——白い光。
(ああ、これが、最期か)
走馬灯のように流れる記憶。ピッチを駆ける自分。仲間たちの声援。そして——膝に走る、あの激痛。
(もう一度、サッカーがしたかった)
世界が、暗転する。
*
1年前——
中学3年の夏。
全国大会予選決勝を翌日に控えた、最後の練習。
「天道、お前のドリブルがあれば絶対勝てる!」
「任せろ!」
グラウンドを駆け、ボールを蹴る。
汗が、風が、仲間の笑顔が、全てが輝いていた。
(明日こそ、全国大会へ)
俺——天道迅は、チームのエースストライカーだった。いや、エースだと自負していた。だから、焦っていたのかもしれない。ゴール前、無理な体勢からのシュート。ボールは枠を捉えた。
だが——
着地した瞬間。
ブチッ――
鈍い音と共に、膝に激痛が走った。
「うわああああっ!」
視界が歪む。
地面に倒れ込む俺を、仲間たちが取り囲む。
「天道!」
「おい、大丈夫か!?」
大丈夫なわけがなかった。
立てない。
膝が、全く動かない。
(嘘だろ…明日が、明日が全国への切符が懸かってるのに…!)
救急車のサイレンが、やけに遠くに聞こえた。
*
「膝の前十字靭帯断裂。全治半年…いや、もっとかかるでしょう」
医者の言葉が、頭の中で何度もリフレインする。
半年。
全国大会は、もう始まっている。
病室のテレビに映る、俺抜きで戦うチームメイト。
「天道の分まで頑張るぞ!」
キャプテンの声。
ああ、みんな笑顔を作ってる。
俺のせいで、こんなことになったのに。
試合は——惨敗だった。
エースストライカー不在のチームは、相手に為す術もなく初戦敗退。
「ごめん…本当に、ごめん…」
見舞いに来た仲間たちは、誰も俺を責めなかった。
「気にすんなよ」
「お前のせいじゃない」
だけど、その目は笑っていなかった。
(俺が…俺がいれば…!)
自分を責める日々が始まった。
リハビリ、そして引退
必死のリハビリ。
毎日、痛みに耐えながら膝を動かす。
いつか、もう一度ピッチに立てるように。
だが——
「無理です。完全に元通りにはなりません」
医者の言葉は、冷徹なまでに現実を突きつけた。
「サッカーを続けるのは、やめた方がいい」
高校に進学しても、俺はサッカー部に入れなかった。
いや、入れなかったんじゃない。
入る資格がないと思った。
(またチームに迷惑をかける…そんなの、嫌だ)
それでも。
それでも、サッカーから離れられなかった。
「せめて、マネージャーとして支えよう」
そう決意したのは、高校1年の春。
かつての中学の後輩たちが、新しいチームで頑張っている。
俺も、何か力になれるかもしれない。
練習を見に行こう。
そう思ったあの日——
横断歩道を渡っていた。
信号は青。
何も問題はなかった。
だが。
「危ないっ!」
誰かの叫び声。
視界の端に映る、猛スピードで突っ込んでくる車。
(え…?)
避ける間もなかった。
ドンッ!
体が宙を舞う。
痛みすら感じる間もなく、意識が飛びそうになる。
地面に叩きつけられた瞬間、視界が滲んだ。
(ああ…このまま、終わるのか)
走馬灯のように浮かぶのは、
あの日、怪我をした瞬間。
全国大会に出られなかった仲間たちの顔。
そして、二度と叶わなくなった、ピッチを駆ける夢。
(もう一度…もう一度だけ…)
(サッカーがしたかった)
(最後まで、走り切りたかった)
(仲間たちに、謝りたかった)
世界が、静寂に包まれる。
*
「よう、坊主! 死んじまったな!」
——えっ?
突然響いた、豪快な声。
目を開けると、そこは真っ白な空間だった。
地面も壁も天井も、全てが白。
いや、空間という概念すら曖昧な場所。
そして、目の前には——
「うおっ!?」
赤いマントを羽織った、白髪に角の生えた巨大なおっさんがいた。
身長は優に4メートルを超える。
豪快に笑う顔は、どこか憎めない。
「お、起きたか! 待ってたぜ」
「あ、あんた…誰だ? ここは…?」
「ああ、自己紹介がまだだったな。俺は神様だ!」
——神様?
