あるゲヘナ生のどうでもいいモラトリアム 作:匿名ゲヘナ生
「……キキキッ、ついにこの時がやってきたようだな。このマコト様の威光を知らしめる時が……!」
立ち姿だけは堂々たるゲヘナのトップ、羽沼マコトは何やらわけのわからないことを呟いている。
寒い。耳当てくらい着けさしてくれ。このちびた帽子には何の意味があるんだ? ジャケットは分厚いが、うーん、カイロでも持ってくれば良かったか。
さて、今私の来たるは厳寒に包まれた常冬の地、おヒゲとプリンと赤い思想の支配する革命と動乱の坩堝たる学舎、レッドウィンター連邦学園である。
視察だか会談だか食事会だか忘れたけど、これによってマコトは自分のムキムキスタチューことヒナ委員長のサンドバッグを手に入れることとなる。が、まあそっちはどうでもいい。
「はい、それじゃ皆さんこちらに……ん?」
あ、イロハに気付かれたっぽい。
面倒臭そうな顔でこっちに近づいて来る。
「こんにちはぁ。」
「……はあ、こんにちはじゃありませんよ。こんな所で何してるんですか? 万魔殿の制服まで着て……」
「害はないよ。サボりたがってる人がいたみたいだからちょっと交渉しただけ」
「……何が目的なんですか?」
イロハちゃんお仕事モードか。これ以上厄介事を増やしてくれるなと言わんばかりのチベスナ顔である。
「マジで問題ない。ちょっとした観光みたいなもんだよ、適当なとこで抜けるから点呼とかあったら言っといてってくらい?」
「……あなたそういうの興味あったんですね」
あるわけないだろ。「みたいなもん」だって。欲しいもんあるからちょっと貰いに来ただけだよ。キヴォトスのシベリアこと227号特別クラスにね。
原作知識では細かい地理まで分からなかったから計画立案に手間取ってこんなに遅くなってしまったが、結果万魔殿に便乗して交通費をケチれたから得ではあったか?
と言っても空撮地図と原作知識使って絞り込めばそんなに手間でもなかったな。それなりの規模で残っていてかつ現在公式に使われている記録のない、本校から徒歩で一時間くらい? の校舎なんて一つしかなかったっての。
あとどうでもいいけど多分ティファレトの種子貯蔵庫も見つけた。
まあただ、これで正解という確証はないので、ハズレだったらとんだ骨折り損なわけだけど。
やたら最終更新が古い赤冬公式サイトに頭を抱え、赤冬生らしきSNSアカウント(メルリー等)のつぶやきやクロノスの関連ニュースを片っ端からリストアップし、空撮で発見した建物とリストを照会(適当)して、ようやく見つけたらなんかちょうど万魔殿が外交計画立ててたらしいので、交通費ケチれんじゃんと思ってやる気のない議員相手に慣れない交渉持ちかけて、匂い漏れのない大容量水筒を購入して、クソ寒くて膝まで雪の積もった山道をじりじり歩いている。
くそ、何でこんなことしてんだ私は。
冬真っ只中ドカ雪の山道に重い荷物背負ってソロ行軍とかデスコンボ過ぎるだろ。八甲田山か。もう何度か滑って落ちかけた。
でもしょうがないよね、ここ以外で確実に手に入る気しないし、温泉イベ後では足が付きやすくなる。誰にも知られていない今だからこそ取りに行く価値があるんだよ。分かったらさっさと歩くんだよあくしろ。
◆
「うわっ!? ぐっ……」
「シグレちゃん!? あ、あなた何者ですか!」
「ハロー、227号の皆さん。つーか間宵シグレ。早速だけど、
寒すぎてサムスになったわね……。
のでつい初手暴力からの交渉になってしまった。
や、やっぱり寒さを
鬼
龍
!! になることで乗り切ったのがマズかったかな。
鬼龍は女に暴力振るわない? ククク……。
「月の光……ね。何のことだかさっぱり。最近は空も見えない雪ばっかりだよ?」
「とぼけちゃってぇ……。別にタダで寄越せってわけじゃないよ? シャーレに渡りができたとは言え、物資不足で毎日お辛いでしょ」
表情が硬くなっているのは、蹴飛ばされた横腹が痛むからでも背中を踏みつけられているからでもなく、級友の変態盗撮魔の眉間に銃口が向いているからでもないだろう。
「……どこで知ったのかな? 先生?」
「あー大丈夫だよ、私一人だけ。先生様も面識はあるけど、アレぺらぺら話すタマじゃないっしょ」
「……はぁ……分かったから、足どけて。それで、何を持ってきたのかな?」
渋々と言った様子だが、交渉には応じてくれるようだ。
