しゅぽー、しゅぽー。力なく壁にもたれかかり、雨音に混じれど聞こえる独特な音を立てながら口から煙を吐き出す。状況を分析しよう。高機動戦闘ユニット、《飛翔騎兵》を装備しているオレの手には大型のレールガン。そして積載していた予備兵装はサブアームごと消し飛び腰のラックに収めていたビームブレード一本のみに。無事な装備はそれだけで、纏う外装は左側が主に損傷。左腕は薄いアンダースーツだけが保護、二対4枚だったウィングは左側が消し飛んでいる。
『エース、今向かってる。今は待機して救援を待って』
仲間からの声が、なんだか遠い。いつもは小言がうるさい彼女も、今この場においては言の葉に幾ばくかの不安が入り混じっているように聞こえる。
「……ごめんな、クイーン。それは無理だ」
通信をミュート。タバコを投げ捨て、屋根のあるだけの廃墟から無事なスラスターを吹かして飛び立つ。姿勢制御もままならないが、今はそれでも問題ない。
敵機信号を確認、識別は《アンノウン》。《帝国軍》の最新騎兵であろうものが一騎、こちらに向かってきている。まだ目視はできないが、レーダーを頼りにレールガンを構える。
「墜としてくれよ……! 」
射程内に入るまで、3、2、1……
『SLAYER スタンバイ』
「やればいいんだろ、やれば! 」
まずは敵機の軌道を予測システムで割り出す。レールガンの強みは実弾にしては圧倒的な弾速。こちらの手が割れてない状況であれば一撃は叩き込めるだろう、と期待してトリガーを引いた。
「……チッ、センサーが逝ってやがる」
だが、頭部のセンサーユニット内部にダメージを受けていたようで、予測演算システムそのものが役に立たず、その上スレイヤー起動中はマニュアルエイムに切り替えることもできない。なら超高機動を活かしての接近戦しかないか。……これは、今日こそ死ねそうだ。
「つ、ぅ……! 」
痛覚は鈍っていても、かかるGによるブラックアウトは逃れられない。だが、スレイヤーの無理やりな補正によりむしろ視界はクリア。
数秒も経たぬ間にロングレンジからミドルレンジまで彼我の距離は縮み、敵機の有効射程内に入ったのかライフル弾が飛来する。弾道予測が視界に映り、スレイヤーがそれを元に回避軌道を取ろうとするが、センサーがやられているので当然被弾、ただでさえおぼつかない姿勢がより一層不安定になる。それを持ち直すと同時に、こちらの最高速度から軌道を割り出している敵機のシステムに不正確な算出をさせるためにスレイヤーが一段と出力を上げる。
「……っ、センサーがやられてる。このままじゃろくな結末にならない。スレイヤーの停止を頼みたい」
そう、《ジョーカー》に提案するが応答はない。話にならねぇ、いっそこのまま撃墜されるか。スレイヤーが照準を合わせようと右へ左へマーカーを動かすが、捉えきれずショートレンジ戦にもつれ込む。相手は空いている腕に炎熱斧を展開。こちらもレールガンを投げ捨て、腰に付けられているビームブレードを抜刀。刀身を稲妻が迸るほどの出力で展開する。
光剣と熱斧が打ち合うと、アンダースーツ越しに熱が伝わってくる。おいおい、スレイヤー。急がないと生体部品が持たねぇぞ? なんて、余裕を醸し出していた、のに。──いやだ、死にたくない。心の奥で、そう
「……はぁ」
押しつぶした過去の幻影。それがまだ、深層で根を張っている。仕方がない。今回だけ、今回だけは生き延びてやろう。
荒ぶるスレイヤーを制御する。と、言ってもオレが出来るのはそれとなく身体を動かして道筋を示すくらい。
炉心の限界まで高めた出力で、ブーストキックを放ち敵機を吹き飛ばす。
だが相手は最新鋭機。流石の姿勢安定性ですぐさま持ち直し、接近戦ではなく射撃で待ち、こちらのエネルギー切れを狙っているようだ。そうはさせない。
「ギリギリまで持ってけ……! 」
上げる。出せる限りの出力でバレルロールし、弾を右側で受けるようにしながら短い距離を詰め、ブレードを構える。
圧倒的な速度。それを乗せた全力の突きで、生体ユニットが収容されているであろう部分をぶち抜く。
一瞬の痙攣、その後脱力したのを見て刀身の展開を終える。それと同時にスレイヤーも沈黙。今まで馬鹿げた出力で無理やり動かしていた上に、片翼になり排熱も上手くいっていなかったことで熱暴走の危険から機体が強制停止、ブレードも手から離れ、落下していく。
「エース! 」
ぐい、と、右手を掴まれゆっくりと地上に降り立つ。もはや重いだけとなった装甲のせいで立っていることはできないが、片膝を立ててオレを助けた人物と目を合わせる。
「さんきゅー、クイーン」
「……また、単独撃破ですか。それで? 死ねそうでしたか? 」
皮肉交じりに非難してくるのは《クイーン》。同じ部隊に所属している、妹みたいな存在だ。
「悪いクセなのはわかってるさ。だけど、お前たちまでスレイヤーの餌食にするわけにはいかない」
『それってぇ、心配してくれてるってことぉ? ワタシ、嬉しいなぁ』
