月は堕ち、日は昇らない   作:ハイカスカス

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お久しぶりです田中です。加藤だったかもしれないし内藤だったかもしれません。

今回はメインヒロイン回。




閑話:恐怖、その独白

 

 

 ふと、瓦礫の山の上に立ったことがある。

 

 立って周りを見回した瞬間はほんの少しの高揚を感じてしまったのだが、すぐに虚しくなって降りてしまった。

 

 ふと、誰かの生活の痕を拾ったことがある。

 

 人が居たという事実に少しばかり口角が上がるも、それがここに落ちているという意味を考えて捨ててしまった。

 

 ふと、死んだ友の亡骸を抱きしめたことがある。

 

 芯に残った温かみを感じたが、それはすぐに冷え切ってしまった。

 

 

 

 未だふとした時に蘇るあの肉の感触が手を支配する。

 

 これが嫌だ、などと言うつもりはない。それだけのことをやってきたつもりだから。

 今すぐこの罪達の咎を受けさせろ、とは言わない。私には、まだやらなければならないことがあるから。

 

 

 また一つ事が終わり、方舟に乗り込んだ。

 中央部にずっと居る気には今はなれなくて、先生とあの子を1人置いて外周へ向かった。

 

「それじゃあ、またね」

 

 先生は、首を少し縦に振った気がした。

 

 一周、ぐるりと回ってみる。

 

 忌々しくも無機質なその廊下を、かつりかつりとハイヒールを鳴らしながら歩く。隣には誰も居ない。寂しい。……その寂しさも踏み越えてみせろ。

 彼女を、スラを、救い出したいのなら。

 

 

 ふと、足を止めた。そこにあるのは一つの扉。

 

 それを開く。山のように積まれた数々が顔を見せた。

 

 その一つを手に取る。……アビドスの校章が付いている。

 

 もう一つを手に取る。ミレニアムの校章が付いている。

 

 さらに一つを手に取る。トリニティの校章が付いている。

 

 あれも、これも、それも……どれも、上廻スラが確かに生きていたという証だった。

 

 こうしていないと覚えていられないから。私しか、覚えていてあげられないから。

 

 涙が溢れる。

 

 大丈夫。私はもう決めたんだ。そう、決断したんだ。スラちゃんを止めて、止めて……

 

「だから、みんな……私は、やってみせるよ」

 

 そう言って、手元の武器の手入れを始めた。5つ。ここに山のようにあるものは、私には使えないから。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

  私にとって上廻スラは、言ってしまえば舐めても許される同輩であった。

 と言うより、舐め腐っていたと思う。だって弱かったし。ちっちゃい頃の私と同じくらいで、体つきが成長してきて銃器を十全に扱えるようになれば彼女が私に白星を挙げることはなくなった。

 

 

 よく、怪我をしていた。

 

「ごめんね、シロコちゃん。足引っ張っちゃった」

「ん、あんまり気にしてない。……あんまり」

「嘘だよね!絶対嫌味だよねそれ!」

 

 快活で、よく笑う子だった。

 言ってしまえば、割と常識人だった。

 

 冗談を言えば冗談で返すし、ズレた回答にはしっかりとツッコミを入れてくれる。雨雲号を整備しながらアヤネを労る姿なんかはよく見られる景色だった。

 

 それが崩れたのは、いつからだろうか。……先生が負傷した、あの日からか。

 

 

 

 

 ……スラが崩れてしまったのは、きっと……

 

「ホシノ先輩!」

「私達、で止める……止めてみせる……!」

「せん、ぱい……!」

「大丈夫、私達なら……!」

「指揮は、私が執ります!」

 

 反転したホシノ先輩と戦った、あの時からだろう。

 

 苦しくて、痛くて……

 

「ごめんシロコ先輩……一回下がる!」

「ごめんなさいシロコちゃん!私はもう下がるしか……!」

「すみません先輩……後方も、もう限界で……!」

 

 

 それでも、まだなんとかなる、と、盲目に信じていた頃。

 

「シロコちゃん、私がなんとかする……するから、下がって」

 

 空が赤く染まり、砂漠の砂が真っ赤な光に照り付けられていたあの日。私は確かに見た。

 

 彼女の腕に、呪いのように纏わりつく光を。

 夜のはずだった空が、ぐるりと反転するように日中のような明るさへと変化したのを。

 彼女の何かが、燃え始めていることを。

 

 そこからは、記憶に穴が空いている。激しかったかもしれないし、ゆったりしていたかもしれない。思い出したくないのか、覚えていられなかったのか。覚えていたが、焼かれてしまったのかもしれない。もう、今となっては分からない。

 

 気がつけば、ホシノ先輩のヘイローが消えていて、スラは愛おしそうにその頭を撫でていた。

 

