あるゲヘナ生のどうでもいいモラトリアム 作:匿名ゲヘナ生
「そう言えば向こうの方で新しくドーナツ屋開いたじゃん、あそこめっちゃ美味くてさー、今度買い占め行かない?」
「あー……ごめん。私ちょっとこの間の……ケガがさ」
公園のベンチでぼーっとしていたら、アホ共のアホな会話が耳に入ってきた。
白昼堂々犯罪計画の立案とは無秩序ここに極まれりだね。許されると思ってるのか?
向こうのドーナツ屋、付近の狙撃ポイントをピックアップし、それぞれに於ける戦術をシミュレートする。
「……『死体撃ち』か。くそっ、あいつあんな卑怯な真似しやがって、許さねえ。絶対見つけ出してぶちのめしてやる」
おっと流れ変わったな。そう思うんなら今やるべきだと思うが。
「無理だよ、今までどこから撃ってるかすらも誰も分からなかったんだ」
「じゃあこのまま泣き寝入りしろってのかよ!? お前にあんなことしたやつを!?」
モブAの吊られた腕に視線を向け、モブBは憤る。
別に大したことはしてないですよ。ただ地球における狙撃兵への高ヘイトの原因を実演したってだけで。
まあ皆さんご存知の通り、まず足を狙うんですね、頭じゃなく。それで転ばしてそのあと4発は当たるから、這って逃げようとする手を撃ったりとか、耳撃って切り傷作ったりとか。ま、そもそも私じゃヘッショでもワンパンなんてできないし。
いくら意味不明に頑丈なキヴォトス人といえど、痛みはちゃんとある。お友達が痛がってるのに助けに行かないなんて、そんな薄情な奴はゲヘナにだってそうそう居ないからね。入れ食いですわ。
けどダメージ稼ぎ過ぎると気絶して叫ばなくなっちゃうんでいい感じに当ててダメコンして、まあ大体それで出てきてくれるんだけど。
それでも出てこなかったらヘイロー消して、また手足を撃つ。流石にここから先は滅茶苦茶慎重だよ、5秒に1発くらい? 無理に痛めつけたいわけじゃないから。そっから5発以内に出てこなかったやついないし。
彼女は多分後者の被害者かな。
「……ごめん、私、怖いんだ。またこうなるのもだけどさ、今度はあんたがこうなるかもって思うと……見たくないんだ、そんなの。…………頼むよ」
「……分かった。ごめんな、私なんか奢るよ」
腕を吊った生徒を労るようにして、二人はゆっくりと遠ざかっていった。
……何を、何を被害者面してるのか。
あんたらが今まで踏みにじってきたものが回り回って帰ってきただけだ。社会のルールを守る勤勉で善良な市民を当然のように虐げ、いざ自分たちが虐げられる番になれば悲劇の主役にでもなったつもりか。
『自分たちだけは』なんて、そんな自分勝手な理屈が通るわけがないと、そんなことも──そんなことも、分からないんだ。頭の出来は本人の責任なのか? 勉学を怠り周囲に目を向けなかったことは絶対的に悪として裁かれるべきなのか? その選択は間違いだったと断言できるのか?
どんな悪人であれ今彼女たちが見せたのは、私の戦術を成立させているのは思いやりなのだと、認められないのか? 自分の価値観でしか物事を計れないから、世界を冗長なものとしか受け取れないんじゃないのか? 彼女らから幸福な幸せを奪い去り、教訓と称して消えない傷痕を刻み込んだのは誰だと言うんだ?
