世界は救えても、家庭は救えない?〜勇者(3児の父)、親権獲得のために魔王討伐の合間に家庭裁判所へ通う〜   作:斉宮 柴野

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新ルール「共同親権」と、長男との秘密工作

法廷という名のダンジョンで、俺は早々に「敗北」の二文字を突きつけられていた。

 

前回の面会交流に関する、相手方からの虚偽報告。

「子供たちは楽しんでいなかった」「父親が怖かった」という、事実を180度ねじ曲げた報告書。

 

あれを見た瞬間、俺の心の中で何かが確実に壊れた。

大人の対応?誠意?そんなものは、この腐った司法システムの前では無力だ。

 

ルールを守って殴られ続けるサンドバッグになるのは、もう御免だ。

 

「エンライトさん。顔を上げてください」

 

 弁護士事務所の応接室で、ライン先生が重々しく口を開いた。

どん底まで落ち込み、ソファーに沈み込んでいた俺の目の前に、一枚のペラペラな資料が差し出される。

 

「この国は来年、ある大規模な『法改正』を行います。これはまだ一般には広く知られていませんが、司法の現場では既に激震が走っている、革命的なアップデートですよ」

 

 俺は資料に目を落とした。

そこに書かれていたのは、聞き慣れない、だが妙に重々しい四文字の熟語だった。

 

【共同親権(きょうどうしんけん)】

 

「……なんだこれは? 新手の召喚魔法か?」

「ある意味、今の硬直した司法をひっくり返す大魔法ですね」

 

 ライン先生は眼鏡の位置を直し、不敵な笑みを浮かべて解説を始めた。

 

 

 

先生の説明を要約すると、こういうことだ。

 

 これまでのこの国の法律では、離婚後の親権は「単独親権」しかなかった。

つまり、父親か母親か、どちらか一方しか親権を持てない。これは「ゼロか100か」の残酷な椅子取りゲームだ。

勝った方は子供に対する全ての決定権を持ち、負けた方は親権を失い、ただ毎月養育費を振り込むだけの「ATMおじさん」に成り下がる。法的な親子関係は残るものの、学校の進路決定や手術の同意など、重要な場面では完全に部外者扱いだ。

俺が今、直面している絶望がまさにこれだ。

 

「ですが、来年の法改正でこのゲームのルールが根底から変わります」

 

ライン先生が指を三本立てた。

 

「変更点は大きく分けて三つ。一つ目は『重要な意思決定の共同化』です」

 

 進学先をどうするか。引っ越しをするか。病気や怪我で手術が必要な時どうするか。  そういった、子供の人生を左右するような重要事項については、離婚後であっても父母が話し合って共同で決定しなければならなくなる。

つまり、フレアが勝手に「子供を海外の魔法学校に留学させる」とか「名前を変える」といったことを、俺の許可なく独断で行えなくなるわけだ。

 

「二つ目は『別居親の子育て関与の促進』です」

 

 これまでは「離れて暮らす親は邪魔者」という扱いがされがちだったが、法改正後は「父母双方が養育責任を負う」と明記される。

つまり、俺も堂々と育児に関われる。面会交流も、これまでのような「月1回のお情け」ではなく、もっと頻繁かつ柔軟に行われることが期待される。

 

「そして三つ目は『養育費の厳格化』ですね」

 

 共同親権下でも、当然ながら養育費の支払い義務は継続する。それどころか「法定養育費制度」が導入され、支払いが滞った場合の給与差し押さえなどが、より迅速かつ強力に行われるようになるらしい。

 

 

「まあ、三つ目に関してはエンライトさんには関係ありませんね。あなたは払う気満々ですし、むしろ払いすぎて困っているくらいですから」

 

「当たり前だ。子供のためなら金なんていくらでも払う。……つまり、先生。この新しい法律が適用されれば、たとえ俺が監護権を奪われても、完全に子供たちの人生から排除されることはないってことか?」

 

「その通りです。これまでは『勝者総取り』のデスマッチでしたが、これからは強制的に『協力プレイ』が求められる仕様に変更されます。どれだけ仲が悪くても、パーティを組んで攻略しなければならなくなるのです」

 

 

 俺はゴクリと唾を飲んだ。

 

協力プレイ。

 

あの完璧主義で、俺を敵視しているフレアとの復縁は、現状では絶望的だ。離婚は避けられないだろう。

 

 

 

ならば、目指すべきゴールはそこだ。

 

 

「第一目標は、あくまで俺が『監護親』になって、子供たちを引き取って育てること。これは譲れない」

 

「ええ。ですが、もしそれが叶わなかった場合のセーフティネットとして、最低条件『共同親権』をもぎ取る。この二段構えでいきましょう」

 

