「……ふぅ」
ルビーは、満足そうに小さく息を吐く。
目の前にはママ――アイ。優しく微笑みながら、赤ちゃんのルビーを腕に抱いている。温かくて、柔らかくて、安心できる場所。ルビーにとって、それは当たり前の日常だった。
その隣では、アクアが哺乳瓶を咥えている。行儀よく、淡々とミルクを飲んでいる姿は、どう見ても“普通の赤ちゃん”だ。
「……ねえ、アクア」
ルビーは飲み終わり、満腹で上機嫌のまま、兄の方を見る。
「なにかな?」
アクアは、妙に落ち着いた目でこちらを見返してくる。その視線だけが、年齢に似合わずやけに大人びていた。
ルビーは何も疑問に思わない。兄はそういうものだと思っている。
「さっきさ、ママのおっぱい飲んでる時、ちょっと見てたでしょ」
「……キミも、中身は大人だろう」
「……なによ」
「少しは遠慮というものをだな……」
ルビーは一瞬きょとんとした後、ニヤリと笑った。
「は? 何言ってんの」
「いや、だからだな――」
「娘の私が、ママのおっぱいを吸うのは自然の摂理なんですけど?」
アクアが言葉を失う。
「与えられた当然の権利なんですけど?」
赤ちゃんの姿で、あまりにも理屈っぽいドヤ顔。
アクアの中で、何かがカチッと音を立てた。
(……ほう。そう来るか)
アクアはゆっくりと哺乳瓶を口から離し、ルビーを見据える。
「おいおいおいおい……それは、僕への挑戦と受け取っていいわけだな」
「え?」
ルビーが聞き返した瞬間、アクアは決意したようにアイの方を向いた。
「ママ」
「なあに、アクア?」
「同じ待遇を要求する ⋯⋯おっぱいが飲みたいです」
空気が凍った。
「ちょっ!? はぁ!?」
ルビーが素っ頓狂な声を上げる。
「何言ってんのよあんた!? 中身は大人でしょ!?」
アイは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに優しく微笑む。
ルビーは慌てて続ける。
「やめときなさいよ! 大人気ないし、名誉とか色々終わるわよ!?」
アクアは静かに、しかしはっきりと言った。
「確かに、大人気ないかもしれない」
ルビーは頷く。
「そうでしょ!?」
「僕の名誉も汚れるかもしれない」
「そうよ! だから――」
アクアはゆっくりと首を振った。
「……だが断る」
「……は?」
アクアの目が、不敵に光る。
「この星野アクアマリンが最も好きなことのひとつは――」
ルビーは嫌な予感しかしなかった。
「自分で強いと思い込んでいるやつに、NOと断ってやることだ ⋯」
「やめてえええええ!!」
ルビーの叫びも虚しく、アクアはアイに抱き寄せられ――
「――――――ッ!!」
ルビーの世界が崩壊した。
「ママ!? 私のママなのに!? なんで!? なんで!?」
慟哭するルビー。
赤ちゃんの姿で、魂の叫び。
「それは私の! 私だけの! ママのおっぱいなのにぃぃぃ!!」
アクアは何も言わず、ただ勝者の沈黙を貫いていた。
⸻
「――――――――――――――――――っ!!!」
ルビーは飛び起きた。
布団の中。正月の朝。額にはびっしり汗。
「……最っ低の初夢……」
頭を抱えてうずくまる。
「なんなのあれ……なんであんな夢……」
――――――
リビング。
アイと並んでテレビを見ているアクアの肩に、突然ぽかぽかと衝撃。
「……?」
振り向くと、ルビーがむすっとした顔で拳を振り下ろしていた。
「なにやってるんだ、いきなり」
「知らない! ムカつくから!」
「は?」
事情がわからず固まるアクア。
アイはそんな二人を見て、くすっと微笑む。
「ふふ、仲良し兄妹ね」
ソファの端では、キジ白猫が半目でこちらを見て、ふうっと小さく鼻を鳴らした。
「……やれやれだぜ」
アクアはもう一度、深くため息をついた。
明けましておめでとう御座います
赤ちゃんなんで規約には触れていないと思います ⋯⋯