あるゲヘナ生のどうでもいいモラトリアム   作:匿名ゲヘナ生

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セイアちゃんのおかげで文字数が倍になりました。
情報量はそんなに増えてないです。


自分探し(そのまんまの意味で)

 ──ぼやけた視界が、少しずつ明瞭に開けていく。

 純白のやたら長いテーブルと、これまたやたら豪華な椅子が沢山並んでおり、私もその内の一つに座っている。

 ……これは、夢だな? キヴォトスで夢、そしてこの今にもお茶会しそうな光景といえばそれはつまり──。

 

「……セクシーセイアですまない」

 

「何を言って……なっ、何だこの破廉恥な服は!? いや最早服とすら言えないだろうこんな布切れ──」

 

「ただの紐よ!」

 

「だから何を言っているんだ君は! 君の仕業ではないのか!?」

 

 わはは。

 明晰夢ならと思ってやってみたけどマジで出来るとは。

 ついでに生成した紅茶を一口……味がしない。

 

「コホン。……胡乱な修飾はさて置いて、どうやら私のことを知っている、いや、それだけでなく夢と私を即座に結びつける程に私について熟知しているようだね。秘匿しているわけではないにせよ、広く喧伝して回っているわけでもないこの事実を──ああ、もちろん今の私にはしたくとも出来ないことだが──それをどうして君が知っているのか。それは君の先日の行動……場当たり的、直情的で泥臭く、それでいて私の予知に一度として映ることのなかった、まさしく青天の霹靂とでも言うべきあのささやかな抵抗に関係していることなのだろうか? あるいは単にシャーレの先生の介入という蝶の羽ばたきの末の事象なのだろうか?」

 

 もしかして味もイメージしないと出ないとかかな? 午後ティー飴をイメージしつつ、スティックシュガーをぶち込んでもう一口。うむ、そのようである。

 

「……まあいずれにせよ、私もそんな蝶の羽ばたきに影響された事象の一つでね。互いを憎しみ合っていたトリニティとゲヘナが手を取り合い、共通の敵に立ち向かう──そんな光景を見せられては、傍観者のままでは居られないというわけさ。そして当然、そんな私が俄に現れた君という特異点を放っておけるわけがない。ミサイルの被害者の夢を一つ一つ渡り歩くということがどれほど果てしなく困難だったとしても、天祐神助とばかりに現れた手掛かりを逃すわけには行かないのだからね。……涼昏リノ、どうか、君の知っていることを話してはくれないか?」

 

 服を普段の馬鹿みてえな横乳スタイルに戻しながら、セイアは淀みなく語る。

 うーんこの。いやまさかリアルにセクシー長話を聞くハメになるとは思わなかったが、実際聞いてみると結構キツいなコレ。

 今回は最後区切ってストレートに言ってくれたから良かったけど、確か普段からこれってわけでもなかったし、しかも結構嫌味とか冷笑混ぜてくるってことやろ?

 お・(お前)変・(変な)(クスリでもやってるのか)

 うーん、これを日常的に聞かされてたとなるとミカの凶行も理解……いややっぱこっちもお変クだわ。

 

「すいません、そもそも私自分が何したか覚えてないんすけど」

 

「……え? それは、つまり……どういうことだ? まさか記憶喪失だとでも言うのかい?」

 

「あ、はい」

 

 ほんとは違うけど、まあ無意味に混乱させるだけだしそれでいいや。

 

「……いや、だとしても、ゲヘナである君が私のことを知り得ないというのは事実だ。その理由を──」

 

「記憶喪失だからわかんない」

 

 まるっきり嘘というわけではない。

 なぜなら俺は原作ブルーアーカイブにおいて描写されなかったキヴォトスにおける一般的知識やリノの行った抵抗とやらについての知識を有していない。つまりキヴォトスにおいては本来備えるべき知識の備わっていない、言わば記憶喪失と言って差し支えない状態だ。

