ヤンデレCDの短編集   作:食卓塩少佐

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グランメゾン野々原~ロード・トゥ・弁当~(野々原渚、河本綾瀬)

 野々原渚は、瞠目していた。

 生まれてから十余年、今日この時ほど自分が置かれている状況が理解できない日はなかった。

 

 無理も無いだろう。

 だって──。

 

「お願い、渚ちゃん! アタシに料理を教えて!!!」

 

 幼馴染にして、恋敵。

 いつか絶対に殺さなきゃいけないとすら思っていた、あの河本綾瀬が自分に頭を垂れながら、あまつさえ教えを請おうとしているのだから。

 

「……とりあえず、頭はあげてくれませんか?」

「──! 教えてくれるの?」

「人目につきすぎてるから、止めてくださいって言ってるんです!」

 

 渚達がいるのは、放課後の中等部1年1組の教室。

 帰りのHRが終わり、ぼちぼち皆が部活や委員会活動、あるいは塾に向かおうと教室を出始めた矢先に、綾瀬が息を切らしつつ入ってきたと思ったら、冒頭の言動だ。

 

(いったい、何を考えてるわけ!?)

 

 同じ敷地内とは言え、校舎が分かれている上に中3より更に年上の高校2年生が単身で、まだ自分以外にクラスメイトが残っている中、頭を下げてお願いしている構図は悪目立ちにも程がある。

 半ば嫌がらせの領域にも近い。

 

「場所を変えませんか、話はそこで聞きますから」

「ありがとう渚ちゃん! さすが将来の義妹ね!」

「強い言葉で怒りますよ」

「もう、照れちゃって可愛いんだから」

「…………」

 

 相変わらず、自分に都合のいい解釈ばっかりする。脳みそ入ってるんだろうか、馬鹿みたいに大きいヘアリボンと無駄に育った胸部に吸い取られてるんじゃ? などと内心で毒を吐きながら、渚は綾瀬を連れて少人数授業用の教室に移った。

 

「それで? デカ馬鹿リボン先輩──んんっ、綾瀬さんがわざわざ私に、何をお願いしに来たんですか?」

「今すごいこと言わなかった?」

「あたし、忙しいんです。この後今晩と明後日までの食材買わないといけないんで、無駄話するなら帰りますよ」

「あぁ待って! それ、まさにそれをお願いしてるの!」

「……はい?」

 

 要領を得ない渚に、綾瀬はコホンっと咳払いを挟んでから事のいきさつを説明し始める。

 

「今日ね、私、野々原(かれ)にお弁当作ってきたの」

「……お兄ちゃんに?」

 

 クラスは違うが、綾瀬と渚の兄は同級生だ。確かにお弁当を作れば渡す機会は幾らでもあるだろうが。

 

「あの、お兄ちゃんにはあたしが毎日お弁当作ってるんですけど?」

「知ってる。だけど野々原には私の味も知ってほしくて……」

「何勝手なことしてるんですか、食材を無駄にするのが趣味になったとか?」

「うぅ……そんな怒らないで。結局お弁当は渡せなかったから」

「これで怒るなっていう方が無理があ──ん?」

 

 強い引っ掛かりを覚える。果たしてこの無駄乳デカ馬鹿リボン先輩こと、押しの強い河本綾瀬が、自分の作ったお弁当を兄に渡せず終いなんて事があり得るだろうか。

 無い、あり得ない。たとえ兄の手元に自分の作った弁当があったとしても、それを押しのけて【私の食べて】と迫るだろう。そういう女だというのは、よくわかっている渚だった。

 

 そんな綾瀬が、弁当を渡せずに居るとはつまり、尋常では無い何かが起こったに違いない。

 たとえば──既に兄の隣に【彼女が居て割り込める空気じゃ無かった】とか。

 

「……何が起きたんですか。話してください」

「え、うん話すけど……なんか急に怖い雰囲気になってない?」

「良いから、さっさと話してください。忙しいってあたし言いましたよね?」

「えぇー? ぜったい怒ってるのに……」

 

 たまにいるのよねー、明らかに怒ってるのに【ぜんぜん怒ってなんかないわよ】とか言ってくる女子。渚ちゃんも思春期入ったし、そういう事もあるかぁ。

 自分を顧みる機会に乏しい女子高生の心の裡を知る者は、幸運なことに皆無であった。

 

 故に話がこれ以上更に脱線することも、拗れることも無く、綾瀬はことのいきさつを説明する。

 

