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遅くなりました、すみません。
マスターの名前はとある歴史上の人物から取っています。
私はレゼ、自認16歳。現在二道でバイト中。
忙しいモーニングの時間が終わると、基本的に暇になるのはいつものことだ。
明日はいよいよ作戦決行となるので今日で二道を辞めることになる。
私は意を決してマスターに話しかけた。
「マスター、ごめんなさい。私、今日でバイト辞めます」
「え!?どうしたの、レゼちゃん!?もしかして給料安すぎた?」
「違うの…うん、確かに給料安いけど…」
「…そこは否定して欲しかったかな」
「…実はね、引っ越すことになっちゃったの」
ありきたりな理由を挙げる。そもそも夏休みの間の女子高生のバイトだ。このくらいの理由で辞めることもあるだろう。
「…そっか、寂しくなるね」
「マスター、今までありがとう。こんな私を雇ってくれて」
これは本心だ。私もマスターの人柄に救われていた。急に来た怪しげなバイトにも優しく迎えてくれたマスターには感謝しかない。
「うんうん、レゼちゃん来てくれてお店が明るくなったからこっちも良かったよ。…でも、そのことデンジ君には言った?」
やはりマスターもデンジ君のことを気にかけていたようだった。
「…これから言います」
「で、どうするの?」
不意にマスターが聞いてくる。
「どう…って?」
「付き合わないの?デンジ君と」
「ぶっ!!な、な…何を!?」
まさかこんな直球でくるとは…。
「いや、だってバレバレだよ」
「あはは…わかります?」
かくなる上は開き直る。まあ実際お付き合いどころかそれ以上にはなっちゃったので今更だけど…。
「そりゃもう。でも間違いなくデンジ君もその気だよ。あ、ちょっと待ってね」
そう言ってマスターは店の奥へ消えて行った。
わかりやすいか、そんなにわかりやすいか、私。
デンジ君を前にすると私は自分が百戦錬磨のスパイだったことが嘘のように思えてくる。人を前に感情を露わにするなど今まででは考えられなかった。いや、あの日、夫と子どもを亡くしたあの日から怒りと復讐以外の感情は全て捨ててきた。
そんな私をデンジ君はあっという間に一人の女に戻してしまった。そして、もう私はスパイには戻れない。彼の女として生きて行く以外の道はない。
もしデンジ君を失うようなことがあれば…その時はその元凶に生まれたことを後悔させてから私はデンジ君の後を追うだろう。
などと考えているうちにマスターが戻ってきた。
「はい、レゼちゃんお待たせ。これ」
持ってきたのは、綺麗な白地に紺の花柄をあしらった浴衣だった。どことなく年代を感じさせる、しかし大切に保管されていたとわかるものだった。
「え、マスター…これは?」
「もう僕が持っているより君が着たほうがいいだろうと思ってね…。退職金代わりだよ。明日お祭りがあるのは知ってるかい?」
「ええ、花火があがるんでしょ?」
「そう、そこにデンジ君を誘って行っておいで。一日くらい待ってもらえるだろ?」
「マスター…」
聞きたいことは山ほどある。この浴衣は誰のものだったのか、マスターはそもそも…。
「レゼちゃん……レゼちゃんが何者だろうと、君はここのバイトで僕は店長だから」
マスターは私の正体に恐らく気づいているようだった。やはりこの人も只者ではなかったか…。何かちょっと残念な気分になりながら尋ねてみる。
「……マスターって、何者ですか」
「僕はしがない喫茶店のマスターだよ」
言い終わる前にスティックのお砂糖を投げてみる。
ゆっくりと放物線を描いてマスターの頭に投げてみた。
ぽふっ……
マスターの頭にお砂糖が当たった。
「レゼちゃん……食べ物で遊んじゃダメだよ」
「……は~い、ごめんなさーい」
「まったくもう……」
マスターは床に落ちたお砂糖のスティックを1つ拾いながらぶつぶつ文句を言ってた。
「これお客さんに出せないから、レゼちゃんにあげる」
と言って、2本のお砂糖を渡して来た。
「……マスター、只者じゃなさすぎるでしょ。何でそれ止められるんですか」
