当初考えていたより、どんどん膨らんでしまっていますが、気長にお付き合いいただけるとうれしいです!
私はレゼ、36歳。未亡人。
突然狂ったように笑い出した私を、彼は明らかに不審者を見る目で見ていた。
「んだよ、テメー、はぁ何で泣いてんの!?」
あ……ヤバい。
どうやら私は笑うだけでなく、泣いていたらしい。
「いやいや、すいません……アナタの顔死んだウチのおっ……」
私は何を口走っている!?
マズい、マズい、何という失態だ!
私はレゼだ、16歳の女子高生だ、決して36歳の未亡人ではない!
何とかごまかさないと……
「……ウチの犬に似ていて……」
「ああ!?オレ犬かよ……!?」
「ごめんなさい、ごめんなさい!」
ひど過ぎるごまかし方である。どこからどう見ても明らかに不審者だ。
一刻も早く仕留めないと、この際爆殺でもいい!
私は、首のリングに手をかける。
あとはこれを引き抜くだけ、それだけで任務達成だ……
なのに私の手は凍り付いたように動かない。
それどころか涙が止まらない。
スパイの基本として、表情は自由自在に操れた。涙など流すのも止めるのもお手のものだ。
そのくらいできなければ生きていけなかった、私は歴戦のスパイだ。
どうして、どうして彼がここに!?
彼が死んでから13年、私の時は止まっていた、心は既に凍っていたはずだ。
それなのに、彼は今目の前にいる。
……それを殺せ、と
スパイとしての私が言う
(さっさとピンを抜け、愚か者)
しかし、もう一人の私が頑なに拒む。
ただ、泣き続ける一人の女がいるだけだ。
すると、そんな私を見ていた彼が突然えづきだした!
「うぇっ、うええええ…!おえっおえっおえ、げっ」
酔っ払いが自分より明らかに酔った人間を見ると醒めるように、
人間というものは自分より異常なものを見ると自分が異常だったことを忘れてしまうらしい。
というか、こんな密室で吐かれたら大惨事だ。
たとえ愛しい彼であったとしてもそんなもの浴びたくはない!!
「まって、ハンカチ!ハンカチ!」
もはや完全に素である。スパイとしての私は完全に消え失せていた。
体術を極めているはずの私が、ハンカチ一つ取り出すのも苦労している。
完全にヤキが回った状態だ。そんな私をよそに
「タラーン!」
と言いながら口から一輪の白いガーベラを出してきた。
…………嘘でしょ?こんな事って…………。
世の中には3人似た人間がいるらしい。
あるいは、ドッペルゲンガーという人の姿を完全に写し取る妖怪なのか。
しかし、それだとしても普通は見た目だけだ。
ならば、これはなんだ。
彼と同じ姿をした人間が、彼と同じ花を差し出してくるなんて
しかも、彼と同じようにこの花の意味を分かってないらしい。
白い一輪のガーベラ
花言葉は「あなたが私の運命の人」
彼がプロポーズの時に私に差し出して来た花と同じだった……。
彼は得意気に
「種も仕掛けもないんだなコレが」
と無邪気に花を渡してきた。
その花は唾液や胃液でベトベトだったが、そんなことは私には些細な事だった。
私は今までずっと下を向いていたので、彼から私の顔は見えていない。
見られなくてよかった、顔中が涙でグシャグシャだった。
私は震える手で受け取って、いまだに泣きそうになりながらも万感の思いを込めて、精一杯微笑んだ。
「ありがとう……」
彼が息をのむ音が聞こえた。明らかに彼は私に見惚れていた。
私は当然のようにハニートラップの訓練も受けており、また実際に任務に就くこともあった。
元々の顔立ちもあるが、私はこの分野では天才的であったようで、自分の感情のコントロールも、相手の感情を読み取ることも、そして相手の感情を完全にコントロールすることもお手の物だった。
しかし、今は、今だけはそれはできなかった。
彼が私に惹かれたのはすぐわかった、札を全部さらしてポーカーをやっているようなものだった。いつもの私ならここで主導権を掴んで意のままにできるはずだった。
でも、それはしたくなかったし、できなかった。
彼が花を出したのは、私に惹かれたからではなく、単純に泣いている女の子を元気づけようとしただけだったのが分かった。そんな真っすぐな彼の優しさは、今は亡き私の夫とそっくりで、さらに涙がこぼれそうになるのをグッとこらえて、心の底から微笑んでみせた。
やがて雨があがり、電話ボックスの中に明るい日差しが差し込んで二人を照らしていった。