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明日もう一回映画見に行きます。
「いやぁ、映画って本当にいいもんですね~!」
私は、レゼ。36歳、ソ連のスパイ。
私は、彼の傍に居られない……、ならばいっそ……。
暗い気持ちを抱えながら、彼の待つ教室に帰ってきた。
教室の前で、気持ちを切り替える。
カンの鋭い彼のことだ、私の気持ちを見抜いてしまう、あるいは、私が人を殺してきたことすら見抜いてしまうかも……。
つとめて明るく、彼の前に現れることにした。
今の私は16歳のおちゃめな女子高生だ。
ドアの陰からいきなり現れる
「バア!」
「わぎゃっ!?」
狙い通り彼が驚く。これで誤魔化せるかな……。
「便所行ってなんでそんな濡れてんの!?」
予想外の角度からパンチが来た。
多分、今私はものすごい間抜け面を晒していると思う。
バカ、バカ、バカ!私のバカ!
トイレでこんな濡れるわけないだろう!
顔から冷や汗が出る。何がスパイだ!
完全に彼の前ではポンコツだった。
咄嗟に返す言葉が浮かばず、焦った私は思わず
「アレ!?デンジ君!!あれってUFOじゃない!?」
ポンコツすぎる、でもお願い、これで誤魔化されて!などと思っていたら
「え!?ユーフォーって何!?」
しまった……! UFOがブームだったのは私が子どものころだ。
今時の子はUFO知らないか……。
ここにきてジェネレーションギャップが牙を剥いた。
もう勢いで誤魔化すしかない……っ!
「ほら、あそこあそこ!!」
窓の外を指さして、デンジ君を呼び寄せる。
「え、どこどこ!?」
彼の顔が私に近づいた瞬間に……
チュッ……
彼の頬にキスする。
「え、は!?」
「な~んて、うそぴょん!」
……これももう死語なんじゃないか?
そう思ったが、幸いデンジ君はそれどころじゃなかったようだ……。
「レ、レゼ……」
「アハッ、デンジ君真っ赤になってる」
よし、誤魔化せたかと思ったが、だいぶ体が冷えていたようだ。
くしゅん!
……うわー恥ずい。救いはまだかわいい音だったことだ。
そして、私は全身ずぶ濡れだったことを思い出す。
私だけじゃなくて、デンジ君も……
「レゼ!? そういやずぶ濡れじゃねぇかよ!何で!」
せっかく誤魔化したのに、思い出させてしまった。
今日の私はどうかしている、いや彼の前の私はどうかしている。
とにかく、もうずぶ濡れの理由を言わないと……。
「実は……おトイレで転んじゃって……」
どうも今日の私は救いようがないようだ。この言い訳だと、私は全身汚水まみれということになる。かといって本当のことを言えるわけはないし、どっちにしても彼の傍には居られない。
「えぇーマジで!? レゼ、それ体洗って着替えたほうがいいぜ!」
デンジ君は優しい。彼目線だと、ものすごく汚い私(実際はただの雨だが)を突き放すでもなく気遣ってくれる。
「デンジ君……ごめん………汚い女でごめん……」
私は最低だ、全部嘘なのに、それすらも彼は真剣に受け止めてくれている。
「俺も昔さぁ……、汚ねぇとか、臭ぇとか言われてさぁ、邪魔もん扱いされてたんだよな」
そうだった、彼の生い立ちではお風呂に入るなんて贅沢なことだった。そして私もそうだった。
「んで、体洗おうにも公園の蛇口ぐらいしかねえから冷たくてさ……、だから今のレゼの気持ちなんとなく解んだよな。んじゃ、シャワーかなんか探しに行こうぜ」
そういって、彼からすると汚れているはずの私の手を何の躊躇いもなく繋いでくれた。
さっきまでは、私が一方的に手をつないでいて、彼はされるがままだったのに
今は彼の方がリードしてくれている。
キュン……という音が胸から聞こえてくる気がした。
胸が締め付けられるように、切ない。
何なんだろう、この気持ちは。
さっきまで、自分の子どものように見ていた相手が、いつしか立派なダンディになっていて、私を引っ張ってくれる。
男児三日あれば即ち刮目して見よ。
それどころじゃない、彼は急速に成長して、子どもから立派な大人の男になっていた。
そして、それは私も彼を守る母から彼に従う女になっていくことを意味していた。
幸い、先ほどのプールにシャワーはあった。
ただ、着替えはない。どうしようかと思っていたら。
「レゼ、俺ので悪ぃけどこれ着なよ」
といって、着ていたTシャツを脱いで渡してくれた。
彼のサイズだと、ギリギリ下半身まで隠すことができたのでありがたく借りることにした。
(デンジ君の匂いがする……)
それは決して不快な臭いではなく、むしろ心地よいものだった。
今の私は、全裸にTシャツ1枚というとても煽情的なスタイルだ。
普通に誘惑するなら、恥じらうふりをして内心は平然としているけど、デンジ君の前では無理だった。
ドク、ドク、ドク……
心臓の鼓動がうるさい。悪魔の心臓なのにときめくのは人間と同じなのか。
顔の紅潮が止まらない。私は訓練でこれを自由自在に操れた……はずだった。
今は全くコントロールできない。さっきなんの躊躇いもなく彼の前で全裸になったというのに、なぜか今はとても恥ずかしい。