そう、私が投げたのは2つ。マスターの頭にお砂糖が当たる瞬間にもう一つ、暗殺で培った投げナイフのスピードで、気配を完全に殺して丁度心臓あたりに。
マスターはそれを片手で止めて見せた。
もう疑いようがない。とんでもない達人だ。何でこんなとこにいるのかわからないくらいに。
「うーん、本当にただのマスターなんだけどね……」
「いや、無理がありますよ」
「…昔は教官をしていたこともあるよ」
マスターってそっちの意味か。
「レゼちゃんも只者じゃないよね、まだ全然本気じゃないでしょ?」
「お互い、いろいろあったみたいですね……マスター、ホントなんでこんなとこに居るんですか?」
「…コーヒーが好きだったんだよ、僕も妻もね。いつかカフェやりたいねなんて話してたんだ」
「……え、奥さん?居たの!?」
一番驚いたポイントがそこだった。
「……レゼちゃん、ナチュラルに失礼だね。娘もいたよ、生きてたら君ぐらいのね」
「え……じゃあ奥さんと娘さんは…?」
マスターが寂しげな顔をする。どう考えても聞いてはいけないことだった。動悸が止まらない。
(間違いない…この人は、私と同じ…)
「ある時、銃の悪魔が現れてね。全て無くなったよ。二人で暮らしていた家も、妻と娘ごとね」
……ああ、やっぱりこの人も大切な人を、銃の悪魔のせいで失くして……。
「もしかしてこの浴衣って…」
「娘がね、祭りに行きたいっていうから作ったんだよ。一回しか着られなかったけどね。来年は彼と行くんだって言ってて…」
マスターが淡々と、でもどこか遠い昔を懐かしむように話す。しかし、私には分かってしまった。マスターは今も慟哭の中にいる。そして、その孤独は癒せぬまま今も…。
「だからね、レゼちゃん。キミが来たときは娘が帰ってきたような気分になってたんだ。だからこそ、この浴衣はキミに着てほしかった。そして、デンジ君と一緒にお祭りに行って欲しかったんだ」
「マスター……」
目頭が熱くなる。同じ孤独を抱えていた人が、しかも私と違って今もそれが癒されぬままここにいる。私に父がいたらこんな感じなのかもしれない。しかし、娘さんが生きていたらレゼと同じ歳くらいということは…もしかしたら私はマスターと同じ歳くらい??いや、まさか…。まあどちらにせよ、私の実年齢は口が裂けても言えそうになかった。
マスターにもっといろんな話を聞きたかった。しかし、お互いにお客さんの気配を察知してお流れになった。
カランカラン
ドアのベルが鳴る、デンジ君とパワーちゃんだった。
そして、何故か岸辺隊長と吉田君も一緒だった。
「いらっしゃいませー」
「レゼ、昼食いに来た」
いつもはデンジ君だけだが、何かあるらしい。
「あらら、今日は勢ぞろいだね」
「なんじゃ、小さい店じゃのぉ!」
パワーちゃんは相変わらずだ。
「パワーちゃん、そんなこと言わないの」
吉田君が窘める…何であなたここにいるの?
「お前らとりあえず座って注文しろ」
岸辺隊長がそう言いながらメモを見せる。
ー 沈黙を張れ ー
うん、あなた達が来てからすでにそうしてます。
ちょっとここではマトリョシカは見せたくない。
「…一大事だ、今朝未明アメリカで銃の悪魔が出現した」
「え!?」
一体どこが…何てもう決まってる。
「お察しの通りお前の母国だ」
やはり…そうなると、タイムリミットが早まるか。
「恐らく今日か明日にはソ連が仕掛けてくる可能性が高い」
「…お祭り行きたかったなぁ」
せっかくデンジ君と一緒にマスターにもらった浴衣を着て行こうと思ったのに…。そしてマスターの願いも叶えたかったのに…。でも逆に考えれば今日決着してしまえば明日行けるんじゃないかと思わず脳天気な事を考えてしまった。いけない、いけない。気を引き締めなければ。
「もしかしたらマキマも動いているかもしれん。俺たちは周辺を見る。お前たちは民間人を…」
そう言いながらマスターの方を向いた岸辺隊長の動きが止まる。マスターの方もすごく複雑な表情をしている。
「何でお前がここにいる、倉橋?」
「…そりゃこっちのセリフだよ、岸辺」
そこに居た全員が固まった。