レゼさんじゅうろくさい   作:大学鯖

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第三話

 私はレゼ、36歳、既婚。

 

 成田空港から東京に着き、情報部の用意した拠点に入った。1DKのアパートには必要最低限の家具類と衣類(例の鈴のシャツを含む)が入っていた。

 

(だから何でこのシャツ同じ柄で3枚もあるのよ!)

 

 どうも3枚セットで売っていたらしい。生地はいいのが無性に腹が立つ。とりあえずこれで外出するしかないようだ。当面の生活必需品を買うのと、潜伏するための職場を探しに街に出た。

 

(……うん、うちの情報部はダメだ)

 

 明らかに私のファッションは浮いていた。とりあえず、服を買おう。

 まずコンビニに寄って今のファッション誌を見て、情報部が持ってきたファッション誌との違いに驚く。

 

(やっぱり今どきあんな恰好してるやついないじゃんか!)

 

 1980年と今とで服があんまり変わらないのはソ連ぐらいのものだと思い知らされた。とりあえず、何冊か読んでみて今のファッションはある程度傾向がつかめたので、次は服屋を探すことにした。

 

 そう思ったところ、手ごろな値段で品質の良い無地の服がいっぱい売っている店があった。

やはり日本は進んでいる。とりあえず先ほど覚えたコーディネートに近いものを一通り購入し、そのまま着ていくことにした。

 

 ソ連では、そしてこの歳では考えられないくらい足を出すのに驚いたが、私は今や日本の女子高生である。思い切ってみることにした。

 

(私は若い、恥ずかしくない、恥ずかしくない、大丈夫……)

 

 ソ連では考えられない服装になった私は、街に出てみると完全に溶け込んでいた……と思う。何人かこちらを二度見していたが、そこまで問題にはならないだろう……と思う。

 

 次は職場を探すことにした。公安に近いところに現れるという情報があったので、その周辺でアルバイトを探してみた。すると、通りに面しているのに客の気配のない、ありていに言えば暇そうなカフェがあった。

 

とりあえずここに潜り込めば、仕事をしていなくても怪しまれず通行人を観察できそうだ。

 

「問題はそもそもバイトを募集しているかだけど……」

 

 そこはスパイとして培った人たらしの術で潜り込めばなんとかなるだろう。私は意を決してドアを開けた。

 

 チリンチリンとドアのベルが鳴る

 

「いらっしゃい」

 

 マスターが新聞を読みながら答えた。

 

「すいません、カレーとコーヒーください。」

 

 とりあえず昼食もここで済ませることにした。どうもマスターが一人で切り盛りしているようだ。

やはり他に客はいない。ランチタイムであるはずなのだが……。

 

 カレーはどうも業務用のものみたいだ。あまりフードには凝っていないらしい。その分コーヒーはずいぶん丁寧に入れていた。やがてカレーとコーヒーが出てきた。一口食べてみる。

 

(うん、普通、ていうかあんまりおいしくない……)

 

 モルモットとして、文字通り泥をすすって生きてきた私がこんなことを言ってるなんて、ずいぶん贅沢になったものだと自嘲する。ただ、コーヒーはやはりこだわっていたらしく、本当においしかった。

 

 食べ終わってからマスターに声をかけてみた。

 

「あのー、おひとりでやってらっしゃるのですか?」

 

「ああ、そうだよ」

 

「もし良かったらバイト雇ってみませんか?」

 

 幸いマスターはお人よしで、私はすぐに採用になった。ただし、お給料は安かった。

 カフェの名前は「二道」というらしい。変わった名前だが、多分何か思い入れあるんだろうなと思う。

 

 こうして私は二道で働くこととなった。とりあえず、バイトしながらターゲットを探して、いろいろ仕込みをしておく必要があった。生活費と活動費は、ある程度支給されているので、ここの給料だけで食べていくという惨事には至らなかった。

 

 二道はモーニングに客が集中するらしく、その間は仕事がてんてこ舞いであった。

 私は料理もできますよとアピールしたのだが、私が卵を割る手つきを見たあと、マスターが厨房に入れてくれなくなった。解せぬ。

 

 とりあえずスパイの肝心な点は社会に溶け込むことであるので、私は明るい蓮っ葉な女子高生「レゼ」になってマスターにもお客さんにも打ち解けていった。

 

 ……いや、正直36歳の女がやるにはキツい。キツいがこれも任務である。

 

 そして、肝心のターゲットは全く見つからないので、途方に暮れながら拠点に帰る。

今日は自炊する気も起らないなと思っていると、帰り道にパン屋があったので寄ってみる。

 

 すると、ピロシキが売っていたので懐かしくなって買ってみた。

まだボルシチが残っていたはずだから、今日はこれにしよう。

 

 レンジでピロシキを温めて、一口齧ってみた。

 

……カレーの味がした。私の郷愁を返してくれ。

 

 

 

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