翌朝。アラームが鳴るより先に、胸の痛みで目が覚めた。
スレイヤーの脈動。体内でうごめく炉心が、眠っている脳を蹴り起こす。⋯⋯まったく、最悪の目覚め方だ。
額を押さえて起き上がる。胸がじりじり焼けるみたいに熱い。あの夢の余韻じゃない。スレイヤーの機嫌。暴走はしていない。けれど、昨日の戦闘運用が深く響いている、面倒くさい体に生まれたものだ。
さて、と。
立ち上がろうとした瞬間、扉がノックされた。
「エース、中にいますか? 朝ブリーフィングの五分前です」
「⋯⋯クイーン? 」
「ええ。起きてると信じて叩いています」
「⋯⋯そいつはどうも」
「お気になさらず」
返事が軽い。
けれど、これを取り戻すまで相当かかっている。キングの死以来、何を言っても、言葉の終点が死の匂いに染まっていた。
今は少しだけ、戻ってきた。こちらも相応に返す。
「準備する。先行っといて」
クイーンの足音が遠ざかり、部屋に静けさが戻る。
ジャックはもうブリーフィングルームだろう。あいつは、時間に縛られることで自分だけでも普通でいようとするタイプだ。
着替えて髪を束ね、タバコの箱をポケットにねじ込む。吸う時間はねぇだろうが、な。
◆◆◆◆
ブリーフィングルームに入ると、三人が揃っていた。
クイーンは端末をいじり、ジャックはストレッチをし、ジョーカーは──
「エース中尉。遅刻五十八秒」
「細かいな」
「そういう性質なので」
本当に面倒くさいタイプだ。でも不思議と、嫌悪感は昨日より薄い。慣れたのか、諦めたのか、あるいは。
「では、ストレート部隊本日の作戦を説明する」
ジョーカーが操作すると、立体投影が展開した。赤い点が多数。青は少ない。見慣れた、そして嫌な光景。
「前線第二十二域で、帝国の飛翔騎兵群が大量に展開中。こっちの正規部隊が押されている」
クイーンが眼鏡を押し上げる。
「また正面から、ですか。⋯⋯なかなか戦力差は埋められませんね。戦術にも活きている。馬鹿みたいに真正面からぶつかる必要があるかは別ですが」
「言い方〜。でもぉ、そういうとこ、好きだよぉ」
「さいですか」
雑なやりとり。だけど、この空気は懐かしい。
「主力部隊の退避を補助するため、ストレート部隊は突破針として敵後方へ突入、撹乱を行う。いつもの任務だ」
ジョーカーが淡々と言う。その声色は落ち着いていて人間の温度がある。
「ただし一点。この任務には《必須条件》をつける」
空気が変わった。
「エース。君は、先陣に立たない」
「は? 」
「君は囮になりすぎる。昨日の戦闘ログも読んだ。ギリギリ死なないラインでの突撃。あれは作戦行動ではなく、自傷衝動だ」
舌打ちを交えて言う。
「別に死んでないだろ? 」
「死にかけている、が正しい」
言葉が刺さる。浅い場所じゃなく、胸の真ん中に。
「うるさい。オレは隊長だ。先頭で戦うのは当たり前──」
「当たり前じゃない。ストレート部隊は強化人間しかいない異常集団だ。スレイヤー頼りの無謀な戦略、それを当たり前にしてはいけない」
怒鳴るでも、責めるでもなく、ただ揺るがない態度で言われた。
「……じゃあ、誰がやるんだ? お前がやるとでも? 」
「そうだ」
息が止まる。
「⋯⋯バカか? お前が言ったようにオレたちはスレイヤーがある前提の戦略だ。ついてくれるとは思えない、死ぬぜ? 」
「死なないように戦う。戦略の仕事だ」
嘘だ。そう簡単に言えるはずがない。
だがコイツは──文字通り、死ぬ気で隊を守ろうとしている。
「エース。死なせはしない。君がどれほど死にたいと思っても、だ。俺はそのために来た」
「ふざけてるのか? 強化人間は実験兵器で、消耗品で、捨て駒で──」
「だから変えるんだよ」
声が、重なる。
「誰も死なない部隊に。誰も捨てられない部隊に。⋯⋯ログでしか知らないが、彼女だってそう思っていたはずだ」
誰を指しているのかなんて、言わずともわかった。呼吸が乱れた。
やめてくれ。そんな顔で──オレは、キングを助けられなかったんだ。目の前で撃墜されたんだ。当然、間際の言葉も鮮明に覚えている。だから、それが核心を突いていることなど、とうに理解していた。なのに──
「⋯⋯お前の妄想に付き合わせるな」
「⋯⋯そうか。だが、今はそれでいい」
胸が痛い。頭の奥で、泣き声みたいな感情を流してくるナニカ。
「作戦は決定した。エース、君は中衛で俺と並ぶ。クイーンは後方から狙撃。ジャックは遊撃手として、前衛を務めてくれ。単騎解決じゃない、チームで動くぞ。君たちは、一人で死にに行くんじゃない」
◆◆◆◆
ブリーフィングが終わったあと、ジャックが肩を叩いてきた。
「エース。ワタシ、嫌いじゃないよぉ? 」
「なにがだ? 」
「わかってるくせにぃ。ジョーカーのこと。真面目すぎてバカだから? こういうの、なんか信用したくなるよねぇ」
「楽観的だな」
クイーンも近づいてくる。
「⋯⋯エース、ジョーカーの条件に必ずしも従う必要はありませんよ」
「上官命令だ。従うさ」
「⋯⋯あなたなら、そう言うでしょうね」
クイーンは微笑んだ。その笑顔は、昨日より少しだけ明るい。
ストレートの中で何かが変わりつつある。そう感じる。これはなぜ? キングの死から時間が経ったから? もう摩耗しきってしまったから? それとも、ジョーカーが新しくなったから?
「⋯⋯ダルいな」
本当に、そう思う。