ヤンデレCDの短編集   作:食卓塩少佐

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ストーキングのグルメ~追飯の流儀~(小鳥遊夢見)

 食事って、人生においてとっても大事なことだと思わない?

 だって呼吸と睡眠と同じくらい、生きてるうちに大事な事でしょ?

 国や文化が違うと、食事はただの消費活動ってしか捉えない人も居るって聞いたことあるけど、アタシが暮らすこの日本では一種の娯楽になってる。

 日本人は凝り性な人が多いから、当然食べるものにもこだわりが生まれちゃうんだろうね。

 

 ……なんて、他人事みたいに言ってるけれど。

 実はアタシも、こと食事については独自の美学を持ってるの。

 本当は門外不出なんだけど、今回は特別に(本当に特別だよ? 屋根がC4で爆発しちゃうくらい普通ならありえない事だと思って!)アタシが休日にだけ見せる食事のこだわり……ルーティンを紹介しちゃうね!

 

 なんかこう言うと、有名なネット配信者がやってる動画みたいでむず痒いかも。

 

・  ・   ・   ・  ・

AM 05:30 野々原家

 食事を楽しむうえで最高のスパイスはなんだと思う?

 愛情ってすぐに思い浮かぶ人は、とっても素敵な人。普段なら激しく同感しちゃうけど、こと『早朝』に限っては話が変わっちゃうんだなぁ。

 焦らす趣味は無いからさっそくアタシなりの考えを言うと、ズバリ『食事前の運動』です。

 

 朝早く起きて、身体を動かして全身の血流や内臓を活発にさせてから食べる朝ご飯って、ただ起きてすぐに食べるよりもずっと美味しいの。

 当然、毎日ってわけにもいかないけど……台風の日でさえ早朝ウォーキングする人とかたまにだけど聞いて、頭おかしいんじゃないのって思うし。

 

 おっと話がそれちゃった……気を取り直して、最初にアタシが紹介するのは朝の運動!

 前日の22時半に寝て今日の5時に起きてから、()()()()()に身を整えてアタシが向かったのはお兄ちゃんの部屋!

 アタシの家から10分ちょっと歩いた先にある従兄のお兄ちゃんは、昨日も日付が変わるまで新作のゲームに熱中して、ちょうど3時間くらい前にやっと眠った。このままだと今日はお昼過ぎまで眠りっぱなし確定ね。

 

 素直に正面玄関から入ろうとしたら同じ家で寝ている伯父さんと伯母さんに迷惑がかか(バレ)るから、()()()()()に家の裏庭に設置されてる物置小屋から屋根に伝って、出入り口用に開けた屋根の開口部からおじゃましま~す!

 消音装備のお陰で天井が音を立てる心配もなく、アタシは軽々と2階の使われて無い客間から屋内に入って、お兄ちゃんの部屋までたどり着くのでした。

 

 ゆっくりと……なんて配慮しなくてもどうせお兄ちゃんは熟睡して気づかないけど、部屋に入ったアタシはまず最初に、やっぱり眠ってたお兄ちゃんの顔を──7時間と21分ぶりに眺める大好きなお兄ちゃんの宝石の様に輝いて見えるお兄ちゃんのフェイスを網膜と海馬、何よりも魂に焼き付ける。

 うん……これでもしアタシが万が一記憶喪失になったり、死んで生まれ変わったとしても、すぐにお兄ちゃんのことだけは思い出すの確定。でもまぁそんな事しなくたって最初から思い出せるに決まってるけど、念には念を入れるのが人生を成功させるコツでしょう? ただでさえお兄ちゃんの周りには危ない奴がうろついてるんだからアタシの身にだっていつ何が起こるか分からなくもないし。まあ仮にアイツラが直接アタシに害をなそうとしたってアタシはアイツラがそう思うだろうタイミングを完全に把握して先制攻撃するだけなんだけどね。でも正直言えば向こうから手を出してくれたほうがずっと楽なんだけど。人を殺すのだってただじゃないんだから、せめて正当防衛って大義名分があるのと無いのじゃ全然殺すモチベだって違うのに。

 眠ってるお兄ちゃんの無垢な表情が、しっかりと閉じられてる唇が、呼吸のために微細に揺れるお鼻が……あーもう全部がたまんない! これだけで幸せ度数100万点越えちゃう!