「お弁当を渡せなかったのは、とても人に出せる状態じゃなくなってたからよ」

「もしかして味見してなかったとか?」

「味見はしてたわよ、人に出すものなのに、自分が食べられないもの出すわけにいかないじゃない」

「その辺の常識はあったんですね……それじゃあどうして──あぁ分かったぁ! お腹空いて早弁しちゃったんですね?」

「ねぇ渚ちゃん。いったん私達、お互いにどんなイメージなのかヒアリングするべきだと思うんだけど、どうかな?」

「ごめんなさぁい、時間があまりないので早く本題に入ってくれますか?」

 

 ぜったい時間ないとか嘘でしょ、やたら煽る時間はあるじゃない……という小声のボヤキは聞こえないフリをする渚。気遣いができる子だという自負のたまものであった。

 

「えっとね、彼に渡せなかった理由だけど」

「はい」

「……汚くなっちゃってたの、中身が」

「……あー、そういうことですか」

 

 料理をしてない、お弁当を自分で用意したことのない人間が聞いてもイマイチ要領を得ない言葉だったが、渚には十分な説明だったようだ。

 

「おかず、何だったんです?」

「炒飯と、油淋鶏と、トマトと卵の中華炒め……」

「すっごい中華ですね」

「彼、中華好きだから……」

「確かに綾瀬さんの八宝菜は悔しいけどあたしも美味しいとは思いますけど」

 

 綾瀬の料理は手広いジャンルを網羅しているが、中華は絶品と言えるレベルだ。

 エプロンを来て、トタタタっと小気味良い音で白菜やブロック状の豚肉を刻み、強火のコンロの前で、曰く【曽祖父の代から戦争を乗り越え使い続けている中華鍋】を振る姿は、恋敵ながらも圧巻される。

 今回綾瀬が兄のために用意したという弁当の内容も、間違いなく、疑うまでもなく、美味しいだろう。

 

 ……ただし、それが【できたて】ないし、【温められた状態】かつ、【平らなお皿の上に盛られている場合】に限る。

 

「そんな油っけのあるおかず、お弁当の中に詰めちゃったら……」

「うん、そうなの……ぐしゃぐしゃになっちゃって」

 

 油淋鶏ほど油を使った料理の場合、冷えてしまうと油が白く固まる事がある。それが衣にくっついてしまえば、食いごたえも味も大きく損なってしまう。

 また、油淋鶏にかかったソースは水っぽいため、【鞄の中で揺れる】弁当箱の中では簡単に他のおかずを侵食してしまうだろう。

 炒飯だけならまだ【そういう料理】としてある程度は許容できるかもしれないが。

 

「ちなみに、お弁当箱はどういう形ですか」

「普通の、1段タイプ……」

「あー……」

 

 終わりだ。密封していようとかなりの確率ですべてのおかずにソースが染み渡る。

 さっぱり系の味付けであるトマトと卵の中華炒めなんかは、もはや味の原型すら残っていないだろう。

 

「だめだめじゃないですか、綾瀬さん。何しちゃってるんですか」

「うぅ……あんまり言わないでよ、私が1番痛感してるんだから」

「痛感する前に普通なら誰でも事前に気づくと思いますけどね」

「き、厳しい……」

 

 本当に悔しがってる綾瀬。と言っても実は同じミスを渚は過去にやらかしている。

 しかも当時は、兄から直接お弁当の感想を聞いてやっと自分のミスに気づいた始末であるから、正直なところ全く綾瀬をどうこう言える立場では無かったりする。

 だが、分かってても敢えてそんな事は言わないのが、年頃の女子というもの。

 ……あるいは、全く無自覚に自分を棚に上げているだけな可能性も(多大に)あるが。

 

「お願い渚ちゃん、あたしにお弁当に適した料理と組み合わせを教えてちょうだい!」

「……えぇ〜? なんであたしに聞くんですか、親に聞いたら良いじゃないですか」

「パパもママも、その辺はさっぱりなの!」

 

 忘れていた。河本家はわざわざ娘の部屋に防音対策して、ピアノを置かせるような裕福な家庭なのだ。

 そんな家が平日のお昼にわざわざお弁当なんて用意するわけもない、スマートに外食で済ませてしまう。

 

 思わぬところで見せつけられた家庭間の富の差に、渚は元々好きじゃない河本綾瀬がもっと嫌いになった。

 

