月は堕ち、日は昇らない   作:ハイカスカス

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アビドス編、完。

この作品が純愛創作の板で紹介されるのお見つけたのですがなんか…えっこの作品って純愛なんですか?
嬉しいのは事実ですけど



救出、その始まり

 

 

 アビドス内のとあるビル。私を受け入れるように自動ドアが開いている。導かれるままにそこを潜り、エレベーターに乗り込んだ。狭い籠に居心地の悪さを感じていると、身体に重圧がかかった。

 

 ここまで来たのならやるしかない。頭の中で覚悟が決まっていくように、慣性による重圧も薄れていく。

 

 3、4、5…液晶に映る文字が大きくなっていく。心臓がバクバクと拍動する。

 

 チーンという場違いな音が響くと同時に、目の前の鉄の扉が開かれた。

 その廊下、その先で、真っ黒な異形がこちらを待っている。

 

「ようこそ、先生。あなたとは一度お話をしたいと思っていたのです」

 

 より一層警戒して前に進む。そうだ、それでいい。絡め取られるわけには、いかない。

 

 異形は堂々とこちらに見せつけるようにしながら、高そうな椅子に座り、デスクに肘をつく。

 

「“あなたは何者なの?”」

「失礼。自己紹介がまだでしたね。ゲマトリアという組織に所属しております。そして、あなたと同じく、キヴォトスの外部の者です。まあ、違う領域ではあるのですが…」

 

「今話すと話題が逸れてしまいますね。適切な呼称がありましてね…この名前は、私としても気に入っているので」

 

「私の名前は、黒服、とお呼びください」

 

 そう名乗った異形は、試すようにこちらに視線を向ける。それを無視し、聞きたいことを聞き出す。

 

「“ホシノを連れていって、スラを拐って…何が目的だ?”」

「ふむ。先生、あなたと私には、少しばかり認識にズレがあるようです」

 

「まず、前提からはっきりさせましょう。私に、あなたと敵対する意思はありません。むしろ、あなたとは協力関係でありたいとすら思います」

 

「私にとって、アビドスという小さな小さな学校に大した価値も脅威もありません。しかし、あなたは違う。私の計画において、一番の脅威はあなたです。決して些事では済まされない、非常に大きな存在…だからこそ、敵対は避けたいのですよ」

 

 説明が終わり、緊張の糸が張り詰める。それでも目を逸らさない私へ、黒服が不適に笑いながら語りかけた。

 

「ここまでお話しましたが…お聞きしましょう。私に協力するつもりはありませんか?」

「“断る。そんなつもり微塵もない。私の目的は、ホシノとスラを返してもらうことだ”」

「ククク…そうですか」

 

 その回答に満足したのか、それとも不服なのか。理解のできないものがこちらを見ている。

 呆れたように息を吐きながらその輝く口を開いた。

 

「ですが、勘違いをされてはいませんか?今のあなたには正当性というものがありません。小鳥遊ホシノは現在どこの学園の所属でもなく、スラさんも病院の倒壊にあたり保護を行ったにすぎません」

 

「“ホシノは、顧問である私がまだサインをしていない”」

「“あの退学届が受理されていない以上、彼女の帰るべき場所は対策委員会でありアビドスだ”」

 

「“スラは、あくまで保護の形だ”」

「“別の病院にも受け入れが可能な施設が揃っている以上、顧問である私はスラの引き渡しを要求することができる”」

 

「“黒服、お前がどう言おうと、2人は私の大切な生徒だ。渡してやるつもりなんて毛頭無い”」

 

 胸を張ってそれらしく答える。スラはまだしも、ホシノは少し厳しい理論だろう。だが、それでいい。とにかくそれらしく話せ。

 

「あなたが顧問である先生であるのなら、去就にはあなたのサインが必要…なるほど、なるほど。先生、生徒、そして学校…厄介ではあります」

 

「“あなた達は皆を騙し、心を踏み躙り、その苦しみさえも利用した”」

「ええ、事実です。確かに一般論で見れば私達の行動は“悪”でしょう。利益と結果を重視し、他者の苦しみを無視しました」

 