「そ、神様! ほら、お前らが死んだ後に会うっていう、定番のアレだよアレ」
神様は指を鳴らす。
すると、空中に椅子が出現した。
「まあ座れよ。話が長くなるからな」
訳が分からないまま、俺は椅子に腰を下ろした。
「ここは天国でも地獄でもねぇ。俺の領域ってやつだ」
「領域…」
「で、お前。死んじまったわけだが」
ああ、そうだ。
俺は、事故で死んだんだ。
「…そっか。死んだのか、俺」
実感が湧かない。
だが、この状況を見れば、否定もできない。
「まあまあ、そう落ち込むなよ。実はな、お前にチャンスをやろうと思ってんだ」
「チャンス?」
神様はニヤリと笑った。
超次元サッカーのゲーム
「お前、超次元サッカーって知ってるか?」
「え…あ、ああ。イナズマイレブンの…」
勿論知っている、あの作品は俺がサッカーを始めるきっかけにもなったのだから。
「そうそう! 俺、あれが大好きでよぉ!」
神様は目を輝かせる。
「必殺技、化身、超次元サッカー! 最高だろ!?」
「ま、まあ…面白いけど…」
「だろ!?」
神様は嬉しそうに膝を叩いた。
「でもな、残念なことに、この俺が管理してる世界には超次元サッカーが広まってねえんだよ」
「え?」
「雷門も帝国もいねぇ。超次元サッカーの歴史が浅い世界があってな」
神様は少し寂しそうに言った。
「だから、作ってもらおうと思ってる」
「作る…?」
「ああ。お前を、その世界に転生させる」
——転生?
「そこでサッカーチームを作って、最強を目指せ」
「いや、ちょっと待って…」
「あ、ちなみにな」
神様は人差し指を立てた。
「お前以外にも、あと2人転生させる予定だ」
「2人?」
「ああ。お前と同じように、サッカーが好きで死んじまった奴らだ」
神様は指を3本立てる。
「お前は日本に送る」
「それで…その3人で何をするんだ?」
「それぞれの国で最強のチームを作り、全国大会で切磋琢磨し合い。そして——」
神様はグッと拳を握った。
「俺が集めたチームと戦え」
「優勝した奴には、どんな願いでも一つ叶えてやる」
——どんな願いでも。
心臓が、大きく跳ねた。
「どんな、願いでも…?」
「ああ。何でもいいぞ。金でも名誉でも、死んだ奴を生き返らせることだって——できるかもな」
言葉が、止まる。
願い。
俺の願いは——
「前世の記憶は持ったまま転生できる。もちろん、サッカーの技術も知識もな」
神様はグッと親指を立てた。
「どうだ? やるか?」
俺の脳裏に浮かぶのは、あの日の仲間たちの顔。
全国大会に出られなかった後悔。
二度とピッチに立てなかった無念。
もう一度、サッカーができるなら。
今度こそ、最後まで走り切れるなら。
「…やります」
「おっ、いい返事だ!」
神様は豪快に笑った。
「が、一つだけ条件がある」
「条件…?」
神様は真剣な表情になった。
「サッカー部のない学校から始めろ」
「え?」
「廃部になってる学校、そもそもサッカー部がない学校。そういうところから、ゼロでチームを作れ」
サッカー部のない学校。
「強豪校に推薦で入って、既に強いチームで勝つ——そんなのつまらねえだろ?」
神様はニヤリと笑った。
「ゼロから作り上げる。それこそが、本当の『イナズマ伝説』ってもんだ」
確かに。
既に完成されたチームで勝っても、それは本当の実力とは言えない。
「で、でも…サッカー部のない学校で全国、さらに世界を目指すなんて…」
「心配すんな」
神様は腕を組んだ。
「お前の実力なら、どんな学校でも全国レベルに育て上げられるはずだ」
「…」
「それに、前世でお前は学んだだろ?」
神様は俺の目を見た。
「一人じゃダメだって」
——その通りだ。
どんなに個人が強くても、チーム全体が弱ければ勝てない。
前世で、俺はそれを痛いほど知った。
「今度は、仲間と共に強くなれ」
神様の言葉が、胸に響く。
「…分かりました」
俺は頷いた。
「サッカー部のない学校で、ゼロから最強を作ります」
「そうこなくっちゃな!」
神様は満足そうに笑った。
監視役の天使
「あ、そうだ。お前らには監視役をつける」
「監視役?」
「天使だ。フクロウの姿してるから、すぐ分かるぜ」
フクロウの天使。
「困った時は相談しな。まあ、直接的な手助けは禁止だが、アドバイスくらいはしてくれるだろ」
「分かりました」
神様が指を鳴らすと、俺の体が光に包まれ始めた。
「お、もう時間か」
「え、ちょっと待って! まだ聞きたいことが——」
「細かいことは現地で考えろ! じゃあな、坊主!」
「あ、あの!」
体が浮き上がる。
視界が真っ白に染まる。
「おい坊主、最後にもう一つ!」
神様の声が、遠くから響く。
「前の世界での後悔、全部ぶつけて来いよ! そのために、この機会をやってんだからな!」
——ありがとうございます。
言葉にならない感謝を胸に、俺は新しい世界へと向かった。
*
暖かい。
誰かに抱かれている。
(…あれ? 俺、さっきまで神様と…)
目を開けると、見知らぬ女性が微笑んでいた。
優しい顔。母親だろうか。
自分の手を見る。
小さい。
ふにゃふにゃで、頼りない。
(そうか…赤ちゃんになったのか)
不思議と、驚きはなかった。
神様が言っていた通り、転生したんだ。
新しい世界へ。
超次元サッカーの歴史が浅い世界へ。
(俺は…もう一度、サッカーができる)
涙が溢れそうになる。
(今度こそ。今度こそ、最後まで走り切るんだ)