 俺の目に、消えかけていた光が戻るのを感じた。

戦うための武器は見つかった。攻略ルートは見えた。

あとは、どうやってそこまで持ち込むかだ。

 

現状、俺は「DV疑惑」と「子供たちが会いたがっていない」というレッテルを貼られ、圧倒的に不利な状況にある。この盤面をひっくり返すには、決定的な「反証」が必要だ。

 

 

「エンライトさん、次の面会交流の対策は万全ですか? また虚偽報告を書かれたら、今度こそ面会停止になりますよ」

 

「ああ、完璧だ。装備は整えた」

 

 俺はジャケットの胸元にある、飾りボタンを指差した。

 

 

一見するとただの黒いボタンだが、中には王宮の諜報部隊が使用する超小型の『映像記録魔石』が仕込まれている。いわゆるウェアラブルカメラだ。

 

さらに、ポケットの中には高感度の『魔導録音機』も常時起動させてある。

 

 

「前回の二の舞は避ける。フレアが送り込んだ監視員……あの妻側の弁護士の息がかかった調査員が、俺の揚げ足を取ろうと必死にメモを取っているが、こっちは全ての会話、表情、空気感に至るまで、完全なログを残してやる」

 

 

俺がそう宣言すると、ライン先生は「ほう」と感心した声を上げた。

 

 

「今すぐこれを公開して、『前回の報告書は嘘でした!』と暴きますか?」

 

「いいえ、まだです」

 

 俺は首を横に振った。

 

「今出しても『今回は録音してたから猫をかぶったんだろ』と言い逃れされるのがオチだ。相手が油断して、法廷の場で決定的な嘘をつき、取り返しのつかない偽証をしたその瞬間、この『カード』を切ります。それまでは、泳がせましょう」

 

 ライン先生の口角がニヤリと吊り上がる。さすが敏腕弁護士、性格が悪い。もちろん、これは最大級の褒め言葉だ。この泥沼の戦場では、清廉潔白な聖人君子よりも、勝つためには泥も被れる策士が必要なのだ。

 

 

 

◇◇

 

 

 

 そして、運命の二度目の面会交流の日。俺は両手いっぱいに大量の荷物を抱えて、指定された面会場所であるギルドのレンタル会議室へ向かった。今日の作戦には、明確なターゲットがいる。長男のコウだ。

 

最近は不登校気味で、口数も極端に減ったと聞いている。

 

前回の面会でも、弟や妹が無邪気にはしゃぐ中、彼だけはどこか冷めた目で状況を見ていた。

コウは賢い子だ。おそらく、俺たちの置かれている状況を、誰よりも冷静に、そして残酷なまでに正確に理解してしまっているのだろう。

だからこそ、彼の心の扉を開くことが、この戦局を打開する鍵になる。

 

 会議室に入ると、三人の子供たちが待っていた。

監視員の冷たい視線を感じながら、俺は笑顔で挨拶をする。

コウは部屋の隅で、分厚い魔導書のページをめくっていた。俺が入ってきても、チラリとこちらを見ただけで、また視線を本に戻してしまう。

 

「……父さん、それ何?」

 

 俺がテーブルの上にドサリと荷物を置くと、コウが怪訝そうな顔で顔を上げた。俺はニカっと笑って、魔法収納鞄(アイテムバッグ)の口を広げ、中身を派手にぶちまけた。

 

「お前、前に言ってたろ。『最新式の魔導ゴーレムの構造が気になる』って」

 

「え……」

 

「だから持ってきた。父さん自作の、実習用組み立てキットだ」

 

 ジャラジャラと音を立てて机の上に並んだのは、その辺の玩具屋やホームセンターで買えるような子供騙しのガラクタではない。

 

銀色に輝く配線は、魔力伝導率が最高クラスのミスリル銀。

 

心臓部となる魔力回路は、俺が夜なべして刻印した高純度のクリスタル。

 

そして、装甲材として用意したのは、俺が以前ダンジョンの深層で拾ってきた、市場価格に換算すれば小さな城が建つほどの価値がある『オリハルコン』の欠片だ。

 

さらに、王宮の魔導研究所でプロが使用しているのと同型の、精密ドライバーセットと魔力測定器。

 

 コウの目が、眼鏡の奥で大きく見開かれた。本から完全に興味が移ったのが分かる。彼は吸い寄せられるようにテーブルに近づき、震える手でオリハルコンの欠片を手に取った。

 

「こ、これ……本物の魔導触媒……? それにこの金属、まさかオリハルコン? 父さん、これすごく高いんじゃ……」

「気にするな。父さんのへそくり……ポーション代を少し削ればなんとかなるレベルだ」

 