まあ無理もないか、現時点でほぼ知りようのない情報を持った得体の知れない来客(しかも野蛮人)だものな。
銃を下ろし、荷物も適当にぶちまける。
灯油、バッテリー、ライター、消毒液、精製水、厚手の生地、砂糖、塩、弾薬、チョコレート、断熱シート、漫画本、ボードゲーム。何必要かなんて知らんからとりあえず数あれば何か当たりあるやろの激浅思考で色々持ってきた。重かった。
「これで何か欲しいもんでもあれば。あ、後簡単なものなら機械修理とか補修とかも見れるけど」
「……え、えぇ……?」
「うわぁ、これはちょっと……予想外。えーっと、そんなに沢山は作ってないんだけど……」
「全部受け取っときなね、持ち帰んのめんどくさいから」
シグレは投げ渡された水筒にジェリカンから酒を詰め替え、ノドカは床に散らばったものたちを物色している。
ここって他に生徒いたっけな、描写が少ねえんだ。まあなんでもいいや。
「一応満タンにしたけど……、本当にいいの? こんなに貰っちゃって」
「重いんよ、マジで。その水筒も満タン2Lだし」
なぜ水と灯油両方持っていこうなんて考えたのか、これが分からない。てか水凍ってない? ちゃんと役に立てるんかそれ? あーもう、やっぱ自分で作ったほうが早かったかも知れん。いうて糖度高めの液体に酵母突っ込んで放置するだけやん、こんなお手軽なもんなんでわざわざ赤冬行ってまで取引してしまったのか、これがわからない。
いや、逆にこれだけお手軽に生産できて地球の歴史においても全面規制は不可能だとされたものが、何故キヴォトスにおいて学生のみ禁止などというより難しい状況にあるのか、ということか。
食のためならば犯罪行為も厭わない異常者集団ですら調理酒の入手も叶わないという異常事態。盗めよ。これはすなわちゲマトリアの言うテクスト的な力が働いているということなのだろう。『未成年飲酒の完全な禁止』。こうした暗示的なルールをおそらく上空のヘイローか何かが制定する中で、生徒の身でありながら唯一R国民は大酒飲みであるというステレオタイプのメタファーとして製造、摂取、分配を許されているのがこの冬毛オコジョというわけ。
つまり取引を選んだ私は間違ってない。
「ほなまた」
「あっ、ありがとうございました!!」
私の適当な挨拶に天見ノドカは慌ただしく頭を下げ、間宵シグレは何とも言えない表情で手を振っている。
仮説が正しいとすれば独占市場、やはり初手暴力は性急に過ぎたか。確実に要求を通す上で有効な手段ではあるものの、今後何度か取引をする可能性を考えればファーストコンタクトは穏便に済ませるべきだった。
まあ、表面上でもああして見送ってくれる以上そこまで大ポカってわけじゃないはずだ。ヒヤリハット。
……荷物は軽くなっても、過酷な道程なことに変わりはないんだよなぁ。
◆
……さて、どう調理したものか。
あぐらをかき、腕を組んで酒の入った水筒に向かい合う。
蓋を開けると甘ったるい匂いが鼻に触れ、舌に乗せれば焼けるような感覚と激烈な甘みが広がる。
ストレート、いやヨーグルトみたく増やせるもんでもなし、ケチってなんぼでしょう。2倍くらい薄めてやるのが無難だろうが、しかしストレートの味わいは好き嫌いはともかく今しか知り得ぬものなれば。
更に発酵が進むのを待つのも良い。やり過ぎるとただのお酢になるけど、この糖度ならかなり猶予はあるんじゃないか、知らんけど。
……まあこの際味はどうでもいいやんという気持ちもある。苦痛を紛らわす手段として真っ先に挙げられるその効果を実証したかっただけで、辛口ガーとか口当たりガーとかそういう話ではない。
以前、救急医学部の備品を輸送していた車両が流れ弾でオシャカになったことがある。その際の被害報告書を書いたのは私なわけだが……つまりなんだ、数え間違えることくらい誰にだってあるだろ?
えーと、血中アルコール濃度って何%までだっけ? 1%も無いことは覚えてる。まあ0.1くらいでいいとしてそもそも血液量ってなんぼ? この激甘酒だと血糖値もヤバそうだな。注射に関しては一応研修くらいは受けたことあるし大丈夫だろ……多分。
あと漏斗あるし、熱燗でどことは言わないけどほかの口から飲むってのも有りかな……。注射よりは粘膜のほうが調整しやすそうだし。
はてさて、一体どうしたものか────
────この後めちゃくちゃ二日酔いした。よわい。