あるゲヘナ生のどうでもいいモラトリアム   作:匿名ゲヘナ生

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まだ大丈夫です。


あるゲヘナ生のどうでもいい昔話

昔から勉強は好きだった。

と言っても新しいことを学ぶというよりは、学びの姿勢を学ぶことを楽しんでいたというほうが近いのだろうが。

 

物事を最小にまで分解し、目的、条件を割り出せば取るべき手段が見え、その動きを最適化する。そうした経験や記録を記号にまで分解して共通項を括り出せば、また次の物事で思いもよらないところに役に立つこともあった。

この先で万物に通ずる真理を見つけられると、昨日より、誰より優れた自分になれると信じていた。

 

友達はいなかった。ああ幼馴染は一人いたか。

当然だ。周りには何も考えず走り回ることやらシンプルで底の浅いおもちゃにお熱の、婉曲的に言って話の合わない連中しかいなかった。私が何かを言うたびに、理解を諦めたような表情で言葉を濁してどこかへ行ってしまうような連中。

こんなの少し考えれば誰にだって分かることだろうに、何故それをしないのか。もちろん完璧で優れた存在とは寛容で理解ある人間だったから、それをあえて指摘することもなく自分から距離を置いていた。

 

ミレニアムに行かなかったのは……なんでだろうね。

結局あくまでも趣味の範疇でやりたかったからか、専攻分野が思い当たらなかったからか、単純に家から遠いからか、対応表がなければ糞の役にも立たない三角関数とかいうゴミにキレ散らかしていた(今はそんなこともないと知っている)からか。

……まあ、分かってる。自分より優れた人間があちこちにいるような環境で、上手く折り合いをつけてやっていける自信がなかったんだろう。ただちょっと勉強ができるだけの他と大差ない野蛮人。井戸の中でお山の大将気取りたいって、まあ別に思ってるだけなら問題じゃないから。

 

そうして進学したゲヘナで風紀委員会に入ったのも、まあ当然の結果と言えるだろう。秩序と規律の下に作られた組織である以上、カスの野蛮人集団の中ではまだ理解できる連中が多かったから。

というか、帰宅部は普通に人が多いからトラブルに巻き込まれ過ぎた。自己防衛しようにも両成敗されたり、調書取られたりと面倒が多かったし、なら属してしまえば公務の一つとして処理もできるだろうというのもまた理由の一つではある。

 

実際大義を得て執行する正義は気楽なもんだし、不人気な書類仕事もまた私のさらなる成長に一役買っていただろう。

薔薇色とまでいかずとも、懸念すべきことのない穏当な学園生活を送れるはずだった。

 

そう。ある日突然、膨大で得体の知れない知識が頭に流れ込んでくるまでは。

 

くだらないネットミームの類、数多のサブカルチャー、日常で役に立つのか立たないのか分からん雑学、最新の宇宙モデルや量子力学などの高レベルな学問、いくつもの洗練された哲学理論。

俗に「前世の記憶」とでもいうそれは、この世界がゲームのものだなんてことはどうでも良くなるくらいに、新鮮で魅力的な知識たちだった。

 

いつ薄れてしまうとも分からないからと、まずはその全てを必死にノートに書き写した。仮病を使って学校を休み、寝食を惜しんで三日三晩只々書き続けた。

いや、途中で全然忘れてないことに気づいてペースは落としたけど。腱鞘炎なりかけたし。

 

まあとにかく。だから、最初は楽しんでいた。

記憶を辿るだけで面白いことはいくらでも出てくるし、知識は改めて学習し直せばより鮮明に捉えられた。授業やテストは容易なものとなり、銃の訓練も効率的に行うことができた。

求める自分に一気に近づけたとただ喜んでいた。

 

しかし、そんな体験も長続きはしなかった。

日に日に見慣れたものが、理解し尽くして枯れきったものたちが増えていき、新たな景色を見るために多くの労力を割かねばならなかった。

同じものを組み合わせたところで何の発見があるだろうか? 進歩の喜びは日を追うごとに数を減らしていき、停滞だけが重くのしかかってきた。

 

当然、必死になって道を探した。心の動くものを見つけなければならないという強迫観念にも似た衝動に駆られ、あらゆる娯楽を精査し、少しでも気になったら試してみた。

結果は何もなかった。記憶の中にある作品がその全てに既視感を齎し、新たな未知への好奇心は少しも持続しなかった。

何を血迷ったかTSCなんかにも手を出した。変わらなかった。

 

