星の子   作:猫太鼓

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悪夢

 

アクアは、どこか深い水底へ引きずり込まれるような感覚のなかで、夢を見ていた。

そこには、彼ではない「アクア」がいた。

アイと、ルビーと、笑い合いながら暮らしている。窓から差し込む光は柔らかく、食卓にはアイの作った料理が並び、ルビーははしゃぎながらスプーンを動かしている。その光景は騒がしくて、そして限りなく優しい。胸の奥がじんわりと温かくなる――そんな幸せな毎日。

確かにそこに「幸福」はあった。

だがその幸福は、アイの死で唐突に終わる。

 

夢の中の〈彼ではないアクア〉は、復讐(漆黒の意思)へと全てを捧げる。感情を断つように押し殺し、怒りだけを道標にし、誰かを傷つけ、そして自分自身すら壊していく。破滅はゆっくりと、しかし確実に形となっていく。

シーンが暗転する。

また別の〈彼ではない彼〉が、最初から生活を繰り返す。

同じように笑い、同じように幸せを育て、そしてまた同じようにアイの死にたどり着く。世界は、まるで巻き戻しと再生を繰り返す古いテープのようだった。

 

無限に続く変奏のような“別の俺”。

笑い、崩れ、復讐し、壊れる。

それは悲劇にも見え、皮肉にも喜劇にも見えた。

 

 

幸福の後に悲劇。悲劇の後にまた幸福。

輪のように終わらず、永遠に。

 

望みの目がでるまで、賽子(ダイス)を振るように。

 

――「一度目は悲劇、二度目は喜劇」

誰の言葉だったか。もう思い出せない。

 

(俺は……何回目、何人目の(星野アクア)なんだ?)

 

俺が、俺だけが星野アクア(空条承太郎)だ。

本当に?なにかが囁く。

それとも――そう“思わされている”だけの、別の何かか?

考えれば考えるほど、現実の輪郭がわずかに揺らいでいく。

答えは霧の中に溶け、形を持たない。

思考の底で、アクアはかすかな恐怖に似たものを抱いた。

悲劇なのか、喜劇なのか。

どっちなんだ、これは。

 

「お兄ちゃん!」

 

ルビーの声が、暗い夢の底からアクアを引き戻した。

跳ね起きるように目を開けると、ルビーが心配そうに覗き込んでいる。

 

「お兄ちゃん、うなされてたよ。怖い夢? はやく起きないと遅刻しちゃう!」

 

アクアはしばらく息を整え、ルビーを見つめた。

その存在を確認することで、不思議と胸の奥が少し温かくなる。

 

だが――夢の内容は霧のように消えかけていた。

なぜ安心しているのかも、理由が掴めない。

ただ、二人がそばにいる。それだけが確かだった。

 

リビングに向かい、アイの「おはよー」と明るい声を聞く。

ルビーが嬉しそうに返事をする。

アクアもそれに続き、三人でのいつもの朝が始まった。

 

騒がしく、くだらなく、他愛もないやり取り。

それだけで、胸の奥の焦燥は少しずつ溶けていく。

 

――今日も学校に行く。

――今日も三人で笑う。

 

その「当たり前」が、どこかひどく眩しく感じられた。

 

家を出た瞬間、遠くで猫の鳴き声が聞こえた。

どこかで聞いたような、不思議に澄んだ声。

 

(……お前は誰だ(Who are you)?)

 

問いは胸の中に落ち、答えは返ってこない。

だがアクアは振り返らず、ルビーと並んで歩きだした。

 

いつも通りの朝を、ただ静かに踏みしめるように。

 




どこの双子座なんだ ⋯⋯
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