 悪びれる様子も無くまだそんな言葉を宣う。聞けば聞くほど、その捻じ曲がった正論が鼓膜を震わせる。

 

「ですが、どれもルールの範疇です。そこは誤解なさらぬよう」

「“ルール?”」

 

「ええ。アビドスの砂漠化の原因である砂嵐は、極々普通の自然現象です。大変珍しいことではありますが、一定の確率で起こり得るものでしかない。天変地異とはそういうものでしょう?」

 

「あなた達を襲ったあの大蛇…デカグラマトンの預言者、ビナーも、我々が仕組んだ物ではありません。理解できぬ上位の存在に手を伸ばすことほど無駄なことはありません」

 

「喉の渇きを訴える者に水を、飢えた者には食料を、力を欲す者には武器を…その代償として、一生をかけても返しきれない額の借金を与える。それだけの話です」

 

「大して珍しくもない、世の中にはありふれた話でしょう?私達が初めて作った事例でも、私達がやらなければ無くなるものでもない」

 

「持つ者が持たざる者を支配し、隷属させ、搾取する」

 

「自然の、人間の、そして社会の摂理です。あなたのような大人であるのならばご存知であるはずの、厳然たる事実なのではありませんか?」

「“……”」

 

 その後も、黒服は耳触りの良い言葉を並べ続ける。アビドスから手を引けだの、カイザーはどうにかするだの、借金はどうにかするだの…

 

 これ以上付き合っていられない。その提案を全て断り、決別を示す意志を込めた。

 

 

“大人のカードを取り出す”

 

 

 なぜ?と問われる。

 子供達が、生徒達が、大切だから。

 

 なぜ?と問われる。

 あの子達の苦しみの、責任を取らなければならないから。

 

 なぜ?と問われる。

 家族とか、保護者とか…そういうもの以前に、私は大人だから。

 

 なぜ?と問われる。

 

 

「“それが、大人のやるべきことだから。”」

 

 

 それでも、なぜと問われる。きっと、いや、絶対にこいつとは分かり合えない。

 

「…いいでしょう、交渉は決裂です。私はあなたのことを気に入っていたのですが…残念です」

 

「しかし、先生。それとは別件なのですが」

 

「上廻スラを、あなたに渡すつもりはございません」

「“…は?”」

 

 空気が凍りついた。ホシノのことは一応譲歩という形を取ったというのに、なぜだ?

 

「上廻スラは危険な存在です。彼女は自らの神秘について余りにも把握しすぎている」

 

 そう言いながら、デスクから一つの紙束が取り出された。何が書いてあるかは理解できない。しかし、その書体や文章のクセからその書き手が上廻スラであるということは分かった。

 

「彼女の力は既に貼られたテクスチャを覆し得る。あなたのその力すら無意味にしかねないそれは、神秘すら持たぬ我々には手の余るものです」

 

「あなたもあの光を見たでしょう?あれは、全てを優しく包む暖かな太陽ではありません。何も無い闇すら切り裂き、全てを焼き尽くす天の炎」

 

「“関係が無い。スラがどんな存在であっても、私は見捨てるつもりは無い”」

 

 その言葉を聞き、まるで心底理解し難い物を見る視線をいっそう強める。それは非難するようでもあり、心からの忠告のようでもあった。

 

「先生、地震という自然災害はご存知ですか?プレートの移動によって発生するひずみが解放されることで起こる、大地の揺れです。これは言ってしまえば、解明された既知の現象にすぎません」

 

 この異形は、急に何を言い出すのか。

 

「しかし、我々はその地震を“起こさない”手立てを持ちません。技術を発展させ、メカニズムを理解し、そして幾ら予測を立てても。それはいわば“受け入れ最善を求める”という一種の防衛策です」

 

「あなたはその防衛策すらも投げ捨て、いつ起こるか分からないその震源地に向かおうというのですか?」

 

 ため息を吐かれる。もう、躊躇いは無い。

 

