ヤニカス少女は死にたがり風   作:刹那木ヤクモ

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友軍撤退支援 2

任務開始十五分前。飛翔騎兵の接続台で、オレは静かに目を閉じていた。

 

アーマーユニットが背中に固定され、

スラスターの冷たい感触が皮膚をなぞる。

最後に、脊椎に沿わせたバイオユニットが深く沈み込んで──。

 

カチン、と音がして、心臓がひとつ跳ねた。

 

『接続完了』

 

息が詰まった。接続の度に《死の記憶》が蘇る。マシンに記録されている戦場の記憶が与える、敵味方問わずの死。それらの、すべてが。

 

「エース、心拍が乱れていますよ」

 

クイーンの声が飛ぶ。それに、深呼吸し意図的に平坦な声で返す。

 

「平気、いつものことさ」

 

「⋯⋯それはそうですが」

 

クイーンが肩をすくめ、後衛用の弓状ライフルをチェックする。ジャックはすでに各部のブレードの出力を確かめ、にやけながら落ち着かない様子で接続台に向かう。

 

「いやぁ、今日はなんかワクワクするねぇ。ジョーカーの初陣だしぃ」

 

「ワクワクする要素どこだよ」

 

「死なない戦術とか言われたらぁ、ちょっと期待するじゃん? ワタシたち、死ぬ気で戦うしかなかったしぃ」

 

ジャックの言葉は軽い──軽いが、核心を突いている。

 

これまでのストレートには作戦なんて概念はなかった。ただ出され、ただ突っ込む。死んでも代わりが生まれるから、前に進めと言われ続けてきた。

 

だから、今日のジョーカーの作戦は、まさしく異常だ。

 

「全員、通信チェック」

 

優しい声が届く。旧ジョーカーのねっとりした声音が脳を汚染していたせいか、この普通の声がやけに耳に馴染む。

 

「こっちは良好だよぉ」

 

「クイーン、問題なし」

 

「エースもOKだ」

 

「よし。では作戦を開始する」

 

キャリアーが揺れ、ランプが降りる。途端に戦場の轟音が耳を叩いた。青空は濁り、遠くでは黒煙が延々と立ち昇っている。地形一帯が焦げ付き、兵の叫びと砲火が入り混じった、いつも通りの地獄。

 

「敵機群、距離三千。敵性飛翔騎兵《黒翼》多数。全機、第一段階行動──散開」

 

ジョーカーの指示でオレたちは一斉に翼を広げた。ただ──左側が半壊している片翼。うまく飛べる保証はない。

 

「エース、補助噴射を上げたほうがいい」

 

「無理に水平維持しなくていいってことね⋯⋯何でもお見通しか? 」

 

「中尉のクセは読みやすい」

 

「……そうかい」

 

青空に飛び出した瞬間、視界に数が現れた。

 

敵群は⋯⋯百を超えている。それが等間隔でうねりながら隊列を組み、こちらへ突き進んでくる。

 

「相変わらずぅ、帝国は数で押すねぇ! でも、にしてもじゃないかなぁ!? 」

 

ジャックはいつもの仮面が少し剥がれながらそう言う。

 

「⋯⋯確かに、異常ですね。量相手は厳しいですが──それでも、敵機同士の距離はある。ジョーカー、個別撃破が理想だと思いますが」

 

「ああ。おそらく、小隊での運用にこだわっていると見える。速攻、しかし常に周囲を警戒しながら生存優先。難しいとは思うが、君たちならできると信じている」

 

オレは一歩引いた位置──クイーンの前、ジョーカーの横。先頭じゃないのは、訓練以来だ。

 

「エース中尉、ここで推力三割維持。君は接近戦での締めを担当する」

 

「というと? 」

 

「俺が隙を作る。中尉が落とす。単純だろう? 」

 

「あー⋯⋯聞き忘れてた。アンタ、パイロット適正は? 」

 

「A判定だ。足を引っ張ることはしない。スレイヤーがない、ということは暴走もしないということだ。死に急ぐ君と違ってな」

 

「チッ、いちいち癪に障る野郎だな」

 

だが、言い返せなかった。心の何処かでその通りだと思っていたから。

 

「来るぞ」

 

ジョーカーが言った瞬間、敵の先鋭群が弾幕を撒いた。弾丸が青空を切り裂き飛来するのを軽い回避運動で対応する。

 

「クイーン、ジャミング開始。ジャックは切り込んで、陽動撹乱。《スレイヤー3型》の推力ならやれるはずだ」

 

「了解、ジャミング開始──」

 

「あいあい、さー! 」

 