「私が教える義理なんてありません。そんなにお弁当つくりが上手になりたいなら、お料理教室にでも通ったらどうですか? お金ありますよね?」

「それは、あるにはあるけど……」

「──ちっ」

 

 そこでさらっと答えてくるのがまた鬱陶しい。

 もういい、これ以上大嫌いな小金持ちの無自覚裕福自慢を浴び続ける義理もない。問答無用で帰ってしまおう。──そう決意した渚だったが。

 

「……ちゃんと彼が喜ぶお弁当に、したいじゃない」

「……むぅ」

 

 大嫌いだが、自分と同じ男性を想っている故に出てくるその言葉と気持ちをぞんざいに扱う事は、渚にとって難しかった。

 

「それは、確かに料理教室に行けば普通のお弁当は作れると思うわよ? でも、私が作りたいのは、野々原が喜ぶお弁当なの。そして、野々原が食べ物で何を好きか、嫌いかを一番理解してるのは渚ちゃん。そうでしょ?」

「…………はい、そうですけど」

 

 綾瀬の言葉なら逐一否定したいところだが、こと兄に関する言葉であればそうもいかない。ましてや、あの綾瀬が料理に関しては素直に渚が最大の理解者だと認めてきたのだから。

 

「だから、私は渚ちゃんから教わりたいの。この世で一番、野々原の舌を喜ばせるお弁当を作れる貴女から、教わりたい」

「……綾瀬さん」

「だめ、かな?」

「…………っ」

 

 断りたい。

 この提案、正直に言って自分の味を綾瀬に教えるだけになるから、渚にとっては何のメリットもないのだから。

 だが、しかし。だがしかしだ。

 あの綾瀬が。

 日頃からナチュラル姉目線で妹分みたいに接してきてさも将来義理の姉妹関係なるの確定〜みたいな振る舞いをする、あの綾瀬が。

 

 ここまで必死になって、自分に教えを乞う姿を見るのはハッキリ言って、爽快だ。

 

(悪くない、ううん、むしろ良い! というかすごく気持ちい!)

 

 姉から目線で偉そうにする義姉気取りの女に、自分が料理を指導する。

 既にそれは渚にとって【家庭の味を奪われる】デメリットを大きく上回る魅力になっていた。

 ……もっとも、それは昭和時代から連綿と続く【小姑の嫁いびり】そのものであることに、渚はとんと気づいていないのだが。

 

「……全くもう」

 

 ずれ落ちていた鞄の紐を肩に掛け直して、渚は綾瀬の横を素通りしていく。

 躊躇無く進む足音が教室の外まで行くのを聞きながら、【あぁだめかぁ】と湧き上がる諦観を受け入れる。

 もうこうなったら、インスタでバズってる家庭料理でも真似してみようかと考えた矢先に、背後から渚の声がした。

 

「何してるんですか、行きますよ綾瀬さん」

「えっ」

 

 振り返ればそこには、出入り口のドアに寄りかかりながらじとーっとこちらを見る渚がいた。

 どうして? という疑問を口にするよりもずっと早く、渚の言葉が続く。

 

「綾瀬さんは話が長いんですって。急がないとスーパーの夕方セール始まっちゃいますよ」

「……私も行くの?」

「当たり前じゃないですか。一緒に料理するんでしょう?」

「渚ちゃん……っ!」

 

 パァッと、綾瀬の表情が歓喜に綻ぶ。それがあんまりにも朗らかな笑顔だったものだから、渚もつられて表情が和らぐ──のを我慢して、まるで……いやまさに、小姑のような厳しい一言を返すのだった。

 

「言っとくけどお弁当嘗めないでくださいよ。厳しくいきますからね!」

 

 

 グ ラ ン メ ゾ ン 野 々 原の の は ら

R O A D t o B E N T O

 

「馬鹿なんですか? こんな油でギトギトした唐揚げをお弁当箱に入れて、中身全部油まみれにしたいんですか?」

 

 スーパーで食材を買い揃えてから、早速渚の家で綾瀬に【自分なりのお弁当】を作らせてみた渚が、容赦のない一言をぶつける。

 

「だ、だって……家で食べるときはこのくらいで」

「だから言ったじゃないですか、お弁当箱とお家のお皿は違うんです。お皿の上でなら問題なくっても、お弁当箱の中に中時間入ってたら、唐揚げの油がにじみ出て味を損ねるんです」

「そ、そういうこと……」

「それに、幾らお兄ちゃんが揚げ物好きだからって安直に唐揚げっていうのもナンセンス過ぎます。平日は5日間もあるのに、毎日揚げ物にする気ですか?」

「え、駄目なの?」

「……はぁ」

 

