あるゲヘナ生のどうでもいいモラトリアム   作:匿名ゲヘナ生

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美食研究会

 とっぷりと日の暮れた夜、そろそろこの巡視業務も交代要員がやって来る頃合いだが、この光景を見るに私はまだ上がれそうにない。

 燃え上がるバリケード、鳴り止まない銃声、風紀委員達の怒号。

 

「こちらエリア16、7番街! 暴走車両に突破されました! 敵はおそらく『美食研究会』です!!」

 

「あははっ、どいたどいた〜っ!!」

 

「さあ皆さん、この調子でトリニティまで突破いたしますわよ!」

 

「ム゛ーーーー!!??」

 

 おいたわしや愛清フウカ、新車を奪われハイエース。ゲヘナにかの邪智暴虐の王、黒館ハルナを止められる者は我らがヒナ委員長の他にいないだろう。

 

「くそっ! 止まれお前ら! リノ、あれ当てられない!?」

 

「無理ーん、当たっても通んないよぉ」

 

「ううっ……、ヒナ委員長も間に合いそうにないし……」

 

 イオリと私はさらっとその車を徒歩で追いかけているわけだが、もちろんそれは風紀委員達の涙ぐましい足止めと、目的地の先読みがあってこそ。

 イオリは射程短いし私は火力不足。防衛線も無限ではないし、全てが食い破られれば徹夜コースも見えてくる。

 エデン条約を目前に控えての領土侵犯、破壊に強盗なんぞ政治的ダメージはどれほどのものか。私個人としてはどうせミサイルでうやむやになるからどうでもいいけど、普通そんなことつゆほども考えない訳でして。

 

「くそっ、このまま逃がすわけには……!」

 

「しょうがないにゃあ」

 

 バリケードの残骸から通り過ぎ様に拡声器を拾い上げ、とりあえず彼奴らの地雷を踏み抜くワードを……えーと。

 

『おーい、肥溜め生まれの糞喰らいどもー。』

 

「んなっ……!?」

 

 ハウリングした私の声を聞き、車はすぐさまキレキレのドリフトをキメて停車した。

 ダウンした角付きのウェービー(獅子堂イズミ)を蹴飛ばして、見知った問題児たちがぞろぞろと姿を表す。

 

「……失礼ながら……先程、なんとおっしゃいましたか?」

 

「さすがに聞き逃がせませんよね〜?」

 

 おお。

 凍りついた表情とはこういうことを言うのだね。謝ったって許しちゃくれなさそうだな。

 異常な悪食で有名なイズミですら、起きていればこうなっていただろう。流石にあいつもウンコは食わないだろうし。……食わないよな?

 

「まさか、思ってもない──よぉ!」

 

 問答無用とばかりにハルナの銃が火を吹いた。予想してたからまあまあ余裕で避けれたけど次は無理だろう。

 遮蔽の裏に逃げ込み、鞄の中から冷静に、ある物を取り出す。

 急げよ、いつグレラン(アカリEX)飛んでくるか分からん。

 

「まったく……っ! 無茶しすぎだ!」

 

 踵を返し私を狙い始めた美食研に、イオリを始め風紀委員はこれ幸いと応戦する。まあそうだろうな。

 ……んーどうかな、戦力一時3/4、長くはないすぐに起きる、怒りデバフ、タゲ集中。対してこちらイオリ+モブ多数、増援は期待に難く、私が加勢、早期にもう1人落としてどうか? 勝利、器物損壊、執行妨害、領土侵犯未遂、強盗未遂、量刑軽く。吐かれた唾、躓いた小石、逃した獲物、放置され得るか? 何時まで?

 うわ、めんど。変わらず、遂行。何ぞ勘案せども吐いた唾は飲み込めず、意図は貫徹されるべし。

 

「うわっ、な、なんだ!? 煙幕弾!?」

 

「落ち着け! まず奴らが逃げられないよう包囲網を広く──」

 

「これは……ジュンコさんですか?」

 

「いや、違うけど……あいつらもなんか混乱してるし、なにこれ?」

 

 さて、準備が終わったので遮蔽を跳び越えて美食研の下へ向かう。公算は高いが、奴らがどこまで狂人たるかは未知数ゆえ油断は禁物だな。

 

「うわぷっ! 何これ、水? ……うえっ! なんか変な味する!」

 

「これは……まさか!!」

 

「そ、あんたらが何故か(・・・)絶対に手に入れられないものー。」

 

 一切飾りのない金属の水筒とそのフタを見せびらかし、緩慢な動きで近づく。

 

「……なるほど。取引、ということでしょうか?」

 

 流石に理解が速いね、狂人集団の中でリーダー張るだけのことはあるか。肩をすくめ、口角をつり上げて無言の肯定を返せば、全員が銃を降ろした。

 

「困るんだよね。ゴールドマグロだかシルバーブルーメだか知らないけど、時期的に色々気ぃ使うん分かるでしょ?」

 

「……エデン条約、ですわね」

 