クイーンの通信機越しに《ジャック》からも通信が入る。皆、所属している実験部隊《ストレート》のメンバーである。
「ひとまず、帰還しましょう。《キャリアー》は呼びました。⋯⋯あのクズもどうせ暇そうにしているでしょうから、さっさと顔を見せに行きますよ」
プロペラ音を響かせながら輸送機、キャリアーが近くに着陸する。クイーンに支えられながら搭乗し、オレは1番ハンガー、クイーンは3番ハンガーで飛翔騎兵の装着を解除する。ウチで一番騒がしいやつはとっくに休息を取っているようだ。
戦況は芳しくない。驚異的な技術力から次々投入される新型、圧倒的な兵の練度、そしてその物量。《オルタス帝国》はこの戦争に油断も余念もなく、掲げているのは『圧勝』。オレたち《カエリオン連合》は敗走を続け、国土もじわじわと奪われている。
「おかえりぃ〜。今回もボロボロだねぇ、エース? 」
ロッカールームに移動すると、末っ子、ジャックが送風機の前に陣取り、振り返ることもせずこちらに声をかけてきた。
「ま、勝ってるから良いけどさぁ〜。もっと損耗を減らせないのぉ? 」
「あー⋯⋯ま、勝ってるからいいだろ? 」
「それでは予算が持ちません。⋯⋯まあそれもこれも、ジョーカーのせいなんですが」
ドアが開き、クイーンがそう言いながら入ってくる。
「早く辞めてくれないかなぁ、あいつ」
「せめてオペレーターとしての役割くらいは果たしてくれよ⋯⋯高望みかな⋯⋯」
「そうであっては行けないと思うんですが」
三人揃ってため息。うちの癌細胞をどうにかしたいところなんだが、兵器でしかないオレたちに執刀の許可は下りていない。毎日のように出撃し、死人のようになって帰ってくる。生まれたときから戦うのは決まっていた、とはいえ他の部隊はまだマシな待遇を受けている。オレたちの出した転属届はあいつが破り捨てているし⋯⋯どうしたものか。
「⋯⋯はぁ、ちょっと吸ってくるわ」
「ほどほどにしてくださいね」
「いってらー」
乱雑にものが詰め込まれたロッカーから、煙草とライターを探し出し、ハンガーに向かう。今や煙草も貴重品だ。前線にいる兵士にはなかなか行き渡らない。オレは配給される娯楽品や金をどうにかやりくりして手に入れているが、喫煙仲間は渋々禁煙という形をとっているやつも少なくない。
さて、それは置いといて。火を点け、吸い込む。
「⋯⋯なぁ、キング」
2番ハンガーに捨て置かれた、残骸としか形容できないものに語りかける。
「クソッタレなジョーカー⋯⋯それはずっとそうか。タバコも手に入らねぇし、上は損耗にうるせぇ。戦況も悪くなる一方だ。市民の生活にも、本格的に支障が出そうになってきてる。スレイヤーはずっと爆弾として居座り続けてるし、アホみたいに帝国は新型を投入してきやがる。誰も彼も、絶望の淵に立たされてる。
やっぱり、さ。
お前が、それでもと言ったこの世界は、俺には歪にしか見えねぇよ」
返事はない、当然。その様を見届けるのは、立ちのぼる紫煙だけなのだから。
◆◆◆◆
──敵飛翔騎兵、識別名アンノウン改め《黒翼》の編隊が接近中。数は不明。迎撃に上がれ。
そう指令が下り、キャリアーで防衛線まで輸送されて、しばらく。正面に、いる。
黒い塊。《ウィングユニット》につけられたバカみたいな数の推進器。搭乗者たる《バイオユニット》が接続されているであろう部位は、頑強な装甲に覆われ、光熱兵器でないと突破は難しいだろう。
喉が乾く。アンダースーツにはタバコの匂いが染みついている。いや、もうとっくに、これはオレの匂いだ。
『エース、迎撃可能圏。撃てる』
通信が割り込んでくる。声はクイーン。かすれ気味。いつもより余裕がない。たぶん、眠れてない。
「了解。じゃ、オレは三秒後に突っ込むわ。前衛を叩く、クイーンは前衛以外を捕捉次第狙撃、ジャックはクイーンが足を止めた奴を頼む」
『突っ込むなって言っているでしょう⋯⋯! 』
『エース、話聞いてるぅ? 』
「ま、お叱りは後で受けるさ」
一瞬、体の奥が、囁く。
──ほんとは、怖いくせに。
「⋯⋯うっせ」
『SLAYER スタンバイ』
視界が白く伸び、機体が悲鳴を上げる。前方の黒翼が回避行動に入った。こっちの動きを先読みしたように。
「⋯⋯ったく、どんなコンピューター積んでんだよ! 」
新品のレールガンはまだ届いていない上、排熱の核たるウィングユニット以外は板を張り付けただけの突貫修理。整備班からは被弾を控えろとの申し付けがあった。⋯⋯戦場でそれは無理じゃねぇかな。
備品庫から引っ張り出した旧式のジャミング弾ランチャーを構える。スレイヤー1型の出力であれば射程距離に詰めるまでさほど時間はかからない。飛んでくる迎撃射撃を、右へ左へと動き、時には無事な《アーマーユニット》で受けながら、黒翼の腹部に照準が吸い付いた瞬間、
「こいつを喰らいなぁ! 」
敵機の照準をダウンさせる。即座にゼロレンジへ。ビームブレードを抜刀し、バイオユニットをぶち抜く。
「次だ、次! 」
帝国のドクトリンで言えば、部隊は前衛1、中衛2、後衛1。一気に叩く──!
