放課後の渡り廊下には、部活へ急ぐ生徒たちの声が少しずつ遠ざかっていく気配だけが残っていた。窓から差し込む夕陽がオレンジ色の帯をつくり、その光の中に佐久間蓮は立っていた。彼はスマホを見つめながら、どこか落ち着かない様子で足を揺らしている。
「れん、待たせた?」
軽やかな声とともに、桜井美月が駆け寄ってきた。汗で少し乱れた前髪を指で直しながら、彼女は蓮の目の前で止まる。その瞬間、蓮の表情はぱっと明るくなった。
「いや、今来たところ。部活大変だったろ?」
「ううん、今日は軽めだったから平気。でも、蓮が先に帰っちゃうかと思って急いだんだよ?」
そう言いながら、美月は蓮の腕に軽く触れる。蓮は照れたように目を逸らすが、触れた手を振り払うことはしない。むしろ、ほんの少しだけ自分の腕を彼女の方に寄せた。
「べ、別に帰らないって……美月と帰るって言ったし。」
その言い方がどこか拗ねて聞こえて、美月は口元を押さえて笑った。
「蓮って、そういうところかわいいよね。」
「かわいくない。」
「かわいいよ。」
「……うるさい。」
軽い口げんかのようでいて、ふたりの間には安心しきった空気が流れていた。美月は蓮の横に並び、窓の外を眺める。
「ねぇ、今日さ、また先生に言われたんだ。蓮って真面目すぎるって。」
「……俺、そんなに真面目かな。」
「うん。すごく真面目。でも、そういうところ…好きだよ。」
美月は恥ずかしそうに言い終えると、蓮の袖を軽くつまんだ。蓮は思わず固まる。顔の温度が一気に上がり、言葉が出てこない。
「れ、蓮?」
「……その、急に言うなよ。」
「急じゃないよ、ずっと思ってたし。」
美月は蓮の横で小さく笑う。それにつられて蓮も笑い、ようやく緊張がほぐれていく。
「じゃあさ、俺も言っていい?」
「なにを?」
「……美月といると、なんか落ち着く。今日もずっと楽しみにしてた。」
美月の瞳がぱっと輝いた。
「……それ、ずるい。嬉しすぎる。」
そう言うと、美月は蓮の腕にそっと抱きついた。渡り廊下には誰もいない。ふたりは夕陽の中で寄り添ったまま、しばらく動かなかった。
「ねぇ、蓮。」
「ん?」
「明日も、一緒に帰ろ?」
「……当たり前だろ。」
美月は満面の笑みを浮かべ、蓮の手をぎゅっと握った。その手は温かくて、蓮は心の中でそっと呟いた。
(ああ、俺はたぶんこの先ずっと、美月に振り回されていくんだろうな。)
でも、その未来が嫌じゃない。むしろ、楽しみで仕方のない自分がいる。
夕陽が完全に沈むまで、ふたりの影は寄り添ったまま重なり続けていた。