 まあ俺がブルーアーカイブによってセイアのことを詳細に知っているのは俺自身が認識する確かな事実であり、そこに分からないと返すのはなるほど偽証だろう。しかし涼昏リノなる人物がそれを知っているのかは俺は分からないからね、セイアが話をしたいと願うのはそのささやかな抵抗とやらをやってのけた涼昏リノその人であり個の認識すらあやふやな俺ではない以上、俺が勝手な応対をするのは不誠実であると言う他ない。つまり貴女の話したい相手は今応対できる状態にない、いつ戻るのかも分からないと返すのが最も誠実かつ合理的な判断であるが、わざわざそれを一から十まで伝える必要性もないが故に端的に表した言葉が「記憶喪失」というわけだ。嘘も方便と言ってもらおうか。

 

 無論、乱暴で恣意的に歪められた結論であることは否定のしようもない。言うまでもなく百合園セイアは来たるエデン条約編4章の中心的人物であり、例えば彼女に予めベアトリーチェの脅威を説き、軽率な夢見を控えさせることができればこれから先聖園ミカの精神は幾分平穏でいられるだろう。その後で改めてミカに協力を要請することは然程難しくもないだろうし、ともすればベアトリーチェが色彩に接触せず最終編を丸ごとスキップできる可能性すらある。

 

 しかし、ここで俺は自らの置かれた状況を冷静に分析し今後の行動を慎重に協議する必要がある。

 俺は個人認識を一切失った状態で理由もわからずキヴォトスに放り出された──まあそこは良いとして問題は。明確に、元々そこに居た誰かの人生を食い潰して、というところだ。

 

 なんともまあ……例えるにも難しいところではあるが、人混みから車道に弾き出された俺を避けた車が盛大に事故ったとでも言うべきか。

 誰が責めるわけでもないだろうが、自分が誰かの犠牲の上に成り立つことを許されるほど価値のある人間だとは思わないし、人情的にも普通にこのままなあなあにしたくはない。

 涼昏リノ。彼女が日々何を思い過ごしていたのか、何故原作から外れるような行動を起こしたのか、俺がいることは果たして彼女の意思によるものなのか──彼女はまだ存在しているのか。

 人命の価値が原則等価値である以上、どんな事情であれ俺は彼女を探すことが義務であろう。

 色彩が呼び寄せられたら世界の危機、もちろんそれも理解している。

 しかしこのキヴォトスには先生が存在し、既に書き換えられた楽園の戒律は青春の名の下に正し直され、見る限りに致命的な事態は発生していない。ハッピーエンドが確約されたわけではないにせよ、少なくとも現状何ら憂慮する必要はないということだ。

 世界を取るか一人の少女を取るか、などという大層な話ではなく、単純にこっちのほうが先行き不透明で現状俺しか当たれない故に優先度が高いと、それだけである。

 

 ……ふむ、釣られてこっちも長話になっちゃったな。これを実際に言葉にしてやれたらセイアちゃんにも良い意趣返しになったやも知れんが、実際口に出すのはまた数段難易度の上がることだろう。その弁舌に費やした努力には敬意を表するがね。

 どうでもいいけど夢の中にいる長話キャラっていうと俺はまずセイアちゃんよりCV緑川のメガネが思い浮かぶな。曲かっこいいしコンボ面白いしわりと好きよ。ああそうそうこの曲ね。夢の中だからか数段鮮明に想像できるものだね。

 

「…………そうか。では、また日を改めることとしよう」

 

 微妙に納得のいかなさそうな顔をしているが、無い袖は振れないということで。ばいびー。

 

 

 ◆

 

 

「……うあ゛……首いてー……」

 

 おはようございます……と、なんだっけ、昨日はそう……そうだ。

 事態収束してほな、カイサン! ってところで俺自宅の場所も知らねえじゃんどうすんべってことで、事務の人らが書類の山に埋もれてたところをしゃあなし俺も泊まり込みで手伝いますよー言うたところだったか。

 んで、2:00くらいのところであの眼鏡の子……チナっちゃんが来て、毛布はいかがぁ……? あなたもどうぞ……って言った(言ってない)んで俺もそのへんで荒巻スカルチノフしたんだったか。

 案の定寝違えてるけどな。

 

「おはようございます、リノさん。コーヒーは?」

 

「あー、おね……いや自分で淹れますんでお構いなく!」

 

 適当に返事しかけたところで、発言の主を見て慌てて断った。

 おおこわいこわい、横乳首輪お散歩妖怪として名高いゲヘナの行政官様はコーヒーが不味いことでも有名である。ネタ的に一度くらい飲んでみるのも悪かないが、起き抜けに飲みたかねーや。

 

「……リノさん、音漏れてますよ」

 

「えっ? ……あっ、これ!? えっマジ!?」

 

 なんか夢から覚めてもめちゃくちゃはっきり流れてるぞ!? なんだこれ!

