バットを召喚してヴィランを殴ることができます!!! 作:ヴィラン・エネミー
白い天井。鼻をつくような消毒液の匂い。
少女は目を覚ます。
恐らく捕まったのだろう。仕方がない。あれほど激しく戦闘を繰り広げていれば簡単に雄英に捕捉される。あそこで気絶せずに隠れ家、いや最低限路地裏にでも逃げることができれば捕まることはなかっただろう。捕まってしまったのは仕方がない。さっさと逃げてしまおう。
「あれ」
少女が体を動かそうとするも体は金属の拘束具によって動かすことすら満足にできない。まぁ、仕方がない。
「バット」
「生憎だが猫熊。それは駄目だ」
「あれ?先生、おはようございます」
少女がバットを召喚してこの拘束具をぶち壊そうと目論むも、それは少女の近くにいたであろう相澤消太によって阻まれる。
ずっと起きていたのだろうか、目の下の隈はいつにも増して濃く染み付いている。はたまた、生徒が犯罪を犯し現在進行形で逃走している故の心労だろうか。少女にはわからない。
「あれ〜?隈酷いですよ。ちゃんと寝てますか〜?」
「はぁ。誰のせいだと思ってるのか」
「誰でしょうか?…それはそれとして何処ですかここ?刑務所のようでもないですし」
「雄英の施設の一つだ。現状、刑務所なんぞ殆ど全て機能停止しているからな」
ふーん。と少女はぐるりと部屋中を見渡す。白いタイル張りの部屋、電灯は見当たらないが何故か明るい。タイル自体が電灯の役割を果たしているのだろう。部屋の中央には少女の捕まっている拘束具と相澤消太の座る椅子。それ以外には何もない。殺風景な部屋だ。
「はぁ〜。で、帰っていいですか!?」
「ダメに決まってるだろ。猫熊、お前は捕まったんだよ」
「こんな拘束されてたらわかりますよ〜〜。で、私にはまだまだやることがあるので帰っていいですか?」
「お前にはまだまだ聞かなければいけないことがある」
相澤消太は端的にそして静かにそう告げる。少女は驚いたように相澤消太の右目を覆い隠している眼帯を見る。相澤消太の右目は以前の全面戦争で失われた。最早、個性を行使することは不可能だ。
「もう個性も使えなくなった先生に何ができるんですか?」
「お前を止めるくらいならできる」
「ま、いいですよ。戦えない人をボコボコにするのはヒーロー的じゃないですし!!」
「いいや、猫熊。お前はヴィランだ」
「え?」
少女はポカンと惚ける。自分がヒーローであり、正義のためにヴィランと戦っていたと信じてやまない少女にとってそれはひどく大きい地雷。
「何を驚いている、猫熊汐梨。お前は人を2人も殺した歴とした
「え、は?」
「あの場においてはその2人がヴィランであっても捕まえるのが得策だ。一般人なら保護だな。だが、お前がしたのはなんだ?その2人を個性で殴り、殺した。お前がその場から逃走したからそれ以降は見ていないと思うが、その2人は顔がほとんど原型を留めていなかった。これ以上にお前がヴィランであることの説明はいるか?」
「何言ってるんですか、先生。私は人を殺していませんよ」
「ああ、ヴィランは人間じゃないという話なら俺は大賛成だが…ヴィランも一応生物学上では歴とした人間だ。たとえ犯罪を幾つも犯し、死刑直前であろうと一応人権を持つ人間だ」
相澤消太は淡々と事実のみを示していく。少女は何が何だかわからないような表情をするが、それもだんだんと消えていき無表情になっていく。
「あいつらは人間じゃない。蛆虫だ!!この世に存在してはいけないんだ!!」
少女は今すぐにでもこの拘束器具を破って相澤消太に掴み掛かりたい。無理にでもこの拘束器具を破ろうと力を入れるたびにガタガタと少女を押し留めている拘束器具が揺れる。
これはそこらの筋力増強の個性持ちすら押しとどめることのできる器具だが、今はそれですら心配になる。一瞬でもこの拘束器具が緩めば即座に破られ、相澤消太は少女によって殺されるかもしれない。しかし、相澤消太は怯むことなく少女に告げる。
「例え。ああ、例えそのヴィランが家族を殺していようが…ヒーローなら殺すのは駄目だ。わかるだろ、猫熊汐梨」
少女の瞳孔が開く。少女が無理に拘束を外そうとしているのか、先ほどよりも激しく拘束器具が揺れる。少女の顔に怒りが現れる。
「わかるわけないだろ!!相澤消太!!」
声が部屋中に響く。ビリビリと耳に響くほどの声。
「あいつらはお姉ちゃんを殺した。殺すどころじゃない、凌辱した跡もあった!!なのに殺すなだって!?」
「ああ。ヒーローなら感情を押し殺してでもヴィランを捕まえ、その後に泣け」
「ありえない!!バカにしてんじゃねぇ!!なんでお姉ちゃんが死んであいつらが生きてなきゃいけない!?なんでお姉ちゃんを侮辱し、殺したゴミどもがのうのうと塀の中にいるのを許容しななきゃいけない!?」
「それがこの社会のルールだ」
少女の怒りの言葉に相澤消太はただ淡々と言葉を並べる。ヒーローは人を殺してはいけない、その通りだ。犯罪者だろうと殺すのはいけない、当たり前のことだ。少女の言葉は全て自己正当化でしかなく、相澤消太の言葉が全て正しい。だが、少女にはそれが許せなかっただけ。