しかし、彼は私をいやらしい眼で見ようとはせず、紳士的に気遣ってくれた。その優しい眼差しが、余計に私を苛む。私はキミにそんな目を向けてもらう資格なんてないんだよ……。自責の念と羞恥心がないまぜになって、うつ向いて頬を染めるしかなかった。
服が乾くまで、どこに居ようかと思っていたら、ちょうど保健室が見つかったのでそこに入り、私はベッドのカーテンの中に隠れて、濡れた服を脱いで干した。
「おー、ここ湯沸かし器あるじゃん、レゼ、これでお湯で拭いて温まれよ」
そういって彼はタオルをお湯につけて渡してきた。
私はベッドの中に潜って、カーテン越しにそれを受け取った。
「……ん、ありがと……」
36歳の経験豊富なスパイはどこかに行ってしまった。
今、ここにいるのは16歳のうぶな女子高生だ。見た目は元からそうだが、中身がそっちに引っ張られて演技でもなく素でそうなってしまっている。
(どうしよう……本気になってしまう……)
最初は、私が彼に女を教えてあげるつもりだった。
余裕のある大人の女として、ピュアな彼を私色に染め上げるつもりだった。
今はもうそんな余裕はなかった。私が彼に染められたい。
彼の隣にいることは許されない。頭ではわかっている。でも身体が勝手に……。
「……デンジ君、お願い。……背中拭いてくれる?」
そう言いながらシーツにくるまった私は、彼のシャツを脱いで背を向けた。
窓から差し込む青い月の光が私の白い背中を仄かに照らす。
「レゼ……」
ゴクリと彼が生唾を飲み込む音が聞こえる。
プールでは幼い子どものように、お互い裸で遊んでいたけども、この状況での裸は意味が違う。さすがの彼もそれを理解したのだろう、明らかに何かを想像しているようだ。
彼がぎこちない手つきで、私の背中を拭う。お湯で温められたタオルが心地よかった。
そして、彼の情熱がタオル越しに伝わってきて、私の心拍数はどんどん上がっていくのがわかった。 私の白い肌がそれにつれて紅くなっていく。
もう我慢できない!私は彼の方に向き直った。私の様子がおかしいことに彼も気づいた。
「レ、レゼ!?」
彼の眼が私の胸に釘付けになっている。
「デンジ君……こっちもお願い……」
「なんでレゼがそんなコト……」
「だって私……デンジ君が好きだから」
そう言って、彼のタオルを私の胸へと導いた。
そして、上目遣いに彼を見つめた。頬は意識せずとも赤く、目はうるんでいた。
とうとう言ってしまった。許されないとわかっている。
でも、私に未来がないのならせめて今は後悔したくなかった。
「デンジ君なら……いいよ……」
演技でもなく、本気だった。心から彼に抱かれたいと思った。
(あなた……ごめんなさい……)
亡き夫に心の中で謝る。今夜私はデンジ君と間違いを犯してしまう。
でも、もう止められなかった……私の方は。
肝心のデンジ君はなぜか固まったまま躊躇していた。さっきのプールでもそうだった。
この年頃の男の子は、普通は女の子とエッチすることしか考えていない。だから女の子の裸に対して、もっと獣のようなギラギラした目を向けてくるはずだった。ましてこんな風に誘われたら誰でも押し倒しにくるはずだ。そうでなければその男はゲイか、もしくは……。
(何かある……)
さっき感じた嫌な予感が当たってしまいそうで怖かった。
「なんでそんなに悩んでいるの?デンジ君は私の事嫌い?」
と言い終わる前に、
「好きイ!」
即答だった。どうやら彼も私を好きでいてくれていることが分かって嬉しかった。
でも、それならなおさら……。
「レゼ……俺もレゼとエッチしてえよ、だけど、エッチな事ってさ相手の事を理解すればするほど気持ち良くなるって教わったんだ。だから、俺ぁレゼんことがもっと知りてぇ」
……本当に嬉しいことを言ってくれる、こんな私のことを知りたいだなんて。
彼が私の全部を知ってなお私を好きでいてくれるなら、これに勝る喜びはない。
………これが本当に彼自身の言葉だったら……ね。
先ほどまでの情熱が嘘みたいに引いていく。
残念ながら、嫌な予感が当たったようだ……。
これは16歳の男の子の思考じゃない、これは彼が誰かに教えられたのだ。
……そして、教えた奴は間違いなく女だ。
「……デンジ君、ありがとう。でもね、一つ教えて……。」
言いながら沈黙を作動させる。ここからは余人に聞かせるわけにはいかない。念のため、蛾の悪魔のソナーも作動させる。
ソナーに反応があった。あの時のサメが保健室の外にいる。
(やはり見張られていた……)
私はデンジ君の耳元に口を寄せてささやく。
「デンジ君……私の他に好きな人いるでしょ」
知らず知らず声のトーンが冷えていたのがわかった。
デンジ君は不意を打たれて狼狽している。
「え?」
「誰に教わったの、それ?」
彼は完全に意識の外から殴られたように目の焦点が合っていなかった。
「もう一度聞くね、誰?」
彼の手を取りながら聞く。まだ極めていないが、いつでも折れる。
彼が私のただならぬ気配を感じたのか、ポツリと言い出す。
「俺の……上司で……」
やはりそうか、公安か。で、誰?
「マキマさん……って人」
「Сука!(クソ女が!)」
思わず母国語の悪態が口をついて出ていた。