◆◆◆◆
戦闘終了まで、さらに七機落とした。クイーンは四機、ジャックは五機。
全員損傷は軽微。ま、だから何だって話だ。
勝った、とは思えない。ただ、生き残っただけ。そのくせ心臓は、さっきまで死にたがっていたように暴れ続けている。
ハンガーに下ろした機体を見ていた整備兵から声をかけられる。
「エース中尉。バイオユニットの接続部分、もう限界超えてます。⋯⋯無理させてますよね。そろそろ交換したいところですが」
「ま、オレも限界超えてるし、おあいこだ。部品が余ってたら頼むわ。オレよりクイーンとジャックを優先してやって」
なんとなく笑ってみたら、相手が困った顔をした。笑い方を間違えたらしい。
アンダースーツを脱ぎ、喫煙所に入る。火をつけた瞬間、肺が熱くなる。落ち着く、というより生きてる自覚が出るってだけだ。
ふと、ここにキングがいない、そう思う。部隊長、年長者、戦死してから、2週間。いつもなら、火をつけた瞬間に、背後で笑ってる気配がするのに。
胸がきゅっと縮む。もう、いないのは分かってる。だけど、分かりたくない。
「⋯⋯クソ、オレもあの時、死んでればな」
吐き出した煙が、天井に吸い込まれて消えていく。指が震えている。落ち着くまで数本吸って、ようやくマシになる。
そのとき、背後から声がした。
「エース中尉。喫煙量を記録しても? 」
振り向くと、知らない顔がいた。見るからにインテリ男。メガネをかける、いかにも堅苦しそうな人間。
「⋯⋯へぇ、後方から来るって話は本当だったのな」
「本日着任した。ストレート部隊、指揮補佐のジョーカーだ」
彼は少しだけ目を細めながら、興味深そうにこちらを見ている。
「で、何の用?」
「君たち三人のデータを見た。⋯⋯間違いなく天才だ。しかし、戦い方は毎回、ギリギリで生き残る形に収束している。スレイヤーの弊害もあるだろうが⋯⋯これは癖か、それとも恐怖か? 」
ハッ、と笑い飛ばしながら言う。
「知らないよ」
「知らないはずがない。エース──君は、死にたいのか?」
タバコを落としそうになる。えぇ⋯⋯初対面で、そこ聞く? デリカシーとかないわけ?
「⋯⋯関係ないだろ」
「ある。君が死ぬと、この部隊は崩壊する」
反論できなかった。本当にそうだから。キングの死以降、オレたちは失意の底に沈みかけている。ただ、兵士として叩き込まれた心根だけが突き動かしていた。生と死、どちらに執着しているのかも分からないまま。
「俺は、スレイヤーを使わずに勝つ道を探す。命を削らず、普通の兵として戦えるように。そしてこの戦争に勝ち──日常を送れるように」
「ハッ、無理だね。後方は腐ってるし、司令部は数字しか見てない。何より、強化人間の在り処は戦場だ」
「だから改革する。前任のジョーカーの不正も把握した。順に切る。簡単だ、やるだけだ」
あまりにも真っ直ぐで、腹が立つほど現実味がない。でも少し、ほんの少しだけ心の奥が揺れた。
何故。そんなに、オレたちを救おうとするのか。
「⋯⋯勝手にしろ」
それだけ言って背を向けた瞬間、ジョーカーが言った。
「エース。君は兵器じゃない。誰よりも、怖がれている人間だ」
歩みが止まる。振り向けなかった。胸の奥に刺さったその言葉を取れないまま、オレはそのまま、喫煙所を出た。
──生きるのって、綺麗だよねぇ。
その日の夜、あの時の姿で、間際の言葉が夢に出てきた。
目が覚めたら泣いていた。また、煙草を吸って、誤魔化した。