月は堕ち、日は昇らない   作:ハイカスカス

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前回のあらすじ

アビドスお通夜モード

そういえば、皆様上廻スラをどんな姿で出力されているのでしょうか。本作では一切描写をしておりませんのでその辺り不明瞭なのです。



再会、その始まり

 

 

 

 急な深夜の連絡。ちょうどセミナーの書類仕事が終わり、家に睡眠を取りに帰ろうとしていた頃。急に電話がかかってきた。シャーレ奪還作戦の時に交換した番号。スラちゃんからのものだった。

 

『もしもし?』

「スラちゃん?久しぶり……だけど、何があったの?」

『うん、久しぶり。あー、うん。ごめん、ちょっと色々とあって……あー、その、帰りにくいというか……』

 

 電話の向こう側から聞こえる声は、気丈な声ではなかった。あの、道の真ん中でうずくまっていた時の弱々しい声だった。

 

「何があったのかは分からないけど……とりあえず一度、私のところに来る?」

『いい、の?』

「大丈夫。無理はせずに、しばらく離れておくのも大事だと思うから……ただ、ずっと居るのはダメです」

『うん。分かってる。ただ、少し時間が欲しくて……うん、ありがとう、ユウカ。明日にはそっちに行けるだろうから……うん、ありがとう、本当に』

 

 それから十分な時間をもって電話が切られる。

 何があったのか、詳しく聞く気にはなれなかった。その声ですらどこか痛々しくて、憐れみを持ってしまったから。

 その気持ちがどうにも処理しきれなくて、手を握り込んだ。その日、私の寝る時間は少し遅くなった。

 

 

 

 

 次の日。私は落ち着かない気持ちで仕事を捌いていた。

 各部活からの予算申請、爆発事故による設備破損の補修、そして単純な学校そのものの運営費……普段ならこれに頭を悩ませるところだが、今日は昨日の件で集中できずにいた。

 

「ユウカちゃん、大丈夫ですか?今日は何やら落ち着かないようですが……」

「えっ、ああ、これはちょっと、色々とあって……」

「無理をしてはいけませんよ?」

 

 しばらく口をつぐんでいた。仕事が手につかない。スラちゃんに何があったのだろうか。

 

 頭を抱えたまま、ため息混じりにノアが言う。

 

「ユウカちゃん、その調子なら、今日は休んでみては?」

「でも、仕事が……」

「休養も大事ですよ。今日はゆっくり休んで、明日以降に頑張りましょう?今日のお仕事は、私が代わりにやっておきますから。会長もそれで大丈夫でしょう?」

「ええ。無理して仕事をするのは能率が低いわ。今日は休むべきよ」

「うう……でも……」

 

 目の前の書類だけ……と言おうとした瞬間に、山になった束が次々と無くなっていく。ノアとリオ会長の2人がさらっと自分のデスクへ持っていってしまった。

 

「これで、ユウカが片付けるべき書類は無くなったわね」

「そういうわけで、外に行ってお休みを取ってきてください。私達のことは気にせずに、ね?」

 

 そこからは、半分追い出されるような形でセミナーを出た。気遣う気持ちで言ってくれたのだろうが、急にこうして放り出されても手持ち無沙汰になってしまう。

 

 そろそろお昼が近い。とりあえず腹ごしらえをしようと思い、近場のエンジェル24のイートインスペースで昼食を取ることにした。下りのエスカレーターに乗り、見知った顔ぶれとすれ違っていく。

 

 会釈をしてくれる子もいれば、浮かべていた笑顔が少し引き攣る子もいる。自分のこの学校での印象というものを改めて実感した。

 普段だったらこんなことは気にならないのに、これほどまで神経質になっているのはなぜだろうか。不安が、心のどこかにあるからだろうか。

 

 深くなり始めた思考を途切れさせるため、2回頬を叩く。校舎と屋外を隔てる扉を潜れば、暖かな陽気が私を包み込んだ。太陽はそろそろ直上に差し掛かっていて、食堂へと走る生徒が目立ち始める頃になった。

 

 そうしてエンジェル24に向けて歩く中、一つ気づいたことがある。

 

 そういえば、どこで落ち合えば——

 

 連絡をとったとき、そこの共有をしていなかった。電話をかけてみても繋がらない。仕方がない。おそらくミレニアムの校舎の方に向かうだろうし、とりあえず昼食を取ろう。

 

