治安の急激な悪化。各学園で報じられている“それ”は私にとってはただの指標にすぎない。公表されてはいないが、連邦生徒会長は失踪しサンクトゥムタワーの制御権は宙ぶらりんなのだろう。一番の問題は宙ぶらりんのそれを誰も掴めないことだが。
これは物語がもうすぐ始まる証左。こうしたところで情報を仕入れるのも大事なことなのだ。
さて、そろそろ、というか明日には先生が来る。この日付は基本的に変わらないので、シャーレの先生と手早く縁を繋ぐにはここで会ってしまうのがいい。
対策委員会の部室に集まりながら携帯電話をいじっていると、珍しく考え事をしていたからか声がかけられる。
「考え事なんて珍しいですね。何か気になるニュースでもありましたか?」
「んー、まあ、まあ…な。今後の行動計画を考えてたんだよ」
そろそろ色々動きそうだし、と付け加え、予定表のアプリに視線を落とす。ここ数日にはバイトのシフトを入れないようにしていたし、これといった約束事もしていないので問題なく連邦生徒会の方に行けるだろう。
「なにー?考え事?お悩みならおじさんに気軽に相談していいのに〜」
「お生憎様、悩みの無い能天気さが売りなもので。お悩み相談所に送れるようなお便りは無いよ」
「…ふーん」
この疑念はいつになれば晴れるのだろうか。まぁ理由も無しに入学してくるのだから怪しく見るのは当然だろう。今年の新入生であるセリカやアヤネは地元愛があるだろうが、私は急に入学届を提出しただけだからなぁ。
うん。あの場で破り捨てられなかっただけ有情と考えるべきかもしれない。
「…よし、今日はもう帰りますね。明日にちょっとやっておきたいことがあるので早めに寝ます」
「おっ、そうなの?ついにスラちゃんにも春が来たー?」
「揶揄わないでください…それじゃあ、失礼します」
ドアを抜けてそのまま敷地外に出る。校門を潜れば砂に埋まった住宅街だ。いやー、いつ見ても変わらんね、ここは。
かちゃりかちゃりと腰に提げてあるリボルバーをいじり、戦闘準備を整える。
「それで、皆様はわざわざこんな場所までご足労いただき何の御用で?観光客の方なら歓迎するが…」
「はっ!世迷言を…かかれっ!」
何やら怪しい気配がすると思って狭い路地の方に誘い出してみれば、ヘルメット団がゾロゾロと…大体10人。まったく、飽きないものだ。
見敵必殺とでも言わんばかりのアサルトライフルの連射の隙間を縫って一気に肉薄する。当たりそうなのは左腕のグレネード散布機で弾く。一応そこら辺で売ってる盾ぐらいの耐久性は確保してあるから安心。そもそも知人の
「くっそ、なんでだ!?弾が当たんねぇ!」
「私に弾を当てたいんなら、もっと鍛えてくるんだね!」
人間、未知には怯えてしまうものだ。事実、目の前のヘルメット団達は気配が揺れている。恐怖み支配されそうになっても、それでも歯向かってくるのは一人の仕事人としてのプライドだろうか。
とりあえず近づいて一番手頃な奴の顎を撃ち抜いてノックダウン。そのまま倒れそうになったところを左手で引っ掴んで盾にする。こういう手合いは仲間意識が強いから、この手が一番効くんだ。
「おい!それは卑怯だろ!」
「1人相手に10人で襲ってくる奴らに卑怯を説かれる道理は無いねぇ!」
恐怖が冷めきらない内に銃のグリップで右側に回り込んでいた奴の顔面をブン殴り、追撃に蹴りをブち込む。鼻血が見事な軌跡を描きながら彼女は吹き飛んでいった。
「あっおい───」
声のした方に向けて左手で盾にしているヘルメット団を投げつける。3人が固まっていたので全員纏めてボッシュートだ。
「ストラーイク。よそ見厳禁だよ」
残弾4発。狼狽えている残りのメンバーには脳天に向けて1発ずつ弾丸のプレゼントだ。そうすると残るのは1人。
「ひっ!ま、待っ」
「問答無用」
ラリアットで壁に叩きつければ、ヘルメット団の料理は完成。
「…ん?」
何か気配がしたので、ラリアットを叩き込んだ子のARを拾ってその方向にぶん投げてやれば、破砕音とともに呻き声。ヘルメットとゴーグルが割れて白目を剥いている。流石に仲間の下敷きになったぐらいでは意識を刈り取れなかったか。
