星の子   作:猫太鼓

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前回の続きです


ふたり

控え室の扉が、コツ、コツと遠慮のない音で叩かれた。

 

光量を落とした照明の反射が、壁の銀の縁取りに長い光を伸ばす。

アクアはテーブルに額をつけたまま「入ってるぜ」と低く言った。

 

ドアが開き、ふわっと甘いシャンプーの香りが流れ込む。

その香りの主は、こちらを覗き込むように身を傾けた。

 

「アンタ一人で休憩してるって聞いたから来たんだけど」

 

——かな、だった。

 

テレビ局の制服みたいなスタッフジャンパーを羽織った姿で、

しかし顔は役者のスイッチが完全に切れた素の少女のもの。

軽く眉を寄せた表情が、誰よりも気安い。

 

アクアは顔を上げる。

耳まで真っ赤なのが、鏡がなくともわかるほど熱を帯びていた。

 

「……ここ、男部屋だぞ」

 

「いいでしょ、アンタしかいないし」

 

かなはあっさり応え、当たり前のようにアクアの隣へ腰を下ろす。

距離が近い。

シャンプーの甘さが、アクアの意識を無駄に刺激する。

 

目を細めたかなが、アクアの頬と首筋の汗に気づく。

 

「ちょっと……顔、真っ赤じゃない。収録終わったんなら早く着替えなさいよ。風邪ひくわよ?」

 

照れをごまかすような口調。

それが逆に、彼女の動揺を隠しきれていない。

 

アクアは、目線だけをテレビにそらしながら言う。

 

「いや……この汗は、収録でかいたわけじゃあない」

 

かなが目をぱちぱちさせる。

何言ってんのこいつ、という顔。

 

アクアはソファに深く凭れた。

 

「そっちはもう終わったのか?」

 

「終わったわよ。次の現場行く前に……アンタの顔見たくて来ただけ」

 

最後の部分の声が少しだけ小さくなる。

アクアの胸の奥に小さく熱が灯った。

 

「……そうか」

 

その返事が思ったより優しかったのか、

かながふっと目を細め、いたずらっぽく口角を上げる。

 

「あれ〜? もしかして……私の収録終わり、待ってた?」

 

声の色が、完全に“からかいモード”に切り替わった。

 

アクアは表情一つ変えずに答える。

 

「…………ああ」

 

——その瞬間。

 

かなの耳まで一気に赤くなる。

 

「えっ、えっ、ちょ、ちょっと待ちなさいよ!? そういうの先に言いなさいよ!! スケジュール変えられないかマネージャー呼んでくる!!」

 

スタッフルームの方へ全力で向かおうと立ち上がる。

 

アクアはその袖を軽くつまみ、肩を震わせて笑っていた。

 

「冗談だ。落ち着けよ。……悪かったな」

 

「っっッッッッッ!!!」

 

顔を真っ赤にしたまま、かながアクアに詰め寄る。

 

「からかったわね!! アンタほんっと性格悪い!!!」

 

アクアは鼻で短く笑い、

 

「学校にはいつ来る? その時、また話そうぜ」

 

その声音は、さっきのからかいではなく、

自然に落ち着いたものだった。

 

かなは、その変化にすぐ気づく。

 

少し息をのみ、

そして——嬉しそうに微笑む。

 

「……うん。火曜には行くわ。……じゃ、次の現場だから」

 

別れを惜しむ気配を残しつつ、控え室を出ていく。

 

静寂が戻った部屋で、アクアはひとつ息を落とす。

 

「別に……揶揄ったつもりじゃあないんだがな」

 

テーブルに落ちた自分の影が、

少しだけ柔らかく揺れて見えた。

 




アクアとルビーは
陽東高校中等部に入りました。
一つ上にかなちゃんがいます。
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