ジャックが斬り込むのを横目に、オレは推力を一定に保つ。

 

いつもなら先頭に出て、スレイヤーが勝手に殲滅し始めていた。だが今日は──。

 

「エース、まだ出るなよ」

 

「なんかムズムズするんだが」

 

「それが正常なんだ。自制が効いてるならいい。⋯⋯さて、そろそろだな」

 

ジョーカーが動いた。彼は人間のくせに、飛翔機兵の特性を理解しきっている。最小限の推力と最適な重心移動で、被弾ギリギリの距離を滑り抜けていきながら、ショートレンジに入ると大盾とビームブレードによる接近戦で果敢に攻める。

 

その動きは、まるで──昔のキングに似ていた。

 

「⋯⋯っ」

 

トラウマ。戦えないとまではいかないが、それでも思い出す。重ねてしまう。思考が揺れ、スレイヤーが反応しそうになる。

 

やめろ、起きるな──!

 

「……っくそ! 」

 

暴走ではない。だが、揺らぐ心に乗じて出力が勝手に上がる。スレイヤーは、言ってしまえば制御もできる。敵機を感知して勝手に起動はするが、意思次第で多少発動までにラグを生むことはできる。しかしそれは、心的外傷などの要因で意思が揺らぐと早まるどころか暴走まであるということ。負担を減らすために、敵深部でなるべく起動したいが──

 

ジョーカーが振り返る。

 

「エース、まだ抑えられるか? 」

 

「⋯⋯当たり前だ。オレを誰だと思ってる」

 

「信じよう。生きて戻るぞ」

 

まるで当たり前みたいに言う。戦場でそんな言葉を聞く日が来るなんて、思わなかった。

 

「──行くぞ、エース。今だ! 」

 

ジョーカーが敵群の一角に穴を開ける。わずかな隙間。でも、それは私のために作られた道だった。

 

『SLAYER スタンバイ』

 

推力が勝手に上がる。だが抑えず、前へ叩き込む。

 

「う、おぉぉぉっ! 」

 

怒鳴り声なんて普段出さない。でも今は抑えられなかった。右の片翼だけで無理やり姿勢を維持し、ギリギリで敵群に突っ込み──ビームブレードを振り抜く。

 

一体。二体。そして──三体。斬る度に、スレイヤーが胸の奥で脈動する。

 

『放出率安定──』

 

──安定? わたしの心も、体も、ぐちゃぐちゃなのに? 

 

「エース、後続来るぞ! 下がれ! 」

 

ジョーカーの声が飛ぶ。オレは刹那の速度で回避に移った。そして──視界の端で、ジョーカーが敵の狙撃機、その射線上にいるのが見えた。

 

「──バカ野郎! 」

 

叫ぶより先に体が動いた。ジョーカーの機体を横から弾き飛ばし、代わりに敵の射撃を受ける。

 

衝撃。視界が白に染まる。

 

『警告 アーマーユニット損傷率50%超過 姿勢制御に異常発生 SLAYER──放出率上昇』

 

「クソッタレ⋯⋯オレは、まだ」

 

地に打ち付けられ、意識は闇に落ちる寸前。そして、荒れ狂うスレイヤーに飲み込まれる──瞬間、バイオユニットの接続部分に何かを刺されたような痛みが奔る。

 

「──ッ!? 」

 

『SLAYER 放出率安定』

 

これは一体──意識もはっきりとしている。システム補正か? それにしてはスレイヤーの放出率が低い状態で安定している。

 

「⋯⋯すまない。生きて帰すと言ったのに、このザマだ」

 

大盾で飛び交う銃弾からオレを庇うようにしながら、ジョーカーがそばに降り立つ。

 

「⋯⋯あとで聞くさ。それより、これは? 」 

 

「急速回復剤だ。注射は初めてか? 」

 

「戦場で打つ暇はなくてな。補正中ならなおさら──まて、回復剤でスレイヤーも安定するのか? 」

 

「試作だが、放出率を下げる薬も含ませておいたからだろう。ゆくゆくはスレイヤーを副作用なしで使えるようにな。効果があって何よりだ。研究チームに感謝しておくといい」

 

深い、深いため息をつくジョーカー。そこには落胆ではなく、安心が滲んでいた。⋯⋯調子が狂う。まだ会って間もないどころか、共に戦うのだって初めてだってのに。

 

「⋯⋯さて、エース中尉。我が軍の撤退はもう少しで完了するが──戦線復帰は可能か? 」

 

「ああ。不思議と、いつもより調子がいいくらいさ」

 

警告のアラートは鳴り続けている。だが不思議と、まだ戦える気がした。

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