世界は救えても、家庭は救えない?〜勇者(3児の父)、親権獲得のために魔王討伐の合間に家庭裁判所へ通う〜   作:斉宮 柴野

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魔王。
戦争。
資源問題。
外交。
そして──不倫。


国を救うより難しいのは、部下の下半身の管理だった

ここは魔国。

 

 

人間たちが勝手に『魔界』だの『暗黒大陸』だのと呼んで忌み嫌っている場所だ。

でも、最初に一つだけ訂正させてほしい。

 

私たち魔族は、決して野蛮な種族ではない。

毎晩のように生贄の儀式をしたり、骨でできたグラスで生き血を啜ったり、無意味に「グハハハ!」と高笑いしながら街を破壊したりする戦闘狂だと思われているなら、それは大きな誤解だ。というか、それは人間たちが書いた三流小説の中だけの話だ。

 

実際の魔国は、極めて理知的で、高度な文明を持っている。要するに、私たちは「魔法」というエネルギー資源を扱うのがめちゃくちゃ上手い種族なのだ。人間が蒸気機関や科学技術を発達させたように、私たちは魔導技術を発達させた。それだけの違いだ。

 

 街には魔力灯が灯り、上下水道は水魔法で完備され、移動には転移ゲートや浮遊リフトが使われている。衛生観念だって人間より余程しっかりしているし、労働基準法だってある。はっきり言って、その辺の王国の田舎町よりよっぽど住みやすい自信がある。

 

 そんな魔国の頂点に立つのが、私だ。

名前はエリス。職業、魔王。年齢は……まあ、人間換算で言えばアラサーと呼ばれる世代だと思ってくれればいい。先代の魔王から王位を受け継いで、もうすぐ二十年になる。

 

 ちなみに、この国の魔王というポストは世襲制ではない。

 

「王の血を引く者が次の王になる」なんていう前時代的なシステムは、数千年前に廃止された。血統だけで無能なボンボンがトップに立ったら、国が滅びるからだ。

じゃあどうやって決めるのかと言えば、完全なる実力主義だ。『魔王選抜試験』という、地獄のようなトライアスロンを勝ち抜いた者だけが、玉座に座ることができる。

 

内容はハードだ。

 

まずは『魔力実技大会』

 

これは単純な戦闘力だけでなく、精密な魔力操作や応用力が試される。山を一つ消し飛ばす火力と、針の穴を通す繊細さが同時に求められるのだ。

 

次に『身体能力測定』。魔法が封じられた状況でも生き残れるか、純粋なフィジカルと体術が問われる。私はこれで大岩を素手で粉砕して満点を取った。

 

そして最後に、これが一番重要なのだが、『筆記試験』がある。

政治経済、歴史、法律、兵法、魔導工学、そして倫理学。

広辞苑より分厚い参考書を何十冊も暗記し、三日三晩寝ずに論文を書き続ける。

 

私はこれら全ての試験において、歴代最高得点を叩き出して魔王になった。

つまり私は、この国で一番喧嘩が強くて、一番魔法が上手くて、一番頭が良いエリート中のエリートなのだ。

……自分で言うのもなんだけど、本当に頑張ったと思う。青春の全てを受験勉強と筋トレに捧げた結果がこれだ。

 

 しかし。そんなハイスペックな私を持ってしても、現在のこの国の状況は「詰み」の一歩手前まで来ている。頭が痛い。胃が痛い。玉座の座り心地なんて良いものじゃない。毎日がストレスとの戦いだ。

 

 最大の懸念事項は、あの人間たちの国――『王国』との戦争だ。

誤解しないでほしいが、私は好き好んで戦争をしているわけではない。 人間を根絶やしにしてやる!なんていう魔王ムーブをかますつもりは毛頭ないのだ。

そんなことをしても、後片付けが面倒なだけだし、税収が増えるわけでもない。

 

私たちが戦っている理由は、もっと切実で、ドライな経済的理由だ。

 

資源がないのだ。この魔国は、魔力というエネルギー資源には恵まれているが、それ以外の物理的な資源が絶望的に不足している。

 