 でも駄目。ここで満足する人間じゃないの。

 アタシが朝の運動としてここに来た最大の理由──それはお兄ちゃんの身体を包んでいるお布団をめくった(エッジを越えた)先にある──!

 

「~~~ヤバッ、濃っっ!」

 

 思わず、不覚にも、わずかにだけど声を漏らしてしまうほどの濃厚なお兄ちゃんスメルが、布団を捲った矢先に鼻腔を満たしてくれた。

 数時間お布団が封じ込めていた純度100%のお兄ちゃんスメルは、朝のアタシの脳みそをところてんみたいにデロデロに溶かすのには充分過ぎる。もうアタシ、この空間に住めるレベル。

 

「あ~~~ほんっとヤバッ。30回は死ねちゃう……もうサイッコ~」

 

 布団の中に顔を突っ込んで、熱気も感じながらまずは1時間、アタシは身体と布団の境界がわからなくなる程度には、朝の()()を楽しんだのでした。

 

・  ・   ・   ・  ・

AM 11:00 野々原家付近 公園

 

「…………はぁ」

 

 場所は変わって、近くの公園のベンチ。

 アタシはまださっきまでの余韻に浸りつつ、お兄ちゃんの枕元にしかけた盗聴器越しに聞こえるお兄ちゃんの寝息をイヤホンで聴きながら、けっこう遅めの朝食(夢見特性BLTサンド! 長期の諜報活動に必要な根気強さを支えるカロリーと栄養素たっぷり! お兄ちゃんに食べさせるときはいつもちょっとだけ……これ以上は流石に内緒)を頬張っている。

 朝の運動の甲斐もあって、今日は本当に美味しい。普段が10点満点中100点満点だとしたら、今日は100垓満点って感じ。

 お兄ちゃんはまだこの調子なら、最低でも1時間は眠りっぱなしだし、今日はこのまま寝息を堪能し…………うん?

 

『────っ!?!?!』

 

 盗聴器越しに、スマートフォンのアラーム音が鳴ったと思ったら、慌てて飛び起きるお兄ちゃんの声が聞こえた。

 

 どうしたんだろう、休みの日なのにこんなに慌ててるお兄ちゃんって珍しい気がする。

 でも、声だけでもどんな表情で慌ててるのか簡単に思い浮かべちゃうなぁ。直接見たら可愛すぎて変な声でちゃうかも。

 失敗したなぁ、これなら公園(ここ)じゃなくてお兄ちゃんの部屋のワードローブに入ってれば良かった。

 

 ……じゃなくて、今はお兄ちゃんの動向を追わないと。

 

 お兄ちゃんはシャワーを浴びてから、いつになく急いで家を出た。

 予めお兄ちゃんが着込みそうなお気に入りのアウターの裏生地にGPSを仕込んでるから、何処に向かうかはスマートフォンで探知出来る。

 

「この方向は……駅の方? 動きが早いから自転車で向かってるんだ。え、そんなに?」

 

 お兄ちゃんの家から駅までは、ゆっくり歩いても15分位の距離しか無い。駅前の駐輪場は一昨年から有料になってるから、幾ら電車を使う用事があるとしても、わざわざ自転車を使うってことはよっぽど大事な……電車を乗り遅れちゃいけない用事があるってこと。

 いっつものんびり屋さんなお兄ちゃんが、そこまで真剣に急ぐ理由──考えられるのは1つだけ。

 

「女とデートかな。これ」

 

 もちろん、そうと決まったわけじゃないけれど。

 こうしていられない。アタシも早く追いかけなきゃ。

 もし本当にデートだったら、相手がどんな女なのかをちゃんと把握しないとだから、ね?

