あるゲヘナ生のどうでもいいモラトリアム 作:匿名ゲヘナ生
この世界はゲームだ。
いや正確に、確定していることだけで言うのなら、この世界をゲームとして描写している少なくとももう一つの世界が存在する。
私が自分の妄想を、何らかの記憶違いによりさも事実のように受け取ってしまっている可能性もあるだろう。
しかし、優秀ではあれど平凡の域を脱し得ない個人の脳みそから突如として、果たして想像もつかないほどに巨大な宇宙のその成り立ちや世界の最小単位の常識外れに特異な振る舞いと、ゲイ・ポルノや格闘マンガを発端としたインターネット・ミームの両端を、その間を埋める、気が遠くなるほどに大量の学問、知識、クソミームの数々を想起し得るだろうか。
私がブルーアーカイブを作り得ただろうか。
それならばマルチバース仮説、物語次元階層理論、魂の存在あたりが正しかったのだとするほうが余程納得のいく話だ。私はどこぞの天才病弱以下略ほど自分の頭脳に自信はない。
今現在の私の置かれた状況を簡潔に言うならば異世界転生、や、あれか、転生オリ主ものということになるか。
自我の連続性があるということも無いので、記憶だけのやつ。個人情報が都合よく曖昧なのもお約束。多分男だったろうけど。
さて、こういった前世の記憶持ちは得てして成すべき使命に目覚めたりとか、否応なしに運命に巻き込まれていったりするわけだけど、今のところ全くそういった兆候はない。まだ私の本編が始まっていないのか、そもそも別に観測者なんていないのか。
別段どっちでも構わない。知ったところで私から起こせるアクションはないし、私が主人公だというのなら気ままにやるのが一番物語の主題に沿っているのだろう。
私自身としてはこんな主人公いるかよ、という感想なのだが。
時折考える。なんで私の爪先は頭頂部にくっつかないんだろう。なんで体が崩れ落ちて履帯の如く慣性で進むことがないんだろう。なんで階段を落ちてはいけないんだろう。何故隣人の眉間を無造作に撃ち抜くことが許されないのか、何故骨と肉が重力に逆らい体を形作っているのか。
世界が無限に並行して存在しているというのなら、人が人の形を取っていることは無限に近くゼロに等しい可能性のはずだ。ブルアカはいくつもの並行世界の可能性が示唆されていたが、無限の中ではそれもほんの一握りのか細い線に過ぎない。地球に似た環境下で炭素を基とした生態系が発達するに当たり、二足歩行で持久力に優れ脳が発達し対の指を持った生物が限りなく優位であることは疑いようもない。しかし生命の誕生自体が無限の中では細い可能性、いや138億年。それだけの年月が無限の中で無限の可能性を生み出し、軸の本数、三角形の絶対性、論理学基礎、コギト・エルゴ・スムをも無限の解釈に収束させる。
あるいは世界線、若しくは遥かな時と距離を跨いで記憶の連続性が保たれる上で形而上的な座標が『近い』場所を選んでいる、いや物理的にか。
急激な熱変化が金属すらも軋ませるように多大な形而上的距離の航行は魂というものに多分に負荷を掛けるという仮説、しかし理論上無限の距離を超越して存在する魂、知性とは知覚して定義付け全てに存在証明を与える明らかなる上位存在と仮定するならばアイデアの外側の無限の世界の外側の法則に従って動いている可能性すら捨てきれない。あるいはそれこそが物語次元階層理論の──
「おはようございます、リノさん」
「……あー、うす。おはよーごぜます」
ゲヘナアカモップこと棗イロハ。
ゲヘナ学園の一応の生徒会組織である
しかしイブキちゃんも私みたいな奴と遊んで楽しい訳無かろうに、よく飽きんな。
「はあ、相変わらずマコト議長の無茶振りには困ったものです。今朝なんて万魔殿新聞のページ数を二倍にしろ、なんて言ってきたんですよ。ろくに採算も取れてないのによくそんなことを言えたものです、第一その内容を考えるのだって誰かがやらなきゃいけないことでしょうに、人件費がどれだけの内訳を占めているのか分かってないから──」