 ここでも家庭環境による金銭感覚の違いが……頭が痛くなるのをぐっと堪えて、渚は諭すように言った。

 

「綾瀬さん、普通に唐揚げ作った時に使う油の量って考えたことありますか?」

「そ、それくらいは流石に考えてるわよ! 油淋鶏も酢豚も揚げなきゃいけないんだから」

「じゃあ、使った油はどうしてます? 固めて捨てますか? それともオイルポットに入れて使いまわしますか?」

「えっと、沢山揚げた時以外は使いまわしてるけど?」

「あたしもそうです。何度も揚げ物に使った油は劣化して料理の味を落とす……台所に立つ人間にとっては常識ですもんね」

 

 であるからこそ、渚には決して譲れない点がある。

 

「お兄ちゃんに食べてもらう料理に、そんな質の悪い油を使って良いと思いますか? 思いませんよね?」

「うん、思わないかなぁ……」

「だったら毎回毎回、4個か5個の揚げ物の為だけに新鮮な油を使いますか? 油の消費量がバカになりませんよ、そんなことしていたら」

「……それも、そっか。私だって疲れちゃうしね」

「やるなら週に1回。それも、夜ご飯のおかずでたくさん揚げ物を作るとき一緒に揚げる。その方が家計にも優しいです」

 

 渚は兄の弁当に唐揚げを始めとした揚げ物を入れる際は必ず、晩ご飯のおかずとして大量に揚げることにしている。その方が質のいい油で、出来立てを兄に食べてもらえるからだ。

 

「あ、でも渚ちゃんが野々原に作ったお弁当よく見るけど、揚げ物の日が2、3回はあったわよね?」

「なんで見るんですか……」

 

 それだけ、お昼ごはんを一緒に過ごしているという意味だ。大変腹ただしい。

 

「……じゃあ、その時お兄ちゃんが何を食べてたか覚えてます?」

「えぇっと……何だっけ、れんこんとかトリモモ?」

「はい正解です。レンコンの挟み揚げと、薄く切った鶏モモ肉の簡単唐揚げですね」

「……なにそれ?」

 

 聞いたこともない料理の名前に、綾瀬は首を傾げる。

 

「あるんです、そういう料理も。少し太めに切ったレンコンの間にひき肉を詰めて、片栗粉をまぶして、フライパンに薄く張った油で揚げるんです。鶏モモ肉の簡単唐揚げも、薄く切れば火の通りが早いから、普通の唐揚げよりもずっとコスパよく出来ます」

「へぇ~、そういうのもあるのね」

「綾瀬さんはこう、ちょっと杓子定規に料理を捉えすぎです。大皿の上に乗る料理しかイメージできてないんですよ」

「うっ、それは確かにあるかも……」

「どちらも我が家では鶏肉を使ってます。カロリー控えめ、高タンパク、味付けも簡単で飽きにくいですから。それにレンコンの挟み揚げだと、ひき肉にお兄ちゃんが嫌いな野菜を細かく混ぜても平気で食べてくれるんですから」

「え、にんじんとか?」

「そうです。綾瀬さんってばいっつも好き嫌いは問答無用で食べさせようとしますよね? そんな押し付けがましい態度で迫られたって、食べたくないものは食べたくないままです。お兄ちゃんが嫌いなものでも、工夫して食べられるようにする。お弁当は食育ですよ」

「……深いわね」

 

 果たして本当に深い会話なのか。

 なんとなく、雰囲気に呑まれてるだけではないのか。

 

「ますます確信するわ。渚ちゃんの味付けを私は学ぶべきだって! 教えてちょうだい、貴女の隅々まで全部!」

「ふっ。最初に言いましたよね……そう甘くは生きませんよ!」

 

 

 グ ラ ン メ ゾ ン 野 々 原の の は ら

R O A D t o B E N T O

 

 

 

 なお、このあと本当に細かいところまで渚の味付けのコツを学んだ綾瀬を前に。

 

『どうしよう、このままだと私より本当に美味しい料理作る綾瀬のご飯ばかり食べるようになっちゃう!』

 

 ──などと、最初から分かっていたはずの危惧を今更になって抱き、【新しい味付けに変えないと!】【あと綾瀬殺さないと!】【ついでに最近お兄ちゃんに馴れ馴れしくなったあの陰険な女も殺そう!】となるのは、また別の話。

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