今まで積み上げてきたものたちを洗いざらいに使って自分を擁護しようとした。どうにかして新しい道を見つけようとした。だが結果は悪化するばかりだった。感情を排し部品と理屈だけで作った血の通わない理論をいくら宛てがったところで、感性が冷たくなっていくだけだった。

無限かのように思えた記憶は底をつき、あれほど楽しんで突き進んでいた道は、今では高く無機質な壁で行先を塞がれている。

 

考えてみれば当然のことだ。上へ上へと登っていけばそこには天井があり、それ以上は進めない。

ただ一人で高く登りすぎたが故に横を見回しても何もなく、下は土足で踏み固められ、泥にまみれている。

自分のつけた足跡だというのに、長年続けて染み付いた信念はそれに触れることを嫌悪し、下には降りたがらない。

 

得意満面に登り続けてきたその理論と信念は、結局何の役にも立たなかった。

只々泥の中にゆっくりと沈んでいくような日々が続き、いつしか私は道を探して焦ることすらしなくなっていた。

焦ることができた頃はまだ幾分上等な人間だったろう、などとただ自嘲するだけだった。

 

野蛮で低俗な衆愚に埋もれまいと、無謀な夢に惑わされず効率的に堅実に上を目指そうとしていた。そう自分を律し現実を直視し続ける内に、現実の他には何も見えなくなっていた。

 

だから。もうどうしようもなくて、どうでもいいから、消えて欲しかった。消えてしまいたかった。なのに。

 

 

 

「──残ってる、じゃねぇかよ──……何で──」

 

 古い日記のページを握りつぶし、その場に座り込む。

 いっそこんな記憶が無ければ、忘れてしまうことができたならどんなにか。その願いは叶わなかった。

 

 そりゃそうだよな。

 何もしなくても少しも薄れる気配のない記憶、ただ想像するよりも鮮明な音。そんなものがただ対物ライフルで頭を撃たれただけで、消えるわけがない。

 

 けど、それでもよかった。

 

「……何で、探すんだよ……!」

 

 その筈だったのに、そんな空想のような、降って湧いた可能性は自分の手で潰してしまった。私の積み上げてきた「私」の部分が──ずっと見つめてきた、救いようのない部分がそう理解させた。

 

 そうだ。私の性格なら、「私」を探すだろうよ。

 

 ああそうだ、楽しかったよ。

 初めて見るキヴォトスの景色も、ゲームの中だけだと思っていた人物たちの動いている様も、周囲の人間から私の輪郭を導き出す工程も、雰囲気のある一軒家を捜索して私の手掛かりを見つけることも。

 まるで昔の私に戻ったみたいだった。

 ただ「私」を乗っ取った誰かとして、戻らない記憶を追いかけていられるだけで、どんなに私は幸せだったか。

 

 いや、結局それでも結果は変わらないだろう。

 探す過程でキヴォトスを知って、知り尽くして、仕組みと傾向を理解すれば飽きる。そしてまた「私」が生まれるだけだ。

 たとえ最初から「記憶」がなかったとしても、いずれそうなっていただろう。遅いか早いか、記憶はそれだけの違いでしかなかったのだから。

 ただ私が悪かった。常に正しくあろうとした、上を目指そうとした、好奇心にあふれた私が悪かった。

 

 じわじわと、長い年月をかけて私を締め付けてきた事実が今度は一度に襲いかかるようだ。

 私は、私の中で膨れ上がるものが耐えられなくて、壁に頭を打ちつけた。

 

 もう一度消えてしまえば結果は違うかもしれないと、そんなあやふやな期待すら叶わないほど弱々しく。

 本気で打ち付けているのだと思いながら、自分を傷付けることは非合理的で下等な行いだと理性が咎めるままにしていた。

 

 分かっていてもやめられなかった。

 壁を砕くことも、血を流すこともできないのに。

 それほど狂っているのでも、愚かでもないのに、ただ漏れ出す声を圧し殺し、日が暮れるまで繰り返し頭を打ち付けていた。




日頃拙作をお読み頂きありがとうございます。
ストックなしで書き続けるのは精神的に思ったよりキツいということが分かったため、ここで一区切りということでしばらく更新を停止致します。
ストック確保後は大体隔週更新位になるかと思われますが詳細は未定です。
今後ともあゲどリをよろしくお願いいたします。
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