校舎に帰って一通り自己紹介を済ませて顔を合わせた。椅子の数が足りないが、それは適当な倉庫から引っ張り出している。
アビドスも懐事情以外のことを先生に説明し、情報共有をした。先生はタブレットに時々メモを残している。真面目さや誠実さが節々から感じられる。
そのままの流れで、ヘルメット団対策の話になっていった。
「それで、このままだときりがないでしょ?だからおじさん、作戦を考えてきました〜!」
「うそ…!」
「あのホシノ先輩が…!?」
「砂狼、明日の天気は?私としては槍を推したいんだが…」
「残念、晴れ。乱射乱撃雨霰だと思ったのに」
「いやあ~その反応はいくら私でもちょーっと傷ついちゃうかなー。おじさんだってたまにはちゃんとやるんだよ〜?」
カタカタヘルメット団の襲撃を終わらせて一息つく前にホシノ先輩がそういう話をしだした。ここから先は確か…前哨基地を潰しに行くんだったか?
「今までのサイクルから考えて、数日したら多分またヘルメット団はやってくるはず。少なくとも長期的にそういった事を行なっていたんだから、私達がシャーレの援助を受けた程度で止まるとは考えにくい」
「だからこそ、今のうちに潰せるだけ潰す…と?」
「せいかーい。撤退していった子達も居て1番消耗しているタイミングだろうし、仕掛けるなら今かなって」
そう考えると、案外合理的なタイミングかもしれない。
…だが、一つ問題があるとすれば…
「ごめん、私午後から予定入ってる」
「「「「「えーーー!?」」」」」
「“い、一緒に行く流れじゃなかったの…?”」
そう、ちょうどタイミングがブッキングしたのである。あんの罅割れピータン野郎め当てつけか?嫌がらせなのか?
「スラ先輩、どうしても行けないんですか…?」
「うん。相手方も今日を過ぎるとちょっと不都合が増えてくるらしくて。できれば今日中に済ませておきたい」
「じゃあしょうがないですねー。今回は私達に任せて、その約束の方に行ってください!」
「おうよ。まあ、また同じようなことがあったら今度は全力で協力するから」
じゃーなー、と手を振ってみんなが乗っていった車を見送る。さて、と。
「…行くかぁ…」
バッグに入れておいた資料の束を持って学校を出る。さあ、仕事の時間だ。
「こんにちは、お急ぎですか?」
「別に急いでいませんよ。それではスラさん、早速行きましょうか。資料は?」
「こちらに」
「では…」
黒服に案内されてやってきたのは、喫茶店…ではなく、彼のラボ。壁なんかは無機質なコンクリート製で、所々何かの機械の配線が剥き出しになっている。
2人の足音がただただ響く。登下校中の足音とは似ても似つかない無機質な音がただただ響く。ずっと聞いていると頭がおかしくなりそうだが、別にこいつと研究をしていた時には毎日のように聞いていた。これで気狂いになったら私はもう末だろう。
「…それでは、早速取引に入りましょう」
「はい。ではまず、契約書の方を」
「こちらに」
一枚の紙っぺらを手渡される。正直に言って、透かす、炙る、破る等々色々検証したいのだが、とりあえず一通り目を通す。内容を大まかに要約すると、私は黒服に自分についてのレポートや実験成果を渡す。その見返りとして黒服は私の神秘などからのアプローチで強化するための薬品などを渡す、というもの。もちろん、この薬品において安全性は全く担保されていない。また、場合によってはアビドスへ金銭的な援助を行う。
…金銭援助は頼んだ覚え無いんだけど?