 

・  ・   ・   ・  ・

PM 01:00 銀座 ハイブランドショップ前

 

 結論から、書く。

 

 やっぱり、デートだった。

 

 しかも相手は最近お兄ちゃんに媚を売り始めていた金髪高飛車勘違いイキリブス屈伸の貧乳飛び越えて陥没胸部な生まれしか縋れる強みのない残念クラスメイト(ただの他人)の綾小路咲夜とかいうガキみたいに貧相な体つきをしたメス。ほんとうに信じられない、どうしてよりによってあんな発育不全としか思えない女児みたいな……ううん、性格もろとも正真正銘の女児そのものって感じの女とお兄ちゃんはデートなんてしてるわけ? お兄ちゃんって本当はペドだったりするわけ? それとも穴があったら誰でも良いってこと? いやそんなわけ無いよね、アタシとしたことがちょっと、本当にちょっとだけ取り乱しかけちゃったけど、冷静に考えてお兄ちゃんがそんな犯罪者予備軍なハズ無いし、きっとアイツが金に物を言わせて無理やりお兄ちゃんを従わせてるに違いない。

 ふぅ……本当に、本当に度し難い事だし、心底許せないけど、だからって衝動的になるわけにはいかない。

 お兄ちゃんが見ている前で殺人なんて出来ないのもあるけど、それよりも問題は周囲にある。

 お兄ちゃんと綾小路咲夜の周りには、お店の中と外にびっしりと護衛が居た。

 素人にはわからないし、プロでも気付けないくらいにあまりにも周囲に溶け込んでる人人人……アタシじゃなかったら絶対に気付けないだろうし、だからこそ気づけたアタシのことを、連中はまだ認知できてない。

 このまま2人の後を追い続ける分には問題ないけど、手を出そうとすれば絶対にバレるし、そうなったら最後、さすがのアタシでも大人数を相手にして一度に処理するのは……出来なくもないけど、まず間違いなくお兄ちゃんに嫌われちゃう。それだけは駄目。

 

 だから、まぁ、本当に。本当に忌々しいけど!

 今日はこのまま2人が何をしてるのかだけを、追跡していくことにした。

 もしだけど、流石にそこまではありえないと思うけど、それでもあの女が発情期のメス猫みたいにまーおまーおとトチ狂ってホテル街にでも足を運ぼうとしたら、そのときはリスク込みでお兄ちゃんを止める必要があるしね。

 

 ……でも、流石にアタシを差し置いて、しかも親のスネカジリらしく財力に物を言わせてこんな繁華街でデートされる現実を素直に黙って静かに何もせず受け止めるのは、ストレス過多も良い所で無理。

 というわけで、こういう時はスイーツで気分を和らげちゃおう。

 

 お気に入りのカバンから2つのアイテム──ペットボトルと、一昔前のイヤホン付きMP3プレイヤーを取り出す。

 プレイヤーは前にお兄ちゃんが伯父さんから譲ってもらった物を、要らないからとくれた宝物。

 ペットボトルは、昨日お兄ちゃんが自販機で買ってから飲み残して、冷蔵庫に入れてたのを今朝回収したもの。

 

 お兄ちゃんが口にした飲み物なんて、この世界において珠玉のスイーツに他ならないでしょう?

 そして、その修業の一品をさらに至高のものへと昇華させるのが、これからお兄ちゃんのプレイヤーで聞く音楽……ううん、お兄ちゃんの声でアタシが自作したボイスドラマ。

 最初は苦戦したけど、時間を掛けて編集技術を覚えて、人力でもお兄ちゃんの些細なイントネーションや吐息を挟むタイミングを96%再現した力作(シチュエーションは急な雨でお兄ちゃんの家に上げてもらって、そこで一緒にシャワーを浴びて最後には……これ以上は秘密!)なんだから。

 

 今朝は視覚と嗅覚でお兄ちゃんを堪能したけど、今度は味覚と聴覚でお兄ちゃんを感じるの。もう……サイッコーってやつよね!