 その考えのまま、エンジェル24の自動ドアを潜った。少し品揃えが減ってしまった棚を眺めて、何を食べようかと考える。おにぎりをいくつかとサラダを手に取って、レジに並んだ。

 

「これと、あとチキンを一つお願いします」

「はい、分かりましたー」

 

 店員さんが用意してくれた箸なんかを手持ちの袋に入れ、イートインスペースに向かった。そちらは幸いにも席にいくつか空きがあったので、待つことなく座ることができた。

 

 おにぎりの中身は何を買ったっけと思い出そうと袋を覗き込む。

 一つ取り出した瞬間、肩を指でトントンと叩かれた。

 

 ここで声をかけてくるような人なんていたかな、と後ろを振り返る。

 

「久しぶり、ユウカさん」

「スラちゃん!久しぶりね」

 

 そこにいたのは、待ち人だったスラちゃんが。左手に栄養ゼリー飲料を握りながら、快活な笑顔を浮かべている。隣の空いている椅子に座って、蓋をあけ始めた。

 

「よくここが分かったわね」

「入っていくユウカさんが見えたので……どこで会おうとか、決めてませんでしたね」

「いいのよ、こうして会えたんだから」

「はは……ありがとうございます」

 

 ぎゅう、とすぐにゼリー飲料を飲み干して、窓の向こうを見渡している。

 それを横目に、ホットスナックを口に運んだ。

 

 ……ゼリー飲料だけ?

 

「……スラちゃん、他は?」

「ちょっと食欲が無くって……」

「そう。無理しちゃ駄目よ」

 

 そのまま背中を丸めて黙ってしまった。話は弾まなかった。

 

 

 

 このまま放っておくのもなんだし、ということで、一度私の部屋に通すことにした。道中で交わした会話は特に聞かれても問題ないような当たり障りのないもの。

 でも、その返答もどこか虚ろで心ここに在らずといった具合だった。

 

 カードキーでロックを外して、冷たい感触の扉を開ける。いつも通りのままの部屋に、スラちゃんを招き入れた。

 

「お邪魔します……」

「いらっしゃい。お水取ってくるわ」

 

 自分用と彼女用の2つを取ってきた。彼女は、椅子に座ったまま俯いて動かない。私は対面の椅子に座って、話をしようとした。

 

「何があったのか聞いても大丈夫?」

「……私は……」

 

 頭を抱えて、掻き毟るような仕草を少し見せながら彼女はぽつりぽつりと話を始めた。

 

「私は、シロコを……あの子、を、あの子は、何も悪くなかったんだ。私が、あの子を……」

 

 否、話してはいなかった。彼女は、同じようなことをずっと上の空で呟き続けているだけだった。昏い影が落ちた目元からは何も伝わってはこなかった。

 

 あの時、シャーレのオフィスからの帰りとは、全く違う異質な雰囲気。

 

 その、恐怖の感情をどうにかこうにか押し殺して、彼女の前に立った。

 

 

 

 

 


 

 さっきから、視界がずっと暗い。なぜなのだろうか。

 

 肉を押し込むようないやな感覚が、さっきから手から離れない。

 

 べちゃべちゃ、びちゃびちゃ。血の匂いがする。

 

 口の中に釘を突っ込まれた時のような味がした。

 

 皆の悲鳴と自分の呼吸音が、ずっと鼓膜を叩き続けている。

 

 ミレニアムに来てからは、ずっとそうだ。

 

 ……なぜだろうか。ゲヘナや、ヴァルキューレの所に居た時はこうはならなかったのに。

 

 きっと……ああ、多分、彼女が、彼女達が……私に、何度も、数えきれないほどに、私に託してきてくれたからだろうか。

 

「スラちゃん!落ち着いて!」

 

『スラちゃん』『スラ』『スラさん』『スラ!』

 

 ああ、くそ、どれが現実なんだ?どれが、本当に、私に語りかけているんだ?

 視界が真っ暗になる。

 

『あなたは……』

 

 やめろ、それ以上喋るんじゃない。

 その願い(呪い)を、俺に託そうと……するな……!

