逃げ出した。
上廻スラ、ちゃんと正面から戦う戦闘描写が無さすぎる件。
ほぼずっと不意打ちしかしてないこいつ。
君は何をされてる方なの?
スラちゃんが暴れた日から一晩が過ぎた。シロコちゃんにも長引くような怪我はなく、とりあえずひと段落がついた、というところであった。
未だ眠気の残る瞼を撫でる。天気予報は今日も晴れ。先生が来てからはここに銃弾が降ることも少なくなった。
今日ばっかりは先生も含めて対策委員会室に全員泊まり込みだ。とはいえ今日はおじさんが一番乗り!みんな起こすわけにもいかないし、ゆったり準備中。
スラちゃんにも色々と聞かなきゃいけないこともあるし……
そうぽやぽやとなんとなく思考をしていた時、荒れた息とともに部屋の扉が乱暴に開かれた。今ここに居ないのは保健室で寝ているシロコちゃんとスラちゃんだけ。多分そのどっちかだと思うんだけど……
「みんな!スラが居なくなってる!!」
刹那、緊張が走る。頭の中を支配していた眠気は吹き飛び、とにかく“何があったのか”という一点だけに思考を集中させていく。
「シロコちゃん、保健室に痕跡は?」
「窓が開いてて、バッグとか武器とかは持ち出されてた。多分、もう外に……」
最悪の予想が頭を過ぎる。嫌な汗が頬を伝った。
後輩にそれを悟られないようにつとめて、まだ寝たままのみんなを起こす。思考はもちろん、次はどうするか。
目を擦って体を起こすみんなを横目に連絡を入れる。かけた番号はスラちゃんのスマホ。
プルルル、と無機質なコールが鳴り響く。一回、二回、三回。何度続いても、その電話が取られることは無かった。
「やっぱりダメか……シロコちゃん、スラちゃんの家は分かる?」
「ん、この前聞いた」
「分かった」
「どうか、しましたか?」
「みんなを起こして事情の説明をお願い。準備が終わったら校内の捜索を。私達はスラちゃんの家に行ってくる」
「はい!わかりました!」
「よろしく、ノノミちゃん」
それだけを伝えて走って出ていく。焦りを感じながらも、シロ子ちゃんの先導を追いつかないようについていく。
普段は何も変わらないはずの息が若干荒くなっているように感じる。
疲れなのか。それとも焦りなのか。思考が纏まっているようで、何も分かっていない。
……あの子は、どこに行ったんだろう?
「……ここ!ここのアパート!」
「分かった。まずは聞き込みだね」
アパートはヴァルキューレ管轄の地域の内部、比較的治安のいい場所だった。とはいえアビドス付近。土地自体に魅力は少なく、過疎化は進んでいる。人は、ほとんいない。
焦るな。手がかりを探せ。ここが駄目なら監視カメラはどうだ?何軒の家屋の監視カメラが生きているんだ?
どうする?……足取りをどうにかして掴め。あの時の二の舞を、起こしてはいけない……!
外出しようとしていたこのアパートの管理人さんに声をかけて話を聞く。管理人さんは顎に手を当てて昨日の出来事を丁寧に思い出してくれた。
「あの子、昨日は帰ってこなかったねえ。てっきり、アビドスの中に泊まってるとばかり思っていたんだが……」
「昨日に色々とあってアビドスに居たんですが、居なくなってしまって心配で……」
「あら、それは……戻ってきてくれるといいわね」
何か手がかりがあるといいわねと言って、管理人さんは快く扉の鍵を開けてくれた。防犯的にそれでいいのだろうか。
しかし今はその緩さもありがたい。管理人さんは扉の前に居るとのことで、私達が部屋を探索することになった。
部屋の様子は、言うなれば殺風景。人として生きる最低限が揃っている。その程度のものだった。
「……あっち、部屋が続いてる。行こう」
シロコちゃんが指した扉には非常に分かりやすいネームプレートがかけられていて、本来の家では景色に馴染むであろうそれはこの部屋では異彩を放っていた。
「……これは、どういうこと?」
その部屋は、まるで時間が止まってしまったようだった。
乱れていないベッド。机に仕舞われた椅子。本棚に入れられた、工学系の用語がたくさん書いてある本。
そして、そのほぼ全てに埃がかかっていた。そこで毎日眠っているであろうベッドにも。
机の上にある教科書は、全てが中学生の時のもの。高校生向けのものは一冊も無かった。
「なにが、どうなって……!?」
若干パニックになって立てかけられた日記を手に取る。しかし、その日付は2年前で止まっていた。後ろにはいくつもページが余っている。
最後の一言は、“明日はアビドスに行ってみよう”、という一文。
スラちゃんに……なにがあったっていうんだ?
