子供たちは飽きれば去り、残された箱だけが小さな世界を閉じ込める。
命は続くが、意味はどこにあるのか。
ある日、一匹の蟻が壁をよじ登ろうとした。滑り落ちながらも、なおしがみつく。
その抵抗は、あまりに小さく、あまりに必死で、観察者の沈黙をわずかに揺らした。
だが箱は開かない。
世界は変わらない。
それでも蟻は――登ろうとする。
猫を追って走り出したはずだった。けれどアクアは、次の瞬間、自分が“どこでもない場所”に立っていることに気づいた。光も影もない。音も匂いも、風すらない。世界という輪郭そのものが抜け落ち、ただ自分という存在だけが、ぽつりと浮いたように残されていた。
「……ここは、なんだ?」
思考が空中で解けていきそうになるのを、アクアは必死に繋ぎとめた。さっきまで確かにいた“猫”の存在。アイを襲った得体の知れない干渉。すべてがこの場所へとつながっている気がした。
試しに右手を握る。力が指先に集まり、空気がわずかに震える。
「――スタープラチナッ!」
スタンドは問題なく使える。だが、その確かさが逆に不安を煽る。ここは現実なのか?精神世界なのか?あるいは、誰かが作り出した檻なのか?
そのときだった。
背後。
音も気配もないはずの空間で、“何か”が立った。
反射で身体が動く。振り向きざま、スタープラチナの拳が放たれた。
「オラァァァァァッ!!」
拳が叩き込まれた相手を見て、アクアの目が大きく揺れた。
「……ザ・ワールド……?」
そこに立っていたのは、前世で倒したはずのDIOが操るスタンド。だが、DIO本人は無表情で、どこか“張りぼて”のようだった。生命の息づかいがない。眼の焦点すら合っていない。
「てめーが……黒幕か?」
問いは虚空に落ち、返事はなかった。ならば話は早い。アクアは身構え、スタープラチナが走り出す。世界がひしゃげるような衝撃音が辺りに響いた。殴り合いの末、DIO――もどきは霧のようにほどけ、消えた。
一人だけが残る空間。何ひとつ変わらない。
「……違う。黒幕は別か」
また背後に、気配。
振り返れば――吉良吉影。そしてキラークイーン。
やはり表情のない、“作りもの”の吉良。
「今さらお前かよ……!」
アクアは冷たい怒りとともに跳び込んだ。キラークイーンの爆破をスタープラチナがねじ伏せる。粉々に砕かれながら吉良は消えた。
だが次に現れたのは――。
紫色の神父服。手にはディスク。背後には、加速する時間の化身。
「プッチ……神父」
アクアの息が、ひとつ低く震える。
前世――空条承太郎を殺した男。
「てめー、だけは……!」
声が震えたのは怒りか恐怖か、それとも前世の残響か。
アクアは食いしばり、ずんと地を蹴る。スタープラチナがメイド・イン・ヘブンとぶつかりあい、空間が軋んだ。
そして――勝つ。
プッチもまた霧散し、世界は揺らぎすらしない。
静寂が戻る。
だが間を置かず、“また”DIOが現れた。
続けて吉良。
プッチ。
またDIO。
また吉良。
またプッチ――。
倒しても倒しても終わらない。
永遠のループの中で、アクアはふと気づく。
(……“誰か”が、見ている)
視線。
この戦いを観察し、記録し、嗤うような、冷たい何か。
そのとき。
“猫の鳴き声”が、空間の外から響いた。
――
問いは確かにアクアに向けられていた。
あの町で、あの中庭で聞いたのと同じ、しかしどこか底知れない声。
アクアは歯を食いしばり、声のする方へ顔を上げた。
「……でてこい。俺を見てる奴。約束どーりきてやったぜ。ブチのめしになッ!」
次の瞬間、光も闇もない世界そのものが、ゆっくりと軋みはじめた――。