柳に風、暖簾に腕押し、馬耳東風。
いつからか、こうしてイロハがあのバカについて愚痴るのを適当に聞き流しながら授業を進めるのが、私の日常の一つになっていた。
最初の頃こそ適当に相槌を打っていたものの、段々面倒くさくなってきたし別になくても変わらないと気づいたのでこうなっている。しかし私一応風紀委員会だぞ。この愚痴をアコちゃんあたりに報告して万魔殿攻撃の材料にされるとか考えないもんか。それとも立て板に水のように見えて、案外内容は検閲済みだったりするのか。
そしていつも、最後はイブキちゃんが可愛いという内容で締めくくられる。
「……はあ」
学習用タブレットから顔を上げ、天井を仰ぐ。
別段それほど気にしてはいないが、私が第二校舎に入り浸るのは騒がしいのが苦手だからだ。水は流さねば貯まる一方であるのは理解できるが、流される立て板の気持ちを少しでも考えたことはないのか。つか勉強飽きた。もうこの範囲は知ってんのよ。
まあ別段構わない。流れた水はさらに下流の小石を押し流し研磨するだけだ。
私は愛銃を手に取り、教室を後にする。
向かう先は屋上。
1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11、12発。
スコープ越しに映った街中の銃撃戦に向けて、正確に引き金を引く。リロードしながら90°方向を変えれば他にもいやがる、さらにもう12発。
どうせ肩がぶつかった、ガンをつけられたとかの下らない理由だろう、引き金も軽ければ脳みそも軽い連中だ。ちなみに脳のサイズと頭の良さは必ずしもイコールじゃないらしいよ。
こんな奴らを気兼ねなく打ちのめせるのだから、風紀委員というのもそこまで悪いもんではない。
ただやっぱり面倒くさいので、そこの後押しになるイロハの愚痴は必要経費とも言える。
合計4マガジン。カウンターのなんかも飛んで来るだろうと応戦準備はしていたものの、弾の一発も飛んでくる気配がない。逃げたのか? 所詮は木端のクソチンピラか。
銃を投げ出し、仰向けに寝っ転がる。
暖かさの割には無駄に眩しい太陽が目に入り、たまらず横を向いた。
「……ねむい」
昼間の2時台はほんとにヤバい。起きててもやることないし、別にいいじゃん?
ゲーム、なんか新しいの欲しいな、6、6、8……おしり、緑の、犬?
「あ、リノ先輩だ! お昼寝してるの?」
うおお起きる。ぱたぱたと駆け寄ってきてこちらを覗き込んだのは、丹花イブキ11歳。万魔殿のマスコット枠、ゲヘナの良心。精神年齢低くねぇかって思う。
「……イブキ、ちゃん。ですか、昼寝中って分かるなら寝かしてくれてもいいじゃん」
「うん、ごめんね? でもイロハ先輩が……」
「どうもすみませんね、お昼寝中のところ。ただ、随分と大盤振る舞いだったようですので、少し自重して頂けると助かります」
「あー。」
むしろ今まで黙認されてたのが不思議なくらいだあね、実際のところ私の愛銃は結構発砲音がデカい。
イロハも静かなほうが好きなタイプっぽいし、まあいずれ苦情が出るかとは思っていた。
「そいだらさぁー、いいパーツ屋とか知らん?」
「……はあ、今何をつけてるんですか?」
「デフォでついてたマグナポートだけだけど」
「……はい? まさかあなたフラッシュハイダーもつけてないんですか?」
あたぼうよ、いくらベースが汎用とはいえ自動装填の上殆ど全パーツ魔改造したフルオーダーメイド仕様ぞ、メンテ費用だけでいくらすると思ってんでい。
「だって夜撃たないし」
「そういう話では……はあ、そういうことなら、面倒なのでいずれでいいです。私、カスタムは専門外もいいところですし。では」
「またね、リノ先輩!」
「ほいほーい」
イロハは確か固有武器で支給品の拳銃そのまま使ってたような。ワンチャンイブキのほうが詳しいまであるわな。
さー、今日の晩飯どうしよ。
私は腰のポーチの口を開けて、自分でばら撒いた薬莢をちまちま拾い集め始めた。