あるゲヘナ生のどうでもいいモラトリアム 作:匿名ゲヘナ生
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リノ
はよ
リノ
しばし待たれよ
…どうだ
リノ
実際に試すのは初めてだが
これで現地集合の必要もないし、お互い楽できるでしょう
リノ
いやそんなでも
…もしや特定しにかかってるか?
リノ
はあ
まあどうせ代金取りに行きますからね
────
静かで涼しげな路地裏。日陰になっていて、自販機の唸り声が響くだけの空間。
今や私の定番サボりスポットの一つとなったその空間にはもう一人、元々そこの主であった少女が座り込んでいる。
「こんちは、先生。ほな今日はどうしますかー。」
"……うーん、何でもいいや。今流してる曲で"
「はん」
何とも言えない返事の後に一拍置いて、どこからともなく音楽が流れ始める。
……相変わらず、一度も聞いたことのない曲だ。
彼女がこうして流す曲はとてもバリエーション豊かで、もちろん誰もが知っているようなクラシック曲なんかの時もあるけど、殆どの場合はあまり統一感のない、強いて言うならゲームのBGMのようなものばかりだ。
鼻唄検索を使ったり、アロナに聞いてみたりもしたけど、一度も引っかかったことはない。
"……リノはさ、あんまり流行りの曲とか聴かないの?"
「そーですね」
"………………"
「………………」
……会話が続かない。
リノは初めて会った時からこんな感じで、およそ会話というものをしようというつもりがないようだ。
最初は部外者にずけずけ入られて不機嫌なのかとも思ったけど、顔を顰めるようなこともないし、わざわざ音楽サービスの提供までしてくれるあたり、そんなに嫌われてはいない……と思う。
単純に、あまり人と話すのが好きではないのだろう。
……でも、私にはそれだけではないような気がしてならない。
"……やっぱりこれってゲームのBGMだよね"
「はい?」
"怪しい工場とか研究所みたいな感じだけど、起伏が少ないから結構長い時間聴くことになる感じかな"
「あぁ……はい……。お詳しいようで……?」
リノはスマホから顔を上げ、微妙にバツの悪そうな表情でこめかみに指を当てている。
「……んえーと、すいませんね? 偏った選曲ばっかで……。あれでしたら一応──」
"いや全然大丈夫だよ! 他では聴けないものばかりだし、ちゃんと楽しんでるよ! それより、どういうゲームの曲なのかって教えてくれたりするかな?"
「んんー……いや、別に知ってもいいことないんですけど……別のせ……あーうん、DL専売でプラットフォームごと消し飛んだから今プレイできないし、誰も知らんし……検索したって個人ブログも出てこないですよ」
目を逸らし俯くリノ。
あまり話したくないことなのだろうか、いや、これは単純に面倒くさがっているだけのようだ。
"それでもいいよ。ただ、リノの話が聞きたいから"
「はー……さいですか。じゃ、追加料金で」
差し出された手のひらに小銭を乗せたら、リノは不承不承に話し始めた。
「えーとまあ、ざっくり言えばSCP……じゃねえや。アブノーマリティっていう意味のわからん化け物共を管理して、そいつらからエネルギーをノルマ分集めるってゲームすね。アブノマ毎に色んな管理方法があるからそれに頭を捻ったり、脱走したアブノマをしばいたりっていう……RTSなのかな? まあブル……先生が普段やってる戦闘指揮みたいなもんです」
"難しそうだね"
「……まあ、結構人選ぶタイプのゲームだとは思いますね。収容状況次第では鬼のマルチタスク強要されるしバグまみれだし終盤地獄だし。あ、そんでこの曲が〜、えーっと、緊急事態的な……? 三段階ある内の一個目なんですけど」
彼女が語る内に、流れる音楽は警告音を思わせる、緊迫したものに切り替わっている。
しかしそんな曲調とは反対に、リノの表情は少しだけ、柔らかくほぐれつつあるように見えた。
「まあこっちは別にいいんですけどね。ちょっとsecondのほうがなんていうか、いや嫌いじゃないんですけど実際よく流してるし、ただなんか軽いような感じするんすよねー、途中だからアレだけどなんなら今流してもい……──あ。」
軽快に、たがが外れたように語り続ける彼女だったが、私と目が合った瞬間、ふいに口が硬直したようだった。
「………………はい、えーと、言っても結局やってなきゃ通じないし、意味ないすよね、はは。」
話してはならない。やってはならない。強く言い聞かせられたことを、それでも軽はずみに破ってしまったように自罰的な、自分に居所が無いような、そんな表情が微かに覗く。
「あ〜、そうだ。なんか……聴きたい曲とかあったらリンク送ってくれれば追加できるんで……いやこれ意味ねえかリンクあんならそもそも聞けるし……あー……」
どう見ても無理やりな話題の変え方だし、本人もそれを自覚しているのか、言葉の切れは悪く尻すぼみになっていった。
……リノが何かを抱えているのは確かだろう。けど、リノがそれを打ち明けようとしてくれない限り、今の私に出来ることは多くない。
"送ったよ!"
「ええ……はあ、少々お待ちを……。……あ、これ……初音ミクじゃないすか。……そういやコラボあったな?」
"え、知ってるの?"
「そりゃあもう大抵のやつは知ってますよ」
"千本桜とか、メルトとか?"
「オッサンですか? 砂の惑星とか、アンノウンマザーグースとかそのへんはいくらでも」
"ぐっ!? じ、じゃあ最近の曲でリノのおすすめは?"
「おすすめねぇー……最近って範囲もなんとも分からんけど……まあええかこのへんで……」
けど少しでも、私のことを頼って手を伸ばしてくれたらと思う。余計なお世話かもしれなくても、私はいつでも助けになってあげられると知ってくれたら。
もしくはリノの周りの人達や友達が──いるのかは知らないけど──そうなってくれるのなら、それに越したことはないけど。
"っと、もうこんな時間だ。ごめんね、エデン条約のあれこれで忙しくて、そろそろ戻らないと!"
「ああ、そうですか? ほなまた」
実際、リノの流す曲は初音ミク縛りにしても私の知らないものばかりだったし、まだまだレパートリーもありそうに見えた。……どうしよう、すごく気になる。
そしてリノの表情もまた、不安定な色は消えていつもの飄々としたものに戻っていた。
……少しは仲良くなれたのかな?
「……ミサイルには気をつけて、先生」
その場を離れようと歩き出した瞬間、リノがぽつりと、しかしはっきりと呟いた。
なんとも物騒な挨拶に思わず振り返ると、彼女も自分の言ったことに驚いたような表情をしている。
しかしそこに先ほどのような自罰的な色はなく、リノはすぐに苦笑いに変えてひらひらと手を振った。
"うん、じゃあね"
……その後、結局いくつかの曲が耳から離れなかったので、遠隔で流してもらいながら帰った。
────
リノ
まあそうでしょうね
でもやんないですよ
リノ
単純に煩わしいし
私が作ったもんでもないから
リノ
言葉通りです