STAND PROUDを聞きながら読むと曲のおかげでいい具合になります
お試しください
アクアの前に“それ”は現れた。
サッカーボールほどの球体。表面は金属のように硬質であり、しかし内部には血溜まりに脈動する生命のような光が滲んでいる。
機械か、生物か。その区別すら曖昧な、世界の理から零れ落ちたような“観察者”。
――触れられてもいないのに、アクアの体から血が流れ出す。
「……っぐ……なんだ、コイツ……!」
痛みはない。圧迫も衝撃もない。
ただ“見られている”。
それだけで肉体が軋み、魂の輪郭が崩れていく。
(攻撃じゃねぇ……ただ観察してるだけだ……向こう側から……!)
子どもが優しく虫を摘まむ――それだけで虫にとっては致命傷になる。
この球体の存在も同じだった。
善悪の概念などなく、ただ“興味”のままに、こちらの世界を覗いているだけ。
アクアは膝をつき、崩れ落ちる。
「……やべぇな……これ、本体じゃねぇ……」
理解した瞬間、球体はゆっくりと色を失い、形を薄めていく。
まるで、「観察する価値がなくなった」とでも言いたげに。
「……ちょっと待てよ……!」
声は震え、指一本動かすのも苦しい。
それでもアクアは手を伸ばした。
その時――猫の鳴き声が響いた。
『……お前は誰だ?』
どこからともなく響く声。猫の声の形をしているが、意味は明確だった。
問いかけ。確認。試すような“観察”。
アクアは歯を食いしばり、喉を裂くように叫ぶ。
「うるせぇよ……! 俺は“俺”だ!
アイの息子で、ルビーの兄貴だ!!」
球体の消えかけた輪郭に、微かな揺れが戻った。
猫が笑う、優しく、力強く
『そりゃそうだ、俺もだよ』
その瞬間――
アクアの周囲に、幻影のような人影が立ち並ぶ。
それは姿形は同じなのに、どこか違う。
かつて星野アクアだった者たち。
無数の“もしも”の中で生まれ、無数の悲劇と喜劇を生き、消えていった魂。
死んだはずの星野アクアたちの“願い”。
『――家族の幸せを守りたい』
ひとつの強烈な光となって、アクアの背中に流れ込む。
「……そうか、わるいな……」
アクアは立ち上がる。
痛みも、恐怖も、意味を成さない。
胸の奥に燃えるものがすべてを凌駕していた。
顕現せしは
「オオオオオオオオオオオオオラァァァァァッッッ!!!!」
拳が世界を震わせる。
球体は砕け散り、次元がひび割れ、その奥に潜む“ナニか”へと道が穿たれた。
どこか遠くで声がした。
『見事だ……さすが“
これでさらに先に進める』
世界が元の姿に戻りはじめる。
濃いメンツがあつまったな。アクアの言葉に、お前がいうなと笑い、消えゆく“かってのアクアたち”――
無限の中でもっとも古い、始まりのアクアが微笑む。
『……アイとルビーを頼むよ』
少し寂しさを含んだ、それでいて誇らしげな笑顔だった。
アクアは穏やかな声で答える。
「任せろよ」
『……気が向いたら、アイツのこともな』
「……ああ」
無数の幻影は、風が散るように消えた。
――気がつけば、アクアは病室の前に立っていた。
中からは賑やかな笑い声が漏れてくる。
そっと扉を開けると、アイが元気にルビーと戯れ、ミヤコが呆れながらも涙目で笑っていた。
「いっぱい寝たから、元気爆発なんだよ~!」
笑うアイ。
アクアは深く、息を吐いた。
“守る”なんて意識せずとも、ここに戻るためなら何度だって立ち上がれる。
この騒がしくて、眩しい日常のために。
「……また、やかましい日常が始まるな。」
照れくさく微笑みながら、アクアはその輪に加わった。
──
高校生活にもなれたある日。
夕方の柔らかな光が差し込むリビング。玄関の鍵が開く音とともに、アクアとルビーが帰宅した。
「ただいま──」
アクアが言い終えるより早く、ソファの前にしゃがみ込むアイの姿が目に入った。白いロングスカートの裾が床に広がり、その腕の中にはふわりとしたキジ白の猫が丸く収まっていた。まるでこの家の一員かのように、安心しきった瞳で喉を鳴らしている。
「ふーちゃんだ!!」
ルビーの声は弾丸のように弾けた。靴もそこそこにリビングへ駆け込み、アイの隣に滑り込むように膝をつく。
「やっぱりふーちゃんだよママ!学校にもいたし町でもたまに見る猫なの!」
「そうなんだぁ。すっごい人懐っこい子でね、帰ってきたら玄関の前で待ってたの。かわいくて思わず抱っこしちゃった」
アイが笑うと、猫──ふーちゃんと呼ばれたそれは気持ちよさそうに目を細め、アイの手にほっぺをすり寄せた。
アクアは一歩遅れてリビングに入り、その光景を見て思わず眉をひそめる。
「……てめー、消えたんじゃないのかよ」
低くつぶやくアクアに、ふーちゃんはちらりと冷ややかな視線を投げただけで、すぐにまたアイの胸元に顔を埋めた。まるで「お前に用はない」と言わんばかりに。
ルビーはというと、すっかり猫に夢中だ。
「ママだけずるいっ!私も撫でる!! ふーちゃんこっち向いて〜!」
アイが笑いながら猫をそっと持ち上げると、ふーちゃんは柔らかく尻尾を揺らし、ルビーの差し出した手に頭をこつんと当てる。ルビーの顔がぱあっと明るくなり、そのまま二人と一匹の時間が始まった。
アイとルビーの声が弾むたびに、ふーちゃんは嬉しそうに喉を鳴らし、足元にすり寄ったり、アイの膝の上に丸くなったりする。まるで長い間この家にいたかのような、自然な存在感だった。
アクアは壁にもたれ、静かにその光景を眺める。
騒がしくて、柔らかくて、温かい。
どこにでもあるようで、誰よりも欲していた“日常”。
「……やれやれだぜ」
漏れた言葉は苦笑交じりだが、その表情はどこか優しい。
アイとルビーの笑顔に照らされて、アクアの口元は自然と緩んでいった。
リビングには、家族の笑い声と、猫の満足げな喉鳴りが響いていた。
早足でしたがエタる前に最終回をと ⋯⋯
今回にリンクさせる為にアナザーを書いたんでもしよければそっちも読んでやってください。
最後まで読んで頂きありがとうございました。