星の子   作:猫太鼓

25 / 25
幼少期 イメージ

 

チャイム前の教室は、いつもより少し騒がしかった。

ルビーは友達の女の子たちとおしゃべりしている。

 

「ねえねえ、昨日のテレビ見た?」

「B小町出てたよね!」

 

「見た見た!」

「アイ、かわいすぎ!」

 

ルビーは、えっへんと胸を張る。

 

「でしょー?」

「歌もダンスも最高だよね」

 

「ルビーちゃんってさ、事務所おなじでしょ?」

「じゃあB小町の人たち、見たことある?」

 

一瞬だけ、ルビーは言葉に詰まる。

それから、にこっと笑った。

 

「うん」

 

「えー! 近くで!?」

「どうだった!? アイってどんな人!?」

 

「……テレビと同じ」

「キラキラしてて、すごい人だよ」

 

それ以上は言わない。

“知ってる”と“近い”の間で、ちゃんと線を引く。

 

「いいなあ……」

「じゃあさ、アイってやさしい?」

「うん。すっごく優しい!」

「ルビーちゃん、ほんと好きだよね」

「ファンなの?」

 

ルビーは、笑顔で答えた。

 

「うん! 大好き!」

 

しばらくB小町の話で盛り上がったあと、

別の子が声をひそめる。

 

「そういえばさ……」

「なに?」

 

「鈴木さんちのジョン、怖くない?」

 

その名前が出た瞬間、

何人かが一斉にうなずく。

 

「わかる!」

「通るとき、絶対吠える」

「大きいし、こわいよね」

 

ルビーは首をかしげた。

 

「……そう?」

 

「え?」

「怖くないの?」

 

「うん」

「わたしには吠えないよ」

 

「えええ!?」

「ほんと!?」

 

「おすわりって言うと、ちゃんとするし」

 

「信じられない……」

「見たい!」

 

「放課後、見に行こうよ!」

 

「いいよ!」

 

ルビーは元気よく答えた。

 

 

「ねえねえ、ほんとに行くの?」

「ジョンのとこ? こわいって!」

 

「だいじょうぶだって」

 

ルビーは先頭を歩きながら、振り返って笑った。

 

「ちゃんと紹介すれば、吠えないから」

 

「ええ……ほんとに……?」

 

角を曲がると、鈴木さんの家。

柵の向こうで、ドーベルマンのジョンが歩いている。

 

通りがかった大人に向かって、低く唸る。

 

「ほら、やっぱり……」

 

友達が一歩下がった、そのとき。

 

「ジョン」

 

ルビーが呼んだ。

 

ジョンはぴたりと動きを止め、

ゆっくりこちらを向く。

 

「……あ」

 

さっきまでの威嚇が、消えていた。

 

「おすわり」

 

すとん。

 

大きな体が素直に座る。

 

「え!?」

「ほんとだ……!」

 

「いい子でしょ」

 

ルビーは得意そうに胸を張る。

 

「ジョン、この子たちね」

「わたしの友達」

 

ルビーが一人ずつ指さす。

 

「ミカちゃんとユイちゃん」

 

ジョンは一人ずつを見て、

ふん、と鼻を鳴らしたあと、視線をさげる。

 

吠えない。

 

「……吠えない」

「すご……」

 

「前は怖かったのに……」

 

「ちゃんと分かってるんだよ」

 

ルビーはそう言って、ジョンの頭を撫でた。

 

ジョンは抵抗せず、

むしろ少し誇らしげだ。

 

――そのとき。

 

「ルビー」

 

少し離れたところから、声。

 

「あ」

 

アクアが通りかかった。

 

ランドセルを背負い、

いつも通りの無表情。

 

ジョンはアクアに気づいた瞬間、

すっと姿勢を低くし、伏せる。

 

完全な服従のポーズ。

 

「……!」

 

友達が息を呑む。

 

「え、いまの見た?」

「急に……」

 

「やっぱり……」

 

ひそひそ声。

 

「アクアくんが原因じゃない?」

「絶対そうでしょ……」

 

「だって、あのジョンが……」

 

アクアは首をかしげた。

 

「……どうした?」

 

「ジョンが、すごいおとなしくなった」

 

「前からだろ」

 

「え?」

 

「ルビーの前では、ずっとこうだ」

 

ルビーも頷く。

 

「うん」

 

二人とも、本気で不思議そうだった。

 

「じゃ、帰るぞ」

 

「はーい」

 

ルビーは友達に手を振る。

 

「またね!」

 

「……またね!」

 

二人が並んで歩き出すと、

ジョンはその背中をじっと見送っていた。

 

 

二人の後ろ姿が角を曲がって消える。

 

「……仲いいよね」

「兄妹で一緒にお仕事してるんだもんね」

 

「いいなあ……」

「あんなお兄ちゃん欲しい」

 

「アクアくん、なんか大人っぽいよね」

「彼女とかいるのかな?」

 

「小学生で!?」

「でもいそうじゃない?」

 

笑い声が弾む。

 

ジョンはその横で、

何事もなかったかのように、静かに座っていた。

 

