時は流れる。
赤ん坊だった俺は、やがて歩けるようになった。
そして――前世の記憶が、完全に蘇った。
5歳の春。小さな庭で、母親が買ってくれたサッカーボールを蹴る。
「迅ー、ご飯よー」
「はーい!」
元気よく返事をしながら、俺は心の中で呟く。
(天道迅。それが、この世界での俺の名前)
前世と同じ名前だ。偶然か、それとも神様の粋な計らいか。ボールを蹴る感触。前世では怪我で失った、この感覚。
(痛くない。膝が、痛くない)
何度蹴っても、走っても。膝は何ともない。当たり前のことが、こんなにも嬉しい。
(ありがとう、神様)
そして——俺は神様の課題を思い出す。
(サッカー部のない学校から始めて世界に挑む)
途方もない目標。でも、やってやる。今度こそ最後まで。
*
そんなある日。
庭でボールを蹴っていると、木の上から声がした。
「ほう、なかなかの蹴りじゃないか」
「!?」
見上げると、一羽のフクロウがこちらを見ていた。
純白の羽に、金色の目。普通のフクロウに見えるが――
「お前、喋った!?」
「ああ、喋るぞ。俺は天使だからな」
天使……ああ、神様が言っていた監視役か。
フクロウは木から飛び降り、俺の目の前に着地した。
「俺の名前はセラだ。お前の監視役として、神様から派遣された」
「監視役……」
「安心しろ、別に四六時中見張ってるわけじゃない」
セラは羽を広げた。
「困った時はアドバイスもするし、神様への報告も俺の仕事だ」
「よろしく、セラ」
「ああ、よろしくな。天道迅」
不思議と、頼もしく思えた。この世界で、初めて前世のことを知っている存在。
「で、お前の課題、覚えてるか?」
「サッカー部のない学校から始める、だろ?」
「正解」
セラは満足そうに頷いた。
「ちなみに、お前が行く学校はもう決まってるぞ」
「え?」
「稲葉中学校。数年後、サッカー部が設立してすぐ廃部になる学校だ」
「10-0で負けて、『弱い』『恥ずかしい』って汚名が定着するらしいぜ」
「……厳しいな」
「だろ? でも、それがお前の課題だ」
セラは首を傾げた。
「どうする? できそうか?」
「……やるしかないだろ」
俺は拳を握った。
「ゼロから作る。それが、神様の課題なんだから」
「いい返事だ」
セラは満足そうに笑った。
「じゃあ、稲葉中に入るまで、しっかり準備しとけよ」
「ああ」
*
それから数ヶ月後。
近所に、引っ越してきた家族がいた。
「こんにちは。今日からお隣に住むことになりました」
母親に連れられて挨拶に来たのは、一人の女の子。黒髪のロングヘアに、金色の目。年は俺と同じくらいだろうか。
「立花凛です。よろしくお願いします」
まだ幼いのに、丁寧な敬語で話す女の子。
「俺は天道迅。よろしく!」
「迅さん、ですね」
「気楽に迅でいいよ」
「凛ちゃん、迅くんと仲良くしてね」
母親たちがそんな会話をしている間、凛は庭に置いてあるサッカーボールに目を留めた。
「迅はサッカーをするんですか?」
「うん! 大好きなんだ!」
「そうですか」
凛は少し考えるようなそぶりを見せるとボールを見つめて動かなくなる。
「君もサッカーやってみる?」
「え……いいの?」
「もちろん!サッカーはみんなでやったほうが楽しいからな!」
「……ありがとう!」
そう言って、凛は微笑んだ。
——これが、俺と凛の出会いだった。
*
それから、俺と凛は毎日のように一緒にサッカーをした。
「凛、今日はパスの練習しよう」
「うん!」
最初は敬語が気になったが、今ではそれが凛らしいと思えるようになった。何故敬語なのか聞いたこともある。
「礼儀正しくしたいんです。お母さんにもそう教わりましたから」
真面目な性格なんだろう。そして——凛は、どんどん上達していった。
前世の知識を活かして教える俺に、凛は真剣についてくる。
「凛、将来はサッカー選手になりたいの?」
「いえ」
凛は首を横に振った。
「私は、マネージャーになりたいです」
「マネージャー?」
「はい。選手を支える、裏方の仕事です」
凛は真剣な表情で言った。
「迅のような選手を、サポートしたいんです」
——この時、俺は確信した。
凛は、俺の最高の右腕になる。
*
小学生になった俺は、地元のサッカークラブに入団した。前世の経験と記憶。転生後に鍛え上げた体。両方を活かして、日々練習に励む。エースストライカーとして、チームを牽引した。
「天道、すごいな!」
「また点取ったぞ!」
チームメイトは喜んでくれるが――
(これじゃダメだ)
俺だけが強くても、意味がない。前世で学んだ教訓。チーム全体が強くならなければ、最後には負ける。
そして、小学6年の全国大会。結果は、ベスト8。俺が1点取ったが、それだけだった。
1-3で敗退。
(やっぱり、俺だけじゃダメなんだ)
——仲間が必要だ。
*
試合後、凛が声をかけてきた。
「迅大丈夫?」
「ああ、凛」
「悔しいですか?」
「……ああ」
「でも、これで分かったんじゃないですか」
凛は静かに言った。
「貴方一人では、世界大会には勝てない。だから——」
「……仲間が必要だ」
「はい」
凛は微笑んだ。
「中学で、最強のチームを作りましょう」
「ああ!」
俺は拳を握った。
(稲葉中で、ゼロから作る)
本当の、最強チームを。
*
春になり、俺は稲葉中学校の校門をくぐった。隣には、凛がいる。中学生になった凛は、赤のカチューシャをつけていた。黒髪のロングヘアが風に揺れる。
「いよいよですね」
「ああ」
周囲を見渡す。新入生たちが、楽しそうに話している。
「おい、あそこ見ろよ」
「グラウンドの隅。ゴールポストがあるけど、誰も使ってないぞ」
「ああ、去年サッカー部が潰れたからな」
「10-0で負けたんだってさ。恥ずかしい」
そんな会話が聞こえてくる。
(10-0か…)
相当な大敗だったんだな。それで廃部。
「サッカー部、復活するのかな?」
「無理でしょ。誰がやりたがるんだよ」
「恥ずかしいし、弱いし」
周囲の反応は、予想通りで誰も、サッカー部の復活を望んでいない。でも——
(だからこそ、やりがいがある)
俺は拳を握った。
「凛」
「はい?」
「一緒に、伝説を作ろう」
「はい」
凛は微笑んだ。
「喜んで」
——天道迅、中学一年生。
異界の雷鳴伝説が、今始まる。