まあいいや。特に仕掛けは無さそうだし、サインして血判を押す。
「はい。とりあえず、この契約なら大丈夫。これ、約束の資料ね」
「ええ。確かに受け取りました。…それでは、一応試作品としてこちらをお渡ししておきます」
「…これは?」
「一時的なドーピング薬…とでも言っておきましょうか。それ相応のバックファイアはありますが、まあご要望の通りだと」
「ありがとう。助かるよ」
そのまま建物を出ていく。おもむろにスマホを取り出し、ホシノ先輩と連絡を取った。
「もしもしホシノ先輩?あー、そっちどうなった?加勢が必要なら向かうけど」
『おはー!スラちゃんかぁ。こっちは大丈夫だったよぉ。そっちも大丈夫?怪我とかしてない?』
「問題なしですよ。元気ピンピンです!」
『それは良かったぁ。あ、そうそう。先生に借金の件、バレちゃった』
「あー…まあ、いいんじゃないですか?このままアビドスに居てもらったとして、いつか関わらざるをえないことですし」
『それはそうなんだけどぉ…セリカちゃんが“先生は信用できない!”って言って帰っちゃってぇ…』
「あはは。まあ、そこは気長に待ちましょうか。焦ってもいいことありませんよ」
『ま、それもそうだね。じゃまた明日』
「はーい。それじゃあまた」
画面を押して、通話を切る。明日が一つ正念場だ。頬を叩く。じりじりと照りつける太陽が、私を現実に引き留めていた。
次の日。自由登校日ではあるが、結局のところやることも無いので普通に登校した。その辺の若干ゆるいところがこの学校のいいところでもある。
私含めた5人が机に着き思い思いのことをしている中、ガラガラという音と共に先生がやってきた。
「“おはよう、みんな”」
「お、来たか先生。昨日はお疲れ様。迷惑かけて悪かったね」
「まーまー、事前に予定が入ってたなら仕方ないよ」
ホシノ先輩にフォローされながら改めて手を振る。先生はぽりぽりと髪を掻きながら話を始めた。
「“ところで、今朝セリカと会って少し話してたんだけど、急にどこかに行っちゃったんだ。何か知ってる?”」
「セリカが……?」
「でもこの辺でバイトをするってなったら」
「あそこ、だよなぁ。あそこ以外に気軽にバイト出来る場所は無いし」
「それじゃあ、行こっか。先生、お腹空いてる?」
「“うん、お昼はまだだけど”」
「ちょうど良かった。さ、いこー」
ホシノ先輩がぽてぽてと扉を潜り抜けるのについていく。向かうのはもちろん、柴関ラーメン。その店舗である。
がらがらと扉を開き、楽しげな雰囲気がある空間が私達を出迎える。お昼時なため人は居る。しかし満席御礼といかない。これは、アビドスの人口減少を嘆いた方がいいのか、それとも人が居ないのにここまで人が集まっていることを喜ぶべきか。
とりあえず確実なことは、ここのラーメンは美味いということと……
「いらっしゃいませー!柴関ラー……な、な」
「あの〜、5人…あ、先生も居ましたね。6人でお願いします〜」
「あ、あはは……セリカちゃん、バイトお疲れ様です」
「お疲れ様。ラーメン食べに来たよ」
「やっぱりここかぁ〜」
「頑張ってるね。顔、見に来たよ」
「“どうも”」
ここでセリカが働いている、ということだ。
「先生まで!?やっぱりストーカー……?」
「いや〜、先生は悪くないよぉ?セリカちゃんのバイトといえばここだし、来てみたら居るかなぁって」
「先生、ストーカーしてたの?うわー軽蔑するわー」
「“違うからね!?誤解だよ誤解!”」
わたわたと先生をいじって遊んでいたら、大将から喝が入ったのか、セリカは嫌そうに、ほんっとーに嫌そうに私達を案内した。
「はい、先生はこちらへ!私の隣、空いてますよ〜?」
「……ん、私の隣も空いてる」
さて、見どころが始まった。先生はどちらを選択するのか……
「“……スラ、先に決めていいよ”」
「美女2人から隣を求められてるのに私に丸投げするとは、先生も悪い人だねぇ。私は先生が残った方に座るから、好きに決めなよ。選択肢っていうのは、手に取って選んで初めて意味を持つんだ」
「“うう……”」
先生はしばらくの長考の後、おずおずとシロコの隣に座った。私はノノミの隣に座り、若干機嫌が悪くなったノノミをなだめがらラーメンを注文した。
しばらくラーメンを食べ進めていると、セリカが何か言いたげに近づいてきた。
「……ところで、みんなお金は大丈夫なの?またノノミ先輩に奢ってもらう?」
「はい!私はそれでも大丈夫ですよ!限度額まではまだまだ余裕がありますから」
ノノミがカーディガンからカードを取り出したが、その手は飛び出してきたホシノ先輩の手によって阻まれた。
「まあまあ、またご馳走になるわけにはいかないしねー。きっと先生が奢ってくれるよ」
先生は見るからに狼狽えた。いやまあ、私だって急に全額奢ってと言われたらそうなるけど。
「えー?聞いてない?今聞いたからいいでしょー?」
先生は逃げるそぶりを見せたが、即座にホシノがロック。暁のホルスからは、にげられない!
