Skybound ace ―   作:心ここにあらず

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エピソード6

◆ 中学編・序章

小学校全国大会での優勝から数ヶ月。

 東京練馬ジュニアは解散し、リオは、短い“休息”の期間を過ごしていた。

 

 しかし、その休息は、予想もしなかったかたちで破られることになるのだった

 

ある夕方、練習帰りの汗がまだ乾かないまま、リオはリビングに呼び出された。

 ソファには父・レオナルドが真剣な顔で座り、母・美羽も心配そうに手を組んでいる。

 

 

「リオ、ちょっと……話があるんだ」

 

 父の声は普段よりも深かった。

 プロリーグのシーズン中でも滅多に見せなかったその表情に、リオは背筋を伸ばす。

 

「……どうしたの?」

 

 母が先に口を開いた。

 

「パパがね、来季……イタリアのクラブにアシスタントコーチ兼専属契約することになったの…」

 

 

「え……?」

 

 頭が真っ白になる。

 海外の強豪クラブ。父が再びヨーロッパに戻るという話自体は誇らしい。

 だけど、それはつまり——。

 

「俺も……行くの?」

 

 震える声で聞いた。

しかし父は、穏やかに首を横に振った。

 

「そのつもりだった。家族で行きたいと思っていた。だけど……」

 

 母が続ける。

 

「向こうは治安も不安定で、あなたの学校環境も良いとは言えないの。

 私たちも行ったり来たりになるけど……

 ――リオは日本に残して、安心できる場所に預けるべきだって話になったの」

 

「……日本の、どこ?」

 

 胸がざわつく。

 住み慣れた東京を離れるのか。

 リエーフ、アリサさん…チームメイト……

 

 母は静かに答えた。

 

「宮城よ。私の実家があるところ…

 あなたのおじいちゃんとおばあちゃんがいるところよ」

 

 

それからその後のことを色々と両親が説明してくれるが頭が真っ白になったような気がして一切話は入ってこないままその日は終了するのだった

 

そしてその夜、寝つけなかった。

 天井を見つめ、いくつもの声が頭を巡った。

 

(リエーフ……どう思うかな)

(アリサさんと……また会えなくなるのかな)

 

ぎゅっと枕を抱きしめる。

 

(宮城……か。知らないところだなぁ…………東京からどんくらい掛かるんだろ…)

 

 

転校が決まってから数日後。

 

宮城への転校が決まった日の朝…

 東京の空は、いつもより少し低い雲に覆われていた。

 

 荷造りしたダンボールが積まれ、リビングには生活の気配が半分だけ残っている。

 リオは玄関の前でスニーカーの紐を結びながら、胸の奥で何度も波のように押し寄せる感情を押さえ込んでいた。

 

(……最後に、ちゃんと、言わなきゃな)

 

 

 

 

 

 練馬の体育館では、ジュニア時代の仲間が集まってくれた。

 

「リオ、転校ってマジかよ……」

 

 リエーフがぶっきらぼうに言う。

 しかしその目は、明らかに寂しさを隠せないでいた。

 

「ああ…でも電話するし……絶対また会えるさ…たまには戻ってくるつもりだしな…なんだ寂しいのか?」

 

「! お前がいなくても、俺はもっと強くなるからな!」

 

 リエーフは胸を張ったが、すぐに声が震えた

 

その言葉にリオは笑った。

 

「あぁ待ってるよ。

 だけど、そう簡単には追いつかせないぜ?」

 

 二人は拳を合わせた。

 

 そしてリオが最後に向かった場所はアリサがよく勉強している近所の図書館の裏の小さな公園。

 冬が近い空気の中、ブランコのチェーンが きぃ…きぃ… と、微かに鳴っていた。

 

 そしてブランコに座っていたアリサが、

 リオの姿を見つけて、小さく目を見開いた。

 

 

「……リエーフから聞いて学校終わって急いで来た」

 

「…汗かいてるね」

 

 アリサは笑いながらも、目の端に涙が溜まっていた。

 

「宮城に行くんだってね。」

 

「ああ。父さんの転勤とか色々あってね。ほんと急すぎだよ…」

 

「…本当ね…」

 

冗談みたいないあまりにも急な別れ。

 けれど、二人は気付いていた。

 ずっと前から、この関係が“ただの幼馴染の弟の友だち”で済まなくなっていたことに

 

リオは深く息を吸い込み、

 アリサの横顔を真っ直ぐ見つめた。

 

「アリサさん最後に……伝えたいことがある」

 

「……なに?」

 

「俺、アリサのこと……好きだった」

 