「おーおー、派手にやったねぇ。おじさんびっくりしちゃった」
「ついさっきぶりですねホシノ先輩。何か御用で?」
「いやー?色々と音がしたからね。ちょっと様子を見に来たんだよ」
そう言いながらも武器を臨戦態勢にしている辺り、ちゃんと心配して来てくれたのだろう。
「それじゃ、後始末はやっとくから帰ってていいよ。おじさんはこの子達に聞かなきゃいけないことがあるから」
「ありがとうございます。では、改めて失礼します」
「じゃーねー」
彼女達の今後に同情しながらも心の中で十字を切ってその場を離れて自宅へ向かった。こんな奴らの相手をしてやるほど私は暇じゃないんだ。
スラちゃんがここから居なくなったことを確認して、適当な奴の首を引っ捕らえて無理矢理起こす。
「ひ、ひぃ!」
「ねえ、君。なんでうちのスラちゃんを襲ったの?あれでも私としては大事な大事な後輩なの。できればなんでこっちを襲ってきたのか聞きたかったんだけど…」
「し、知らねえよ!俺たちは雇い主からアビドスの奴を誰でもいいから1人連れてこいって言われて…ひぃっ!?」
ふーん…適当に威嚇射撃をしても口を割らない…この調子じゃ、雇い主を答えさせるのも難しそう、か。じゃあいいや。
「じゃあ、もういいよ。お疲れ様」
「ギャッ!?」
適当な物で頭をブン殴って気絶させる。弾薬を使うのも勿体無いので、殴るだけ。こうして潰しても潰しても湧いて出てくるので、もう面倒だ。
治安が悪化しているニュースが目立つようになってからは、心なしかそういう輩が増えている気がする。
できればこういうのは、早めに解決してほしいものだ。
後輩達にも心労が溜まるだろう。
特に、スラちゃん。彼女がアビドスをどうこうしようとするつもりは無いのはこの一年で理解しているが、ここ最近は暗い表情が目立つ。何か原因がないかそれとなく聞き出せないか試してはいるが、中々にガードが固い。
…みんなも、私が、なんとかしなくちゃ…
帰ってきた。とはいえとはいえ、家に特筆すべき物は置いていない。
はっきり言って置く必要がないのだ。普通だったらおしゃれとかを気にするのだろうが、生憎もう色々と枯れてしまっている人間。
別に自認は女子高生なのだが、そういう欲求が綺麗に削がれている気がする。
「…寝よう。別にやることないし」
明日の持ち物はもう整えてあるし、これ以上準備することはない。そのまま深い深い闇の中へ落ちていった。
何かがこちらを見ている。虚ろで、どこに焦点が合っているのか分からない。
「ナんデ、ナンで、何デ?」
何を、言っているんだ、こいつは。
青、赤、黄、紫、茶、多種多様で、どこかでみたことがあるような光が私を射抜く。
「なんで、助けてくれなかったの?」
「ッ!!」
悪寒が体を貫く。
ちがう。わたしじゃない。しかたがなかった。どうにもならない。ああ、くそ。
何かに雁字搦めにされたように体が動かない。まるで目を逸らすなと言っているようで。
わからない。
そこにいるのは、だれなんだ?
目の前の
「っは、はぁ…は、あ?うぅっ」
目を覚ます。喉の奥から昇ってくる感覚に突き動かされるようにトイレに駆け込んだ。
すぐに便座に頭を突っ込んで口を開ける。
「うぅ、ゔぉぉえ、ゔあぁあ…、は、はぁ、はぁ」
…まただ。寝覚めが悪い時は毎回これだ。
ああ、最悪な日だ。
私が今日初めに聞いた音は、べちゃべちゃという胃液が落ちる音だった。
「行ってきまーす…」
朝食は食べる気にならなかったので抜く。吐いた後にそうそう食う気にはなれなかった。
憂鬱な気分のまま、DU方面へ向かう列車に乗り込む。私の住んでいる場所はアビドスではない。正確に言えば、もう少し隣に行けばアビドス自治区、といった具合だ。もちろん最寄り駅からは若干遠い。それでもこの徒歩での時間が一瞬のように感じてしまうのは、慣れが原因だろうか。
窓に映る顔を見れば、目元には若干隈ができている気がする。ここ最近眠れない日が続いているからだろうか?
