私はボム、ソ連のスパイである。
コツ、コツ、コツ……
司令部への誰もいない廊下に私の靴音が響く。
まだ春とは名ばかりのうすら寒さに、憂鬱になりながら司令部のドアを開ける。
「ボム、参上いたしました」
「うむ、そこへかけたまえ」
栄養過多で制服がはち切れそうな上官が、はげ頭をなでながら声をかけてきた。
「失礼します」
応接セットのソファーに腰掛けながら、私は上官の返答を待った。
「さて、先日の任務はご苦労だった同志ボム。帰ってきたばかりだが、君には次の任務に赴いてもらいたい」
ほらきた。上官には私を休ませるという概念は存在しないみたいだ。
「次の任務地は日本だ。日本に現れたチェンソーマンの心臓を奪取してもらいたい」
「承知しました、概要をお聞かせくださいますか」
「うむ、現在チェンソーマンはこの男と融合しているようだ。経歴は不明だが若い男のデビルハンターのようだ」
と言って上官はその男の写真を渡してきた。遠景からの、しかもあまりピントが合っていないもので、顔もよくわからなかったが、日本人には珍しいボサボサの金髪が特徴的だった。
「あの、もう少し鮮明な写真などはなかったのでしょうか?」
これでターゲットを探すのは一苦労だと思い尋ねてみたが
「最近、なぜか日本の防諜が厳しくなってな、詳しい情報は取れなかった」
と、頼りない返事が返ってきた。
「そこで、君にはまずターゲットを探す潜入調査から頼みたい。東京の公安の近くにいる可能性が高いので、その近辺に潜伏して目的を達成してほしい。なんとしてもチェンソーの心臓を奪うのだ、頼んだぞ!!」
……相変わらず無茶ぶりであるが、残念ながら私に否という選択肢はない。
「承知しました、それで今回はどのような身分で潜伏しますか」
「うむ、まずはこのパスポートを偽造しておいた。今回の君の名前は“レゼ”という。君の見た目は日本でも違和感はないからそのままで良い」
そういって上官が渡してきたパスポートを見て
「……あの、一つお尋ねしてよろしいでしょうか?」
「うむ、なんだね」
「生年月日を見ると、1980年生まれとなっているのですが……」
「うむ、ターゲットは若い男だからな、同じ年ぐらいの女子高生に言い寄られたらイチコロであろう」
「はぁ、それはそうなんでしょうが……」
「どうした、浮かない顔だが何か不服かね」
「いえ、不服というか……」
「古今東西、男は若い女に弱い、これは鉄則だからな」
上官は完璧な作戦だとドヤ顔をしているが、私にはどうにも納得できなかった
「何か不服かね、同志ボム?」
「いえ、不服というよりは無理がないかな……と」
「無理とは?」
「私、今年で36になるのですが?」