「ホシノ先輩……?」
「……大丈夫。捜索の手を広げよう。別の自治区に行っている可能性も出てきた。そっちで知ってる子っていっても風紀委員長ちゃんとヒフミちゃんしか居ないけど……うん、頼れるものは頼ろう」
部屋から出ながら電話をかける。もう2度も、ああなるのは御免だから。
ゲヘナ自治区に到着した頃には、もう朝日が登り始めていた。アビドス砂漠の広大さを考えれば十分に早いと言える。
ゲヘナ特有のハーフティンバー様式の建物が、朝日に照らされて眩しく光り輝いていた。朝の訪れというある種の希望を感じさせる幻想的な景色が、私には死神の足音のように感じられた。
手持ちの物資にはまだ余裕がある。ゲヘナに置いてある自販機というものは格好の略奪の的であるので非常に少ない。アビドス自治区の道中にまだ補給が行われている自販機があったのは幸運だった。そこで散布機用のグレネードも手に入ったし、装備としては万全だろう。
このままゲヘナに留まるのも最初は案にあったが、雷帝やらなんやらのせいでかなりここに滞在はしたくない。
小走りになって小道を駆ける。過去の記憶に残っている近道を通って自治区を横断していく。
橋を渡り、公園の中の木立を抜けて、広場に出た。
がやがやと登校中の生徒達でごった返しており、今までのように走り抜けるのは無理そうだった。幸い歩けば通れる程度の余裕はありそうだ。
「失礼する!」
「うおっ!」「なんだぁ!?」「お前かぁ!?」「ああ!?お前だろう!?」「んだとぉ!?」
背後で一気に沸き始めた大衆を無視して走っていく。ブレザーは脱ぎ去ってバッグに詰め込んでいる。これで一目見て学校を特定するのは難しいだろう。
こうして騒ぎを起こしてしまうと風紀委員会に目をつけられる可能性だってある。極力目立ちたくはない。
少し息が荒くなってきた。ちょうどいいビルの陰に入って座り込む。メインの路地の方に目をやりつつ、しっかりと休憩を取った。
夜の砂漠とはまた違う風が頬を撫でる。あの時よりも、幾分か爽快に感じられた。
瞬間、ざわめきが収まる。まるで気温が氷点下まで下がりきったような錯覚すら覚えてしまう空気感が辺りを覆い尽くす。
爽快感は消え去って、圧倒的な重圧がメインストリートに充満した。
……不運だ。
そう呟きたくなる状況だった。
風紀委員長、空崎ヒナが仁王立ちで道の中央に立っている。この状況で隠れている他校の生徒は怪しさ最大だろう。
目をつけられないように忍び足で抜け出す。騒ぎを起こした連中を薙ぎ倒していくあの特徴的な銃声から逃げ出す。今は過去を思い出させてくる全てから逃げ帰りたい。
一心不乱に足を動かし、目的地を目指す。幸いにも、道中で風紀委員会に目をつけられることはなかった。
そうして見えてきたのは、近未来的な建造物が霞みがかって見えるミレニアムの自治区。……そして、その前に展開している風紀委員会の部隊。大体30人ぐらいだろうか。
「……あー、失礼、少しいいかな?」
「ん?なんだ……あー!?総員集合!捕獲対象だ!」
「はぁ!?」
こちらを複数の視線が射抜いた。即座に後ろに下がり、銃弾を避ける。弛緩していた向こうの空気感が一気に治安維持らしい組織のものへと変わった。
ああ、やっぱり風紀委員会ってこういう場所だよな!