 嘘だ。ポーション代どころか、武器のローンを組むくらいの覚悟が必要だった。だが、息子の興味を引くためなら安い投資だ。

 

「でも、こんな高度な術式回路、今の教科書には載ってないよ。僕、見たことない」

 

 コウが指差したのは、俺が徹夜で羊皮紙に書き起こした設計図だ。

そこには、一般には出回っていない古代語のルーン文字がびっしりと書き込まれている。

 

「ああ、それは俺が現場……魔王城のセキュリティ突破に使ってた術式の応用だ。学校じゃ教えない『実戦用』の裏コードだよ」

 

 俺は精密ドライバーを握り、柄の方をコウに向けて差し出した。

 

「父さんは世間じゃ脳筋だと思われてるが、これでも一応勇者だからな。古代語の解析や、魔導兵器の解体くらいは朝飯前だ。……どうだ、一緒に組んでみるか?」

 

 コウはしばらくの間、複雑な設計図と、俺の顔を交互に見ていた。迷っている。母親に言いつけられた「父親は敵だ」という洗脳と、目の前にある「知的好奇心」の間で揺れ動いている。やがて、その小さな手が、恐る恐るドライバーを受け取った。

 

「……やる」

 

 その一言で、空気は変わった。俺たちは並んで座り、黙々と作業を開始した。言葉はいらない。必要なのは技術と集中力だけだ。ミスリルの配線を繋ぎ、魔力回路を埋め込む。俺が支えて、コウがネジを回す。

 

 

「……父さん、ここの回路、直列じゃなくて並列処理にした方が効率いいと思う」

 

「ほう? よく気づいたな。だが、それだと魔力負荷がかかりすぎて熱暴走するぞ」

 

「じゃあ、冷却術式を二重に噛ませればいい。ここのサブ回路をバイパスにして……」

 

「なるほど、その手があったか! お前、天才だな!」

 

 会話が弾む。普段、フレアには「暗い」「理屈っぽい」「可愛げがない」と否定され続けていたコウの知識欲と才能が、ここでは宝石のように輝く。

俺たちは面会時間の2時間を、一言も「寂しい」とか「辛い」とか、そんな湿っぽい言葉を使わずに使い切った。

ただひたすらに、男同士の技術論と、ものづくりへの熱中があった。監視員が退屈そうにあくびをしている横で、俺たちは世界で一番熱い時間を過ごしていた。

 

 

 

◇◇

 

 

 

 帰り際。監視員が「時間です」と無機質に告げる。その瞬間、魔法が解けたように現実に引き戻される。机の上には、まだ完成していないゴーレムの右腕パーツが転がっている。コウはそれを、まるで体の一部をもがれるような、名残惜しそうな目で見つめていた。

 

「……続きは、また来月な。父さんが責任を持って保管しておくから」

 

 

 俺は優しく声をかけた。コウが顔を上げる。その瞳には、入室した時の冷めた光はなく、確かな熱が宿っていた。

 

「うん」

 

コウが、ボソッと言った。監視員には聞こえないくらいの、小さな声で。

 

「……母さんは、こういうの『ガラクタ』って言うから。捨てられちゃうから。……父さんとじゃないと、作れない」

 

 ドクン、と心臓が跳ねた。

 

「!」

 

「またね、父さん」

 

 それだけ言って、コウは弟たちの手を引いて部屋を出て行った。パタンとドアが閉まる。俺は胸元の録音ボタンに手が触れるのを感じながら、誰もいない部屋で強く拳を握りしめた。

 

 勝てる。確信した。この「ガラクタ」作りは、ただの遊びじゃない。あの子の心と俺を繋ぐ、何よりも太い命綱だ。フレア、お前がどれだけ金に物を言わせて、完璧な教育環境や高級な衣服を与えようとも、この「ワクワク」だけは、お前には絶対に提供できない。  お前にとってのゴミは、あいつにとっての宝物なんだ。その価値観の違いが、いつか決定的な亀裂になる。

 

 俺は次回に向けて、さらなるレア素材の調達を心に誓った。次はアダマンタイトだ。いや、ヒヒイロカネでもいい。養育費と弁護士費用で財布はスッカラカンだし、来月の食事は雑草になるかもしれないが、息子のあの「うん」が聞けるなら、安いものだ。

 

「待ってろよコウ。父さんが最高のパーツを揃えてやるからな」

 

 

 

 俺は作りかけのゴーレムの腕を、壊れ物を扱うように大切に鞄にしまった。

 

 

 

反撃の狼煙は上がった。ここからが、勇者のターンだ。

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