手が焼けるのも構わず、俺たちは一気に壁を滑り降りる。
地面に着地した瞬間、転がるようにして森の方向へと走った。
背後で、城壁の上から矢が数本放たれたが、夜の闇に紛れた俺たちには届かなかった。
息が切れ、肺が焼け付くほど走った。
森の木々が深くなり、足元の道が獣道に変わっても、俺たちは止まらなかった。
あの不快な街の灯りが見えなくなるまで。
あの腐った人間たちの匂いがしなくなるまで。
──数時間後。
森から1キロほど入ったあたり。開けた場所に辿り着くと、俺は必死に這うように壁とスパイクを設置し、なんとか『ポータブル要塞』を構築した。その場に大の字になって倒れ込む。
リファとルイも、泥だらけになって座り込んでいた。
静かだ。
聞こえるのは虫の声と、風が木々を揺らす音だけ。
たまに遠くで魔物の遠吠えが聞こえるが、あの街の喧騒に比べれば、子守唄のようにすら感じる。
「……あは、あはははは!」
不意に、乾いた笑いが込み上げてきた。
「ハルカ?」
「いや……ひどい目にあったなと思ってさ。まさか、魔物より人間の方が怖いなんてな」
俺の言葉に、リファは悲しげに目を伏せ、それからポツリと言った。
「ごめんなさい。私のせいで……ハルカは街で暮らせたはずなのに……」
「またその話か。いい加減にしてくれよ」
俺は上半身を起こし、真剣な目でリファを見た。
「俺が選んだんだ。あんな胸糞悪い街で、リファとルイを見捨てて得る平穏なんて、死んでも御免だ。……それに」
俺は夜の森を見渡した。
暗くて、危険で、不便な森。
だが、ここには俺の『力』があり、自由がある。
「俺にはこっちの方が合ってるみたいだ。家もある、飯もある、風呂だって作れる。……文句あるか?」
俺がおどけて見せると、リファの瞳から涙が溢れ出した。
「……ううん。ないわ。……ありがとう、ハルカ。本当に……ありがとう」
「ハルカぁ〜! こわかったよぉ〜!」
ルイが泣きじゃくりながら胸に飛び込んでくる。
俺は二人を抱きしめながら、夜空を見上げた。
満天の星空が広がっている。街の明かりに邪魔されない、綺麗な星空だ。
「さて、今日は休んで、明日には俺たちの家に帰ろう」
「ええ、手伝うわ。なんでも言って」
「ルイも! ルイもやる!」
こうして、俺たちの短い街への旅は終わった。
夢見た文明社会は幻想だった。
これからは、この森が俺たちの住処だ。誰にも邪魔させない、俺たちだけの楽園を作る。
そう思いながら、俺は気を失うように眠りについた。
[ステータス]
• 体力 30/120(回復中)
• スタミナ 5/125(回復中)
[システムメッセージ]
• 人間を殺した。 経験値200
• レベルが上がりました。3→4
• 初めての殺人。 経験値250
• 称号:[人殺し]を獲得しました。
(効果:ストレス耐性UP・大)
• 人間を殺した。 経験値200
• 人間を殺した。 経験値200
• 人間(戦士)を殺した。 経験値500
• レベルが上がりました。4→5
• 称号:[殺人鬼]を獲得しました。
(効果:体力UP +20 / スタミナUP +20)
• 称号: 『街のお尋ね者』を獲得しました。
(効果:隠密スキル取得 / 移動速度UP)