 

「ん゛ぁ゛……これ駄目かも、脳が溶けちゃう……シナプスちぎれてバカになっちゃう……」

 

・  ・   ・   ・  ・

PM 19:00 野々原家の最寄り駅前

 

「……………………はぁぁぁ」

 

 終わってみれば、今日は過去にないほど自分との戦いだった。

 綾小路咲夜がお兄ちゃんにした狼藉の数は、枚挙に暇がなくて、その度にアタシは公衆の面前だろうとお兄ちゃんの前だろうと、問答無用で八つ裂きにしたくなる衝動を必死に抑えなきゃいけないから当然の話。

 

 まず、ボイスドラマで頭の中がキラキラで一杯になってたせいで2人を見失って1時間以上探す羽目になった。

 お兄ちゃんの服に仕掛けてたGPSは、恐らく綾小路咲夜(または奴の護衛)が施したジャミングのせいで機能しなかったから、かなり苦労させられたわ。

 

 次に、苦労しながらもようやく嗅ぎつけたお兄ちゃんの匂い(今朝たっぷり吸ってたおかげね! 流石アタシ、一時が万事うまく行く)を辿って見つけたら、お兄ちゃんは既に綾小路咲夜の荷物持ちとして両手にたくさん袋を持たされていたからもう、情緒が尋常じゃなかった。

 こういうのって普通、買ったら家まで配送とか後で召使が受け取りに行くとかじゃないの? それを、まるでお兄ちゃんは自分のためにあるんだと周りに誇示するみたい位にわざと荷物持ちにさせるなんて、あって良いことじゃない、お兄ちゃんの人権を侵害するにも程があるわよ!

 

 そして最後に、これが一番耐え難いことだったけど、お兄ちゃんにあのクソメスが最後何をしたと思う??

 

『ま、まぁ!? 今日ここまであたしのために奉仕したその忠誠心だけは認めてあげ無くもないわよ?』

 

 とかほざいて、ご褒美とかのたまいつつ自分が買ったネックレスをプレゼントしやがって!!!!!!

 ふざけんじゃないわよ! 何が『これから肌見放さず大事に持つことね!』よ、バッカじゃねえのかクソが!

 あああ今こうして思い出すだけでも本当に我慢できない、許せない、お兄ちゃんにマーキングじみた行為をするなんて万死に値するわ!!!!!!!

 

 決めた、殺す、絶対殺す。いつ殺す? もちろん今すぐ──っと言いたいけれど、そこは我慢。

 今日一日、お兄ちゃんを追うついでにクソメスとその取り巻きを見て、心底分かった。

 外でアイツを殺すのは無理。仮に協力者が居ても、相手はその協力者を買収出来てしまう。

 

 だから、殺す算段を付けるのは今じゃない。

 もう少しだけ冷静になってから、ゆっくり確実に堅実に質実に剛健にいくことにする。

 

 ──だから、今日最後にすることは。

 

「──あっ、お兄ちゃ~~ん! どうしたの、こんな時間に一人で居るなんて、もしかして誰かとデートでもしてた?」

 

「えっ、違うの? じゃあどうして……え~荷物持ちぃ? せっかくお兄ちゃんと一緒だったのに? その人、ちょっと物の価値観とかズレてる人?」

 

「アタシがお兄ちゃんと一緒なら、絶対荷物持ちなんかさせないのに。()()()()()()()()()

 

「──じゃあ、疲れてるお兄ちゃんが元気になるもの、今からアタシが作ってあげる。……うんそうだよ、お兄ちゃんの家で。今日は伯父さんと伯母さんはお出かけで遅くまで居ないの知ってるよ?」

 

「なんでって……もう、お兄ちゃんが教えてくれたのに忘れちゃったの? あー、さては昨日遅くまでゲームしてたから忘れちゃったんだ、ひどーい。なんてね! じゃあ早く帰ろう?」

 

 ──今日最後にすることは、お兄ちゃんの休日の思い出をあの女からアタシに上書きすること。

 

 

 結論、食事で一番大事なのは。

 大好きな人と同じテーブルで食べる事よね!

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