星の子   作:猫太鼓

4 / 25
春の爆弾

 

中学入学を控えた静かな午後。

春の匂いがまだ薄い風が、リビングのカーテンをゆるく揺らしていた。

 

ソファにもたれ、海洋生物の雑誌をめくっていると、

奥の方から弾む声が飛んでくる。

 

「テレビ! ママとミヤコさん出てる!」

 

……ったく、ルビーは相変わらず騒がしい。

ページを閉じ、顔だけテレビへ向ける。

 

画面には照明を浴びたアイが、相変わらず天真爛漫な笑顔を浮かべて立っていた。

ミヤコも隣でキッチリ頭を下げている。

会見の背景パネルが白く反射して、部屋が少し眩しく感じる。

 

アイドル活動をやめ、

これからは女優とタレント業を中心にやる——

そう宣言した瞬間、記者たちのペンが一斉に動いた。

 

……まあ、そりゃそうだ。

二十歳を超えたアイが“永遠のアイドル”でいるのは難しい。

ファンはともかく、業界の空気はそう甘くない。

 

隣ではルビーがわかりやすく肩を落としている。

 

「……えぇ~……ママのアイドル姿、まだ見たかったのに」

 

——その気持ちは分かる。

けど、人生ってのはいつまでも同じ形を求めると、どこかで歪む。

前世で、俺はそれを嫌というほど味わった。

 

画面のアイが、ふいに胸を張り、にっこり笑った。

 

「きっかけは、うちの子達の中学校入学なんですよ~。

いつまでも隠すの、子供にもファンにも悪いから!」

 

……おい。

 

記者たちが固まる。

ミヤコの顔が引きつる。

ルビーが目をむく。

 

「言ったぁ……!」

 

“やれやれだぜ”。

額を押さえたくなる衝動が込み上げるが、もう遅い。

今の一言で、世間は一晩じゃ消えない騒ぎになる。

 

ミヤコが慌ててマイクを取った。

 

「父親に関しては……一般の方でして、すでに亡くなられております。

公表は控えさせていただきます」

 

うまく収めたな……と思ったのも一瞬。

またアイがずいっ、と前に出る。

 

「そうそう! 子供の名前はアクアとルビー!

みんな知ってる? 同じ事務所なんだけど〜!」

 

ズガン、と何かが爆発するように頭痛が走る。

 

横ではルビーが跳ねていた。

 

「やった! これで外でも“ママ~!”って言えるじゃん!!」

 

……この妹は、どうしてこう、無邪気なんだか。

 

リビングは夕方の光で朱色に染まり、

テレビだけがチカチカと白いフラッシュを放ち続ける。

家の空気が妙に熱い。

 

これからどうするか考えねば——

と、思ったその瞬間。

 

スマホが振動した。

 

 

──着信だ。

 

画面には、見慣れた名前が表示されている。

 

(……はあ。どうせ、今日の“爆弾処理”の追加説明だろうな)

アクアは静かに通話ボタンを押した。

 

「……ああ、俺だ」

 

受話口の向こうから鋭く、やや高めの声が飛び出した。

本人は抑えているつもりなのかもしれないが。

 

「ああ……見てる。どういうことって、言われてもな。テレビの通りだ」

 

リビングに、相手の怒涛のまくしたてる声だけが、かすかに漏れ聞こえた。

 

アクアはスマホを軽く耳から離し、耳の調子を確かめるようにこめかみを押さえる。

 

「……声がデカい。落ち着けって」

 

その横で。

 

ルビーが、ソファに膝を立てながら、口元を押さえてニヤニヤしている。

どうにも隠しきれない好奇心が全身に溢れ出ている。

 

「……おい」

 

アクアが一瞥すると、ルビーは慌てて姿勢を直し、テレビに視線を戻した。

しかし耳は完全にこちらへ向けているのが丸わかりだ。

 

アクアは深く息を吐いて、通話へ戻る。

 

「……やんわり注意してるだけだ。別に怒っちゃいない。俺も悪かったよ。内容が内容だ。軽々しく話せるもんじゃなかった」

 

再び相手の声。

今度は少し落ち着いたようだが――ルビーにはまだ断片が聞こえているらしい。

 

じりじりと距離を縮めてくる。

ソファとテーブルの間に、こっそり膝を滑り込ませて。

 

「……戻れ。聞くな」

 

アクアは手でしっしと追い払う。

ルビーはむくれた顔をしつつ、またテレビの方へ身体を向けた。

だが耳だけはこっちに向いている。意味がない。

 

アクアはそれを無視して、通話を続ける。

 

「……で、だ。アイとまた共演するだろ。あの時みたいにイジメるなよ――先輩?」

 

“先輩”を必要以上に強調した言い方に、受話口の向こうが再び爆ぜる。

 

アクアは肩を揺らし、笑いを堪えきれずに小さく吐息した。

 

「分かった分かった。悪かったって。……はは、また予定合えば飯でも行こうぜ」

 

そして、穏やかに告げる。

 

「じゃあ切るぞ――かな」

 

通話を切る電子音が、静かなリビングに柔らかく鳴り響いた。

 

間を置かず、ルビーのニヤついた声。

 

「へ〜……ほぉ〜……ら〜ぶらぶですかぁ〜?」

 

アクアは無言のまま指を弾いた。

デコピンがルビーの額に軽く命中する。

 

「いったぁ!」

 

西日が差す穏やかなリビングに、少しだけ春めいた空気が混ざった。

 

――アクアの日常は、今日も騒がしい。




かなちゃん好きなんで ⋯
ネタ枠の短編だったんですが
短編集て事で勘弁して下さい。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。