「…そうですか。ホシノは、アビドス砂漠のPMC基地の中央の実験室に居ます。スラさんは、その付近の特別医務室に。実験のために2人まとめて確保をしておきたかったのですが…どうやら、前提から崩れてしまったようです」

 

 それだけ聞けたのなら、もうここに居てやる意味も無い。背を向けて部屋を出る。

 

「それでは、精々頑張って生徒を助けると良いでしょう。微力ながら、幸運を祈ります」

 

 そこまでで、黒服の声は聞こえなくなってしまった。

 

「契約に強制する項目が無いのは失敗でしたね。研究への協力、とでも書いておくべきでした」

 

 鉄の扉が閉じ、籠が下がり始めると同時に浮遊感を感じる。それは私の気持ちが軽くなったことの証左なのか。それともそう暗示させるだけのものなのか。

 

 それすらもわからぬまま、地面へと降りていった。

 


 

 

 救出作戦、実行。先生が集めてきたという戦力を多少宛にしながら前に進む。

 

風紀委員会による足止め。トリニティ、じゃなかった。ファウストによる支援砲撃。便利屋が引き受けてくれたカイザーの大軍。

 

 スラがそうそうやられるとは思っていない。こんな状況で眠っているだけだとも。

 

「ええい…!こちらには人質も居るんだぞ!?なぜそうも足掻く!」

「…お前はスラのことを何も分かってない。誘拐されたのなら、誘拐した奴ごと潰して帰ってくる」

「話にならん!おい!人質をここに連れてこい!!まだ寝たままのはずだろう!!聞いているのか!?」

 

 私は構えを解いて、余裕を孕んだ目でゴリアテに乗ろうとする理事を睨んだ。巨大で鈍重な金属製の脚がずり下がった。

 

「そうでしょ?スラ」

 

 

「やれやれ、随分と買ってくれてるみたいだ。そんなの、応えるしかないじゃないか」

 

 

 ゴリアテの立派な逆関節が真っ赤な炎に包まれる。その爆炎の奥から、先日の怪我など無かったかのように立つスラが現れた。情けない悲鳴をあげながら、理事がゴリアテから振り落とされる。

 

「やあやあ、初めまして…かな?ああでも、君からすれば初めてでもないか。もちろん私にとっても」

「貴様ぁ…!何故ここに居る!?それにその武器は、我々が採用してるロケットランチャーを…!」

「酷い言い様と面じゃないか。君が部下に怒鳴りつけていて可哀想だったからこうして出迎えに上がったというのに。ロケットランチャーは部下の方からお借りしたんだよ」

 

 右手に持ったロケットランチャーを悠々と捨て、見慣れたリボルバーを懐から取り出しながら近づいてきた。そして、私の横でぐるりと回って理事と向き合う。

 その横顔は、どこまで行ってもいつも通りで…それに少し安心した。

 

「ひとまずおかえり、スラ。帰ってきてくれるって信じてたよ」

「…そうだね。さ、こんなデカブツは潰してホシノ先輩も助けに行こっか!」

 

 指揮は要らない。全員が愛銃を構えて、ゴリアテに狙いを定める。

 

 今必要なのは、ただの指示一つだけ。

 

「“撃って!!”」

「や、やめろぉぉぉ!!!」

 

 ————鋼鉄の巨体は、いとも容易く崩れ落ちた。

 

「お疲れ様。おかえりなさい」

「ああ。とはいっても、まだやること残ってるんじゃないのかい?」

 

「……そうだね」

 

 会話は最低限にさらに奥へと進む。理事は逃げてしまったがそれよりも優先すべきことがある。ホシノ先輩を助けに行かなければ。

 しかし、心に何かが引っ掛かることがある。さっきの発言。スラは“ホシノ先輩を助けに行かなければ”と言っていた。

 なぜ知っているのか。スラは今の今まで意識を失ったままのはずだ。末端の兵士から聞いていたのか?何か資料を見たのか?それとも……こうなる前から知っていた?いや、それはあり得ない。スラにそんな素振りは無かった。カイザーと共謀しているのならヘルメット団に誘拐されたことに説明がつかなくなる。

 

 (スラは、何を知っているの?)