作物が育つ肥沃な大地がない。

鉄や金などの鉱物資源が少ない。

 

 魔導技術で作った合成食料は栄養価こそ高いが、味はダンボールを水で戻したような虚無の味がする。

 

 国民たちは飢えている。「美味しいパンが食べたい」「新鮮な野菜が欲しい」と願っている。

だから、私たちは王国に攻め込むしかないのだ。

 

 肥沃な領土を確保し、物資を略奪し、そして何より「魔王軍の脅威」を演出することで、王国と敵対している周辺諸国から「支援金」や「物資援助」を引き出す。

 

 いわゆるマッチポンプに近い外交戦略だ。王国との小競り合いを適度に継続し、勝ったり負けたりを繰り返しながら、裏で援助物資をせしめて国庫を回す。これが私の描いた『持続可能な戦争計画』だった。

 

 だというのに。

 最近、その計画が破綻しかけている。原因はたった一人。

 

 

勇者エンライト。あの男のせいだ。あいつが前線に出てくるようになってから、戦況が一変した。強い。強すぎる。こちらの四天王や幹部クラスが、次々と撃退されている。  適度な小競り合いで済ませるはずが、ガチの防衛戦を強いられ、前線がじりじりと後退しているのだ。

 

 おかげで略奪による資源確保もままならず、支援国からも「魔王軍、最近弱くない? 支援打ち切ろうかな」なんて足元を見られる始末。

 

 このままでは、国民が干上がってしまう。私が直接出張って、勇者を排除するしかないのか?いや、魔王が最前線に出るなんて、リスク管理の観点からすれば最悪の手だ。万が一私が負けたら、その時点でこの国は終わりだ。それに、王都の執務室には決済待ちの書類が山のように積まれている。私がいないと行政が止まるのだ。

 

 ああ、もう!めんどくさい!!なんで私がこんな苦労をしなきゃならないんだ!勇者も勇者だ、あんなブラックな働き方をして、過労死しないのが不思議でたまらない。少しは手を抜いてくれればいいのに!

 

「……失礼します、魔王様」

 

 私が執務机に突っ伏して「勇者爆発しろ」と呪詛を吐いていると、重厚な扉がノックされた。入ってきたのは、私の筆頭秘書官を務める男だ。普段は冷静沈着、氷のように感情を表に出さない有能な男なのだが、今日の彼は様子が違っていた。顔色が悪い。いや、悪いを通り越して土気色だ。

 

 そして、額には見たこともないほど太い青筋が浮き上がり、こめかみがピクピクと痙攣している。手にした報告書を持つ手が、怒りで震えていた。

 

「どうした、秘書官。また勇者が砦を一つ落としたのか? それとも補給部隊が全滅したか?」

 

「いえ……もっと深刻で、恥ずべき報告です」

 

 秘書官は、絞り出すような声で言った。

 

「我が軍の諜報部に所属する工作員一名が……潜入先で、とんでもない不祥事を起こしました」

 

「不祥事? 機密情報の漏洩か? それとも横領か?」

 

「……不倫です」

 

 時が止まった。私は持っていた羽ペンを取り落とした。

 

「……は?」

 

「不倫騒動を起こしました。潜入先の現地の既婚女性と、不貞行為に及びました」

 

 執務室の空気が、絶対零度まで凍りついた。

 私はゆっくりと立ち上がり、机をバン! と叩いた。

 

「ふざけるなぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

 私の怒声が王城を揺らす。頭が痛いどころの騒ぎではない。血管が切れそうだ。

 

 説明しよう。私たち魔族にとって、「契約」とは絶対の掟だ。魔法というものは、突き詰めれば「世界との契約」によって成り立つ。手順を踏み、対価を払い、結果を得る。そのプロセスに嘘や偽りがあれば、魔法は暴走し、術者は破滅する。

 

 だから魔族は、約束を破らない。契約を遵守する。その中でも、「婚姻契約」は最も神聖で、重い契約の一つだ。生涯の伴侶と定め、魂のレベルで契約を交わす。それを裏切る「不倫」や「浮気」という行為は、魔族の倫理観において、殺人や強盗よりも遥かに醜悪で、唾棄すべき重罪なのだ。

 

 地獄の業火で魂まで焼き尽くされても文句が言えない、文字通りの「大罪」魔族の風上にも置けない、汚物以下の所業だ。

 

 それを、あろうことか、我が国の威信を背負って任務に就いている工作員が?よりによって、他国で?