 えっ何それ知らん怖! 何だこのこれ、未来予知とか超再生とかパンちゃんと同系列のあれかクッソいらねえな!!? Spotifyでええやろこんなん! デメリットないだけマシなんか!

 とりあえず止めるかこれ止めるってどうやんだ? あ、止まったか。ふーやれやれだぜ。

 

「いやーお騒がせしてすみませんねエヘヘ、なにぶん記憶喪失なもんでして」

 

「……記憶? は、はあ……? それ、もしかして冗談のつもりで言ってるんですか?」

 

 まあうん、そういう反応だよね。まずうちさぁ…くらい意味分からんもん。でもボロが出てから言うよりは予め言っといたほうがいいでしょう。早めの連絡大事。

 

「いやマジです。昨日から」

 

「……………冗談では、ないんですね。まあ、言うような人でも

間柄でもありませんし……」

 

「あ、友達じゃないんすね」

 

「まあ、何とも否定しづらい質問ですが……。それで、どこまで無いんですか?」

 

 眉間を揉み解して露骨に渋い表情を浮かべているが、横乳出してても行政官が務まっているだけのことはあるというべきか、大変話が早い。

 

「個人情報全部。あと書類の書式とか道順とか細々と。一般常識は多分殆ど覚えてるし重要ポストなら名前も分かるよ、天雨アコ行政官」

 

「……なるほど、道理で書き損じが頻発していたわけですね、普段のリノさんなら有り得ないほどでしたから。単に疲労が溜まっているのかと思っていましたが……それで、どうなさるおつもりですか?」

 

「んー、とりま家に帰って記憶の手がかりとか探したいんで住所とか、あとロッカー開けてもらえたらと」

 

「そうですね、書類もおかげさまでだいぶ片付いたことですし……病人を働かせるわけにもいきませんし。それと、念のため帰る前に救急医学部に寄っておいてください」

 

「ウス」

 

 その後はまあ特に言うこともなく、強いて言うならロッカーはダイヤル式だったからアコちゃんも開けられなくて結局マスターキー(弾丸)で開けた。それでいいのかセキュリティ。

 中身は実にスッキリしたもんで、前人格の慎ましさが伺えるところだな。

 

「あっ、リノ。おはよう、昨日は大変だったな」

 

「んっえ……あー、うん、おはよう」

 

 保健室のドアを開けると、そこには先客が──上半身スポブラ1枚で褐色美肌を惜しげもなく晒したイオリがいた。

 ……ふむ、ちょっと面食らったけど思ったより平常心だな。身体に引っ張られてるのかな? いやそもそも前世男だったのかも覚えちゃいないんだが。

 

「セナ部長、なんか私記憶喪失みたいですん」

 

「えっ?」

 

「あら、それは……なるほど。頭部に狙撃を受けていたようですからね。一応診ておきますので、あなたも脱いでください」

 

 えっそマ? ミサイルKOじゃねかったの?

 狙撃ってなんだ戦ったんかな、誰と?

 

「き、記憶喪失って何? リノ、もしかして私のことも忘れちゃってたりしないよね!?」

 

「だあァーーうるさいっ! 耳元で叫ばないでッ! 銀鏡イオリ、2年! アグレッシブ猪スナイパー性格は猪突猛進でメチャクチャノリに流される! 誕生日は11月8日! 血液型は……知らねえな。好きな言葉は猫駆除!」

 

「あ、うん……良かった、覚えてるんだ……なんか最後だけおかしかったけど……」

 

 なんか妙にテンションというか落ち着きがなくない? まあイオリの性格なら、同僚の不調も自分のことのように心配しておかしくはないのかもしれん。原作でも先生との絡みが殆どだったからぶっちゃけよく分からんしな。

 

「ふむ。外傷はほとんど治っていますし、意識にも問題はなさそうですね。記憶喪失ということですが、日常生活に不便はなさそうですか?」

 

「多分? 問題なければ早めに帰りたいんですけど」

 