それが“当たり前”だと、

彼はもう学習しているのだから。

 

 

「はい、それでは――」

 

ルビーが、なぜかリビングの中央に立った。

両手を腰に当て、やけに胸を張っている。

 

「第一回・バレンタイン対策会議をはじめます」

 

「……は?」

 

ソファに座っていたアクアは、コーヒーを口に運びかけた手を止めた。

 

(また始まったな)

 

内心でため息をつく。

 

「この時期になるとですね、テレビ、雑誌、学校――」

「見ない日はありません、バレンタインという名のビッグウェーブ!」

 

「……うちは関係ねぇだろ」

 

「甘い!」

 

ルビーは指を突きつける。

 

「うちも! この波に! 乗ります!」

 

「乗らねぇよ」

 

「教室、もうデスゲームみたいな空気なんだから!」

 

「なってねーよ」

 

「お兄ちゃん、気づいてないだけ」

「みんな静かに、でも確実に、駒を進めてるの」

 

「なにをだ」

 

「男子は意味もなく机の中やロッカーを整理し始める!」

 

「意味なくないだろ」

 

「意味ないじゃん」

 

「ひでぇ」

 

ルビーは咳払いをひとつ。

 

「一方その頃、女子はどう動くか」

 

「……嫌な予感しかしねぇ」

 

「いわく――」

 

「“兵とは詭道なり”」

 

「ライバルを油断させ、平穏を装い、

最適なタイミングで一気に畳みかける」

 

「誰だよ、言い出したやつ」

 

「だからね、お兄ちゃん」

「もう戦場は動いてるの」

 

「平和に生きてぇ……」

 

「そこで!」

 

ルビーはパン、と手を叩く。

 

「わたしは独自に調査しました」

「お兄ちゃんに対するクラスのみんなのイメージ」

 

「……余計なことしやがって」

 

「今さら文句を言っても、後の祭りです」

 

「開き直りやがった……」

 

アクアは本気で頭をかかえた。

 

「では、発表します!」

 

ルビーは一度咳払いをし、口でドラムロールを始める。

 

「ドゥルルルルルル……」

 

「やめろ」

 

「第四位!」

 

「ジャン!」

 

「顔が怖い」

 

「おい」

 

アクアが即座に突っ込もうとすると、ルビーが手のひらを突き出した。

 

「まだ!」

「でもね?」

 

「……」

 

「たまに笑う顔がかっこいい」

 

「最初からそれだけ言え」

 

「続いて第三位!」

 

「ドゥルルルル……ジャン!」

 

「身体が大きくて頼りになる」

 

「……それは、まあ」

 

「重いもの持ってくれそう、だって」

 

「……そうか」

 

少しだけ納得する。

 

「第二位!」

 

「ドゥルルルル……」

 

(なんか、仗助思い出すな)

 

「ジャン!」

 

「無口だけど優しい」

 

「……」

 

「困ってたとき、さりげなく助けてくれた、だって」

 

アクアは何も言わなかったが、これは完全に褒め言葉だと理解した。

 

(まあ……悪くはねぇ)

 

「そして……」

 

ルビーのドラムロールが、やたら長くなる。

 

「ドゥルルルルルルルルルル……」

 

「……焦らすな」

 

アクアは無意識に唾を飲んだ。

 

「第一位!」

 

「ジャン!」

 

 

ランドセルが似合わない

 

「…………」

 

「どこかコスプレ感がある、だって」

 

アクアの中で、何かが静かに砕けた。

 

(自分でも思ってたが……)

(だからって……)

 

無言で固まる兄を見て、ルビーは追撃を入れる。

 

「ちなみにね」

「あのランドセル、ママが選んだやつだから」

 

「……」

 

小学生のあいだは、ちゃんと背負ってもらいます

 

「異論は?」

 

「……」

 

「認めません!」

 

ルビーは満足そうにうなずいた。

 

会議は終わった。

結論は何も出ていない。

 

ただ一人――

アクアだけが、静かにダメージを受けていた。

 

「……やれやれだぜ」

 

その呟きに、ルビーはにやりと笑った。

 

「大丈夫」

「世の中にはギャップ萌えがあるから」

 

「慰めになってねぇ」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

ハスターなオリ主とジョジョ3部(作者:ラムセス_)(原作:ジョジョの奇妙な冒険)

旧支配者ハスターになった転生者が、ジョジョ3部世界をクルセイダーズ入りして人間のふりしながら頑張って抜け出そうとする話。▼拙作「ハスターなオリ主と米花町」のスピンオフ。▼なるべく本編を読まなくても読めるようにするつもり。▼本編「ハスターなオリ主と米花町」▼https://syosetu.org/novel/384972/


総合評価:11720/評価:8.7/完結:39話/更新日時:2026年03月27日(金) 10:22 小説情報

武術の王『虎杖悠仁』(作者:やめろ小僧、その技は俺に効く)(原作:呪術廻戦)

もし虎杖悠仁が如来神掌の使い手だったら?という話。


総合評価:20598/評価:8.79/完結:71話/更新日時:2026年06月02日(火) 11:05 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>