私のやっていることに意義は────ある。
結局奴らは自分たちが何故罰せられたかなど理解していないのだ。ただ流された血と不可視の捕食者に怯えているに過ぎないのだ。対症療法、恐怖政治、大いに結構。罪に正しい罰則が与えられて初めて
あー、いや、どうでもいいな。
いつか業を煮やした不良たちが私を突き止めて集団リンチにするのか、看過できないほどにエスカレートして風紀委員会直々に断罪されるのか、はたまた地道な努力が結実し見事ゲヘナの治安が改善されるのか。
全く興味ない。
いつか飽きて捨ててしまっても構わない。結局暇つぶしのお遊びでしかないんだから。
つまるところ、ベッドで下着の中に手を入れるのと変わりないってことだね、にゃはは。
じゃあなんでこんなことやってんだって、簡単な話だ。
死なないためだ。引き出しの奥深くのどっかに突っ込んだ練炭、七輪、ダクトテープを使う日を少しでも遠ざけるためだ。
他のやつがそうしようと別に大して気にしないが、自分がやるのは駄目だ。そういう価値観、そういうルール。誰にだってあるっしょ、そういうの。私はこれだけだ。死なないだけのただの──
……うん、やめようね、あほらしー。ブルーアーカイブやぞ、ここ。カメラに写ったらどないすんねんと。まあゲヘナで碌なストーリー無かったはずだし多分大丈夫でしょ。
……さて、今から出勤してもなんだかなーって感じだし、かといって帰ってもやることないし。
そうだ、給食部にいこう。今の時間帯ならちょうど昼食に向けての仕込みで忙しくなるだろうから。
◆
「よっすー派遣でーす。キュイジーヌのフウカ様はいらっしゃいますかー、と」
「たった二人の厨房でキュイジーヌもコミもないでしょ……。とりあえず、そこの玉ねぎが焦げ付かないようにかき混ぜてもらおうかしら」
「あいあい」
ジュリがスーシェフになっちゃうよ。魔王城の食堂でなら行けただろうけど、人間相手じゃありゃないぜ。
なおこうやって気まぐれに手伝いに来ることは二度や三度ではない。三角巾に髪の毛を押し込み、手を石鹸で洗ってフライパンにぶち込まれた玉ねぎと向き合う。
んー、まあ実際、自分で考えてあれこれするよりこうやって誰かに指示されて動くほうが性に合っているのだろうとは思う。単純作業も苦にならないしね。
だからといってそこに骨を埋めていいかってぇのはまた別の話でして、そういう職種の方々を貶めるつもりは無いにせよそこで停滞することを少なくとも自分に対しては許さないというか、まあ完璧主義というかなんというか。
熱烈に自分で何かしたいって訳でもないのに理想ばっか高いんだから困ったもんだよね、これも前世の記憶ってやつのせいなんでしょうか。
既存の娯楽におけるセオリーを粗方網羅した豊富なゲーム体験やストーリー、キャラクター、音楽等の記憶、そう音楽だ。音楽はそれらの記憶を鮮烈に思い起こさせる。それが新しい娯楽への興味を尚更抑圧しているのだろう。
「玉ねぎあがりーっす」
「ありがとう、それじゃ次これ順番通りに入れて!」
「ひょ」
クソ雑な指示だが、忙しさ故か信頼故か。乱切りのニンジン、鶏肉、ジャガイモ。カレーかなんかか。
対人関係の摩擦もそこに起因すると考えられなくもない。
よくできたストーリーはそれだけで人生の何たるかを見つめ直すきっかけ、材料となり、高難度のゲームは自分に与えられた武器や敵の行動を細かく分析する観察力を養う。
もちろん実践の伴わない頭でっかちな経験でしか無いことは百も承知だが、経験すらろくに持たない人間との差は明確にある。日常の細かな所作にどうしても非効率や改善点を見つけ、苛立ちを覚え、じわじわと下に見始める。
これとの交流は私にとって得なのか?
そんな疑問を抱えたままの交流が果たして楽しいはずもない。つか毒だろ。あ、ちなみに前世ロクに対人関係なかったっぽいよ。残当。
「──ふう。あとは煮込んで終わりね、ありがとう。おかげで一息つけるわ」
「ん」
「本当に助かりました、ありがとうございますリノさん」
フウカは大きく伸びをし、ジュリは頭を下げる。
万魔殿に人員増やすよう言ったりとかってしてるんかな。まあ二、三人増やしたところで3日未満で全員逃げ出すのがオチだろうから最低10人以上かそのくらいの動員が必要なわけだけど、このゲヘナでそんな殊勝な人間が集まる訳もなし、そも嘆願が耳に届くかも不確実。
最もポピュラーな手段としてはストなんかが考えられるが、利用者の暴動や美食の事を考えれば十分な戦力があってようやくスタートラインだ。本人の意思や制御の問題はあるにせよ、パンちゃんハザードあたりが現実的かね。でも結局ヒナ委員長出てくるからな。
ま、いずれにせよ本人らが動かない以上致命的な問題は発生してないんだろう。
「リノ、これ持ってきなさい」
「あん?」
と、突然フウカが寄越してきたのは、温かいタッパーと水筒。
「あんたのことだから、どうせまともな食事してないんでしょ? まかないの残り物だけど、まあいつものお礼。あ、食べ終わっても別に返さなくていいからね」
「ふーん……どうも」
この世話焼きぶりである。
案外この激務にもやりがいを感じてたりとか、美食のこともしょうがない奴らとか思ってたりするのかもしれないな。どのみち私が口出しすることじゃない、そもそも私食堂使わないし。
──現在時刻12:03。
食堂を出、スマホを確認して小さく溜息を吐いた。
一日は、まだ半分も過ぎていない。