レゼさんじゅうろくさい   作:大学鯖

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感想、評価ありがとうございます。
月末はちょっと投下ができるか怪しいですが、できる限り頑張ります。


第六話

 私はレゼ、36歳。ソ連のスパイだったはずのもの。

 

 しかし、私の脳裏からはもはや任務のことは完全に消えていた。

 彼のことをもっと知りたい、彼とまた会いたい、これしか頭になかった。

 

「私、この先の二道ってカフェでバイトしてるの、来てくれたらこのお礼してあげる、絶対来てね!」

 

 などと言いつつ、彼が来てくれるか、内心ドキドキしながら、踊るように体を翻し、二道へと向かっていった。

 

 足取りも軽く、いつもの通いなれた道を歩く。ビルの谷間を抜け、曲がりくねった坂道の階段を上り、ショートカットである薄暗い路地裏を抜ければ、二道は目の前にあった。

 

 二道に入って、エプロンを巻きながら

 

「よし!」

 

 と気合を入れてバイトを始めようとするとマスターが

 

「遅刻した分給料から引いとくからね」

 

 と宣った。

 

「ケチ!」

 

 女子高生らしく、ちょっと小悪魔っぽく愚痴ってみたが、マスターはガン無視で

 

「4番テーブルにお水ね」

 

 と仕事を急かせた。

 

「ケチケチケチケチ」

 

 大体この安月給のどこから引くと言うのだと、私はぶつくさ言いながら4番テーブルを見てみると、なんと、彼が既に座っていた!

 

「って、早~!?」

 

 待って、なんでいるの?私、最短経路で来たはずなんだけど。

 

「ええ~?私より早く来たでしょ!?」

 

と聞くと、彼は

 

「まあそういえばそうかな、お礼貰いにきただけだぜ」

 

と、平静を装いながら答えてきた。よく見ると彼はうっすらと汗をかいていて、顔は上気していた。

 

(多分、これ走ってきたよね……あ、これ結構期待してるな?)

 

 彼も私に会いたかったのか思うと、なぜかうれしくなってしまう自分がいた。そんな些細なことに一喜一憂している自分に驚いたけど、自分に嘘はつけなかった。

 

「じゃ、一緒に飲みますか~、へいへいマスター!私と彼にコーヒーを!」

 

「……店員でしょアンタ」

 

「いいじゃないですか、モーニングにしか客なんてこないんだし」

 

 我ながらひどい店員であるが、可愛い私のために(ということにしておこう)マスターはブツブツ言いながらコーヒーを入れてくれた。

 

「じゃーん、お礼はコーヒーでした!コーヒー好き?」

 

 彼に聞いてみたけど、反応が微妙だった。残念ながらあまりお気に召さなかったようだが、

 

「飲む」

 

 と言ってくれた。そして一口飲んだとたんに、犬が変なものを食べたときみたいに、舌を出してものすごい変な顔をして吐きそうになっていた。

 

 私は、思わず吹き出しながら

 

「なに、その顔~! 絶対強がってる!」

 

「だぁってコーヒーってマズくねぇか!? ドブ味だよドブ!」

 

 あはは、ドブ味ときたか!本当のドブはこんなにおいしくないよ、と、昔、ドブ水を実際に飲んだことがある私は、思わず笑いだした。

 

「あはははは、子どもだ、子ども、あははははは!!」

 

 たまらず、演技でもなんでもなく素で大笑いしてしまった。

 

 しかし、ひとしきり笑ったあと、ふと気が付いた。

 

(そういえば、電話ボックスで吸い殻が入ったコーヒー飲もうとしてたな、この子……)

 

 もしかして、この子……私とほぼ同じ境遇だったのか……

 そう思うと、なぜか胸が張り裂けそうになった。

 こんな平和で豊かな日本で、私と同じような暮らしをしていたのかも……

 1960年代のソ連という、極めて貧しい環境の中でも、最底辺どころか人権すらなかった私と同じような暮らしを……愛しい人に瓜二つの彼が……

 