 

 「落ち着いて!!」

 

 肩が強く揺らされる。視界がぐわんと動いた。残った色は、白でも、黒でも、濃愛でもなく。よく手入れされた菫色だった。

 

「……大丈夫。あなたに何があったのかも、何を抱えてるかも、今は聞かない。今は、いいのよ。ゆっくり深呼吸して」

 

 聴覚の全てを、そちらに委ねる。何かが響き続けていた耳は、空調機の駆動音と自分の鼓動の音だけが聞こえている。

 

 

「ごめんなさ、い。ユウカさん……」

「ここに敵は居ないわ。だから、落ち着いて。ゆっくり……そう。大丈夫……」

 

 ……嗚咽のような呼吸は、数分経ってようやく落ち着いた。

 

 視界は、はれた。思考はぐちゃぐちゃなままだが、錯乱は、しては、いない。

 

「落ち着いたわね」

「はい。すみませんユウカさん」

「それで、これから先どうするの?アビドスに戻るのか、しばらくミレニアムに留まるのか」

 

 ……迷う。今後の拗れを考えると、一度戻るべきだろう。だが……

 

「私はしばらくミレニアムに居ます。まだ、ここでやっておきたいことがあるので」

「部屋はどうするの?ホテルとか……」

 

 財布を見る。

 

 

 ……金が、無い。

 

 

「……ごめんなさい。しばらく匿っていただけると……」

「そうなると、家賃代わりに何かしらをしてもらいたいのだけど」

「書類仕事家事場合によっては育児もできる範囲でなんでもやるので住まわせていただけると助かります」

 

 椅子に座ったまま頭を下げる。ユウカはからからと笑って、言葉を続けようとする。けれども、中途半端半端に開いた口は部屋に響いたインターホンの音に遮られた。

 2人して扉の方を見遣る。

 扉の向こうに聞こえるかどうか分からないが、はーい、と快活な声を出して扉の方に向かっていった。

 

 誰だろうか、少し思考を回す。

 

 ……とはいえ、今訪ねて来そうなのは1人しか居ないか。

 

 椅子を回して来訪者の方を見る。むしろ今の私の方が来訪者であるが。

 

「この子が……」

「はじめまして」

 

 鈴のような声と、澄んだ水色の瞳がこちらを突き刺す。昔と言うには近く、最近と言うには遠い時のことを思い出す。

 

「あなたが、ユウカちゃんの物思いの原因ですか?」

「……まあ間違ってはいないですかね」

 

 数ミリ、瞼が閉じられる。

 それが拒絶を示しているのか、それとも憐れみを含んだものなのか。私には分からなかった。

 

「アビドス高等学校所属、上廻スラです。一身上の都合により、ユウカさんを頼らせていただきました」

「生塩ノアです。その都合について、聞かせて頂いても?」

 

 ユウカの無理はしなくていいという視線に少し首を横に振って、一つ一つ話し始める。

 

 大丈夫だ。……あまり、今になって気にする事ではない。

 

 アビドスでの出来事を話してみると、彼女は他には分からないようほんのりと疑念の目を向けながらこちらに手を伸ばした。

 その手を取る。少しぎこちない握手だった。

 

「大変、でしたね」

「いえ、お気になさらず。全て私が起こした事です」

 

 ……会話が続かない。私は彼女とは初対面(ここでは)であるのだから、あまり親しく話をしたくない。対する彼女は、言葉を紡ぎあぐねているようだ。

 

「……ユウカちゃん、どうするんですか?」

「私はこのまましばらくここに居させてあげようと思うのだけど……」

「別の部屋があるならそっちの方がいいです。ユウカさんにも迷惑だと思いますし……」

 

 数秒悩む仕草を見せる。

 

「一度、会長に相談してみましょうか」

「許可、していただけますかね……」

 

 ……とまあ、そういう流れでミレニアムのセミナー会長に直談判をすることになった。

 

 正直に言って、あまり会いたい相手ではなかった。

 

 ある意味で彼女は、私の罪の象徴とも言える人間なのだから。

 

 





メインヒロイン
シロコ*テラー

サブヒロイン
黒見セリカ

追加ヒロイン
早瀬ユウカ

Q.なんでアビドスから離れてミレニアムに行かせたんですか?私聞いてない!

A.最序盤でクロコが「今回もミレニアム?」って言ってたり唐突にグレネード散布機が生えたりユウカが「ウチ(ミレニアム)でも頑張ればやってけそうな腕」って言ってたりユウカに強めに関わらせてたり匂わせはしてました。唐突なのはそう。

上廻スラの結末は

  • 哀れな愚者に永遠の救済を
  • 幸せな咎人に寛大な天罰を
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