「そうですね。……不安かもしれませんが、ちょっとした切っ掛けで戻ることも有りえますし、あまり気負わずに」

 

 ふうん、と曖昧な相槌をつき、身支度を進める。

 戻る記憶があるのかも知らんけどね。

 

「……リノさん」

 

「へあ?」

 

「…………いえ。早く、記憶が戻るといいですね」

 

 扉に手をかけた俺に後ろから声をかけたセナだったが、その言葉は途中で飲み込んだように歯切れの悪い調子であった。

 なんじゃらほい。

 

 

 ◆

 

 

「ついたぁ……」

 

 自転車で走ること20分ほど。

 道すがらの景色は思ったより普通だった。もちろん戦車が公道を走っていたり、頻繁に銃声や爆発音が響いていたりと物騒ではあったが、そこに目を瞑れば後は少し眩しいくらいで、現代日本の街並みと大差ない。

 

 そんな非日常的な喧騒も、地図アプリ上に示された道を辿っていくにつれ薄れてゆく。

 人通りは少なく、登り坂は多く。森と草原を切り分けるような道の先、丘の上に古い小さな家が建っている。

 

「ただいまー……」

 

 家のカギがカバンの中に無造作に突っ込んであるのはどうかと思う。案の定同居人の類はおろかペットすらいないようで、死ぬほど飾り気のない玄関は静まり返っている。

 

 台所、机の上には瓶に入った箸とスプーン。コンロやオーブンレンジはそこそこに使い込まれた様子で、鍋の中にトマトスープが入っている。味は悪くない。

 炊飯器は5合、一人暮らしでかぁ? 横に砂糖塩酢醤油味噌等調味料、コーヒー、ココア、ティーバッグ、日本茶。冷蔵庫にはパックの惣菜類、よくわからんタッパー、ちょっと野菜。

 七輪と木炭まであるぞ。あとなんかダクトテープ。

 

 ふーむ、自炊する割にはなんかこう、薄汚いな? シンクは端のほうが黒ずんでるし、家全体で少し埃っぽくゴミも散らかり気味。

 まあ一人暮らしなら掃除まで手が回らなくても不思議じゃないか。

 

 二階は三部屋。二つは未使用、一つは自室。

 

 ベッドのシーツはヨレヨレだし部屋の散らかり方は結構なもんである。窓辺にはサボテンの鉢がある……が、これもあんまり手入れしてなさそう。

 コルクボードにゲヘナ自治区の地図が貼ってあり、随所にピン刺しと注釈が添えてある。狙撃ポイントのリサーチっぽい?

 

 机の上、PCはデュアルモニター、ゲーミングマウス、板タブもあるぞ。んで、モニターの裏に電源とかグラボの空き箱が見えるんだがもしや組んでらっしゃる? 色々とパーソナリティが知れそうだが、流石にPCの中見てたら時間かかるだろうし後回しでいいか。

 

 チェスト、天面には参考書とかノートとか、文具立て、そして縦置きのガンラック、ハンドガンと多分スナイパー用のデカいやつ、と脇に弾の空箱。うーんキヴォトスクオリティ。

 引き出しの中は……空のマガジン、弾、整備道具とかな? 下段は両開きのー……頻繁に使わないのか、固いな。めっちゃファイルが入ってる。事件録のまとめ、ってところか……ん? 奥の方は学習ノートが死ぬほどまとめてある。律儀だなぁ……。

 

 表題が……──ブルーアーカイブについて──。

 

 なんだこりゃ。

 可能な限り詳細に、ストーリーだけじゃなくゲームシステム、UI、ステータスなんかも覚えている限り書いてある。

 穴もある。しかし、それは俺が覚えていないところと気持ち悪いくらいに一致している。

 他のノートもか? ドラゴンボール、燃え尽きろ、H&H、コマンドー、ポケモン、高校鉄拳伝タフ、Project Moon……俺の知っているものばかりで、他の誰も知っているわけがないものばかり。

 ぎっしりと詰め込まれたノートたちを無心で掻き分けていくと、一番奥から一際古びた分厚いノートが転がり出てきた。

 

 ──なんだ、そういうことだったのか。

 頭が締め付けられ、視界が回転し、意識が遠のいていくのを俺は……私は、冷めた気持ちで受け入れた。

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