夜のリビングは、昼間の熱をまだ少し引きずっていた。
窓の外では、風に揺れた木々が擦れる音がする。
アクアは床に座り、背中をソファにもたれさせていた。
「……夏も、終わるな」
ぽつりと零れた言葉は、誰に向けたものでもない。
テーブルの上には、ラジオ体操のカード。
スタンプが、きっちりと最後のマスまで埋まっている。
「全部行ったらアイスだからね!」
そう言って、毎朝アクアを叩き起こしてきたルビー。
眠気と戦いながら並んだ公園で――
「ママ、なんでそんなに怪しいの?」
「変装よ! 完璧でしょ!」
「動きが怪しい!」
キャップを深く被り、
不自然なほど腕を伸ばすアイ。
結局、
「……あれ、絶対アイだよね?」
と、近所の主婦に囁かれていた。
アクアはカードを指でなぞる。
(……毎日、よくやったな)
海に行った日のことも、自然と浮かぶ。
「ねえお兄ちゃん、見て見て!」
「近づくな、波――」
ざばぁっ。
「うわあああ!!」
波にさらわれて、尻もちをついたルビー。
砂まみれになって、べそをかいていた。
「ルビー、動かないで!」
「じゃりが! じゃりが入った!」
スイカ割りでは、
「まっすぐ行ってる?」
「行ってない!」
「そっちじゃない!」
――ずてん。
「いたぁぁ……」
泣きそうなルビーの代わりに、
アイが棒を受け取る。
「任せて」
一振り。
ぱかん、と割れたスイカ。
「おお!」
「ママ、ヒーロー!」
甘い果汁が、指を伝った。
「……花火も、したな」
線香花火を囲んで。
「落ちるな……」
「がんばれ……」
最後に残ったのは、またルビー。
「やった! 勝った!」
「勝敗の基準がわからねぇ」
それでも、
あの笑顔は、確かに夏だった。
――ミ゛ーン、ミ゛ーン。
「……うるせぇ」
アクアが眉を寄せる。
「もう無理ぃぃぃ!!」
蝉ではない。
床に広がるプリントの海の真ん中で、
ルビーが転がっていた。
「なんで宿題って減らないの!?」
「お前がやらなかったからだ」
「お兄ちゃん、ひどい!」
「現実だ」
ノートを覗くと――
(……ほぼ白紙)
「いつからだ」
「えっと……昨日?」
「……」
「し、七月の終わり?」
怒る気力は、
とっくに蒸発していた。
「ほら、書け」
「やだ……漢字多い……」
「避けて通れねぇ」
「人生きびしい……」
いつの間にか、
アクアの後ろにはスタープラチナ。
目は――完全に虚無。
絵日記をやらされている。
「手、止まってるよ!」
「現実逃避だ」
「今すぐ動かして!」
カリカリカリカリ。
「もし、わたしが寝たら」
「俺も寝る」
「ラジャ」
カリカリ。
ぐしゃ。
びりっ。
「破けたぁ!?」
「やり直しだな」
「終わった! ここ終わった!!」
「次」
「もう日付変わるよ!?」
「お前がいうな」
「お兄ちゃーん!!」
「叫ぶな」
ルビーの半泣きの声と、
鉛筆の音、
アクアのため息。
「やれやれだぜ……」
夏休み最後の夜は、
楽しかった記憶と、
必死な現実が混ざり合って、
騒がしくて、
情けなくて、
でも――
確かに、
忘れられない夜になった。