あるゲヘナ生のどうでもいいモラトリアム 作:匿名ゲヘナ生
評価、感想ありがとうございます。
怖いぜ。
キヴォトスの三大校の内二つ、犬猿の仲の代名詞として古くから広範に知られるゲヘナとトリニティ間に結ばれる、お互いに憎しみ合うのはもうやめようという和平条約。それがエデン条約である。
その調印式当日ともなれば、クロノスがいくら視聴率目当てに尾ひれで飾り立てようと決して事実以上には大袈裟にならない程に、キヴォトス全体の注目の的である。
しかしあれだな。
元はかの青封筒赤ちゃんプレイ超人が失踪してぶん投げた案件であり、更にティーパーティーはサンクトゥス分派代表である百合園・セクシーフォックス・セイアの暗殺(偽装)、更に更にその首謀者である、ナギッちゃんよりも激流に身を任せどうかしている剛の拳よりストロングな剛の拳の使い手であるパテル分派代表のミソノーランド・何やってんだミカ・ミカ・ミカァ!! のクーデター未遂、とどめにあはは…。等々。
疑心暗鬼の暗闇に囚われどうしようもないパラノイアになって、幾度となく青天の霹靂を受け続けてなお、なんとかこうして調印式にまでこぎ着けた桐藤ナギサの手腕と責任感には素直に敬意を表する。
ま、それもこれもバカ議長のミサイルで台無しになるんですけどね。
「……あれがゲヘナの風紀委員……なんだか不真面目そうではありません?」
んーそう、ミサイル、ミサイルね。
それを知っていながらなぜこんな所で警備をしてるのかと。仮病なりバックれるなりいくらでも回避する手段はあったろうに。
「全くですわ。髪の毛も服装もだらしないし……。!? う、ウソですわよね……? は、鼻に指を入れて、そのまま口に……!?」
まあ単純な話で、別に回避するつもりがないからなんだけど。
痛みのレベル的にはまあ……どうかな、解放骨折とか瓦礫に埋まったりとかそういうのじゃなきゃあんま気にしないし。
「なんて下劣な……! あんな奴らと和平条約なんてナギサ様は何をお考えに……」
そりゃワンチャン担当外れないかなぁとは思ってましたよ? 目に見えた面倒事にわざわざ首突っ込みたいわきゃないですから。でも風紀の面子見てみれば私が選ばれないわけもないんだな、これが。いや自慢とかじゃなく、トリニティに嫌悪感を持たずそれなりに被れる猫を持っていて十分な戦闘力があるって風紀委員の中でもかなり限られてくるんだわ。
「……あの」
まあとにかく、選ばれることに不満とかそういうのはない。
原作で死人が出たって描写もなかったから私が努めて被害の軽減に動く必要もないだろうし、むしろ出るなら出るで配置的に私にもワンチャンありそうじゃん。ほぼ即死でしょ? キヴォトス人の耐久で即死なんて中々ない機会だよ。まあその場合アリスクの追跡は原作以上に苛烈になるだろうけどな。ごめりんこ。
あ、でもそうなるとアツコがベアおばより先にヴァルキューレに捕まる可能性も出てくるから、最終編潰れてむしろ滅亡回避の可能性もあるか? 先生もお話ししにいくだろうから防御は盤石だし……いやその前に、先生がミサイルorサオリで死ぬ可能性もなんぼあるか分からん。死者が出るのは当たりどころか火力か、はたまた配置の故か?
ま、どう転んでも私には大差ないんですけどね。原作に沿うか否か、ここで終わるか。
「あの……いいんですか、あれ」
「どれ」
隣りにいた風紀委員がおずおずと話しかけてくる。
しかし単独配置にならなかったのは少々面倒だな。多少なりケアしてやるかどうかって選ばないといけないでしょう。
「どれって、あそこのトリニティですよ。さっきからコソコソ馬鹿にして……」
聞こえてたのか。それで脊髄反射で突撃しないとかこいつホントにゲヘナか? いやそういう奴が配置されてるだけなんだって。
「んー……。まあ、ムカつくなら好きにすりゃいいんじゃね? こんなとこで警備員なんてやってるあたり、多分木っ端かパテル分派でしょ? ほれGOGO」
ちょっと考えた後に、背中を押してやることにした。
どうせミサイルでうやむやになるんだからいけーっ淫売の息子!
「いいわけないでしょう!?」
「ぐえっ」
断罪チョップされた。ここ担当2人だけだったはずだが?