より一層憂鬱な気持ちになってため息を吐く。何度も見てきたこの顔を、私は好きになれない。誰も救えないこの無能の顔を、どうして好きになれようか。
しばらく電車に乗ったり乗り換えたりをしたりしていると、ミレニアム辺りで見覚えのある顔を見かけた。そのまま声をかけようとして…やめた。
そうだ。私の知る彼女はもう居ない。居ないんだ。死んだんだ。だから、もうおしまい。そうしよう。
そう心に言い聞かせてもやはり未練というものはあるのか、体が向こうに引っ張られるような気がしてしまう。
イスに座るような気分にはなれず、吊り革に掴まったまま電車の揺れに身を任せる。右手から伝わってくる冷たさだけが、ただ私をここに縫い付けていた。
『まもなく────』
私にはあまり縁のない駅。ドアの前に立ち、電車が止まるのを待つ。ぷしゅーという音とともにドアが開き、爽やかな風が頬を撫でる。
ホームから出て駅舎からも出て周りを見渡せば、アビドスとは正反対の穏やかな喧騒が耳に入る。
目的地の方に向かえば、既に
しれっと入り口の自動ドアを通ってお邪魔し、ロビーの端の方に立っておく。
口論の内容に耳を傾けてみれば、やれ、連邦生徒会長を出せやら、治安の悪化の説明をしろやら、予算やらなんやら。正直に言ってしまえば、アビドスはそもそも維持すべき治安が存在しないような気がするのであまり気にならない。…治安悪化に対して手が回っていないだけ、とも言う。
そんなことを話半分に聞き流していると、急にこっちにキラーパスが飛んできた。
「そこのあなたも何かないの!?」
セミナー会計、早瀬ユウカからのお言葉である。
「…もしかしてそれ、私に言ってる?」
「あなた以外に誰がいるの!?」
ふむ、このキラーパスは間違いなく私宛らしい。とはいえ私があなたの想像通りの答えを返せるかといえば、否だ。
「私、あえて言うなら冷やかしに来ただけだから…強いて言うなら、そっちの君目的かな?」
「“私?”」
「そう」
うーん、いつもと変わらずな感じ。よしよし。ここでなんか怪我とかしてたら警戒が必要になるところだった。
思考をそうして回していると、ちょうどシャーレのビル占拠の報が届いたらしい。
「少々問題が発生しましたが、問題ありません。ちょうどここに各学園を代表する、立派で暇そうな4人、とオマケの1人がいるので、心強いです」
七神リンはそう言ってこちらを見てくる。
「…え?」
ユウカちゃんがそう気の抜けた声で返事をした。
もしかしてオマケって私?まあこの3人に比べたらオマケみたいなものだけどさ。
「キヴォトスの正常化のために、暇を持て余した皆さんの力が今、切実に必要です。行きましょう」
そう言って彼女はカツカツと靴を鳴らしてドアの方に向かってしまう。
「ちょ、ちょっと待って!?どこに行くのよ!?」
ユウカちゃんのその声に釣られて私達もそれを追う形で走り出した。
「…とりあえず走りながら自己紹介とかする?」
「“今!?”」
「戦闘をする上で互いの認識の擦り合わせは大事だよ?連携とかも必要になってくるし」
…先生以外の4人からの視線が痛い。仕方ない。
「仕方ない、か。それじゃあとりあえず私から。名前は上廻スラ。アビドス高等学校廃校対策委員会所属の2年生。得意な戦闘方法はクロスレンジでの殴り合いだよ」
そう言って手を軽く振って微笑めば苦笑いが返ってくる。…思ってたより反応が悪いな。まあいいや。こういう時はキラーパスを回せばいいのだ。
「じゃあそっちの黒い服の方、どうぞ」
「わ、私ですか?…トリニティ総合学園所属、正義実現委員会の羽川ハスミです。普段は書類仕事などをしているのであまりこうした場には出ないのですが…得意なことは狙撃です。よろしくお願いします」
「それじゃあ私も。同じくトリニティ所属、自警団の守月スズミです。主に中距離での射撃戦と閃光手榴弾を使います」
…私を含めた3人の視線が残った2人に突き刺さる。
「はぁ…ゲヘナ学園風紀委員会所属の火宮チナツです。主に後方支援や治療を担当しています。よろしくお願いします」
「私!?私もするの!?えーと、早瀬ユウカ、ミレニアムサイエンススクールのセミナーで会計をしています。戦闘はあまり得意ではないので…とりあえず、よろしくお願いします」
とりあえずそれっぽく場はあったまったな。よし。
「あ、先生も自己紹介やっとく?って、言いたいところなんだけど…」
前方から砲弾。リボルバーのストックでブン殴って軌道を逸らす。この程度は朝飯前だ。幸いこの銃は戦車の砲弾程度でひん曲がるような貧弱な素材などではできていないのか壊れることはない。もちろんメンテは別だが。
「奴さん達のお出ましだ。んじゃ、行くよー」
この世界で綴られる最初の戦闘が始まった。
小鳥遊ホシノ
上廻スラを危うい後輩と認識したため、割と世話を焼く。お前も同類だろというツッコミをしてはいけない。最近自分の盾の使い方と後輩の左手についてる武器の扱いがなんだか似ていることに気づいた。
なぜこちらを見る?なぜ悲しげな顔をする?何も知らない。なぜか知りたい。でもこれだけは思う。彼女は、何か大事なモノを喪っているのだ。
上廻スラの結末は
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哀れな愚者に永遠の救済を
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幸せな咎人に寛大な天罰を