 ……もう動くことのない、その体を抱えたまま。

 

「……ごめんね。先輩」

 

 無言のまま、ホシノ先輩の身体を担ぎ上げる。それに追従するように立ち上がろうとしたスラは、立ち上がることはなかった。

 右脚がまるで炭のようにぼろぼろと崩れていた。

 

 そのままどすんと倒れる。

 

 右手を杖にして立ちあがろうとしていた。

 

 その手も、根本から灰のように消え去ってしまった。

 

 

 

 手を伸ばした。この手が、彼女を砕いてしまわないかという不安を伴っていた。

 そうはならなかった。

 

 ……その後も。

 

 スラが、電動の車椅子を使い始めた時も。

 

 セリカが居なくなってしまった時も。

 

 アヤネが、生命維持装置を外した時も。

 

 ノノミが、そうなってしまった時も。

 

 

 

 ……朽木のように弱りきってしまった彼女の身体は、崩れることはなかった。

 

 ある、寒気を感じる暗い暗い夜の日だった。

 

 いつも通り、彼女を家に送った。スラはもう、1人で動ける体ではなかった。

 おかえりという言葉は聞かなくなって久しい。

 荷物なんかを取りに帰るために寄ったアビドスの机に突っ伏しながら、耳をペタリと伏せる。

 

 ……もう、いいのかな。

 

 みんなが居た、この学校も、自治区も。

 

 そんな邪な考えが頭を過った。

 

 だめだ。投げ出しちゃ、いけないんだ。

 

 フラフラと椅子から立ち上がり、力なくぺちりと頬を叩く。今日は誰かと居たい。そう思ってスラのいる場所に行こうとした。

 

 ……向かった。

 

 こんこん。扉を叩く。返事はない。ごんごん。もう一度叩く。返事がない。流石に異常事態だと思って、合鍵を使って入る。彼女を置いてきた部屋に向かって走った。

 

 扉を、蝶番が外れそうな勢いで開く。

 

「……ごめんなさい、シロコちゃん」

 

 扉のあるこちらではなく、壁に向かい合いながら、自分の頭に銃を押し付ける彼女の姿。急いで一歩を踏み出す。

 

「まって」

 

 その言葉に気づいて彼女が振り向く前に、銃弾は彼女の頭に風穴を開けた。生温い液体が辺りに広がる。部屋には、生臭い匂いが充満した。驚愕して開いたままの口に血が入って、鉄の味がする。

 

 だらりと落ち始める彼女の左手を取る。

 

 まだ暖かい。

 

 胸を触る。

 

 まだ動いている。

 

「うそだ」

 

 やめて。いなくならないで。いっちゃやだ。

 

「ひとりにしないで……!いっしょに、いてよぉ!」

 

 彼女の体が冷え切るまで、何分だろうか。10分か。30分か。それとも、1時間ほど経っていたのかもしれない。ずっと亡骸を抱きしめていた。

 

 その体は、いつもより数段軽かった。

 

 涙が流れ出ている。

 

 立ちあがろうとしたその時、足が縺れて転んだ。

 机の上に手をかけてもう一度立ちあがろうとするも、血で滑ってもう一度転んだ。その瞬間、机から血の海にノートが一冊落ちた。緑の表紙の日記帳。中学から同じ型のものを愛用していたということを語ってくれた“それ”があった。じわりじわりと、紙面に血が侵食していく。

 

 転んだまま、利き手でない方で書かれたミミズのような文字を読む。

 

『ごめんなさい』

 

『シロコちゃんを置いていってしまって、ごめんなさい』

 

『でも、このままあなたの重しになるのはいやだから』

 

『私なんかが邪魔をしてはいけないから』

 

『だから……』

 

 最後に書かれた一文を読む前に、彼女の最期の言葉が脳裏を過った。

 

 ……ごめんなさい、シロコちゃん。

 

「うう、あ、あ゙あ゙あ゙ぁ゙ぁ゙あ゙あ゙あ゙!!!」

 

 喉が潰れてしまうまで、血の海のなかでそう叫んでいた。気づけば彼女の遺書も、言葉も。もう知ることはできなくなっていた。

 

 べっとりと肌に張り付く制服が、ずっといやな感触を主張する。このままどこかへと行ってしまいたいというこの感情を、その不快な触感だけが必死に抑えつけていた。

 

 

 




Q.なんで片手片足が欠損したの?

A.一般的な生徒の体でセトの憤怒みたいなことしてんじゃねえ。

ストック切れるまで

しばらく投稿 火曜木曜。

上廻スラの結末は

  • 哀れな愚者に永遠の救済を
  • 幸せな咎人に寛大な天罰を
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