「そ。とりあえず調印式が終わるまで。今マグロを諦めて、私らの手を焼かず大人しくしてくれれば、どっかのタイミングで全員に一杯奢ってやるのは吝かでない」

 

 面々は軽く目配せしあい、少し考え込んだ様子を見せる。ちょうど目が覚めたらしいイズミは状況を把握できていないようだが。

 

「……百薬の長。ライフポーション。神への捧物。唯一の味と効能を持ち、大人の代名詞とも言える飲み物。確かにそれは、私達も喉から手が出るほど欲しい代物。なるほど、取引としてはとても──魅力的ですわね」

 

 カツン、とヒールを鳴らし、ハルナは一歩前に進み出る。

 

「……ですが、ここで貴女の持っている分のお酒を奪い、このままゴールドマグロも手に入れる。そちらの方がもっと──魅力的ではないですか?」

 

 そして、不敵に笑う。そんなハルナに従い、他の面子もこちら銃を向けていた。

 

「まあそうだろうな」

 

 知 っ て た。

 まあ特に問題はない。こんなイカれた連中を相手にするんなら、プランBを用意することくらい常識でしょ?

 えいっ。

 

「ひぇっ!?」

 

「あぁ〜っ!!」

 

 透明な液体を撒き散らしながら宙に舞う銀色の無機質な水筒を見て、約二名が悲鳴に近い声を漏らす。咄嗟に伸ばした手が届くはずもなく、水筒は私の後ろ、未だ渦巻く煙の中に消えていった。

 

「痛っ!?」

 

 えっ。

 ……うん。

 

「……さて、これで貴重なお酒が地面に飲まれちゃったね。まあまだどこかしらにはあるんだけど……どうする?」

 

「あっ、普通に続けるんだ……」

 

 うるさいっ。

 

「知りたいよね? 私も拉致ってシスターフッドみたく拷問でもしてみる? 爪でも剥がしてみれば教えてくれるかもね。それともマグロを諦めて大人しく帰る?」

 

 平静を装ってか神妙な表情のハルナだが、内心は穏やかでないだろうな。二兎を追う者は一兎をも得ず、とは言うがその一兎を取られたくないのもまた事実。あと一押しか? いやここは。

 

「……ま、断るってんなら仕方ないね。精々あと3年待てばいいだけだもんな。法を犯してコソコソ飲むより、成人式かなんかで大っぴらにグイッとやる方がいいに決まってるよな。な?」

 

「くっ……!」

 

 あえて一歩引いてみれば、ついに声が漏れた。苦しい表情、震える手で、ハルナはスマホを取り出し──手を止めて、不安げに目線を横にやった。

 

「おっと、長々と相談でもする気? んー、煙が晴れたら困るのはどっちだろうねー。長考は許さん、返事はさっさとしろ。アンタの判断でだ、黒館ハルナ」

 

 ……なんで私が悪者みたいなロールになってるんだ? いやまあ体制側の人間が犯罪者に違法物品で取引持ちかけてる時点で悪というかまあうんそうなんですが。

 

「……エデン条約の調印式が終われば、飲ませて頂けるんですね?」

 

「それまで品行方正にしていれば。風紀委員会(うち)に通報が入ったら即全部ドブネズミに飲ませてやるけど」

 

 ──ピコン、という通知音が鳴り、モモトークに新たなトークが追加されたこと、そして交渉が成立したことを知らせた。

 ハルナは俯いて、サクラコ様の例の顔みたいな表情になっている。

 

「……貴女、お名前は?」

 

「あー? 涼昏リノ」

 

「リノさん。そのお名前、よく覚えておきますわ。──それでは、ごきげんよう」

 

 何やら目をつけられてしまったような気もするが、とにかく一同は給食部の車で去っていった。

 ……しかしまあなんと言うか、規則をかなぐり捨てて迷惑極まりない手法を取ることを除けば、実のところ奴らへの個人的な心証はそう悪くないんだよな。そこが致命的過ぎるのだが。

 何を置いても殉ずるほどの明確な信念と価値を持ち、それを叶えるために全力で行動できるというのは敬意を払うに十分であろう。おまけに思想を共有し理解し合える仲間もいる。隣の芝……んまあ、人生における一つの理想形ではあるわな。

 

「くそっ、逃がしたか……! あ、リノ! 大丈夫だった!?」

 

「あーね。追撃すんの?」

 

「いや、警備の配置を境界沿いに寄せるだけだってさ。トリニティ領に入れなければいいって」

 

 ほーん、丸め込む手間が省けたな。

 まあそれもそうか。一応トップのマコト議長が表面上はエデン条約推進派である以上、下部組織である風紀委員会もそれに倣って、条約第一に動かざるを得ない。

 

「にが」

 

 鞄から金属の水筒──さっき放り投げた物と全く同じデザインである──を取り出し、中身に口をつける。

 こんなのの別にわざわざ飲むようなもんじゃないよ、スポドリのほうが美味いって。

 

 ちなみに、その後シャーレの先生がトリニティ生徒を率いてゲヘナ領に侵入したという事件があったのは別の話。

 

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