「じゃあ、どうすればよかったんだよぉ!!!お姉ちゃんはあんなところで死んじゃいけない!!両親が死んだあとに1人で私を育ててくれたお姉ちゃんはあんなふうに死んじゃいけなかった!!私をここまで育ててくれたお姉ちゃんはちゃんと幸せになんなきゃいけなかった!!だから殺した。あんなゴミどもにお姉ちゃんを侮辱されるのが許せなかった!お姉ちゃんを汚い手で掴んでいるのが許せなかった!ただそれだけ…私はあの時どうするのが正解だったの!?教えてよ」
少女の声に涙が滲む。ずっと心の奥底にしまい込んでいた感情が噴出する。少女にとって姉は太陽のような存在であった。そんな姉があんなところで死ぬなんてありえなかった。下衆でゴミみたいなヴィランに殺されるなって全くもってありえなかった。
「殺さなければなんとでもなった。やり直せていたはずだ。俺だって彼女が死ぬなんて思いもしなかった。大切な元教え子があんなに簡単に死ぬなんて思いたくもなかった」
少女の姉はヒーローだった。そして、相澤消太の教え子でもあった。故に相澤消太も激しい怒りを持っていた。だが、それでも今は1人の教師としてヒーローとして少女に向かわなければいけない。
「復讐なんて虚しいだけだ。当人が犯罪者になるだけでなく、死者がそれで報われるとも限らない」
「………」
「猫熊、お前はこれから刑務所に行く。ヴィランだから少年院にはいけない。すまんな」
「………」
「最後にあいつらに伝言くらいなら伝えられる。何かあるか?」
「バット」
「は?」
「私にはまだやることがあるんです!!」
少女の掛け声と共にこの部屋が揺れる。何事かと相澤消太は辺りを見渡すが、それは中ではなく外から何かがされている音。それに気付いたのか部屋の外から幾人かの警察、ヒーローが入ってくる。
「やめろ!さらに罪を増やす気か!?」
「お姉ちゃんはあんなところで止まっていいはずがなかった。絶対に幸せになるべきだった。お姉ちゃんならもっと強く、高く、登れたはずなんです。だから、私が引き継ぐ。私がお姉ちゃんの代わりに、沢山倒して。……褒めてもらうんです。いつか。頑張ったねって。よくやったねって。だから止まれない、止まらない」
もう一度大きな衝撃が部屋中に入る。そして、部屋の壁が破られた。穴の空いた壁、青い空に浮かぶのはバット。
「お前、これを!?」
「見えないところに召喚するのは難しいけど、うまくいってよかった」
少女の拘束はもう解けていた。拘束器具の破片があたりに散らばっている。
「ま、待て!!」
警察が拳銃を構える。しかし、それよりも少女の方が速い。少女はバットをもう2本空中に召喚すると警察に1本、ヒーローに1本、相澤消太に1本ぶつける。その隙に少女は穴へと足をかける。
「それじゃあ、さよーなら!!またいつか。今度は私が死ぬときに会いましょう!!」
「待て!!猫熊!!」
少女は相澤消太の声に耳も傾けずに穴から外へを跳躍する。運がいいのか外には一般人は1人もいない。少女はそのままバットを足場に空中を移動して、敷地内と外を阻む壁の上につく。今になってようやく他のヒーローも部屋へと辿り着いたのか部屋の中にヒーローがなだれ込んでくるのを少女は見た。
その中には雄英生徒もおり、少女のクラスメイトの姿もある。少女はそれに向けて笑顔を向けると、そのまま壁の外へと消えていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
少女は街を歩く。ヴィランによって崩壊し、人などもう誰もいない街を。
道中の小さな商店で見つけたパンダのお面をつけて、片手にバットを持って。少女は最終決戦へと足を踏み入れる。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
プロファイル:猫熊汐梨
幼少期に両親を亡くし、姉と2人で生活。親戚とは疎遠であり、両親の残した財産と両親の死亡保険によって生活をしていた。姉は雄英高校に通い、ヒーローに就職。彼女も後を追うように雄英へと入学を果たす。
入学後はそこまで目立った成績はなし。体育祭ではトーナメントまで勝ち残るも1回戦目で敗北。その個性も相まって職場体験の指名件数も2桁前半。期末試験では土壇場で個性を進化させ辛勝。林間学校で敵連合に捕まり、誘拐されるも誘拐先から自力で脱出。この頃からAFOに目をつけられていた可能性がある。そこからは目立った事柄はなし。
全面戦争後にパトロールをしていた姉が行方不明になるも、危険度も相まって捜索は難航。1週間経ったのちに捜索を断念。彼女は諦められず1人で捜索をしていたと見られる。一度、彼女を気にした他のヒーローと共に捜索を行った際、姉の死体とヴィラン2名を発見。ヒーローの制止も已む無く彼女はヴィラン2名を殺害後、姉の死体と共に逃走。ヒーローの証言もあり、彼女はヴィランとなる。
その後は街に潜伏し、他のヴィランと対峙していたとされる。ヴィランの証言によれば、「自分をヒーローだと思い込んでいる異常者」「狂っている」とのこと。
その後、ヴィラン名:マスキュラーと共に気絶しているところをヒーロー名:デクが発見、確保される。のちにイレイザー・ヘッドによる尋問の最中、逃走を図る。それ以降は街に潜伏していたと見られる。
第二次決戦時に現れ、死柄木弔、AFOと交戦。死柄木弔、AFOに多大な被害を与えた。
死柄木弔の個性『崩壊』により、死亡。
もう少し続きます