アリサの指が、ブランコの鎖をぎゅっと握る。

 風が吹く。

 アリサの淡い髪が揺れて、その奥の、少し潤んだ瞳がリオを捉えた。

 

「“だった”って……もう終わりみたいに言わないでよ」

 

 声が震えていた。

 

「ごめん……言い方がヘタだよな。今でも、ずっと……好きだよ。けど俺はコレから東京から遠いところに行くし俺のせいでアリサさんの人生を縛りたくない…コレから他にもっといろんな人に出会うかも知れないしね」

 

 アリサは目を伏せる。

 泣くまいとしているのに、まつげが震えていた。

 

「私も……リオのこと、気になってたよ。

 最初は、ただの“リエーフの…弟の友達”だったのに……気づいたら、いつの間にか目で追ってた」

 

 胸の奥が焼けるように熱くなる。

 言葉じゃ足りなくなるほど、リオはアリサが好きだった。

 

「宮城に行っても、バレーは続けるよ。

 絶対強くなって東京に俺の名前が届くくらいに有名になってやる。そんで……アリサに“離れてもずっと好きでいていいかな”って思ってもらえるくらいに」

 

 アリサは、涙を浮かべながら微笑んだ。

 

「……ずるいよ。そんな言い方……」

 

「ずるくても、言いたかった」

 

 アリサがブランコから立ち上がり、

 リオのパーカーの袖を掴むその手は、小さく震えていた。

 

「……ねえ、リオ。最後に……抱きしめてくれない?」

 

 リオは迷いなく腕を伸ばし、

 アリサをそっと抱き寄せた。

 

「もっと……一緒にいたかったな」

 

 アリサの言葉は、冬の空気に溶けるように小さかった。

 

 リオはゆっくりとアリサの前に立ち、

 そっとブランコの鎖に手を添える。

 

アリサの体温が胸に触れた瞬間、

 別れの実感が一気に押し寄せる。

 

「……行かないでほしいけど……

 行ってほしいって思ってる自分もいるんだよ。リオのこと私も縛りたくないから…

 それに…リオが強くなるところ……誰よりも見たいから」

 

「うん。見ててくれ。絶対強くなって迎えにくるから」

 

 しばらく二人は、何も言わず抱き合っていた。

 時間が止まってくれたら、と思うほどに。

 

 そしてアリサは、離れていくリオの手を最後まで握ったまま、小さな声で言った。

 

「好きだよ、リオ。

 離れても、ずっと……」

 

 リオはその言葉を胸に刻み、

 手を離したくない気持ちを押し殺しながら

 

「うん……俺も大好きだ」

 

 リオはアリサの頭を優しく撫でた。

そう言って微笑んだ。

 

 それが、二人が“ただの幼馴染の関係”を越えた最後の夜だった。

 

アリサと別れた夜から、季節が一歩進んだように感じた。

 胸の奥に残っている温度だけが、まだ現実から離れられずにいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——それから数日後。

 リオはついに、宮城へ向かう日を迎えた。

 

 朝の東京駅。

 巨大なガラス天井に朝の光が差し込み、人々が行き交う音が反響している。

 リオはキャリーケースの持ち手を握り直し、深呼吸した。

 

「……行くか」

 

 隣では、母の美羽が優しく微笑んだ。

 

 

「緊張してる? でも大丈夫よ、リオ。あなたならすぐに馴染めるわ」

 

 

続いて父のレオナルドが

 

「たとえ離れ離れになっても俺たちはお前のことを愛しているし変わらず応援しているからな。あとアリサちゃんに連絡ばっかして愛想尽かされるんじゃないぞ?」

 

「はは、うるさいよ。そっちこそ久しぶりの帰国でしょ?もう母国語喋れないんじゃない?」

 

 

 そのような普段と同じ日常会話を少しした後両親に手を振られながら改札の入り口を潜る… リオはもう一度振り返った。

 両親。

 アリサ。

 リエーフ。

 ジュニア時代の仲間たちやコーチ…

 

 その全てが、まるで昨日のように胸へ迫ってくる。

 

(……必ず強く有名になってやる。次会った時アリサにも、リエーフにも胸張って会えるように)

 

 その思いを抱いたまま、新幹線の車両へ足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 コレから引っ越す家の最寄駅に着くと、東京とは違う冷たい空気がリオの頬を打った。

 

「……寒っ!」

 

 宮城は東京と比べてもこの時期は特に気温が低かった

 

「早く向かわないと…ととどっちだっけ」

 

 

 東京ほど人混みはなく、空気が澄んでいる。

 ビルが立ち並びながらも、どこか余白がある街だった。

 

「ここが……これから俺が暮らす場所か」

 

 不安よりも、好奇心と意欲のほうが強かった。

 

 

 

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