「あ、混浴した人だ」
「な、なな何の話ですか!? 変なことを言わないでください!」
……適当に言っただけなんだけどな、マジかよ。手が早すぎるだろ。
火宮チナツ、風紀委員の衛生兵。前は救急医学部にいたらしいが、ぶっちゃけ出番無さすぎてよくわかんない。
「で何、配置替えとか?」
「巡回です。ちょっと不安だったので顔を見に来たのもありますけど……案の定でしたね。リノ先輩ならエデン条約の重要性も分かってるはずですよね? なのにこんなことを……」
「えへ」
「真顔で何がえへですか。条約が締結されれば私達の業務も格段に減少します。つまりリノ先輩も大手を振ってサボれるってことなんですから、今日くらい真面目にやってください」
……あーね。
いやどうも、ミサイル有りきで考えちゃって良くないね。
「……ほんとに上手くいくと思ってんの?」
変わらず陰口に花を咲かせているトリモブズに親指を向けると、チナツは困ったように笑う。
「……そう簡単にはいかないでしょうね。しばらくはむしろ忙しくなるかもしれません。でも、一歩を踏み出さないと、何も変わらないままですから」
「……」
「わ、私も条約が締結したら、長期休暇取って好きなだけゴロゴロする!」
「それはいいですね、私は……百鬼夜行に旅行でもしましょうか?」
綺麗にフラグ立てていくね君らね。知らないということの如何に無垢なることか。
こんな会話平素でもキツいのに※この後死にます、なんて状況でやってられるか俺は部屋に帰らせてもらうってなもんで。王様の耳はロバの耳。
「それじゃ、私はそろそろ巡回に戻ります。ちゃんと真面目にやってくださいね?」
適当に手をひらひらと振って返事の代わりとする。崩される石を真面目に積めるわけないですね。
疎外感。未来の知識と言えばセクシーフォックスだが、私の場合始めから変えようとしていないのだからより悪いか。最終的にハッピーエンドに終わることを加味しても、眼の前の悲劇を黙認することの正当化には少々弱い。ただこれを裁くのが誰なのかと言ったら結局のところ私自身なわけで。
結局未来予知なんてもん人間のままに扱うには過ぎた力なのだろう、自分勝手にやって何が悪いものか。
選択の結果得られる後悔も、苦痛も、安寧も、結局全ては等価値だ。
閃光と轟音が鳴り響き、数人が空を見上げる。私は凪いだ気持ちで、それをただ座して迎え入れた。
◆
…………耳鳴り。身を刺すような熱気、焦げと砂ぼこりの匂いに、寝心地の悪い地面、全身の痛み。
……生きてるか。
服はボロボロ、擦傷複数、特に額の出血が目に入ってウザい……うげ、手の平剥けてるし。ただし足、銃共に問題なし。
意識明瞭、麻痺、痙攣、不自然な発汗等なし。バリバリ健康体かよ。
少し離れたところにさっきの風紀委員が倒れている。被害状況は……まあ似たようなもんか。そのへんの瓦礫に寄っかからせといた。
さて。かろうじて形を残してむしろ登りやすくなった尖塔に登り、周囲の様子を確認する。
「──誰かこっちに来て! ケガ人が……!──」
「──どうなってるの!? 先輩に連絡を──」
あちこちから火の手が上がり、飛び交う怒号もどこか揺らめいて聞こえる。気絶している人が大半だが、起きて走り回っている人も大概傷だらけ。
結局死人は出ちまったのかね。まあ今分かることじゃねえか。
時間が──くそ、スマホ割られた。5分も気絶してないのか。そんな耐久とか回復力高くない方だと思ってたが、心構えの差かね。
つーか割とすぐ来てたはずだが……いた。
スコープ越しにガスマスクの集団と、その先頭の卑屈そうな緑髪片目隠れを確認。アリウススクワッド、槌永ヒヨリ。
……なんというか、これはどうしたことだ。
物心ついた頃からの虐待的な教育、食糧も寝床もろくにない極限の環境。ただ他の選択肢を与えられなかっただけだ。ただ自分の身を守るために命令に従っただけだ。この世の誰もが生きたいと願う権利を持っていて然るべきだ。
分かっている。タヌキのように悲観的で、野良猫のように図々しく、なんかあんまり深刻そうに見えないけど。決して酌量もなしに処罰されていい者ではない。
理解している。だが、それでも。
「……ムカつくなぁ」
ちょっとくらい、殴ってもいいよな?