「やつを追えー!風紀委員長からのお達しだーッ!」
「あいつの騒動のせいで今日私遅刻したんだぞー!」
「それに関しては申し訳なく思うが、私はそこを通りたいんだ!すまんが押し通らせてもらう!」
太陽はもう直上に登ろうとしている。あまり時間はかけていられない。身体に当たる銃弾を多少無視して前に突っ込む。
痛い。いや、痛くない。この程度の痛みは……
「無駄、だァ!」
「なぁっ!?」
最前線に出ていた風紀委員の首根っこを引っ捕らえ、気合いを込めて腹に銃弾を1発。一瞬聞こえた呻き声を合図に、後ろに詰めている風紀委員に向けそいつを盾にした。
見るからに狼狽えている正面に居る別の風紀委員に向けて左手の
巻き込まれた3人の頭を撃ち抜く。
まずは4人。
……なんかこの前もこんなことやったな。
適当に残った銃弾1発をそこらに居たのにプレゼントしてやり、空薬莢を捨ててリロードを始める。そして迂闊に近づいてきた1人をグレネード散布機で殴りつける。
その流れのまま左腕を振り、上向きにグレネードを射出……
「何か来るぞ!備えろ!」
目を塞いだ風紀委員の隙を突き、蹴りを叩き込む。吹き飛ぶ前に腕を掴んでぶん投げた。それに巻き込まれた2人を一旦無視して、リボルバーに入った5発を撃ち切る。1発につき1人。それぞれ意識を刈り取った。
これでさらに8人。合計で12人。これぐらい減らしたのなら潮時か……
もう一度グレネード散布機を振る。今度撃つのは、スモークグレネード。
足元に投げつけたそれらは私1人どころか周囲のまだ無事な風紀委員までを覆った。
「クソっ!どこ行きやがった!?」
「あの野郎……!あいつをやってもうた!?」
「殺せェッ!」
「落ち着けぇ!まずは怪我人の救出が先だ!」
それでいい。私はゲヘナ自治区を抜け出て、ミレニアム自治区へと向かった。
……どこにも居ない。校舎中を探し回っても、スラちゃんが見つかることはありませんでした。日は高くなり、砂漠の最も暑い時間帯が刻一刻と近づいてきています。
シロコちゃんとホシノ先輩の調査も空振り……私達は、本当の意味で“手詰まり”になってしまったのです。
「先生……!どうにかする手段は……!」
「“ごめん、流石に難しい。監視カメラのデータにアクセスするのも今回は厳しそうだし……今、シャーレ経由して捜索依頼も手配しているけど、それも通るかは分からない……”」
先生は大変申し訳なさそうにそう言った。ホシノ先輩はさっきから所在なさげに部屋の中を歩き回っている。あの事を考えると、仕方がないかもしれないけど……見ていると、どうとも、口に出せなかった。
「ど、どうするのよ……!?これだけやっても、手がかりなしって……!」
「落ち着いてくださいセリカちゃん。まだ、まだ何か……」
そう考えても、良い対策法は思い浮かばない。私のカードをいくら使ったって、手がかりが提示できなければ発見には繋がらない。
実家の伝を使おうにも、その後に私どんな要求が来るのか、分からない。
友人のために、その程度のリスクを支払うと決断できない自分が居ることに、ちくりと心が痛む
……私は、本当にこれでいいのだろうか?
いやだ。でも、できない。私は、こわい。怖いんだ。
そんな思考の渦を切り裂く、携帯の着信音が響いた。
ホシノ先輩の携帯電話から。スピーカーにして、通話が開始された。
「もしもし、風紀委員長ちゃん?何か分かったことあった?」
『うちの部下が上廻スラと思しき生徒と交戦したとの報告がきたわ。朝にこっちであったいざこざ……これについては話さないけど、そっちの容疑者として探していた生徒と特徴が一致した。一応確認しておくけれど、上廻スラって生徒は、あの時倒れた子でいいのね?』
「うん。その子を探してる」
『だったら間違いないわね。アビドス自治区と事件の場所、そして部下が交戦した地点を考えると、彼女がゲヘナ自治区を通過してどこかへ行こうとしていたのは確実……どこは分からないけど、ゲヘナ内にはもう居ないと思う』
……どうして、そんなことを?
「……身柄は?」
『申し訳ないけど逃げられたわ。そこからの足取りは残念だけど……他校の自治区に介入するわけにもいかないし、風紀委員会がこれ以上ことをするのは無理ね』
「わざわざありがと」
それだけで通話は切られた。他校の自治区に向かっただけなら、私達で見つけ出せば……
「可能性が高いのは、ヴァルキューレかワイルドハント、ミレニアムでしょうか……」
「“ミレニアムって、たしかユウカの……”」
「ミレニアムサイエンススクールは、3大校の中で一番新しい学校です。科学技術などが非常に発達していて、実力主義が根強い学校ですが……」
目の前に地図を提示される。こうしてみると、ゲヘナの自治区は3大校の名に恥じない広さだった。他自治区に不慣れな彼女が、この広さをこの速度で移動するのは無理がある。
疑問だけが積み重なっていく。そして、疑念も。
なぜ、彼女はシロコちゃんを攻撃したのか?
なぜ、彼女はアビドスから居なくなったのか?
なぜ、彼女は……私達に、何も言ってくれなかったのか?
きっと、ここに居る全員に共通する疑問だと思う。
「おじさんたちも探しに行きたいところだけど……どこ自治区に行ったとしても、他校と事を構えるのは御免かなぁ。先生、他自治区での捜索、お願いしてもいい?」
「“分かってる。見かけたら事情とか聞いてみる”」
「うん、よろしくぅ」
みんなも無理はしないようにね、と、先生は言って小走りで出ていった。急に居なくなったので、連絡と仕事が溜まっていたらしい。
ただでさえ静かだった空間が、よりいっそう静まった。
いつも通り快活な話題を提供することは、私にはできなかった。
上廻スラ、最近苦手なタイプの戦闘しかしていない件。
本業は強者とのタイマン。そのくせワカモには実質負けてる。
君は何をされてる方なの?
上廻スラの結末は
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哀れな愚者に永遠の救済を
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幸せな咎人に寛大な天罰を