 (ダメ、また泣きそうになってしまう……)

 

 涙は枯れ果てたと思っていたが、単に凍っていただけだったのかもしれない。

 

 泣きそうになるのをごまかすために、昔、夫にそうしていたように、彼に寄り掛かって、彼の名を呼ぼうとして、

 

 (あ、彼の名前知らないわ……)

 

 そういえば自己紹介すらしていなかったことに、今さらながら気づいた。今の私がソ連のスパイであると言われても誰も信じないくらいのポンコツっぷりであった。

 

 「私の名前、レゼ。君は?」

 

 と聞くと

 

 「デンジ」

 

 と、返ってきた。

 

「デンジ……デンジ君」

 

 反芻するように彼の名前を呼ぶ、自分に刻み付けるように。

 

(なんか、ソ連のファミコンのパチモンみたいな名前……。あ、でもダンディっぽくもあるな、お花くれたりとか、うん、あの人と同じダンディだね)

 

 なんてくだらない事を考えていたとはおくびにも出さず、

 

「デンジ君みたいな面白い人、はじめて」

 

 満面の笑顔で言ってみた。

 

 頬を紅潮させる技は、ハニートラップで培ったものだが、そんなものを使うまでもなく、素で赤くなっていた。

 

 「ふ…う~ん……」

 

 彼は気のないそぶりをしていたが、私にはわかる。というか、誰でもわかるぐらい動揺してる。

 

(効いてる、効いてる…ふふふ)

 

 男性というものは、女性と違って多少ぐいぐい来られる方が落ちやすいらしいけど、彼は心配になるくらいチョロすぎた。

 

 (この子、もしかして女ならだれでもいいんじゃ……?)

 

 ふと湧いた疑念を振り払って、ボディタッチを多めに彼との距離を縮めた。

 

 (なんかちょっと葛藤してる気もするけど……それよりも、まずは彼のことを知ろう、これは任務だ、うん)

 

 などと、自分に言い訳しながら彼との距離を縮めた私は、その後もマスターの咳払いを無視して楽しくおしゃべりを続けた。

 

 その結果、私は彼からいろんな情報を得ることができた。

 公安でデビルハンターとして働いていること、

 嫌な先輩とクソみたいな性格のバディと一緒に暮らしていること、

 ポチタという犬?のような悪魔を飼っていたこと、そのポチタと融合していること、

 

(駄目だよ、私知ってるからいいけど、そんなペラペラ機密事項しゃべっちゃ……)

 

 そして、彼が今16歳であること……

 

 その後、踏み込んで彼女がいるかどうか聞こうとしたけども、タイムリミットがきて彼は仕事に戻ることとなった。

 

 私はその後、うわの空で仕事をしながら物思いにふけっていた。

 

(16歳…16歳かぁ……と、いうことは生まれたのは私が20歳のころかぁ……)

 

 今日はいろいろありすぎた。一旦リセットしよう。こんな日は飲まずにはいられない。

 

 拠点に帰って本国に定時連絡を入れたあと、冷凍庫からウォッカの瓶を取り出した。これだけはわざわざソ連から持ってきたものだ。

 

 マイナス20度に冷やしたウォッカはそのアルコール度数の高さから凍らず、トロッとした液体になっていた。それをショットグラスに注いで、一気に呷る。もちろんストレートだ。のど越しはまろやかで、香りが鼻に抜けた後、のどがカッと熱くなった。

 

 普段は任務中には飲むことはないけど、私にとって酒とはこれだった。任務中に飲むこともあるワインなどはソフトドリンクだ。

 

 ショットグラスに注いでは空にするということを何回か繰り返すと、ようやく酔いが回ってきた。メンソールの煙草を一本取り出し、火をつける。紫煙をくゆらせながら、今日出会った彼のことを思い出した。

 

(それにしても、16歳……かぁ)

 

 よりによって、私の子どもと同じ歳だったとは……ねぇ……

 

 立ち上る煙を眺めながら、私は幸せだったあの頃を思い出していた。

 

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