 

「どこのどいつだ!!名前は!!」

 

「……諜報部の若手有望株、ロイドです」

 

「あいつか!!」

 

 思い出した。甘いマスクで、人当たりが良くて、ハニートラップ適性が高いと評価されていたあの若造だ。

 

 適性が高いとは言ったが、本当に本気になってどうする!ミイラ取りがミイラになってどうするんだこの馬鹿者が!

 

「秘書官!その額の血管が破裂する前に、早くそいつを引っ立ててこい!軍法会議にかけるまでもない、私自ら極大消滅魔法で塵一つ残さず消し去ってやる!これは国辱だ!魔族全体の品位に関わる問題だ!」

 

 私は怒りのあまり、手から無意識に黒炎を放っていた。机の書類が燃えるが気にしてられない。

 

 秘書官が、ハンカチで額から吹き出した血(本当に血管が切れたらしい)を拭いながら、苦渋の表情で首を振った。

 

「それが……できません」

 

「なんだと? 逃げたのか?」

 

「いえ、現在も潜入任務を継続中です。場所は……王国です」

 

「王国だと!?」

 

 最悪だ。よりによって、今一番緊張状態にある敵国じゃないか。

 

「しかも、奴は現地の法制度を悪用し、不貞相手の女性の夫……つまり被害者男性を法的に追い詰め、安全圏に逃げ込んでいるとの報告が入っています。王国の法律では、不倫相手は一定の保護を受け、魔国のように即座に処罰されることはないそうで……」

 

「なんだそのふざけた法律は!!王国は狂っているのか!?」

 

 私は頭を抱えた。王国にいる以上、うかつに手出しはできない。無理に連れ戻そうとすれば、それは外交問題どころか開戦の合図になる。ロイドの馬鹿のせいで、全面戦争を始めるわけにはいかない。

 

 だが、このまま放置すれば、魔国の工作員が人間の家庭を壊し、不倫を楽しんでいるという事実が世界中に知れ渡る。そうなれば、魔族は契約を守らない野蛮人だという汚名を着せられ、私の築き上げてきた外交的信頼は地に落ちる。

 

「んんんんーーーーッ!! キィィィィーーーーッ!!」

 

 私は髪をかきむしり、奇声を上げた。殺したい。

 

 今すぐロイドを殺したい。ついでにその不倫相手の女も、契約の重さを分からせるために吊るし上げたい。だが、手が届かない。

 

 悔しい。

 

 情けない。

 

 一国の王が、たかだか一人の部下のシモの不始末で、ここまで追い詰められるなんて!

 

「魔王様、落ち着いてください。今のところ、ロイドが魔国の工作員であることはバレていません。あくまで『人間の青年』として振る舞っているようです」

 

「当たり前だ!バレたら即終わりだぞ!いいか、絶対に尻尾を出させるなよ!そして、どんな手を使ってもいいから、奴をこっち側に誘き寄せろ!国境を越えた瞬間に蒸発させてやる!」

 

 私は息を切らせて玉座に座り込んだ。今日はもう仕事にならない。勇者の進撃だけでも胃が痛いのに、身内から背中を刺されるとは。

 

 この時の私は、まだ知らなかったのだ。ロイドが手を出したその女性――不倫相手の正体が、よりによって私の天敵、勇者エンライトの妻であるという、核爆弾級の事実を。  そして、この恥ずべき不祥事が、巡り巡って私と勇者を結びつけ、世界の命運を大きく変えるきっかけになることを。

 

 運命の歯車は、私の預かり知らぬところで、最悪かつ最高の形に噛み合おうとしていた。

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