 

 いつもと変わらない真剣な笑顔で横を走る友を見遣る。それでも、今はホシノ先輩のことが先決だ。

 

 小骨が刺さったような違和感を抱えたまま走り続けた。

 

 

 


 

 

 

 真っ暗な場所に居る。

 

 私、ほんと…バカだなぁ。

 

 こうやって騙されて、みんなに心配かけて……でも、それで良かったかもしれない。

 

 後ろに回された手は動かない。足も。顔は、上げる気力も無かった。

 

 ……これで、よかったん、だよね。

 

 頭の中の後輩達の笑顔が心を容赦なく抉る。いや、分かっていたはず。こんなことになったら、みんな悲しむだろうって。

 

 もし、ここから出られたら、みんなと一緒に居られるかな?

 

 ……だめ、だよね。奇跡なんて、起こりやしなかった。それでいいんだよ。

 

 思考が堂々巡りだ。でも逃げることなんてできやしない。逃げることもできない。これからもずっと。

 

 ああ、でも、もし、もし。あの時に戻れるのなら。

 

「あーもう!どんだけ頑丈なのよ!?誰か爆弾とか持ってないわけ!?」

「ごめん、さっき使い尽くした」

「ロケットランチャー捨てなきゃ良かったかな……」

「ごめんなさい、私も持ってないです……」

 

 あの、明るく輝いていた時に戻れるのなら。

 

「皆さんお待たせしました!」

「アヤネちゃん!?どうやってここに!?」

「シャーレの方からヘリを借りてきたんです!補給のために爆薬も持ってきました!」

「でかしたアヤネ!」

「ん、これでドアを吹っ飛ばす!」

 

 それだったら、あの夢の中に戻れるのなら……

 

「起爆準備よし!離れろー!」

「ノノミ、3、2、1で……」

「えーい⭐︎」

「あっぶねぇ!?えっなんか私に恨みあるの?」

 

 光が差してくる。迎えだろうか。目をぎゅっと瞑って覚悟を決めた。

 でも、違う。黒服のような冷え切った声ではない。わいわいがやがやと騒がしい。

 

「見つけました〜!」

「ん、確保する」

「ほら、早く帰ってこーい」

「ふぅ…心配したんだから!」

「でも、無事で安心しました!」

 

 体の節々に温かいものが触れる。そして、拘束はどんどんどんどん緩まっていった。

 

 ひとつ。ふたつ。みっつ。よっつ。いつつ。むっつ。

 

 目を閉じていても分かるほどの速度でどんどんと外へと向かっていく。瞼を、優しい夕陽が叩いた。

 

 ゆっくりと、ゆっくりと目を開いた。

 

 眩い夕日がこちらを包んでいる。目の前には、優しい目をしてこちらを見る後輩達。そして、先生も。

 

「みん…な……?」

 「「「「「ホシノ先輩!!」」」」」

 

「スラちゃんまで……どうやって、ここを…?」

 

「“ホシノ。”」

 

 おかえり、と、皆口々に呟く。

 

 ああ、やっぱり私は…わたしは…

 

 口が勝手に言葉を紡いでいる。先輩としての風体も投げ出して、涙を流しながら抱きついてしまいたかった。それでも、最低限残った意地でただ、口を動かした。

 

「ただいま」

 

 

 あらためて、おかえりなさい、と……その言葉とともに、今度は私が押し潰された。みんなの体温が一気に伝わってくる。

 

 

「……これで、良かったんだね」

 

 

 小さく、本当に小さく。そう呟いた。

 

 

 






今後は書き溜め作りのためしばらく投稿を行いません。また、次回の投稿は本編ではなく閑話となります。ご了承ください。
また、その中で執筆方法が変化する可能性があります。ご容赦ください。
あと曇らせはそこからやります(宣言)

上廻スラの結末は

  • 哀れな愚者に永遠の救済を
  • 幸せな咎人に寛大な天罰を
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