「おお!大人のカードがあるじゃん!これは、出番なんじゃない?」
「……先生、無理はするなよ。どんなカードでもそうだが、使いすぎは身を滅ぼすからな。別に必要となったら立て替えるぞ」
「“あ、あはは……大丈夫だよ。あんまり情けない姿は見せたくないしね”」
そのままノノミの提案も蹴って全員分の代金を支払ってしまった。……本当に、無理はしないでほしいんだがな。
夜、柴関ラーメン周辺。
セリカがいつ襲撃されるか覚えていなかったが、とりあえずまあ色々と話しながら一緒に居ることにした。私が居ればとりあえずどうとでもなるだろう。
「お疲れ様、セリカ。ジュースいる?」
「あ、スラ先輩。わざわざありがとうございます。にしても、急にどうしたんですか?今まではこんなことしなかったのに」
「ここ最近、ヘルメット団の襲撃も激しくなってるだろ?ホシノ先輩が見回りをしてるとはいえ、心配な部分もあるし」
さも当たり前のように言っているが、言ってることは結構アレである。それでもセリカが受け入れてくれたのは……信頼だろうか。
「……ねえ、スラ先輩」
「ん?どうした?ジュース足りなかったか?」
「いや、そうじゃなくて!……先生のこと、どんな感じに思ってるのかな、って」
「ああ、そういうことね」
セリカの帰り道についていきながら、話をしていく。
「まあ、悪い人ではなさそうだな、という感じかな。とはいえ関わり始めて数日だし、結論は出せないなぁ、という印象」
「私は、まだ、信頼しきれない。先輩にそう言われたとしても」
「人と人なんてそんなものさ。これから分かっていけばいいんだよ。結論はそれからでも遅くない。それに、そういう場所で慎重なのもセリカのいいところだ」
……気配がする。すぐに銃とグレネード散布機を取り出して構える。
「……セリカ、臨戦態勢。結構な量が近づいてきている」
「え、は!?」
足音が複数。
「黒見セリカ。それと……上廻スラ、だな」
「な、何よあんたたち!」
いつ撃ってきてもいいよう、神経を研ぎ澄ませる。
ちがう、まさか、もう撃っている?
ひゅー、という空気を切る音が耳に入った瞬間、私の身体と意識は吹き飛んだ。
地平線が火に染まる。何も無くなったキヴォトスで、動かなくなったかつての友を抱えて、俯いている。埋めることはできない。私が焼くこともできない。
そうだ、私が殺したのだ。何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も。
きっと彼女は止まらない。止まることを知らない。止まったら気づいてしまうから。止まったら壊れてしまうから。
だから、私が殺さなければならない。私が死なせてやらなくてはいけない。止まったことに気づく身体も、思考も、全てを荼毘に伏して終わらせる。それが、彼女から全てを奪い続けている私が唯一のできることだから。
傍に転がっている彼女の武器を拾い上げてそう言い聞かせる。自分の罪を示す物から、目を逸らし続けているのだと理解しながらも。
地平線から朝日が昇る。いつも通りの最悪な夜明けだった。
黒見セリカ
ちょっと世話焼きな頼れる先輩、という認識だった。遮蔽とかの使い方が上手いのでよく参考にしている。目の前に居た先輩が急に横向きに吹っ飛んでダウンしたのでビックリした。
きっと私は忘れない。いつまでも寄り添ってくれたあなたのことを。だから、いつか返したい。あなたが1人になってしまった時に、私も同じように。
上廻スラの結末は
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哀れな愚者に永遠の救済を
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幸せな咎人に寛大な天罰を