2022年11月6日(日)12:55
自室
「服装良し。トイレ良し。体調良し。時間良し。ナーヴギア良し。心の準備良し。うん、完璧!」
枕元に用意した厳めしいヘッドギアのような機械《ナーヴギア》を見ながら手元のメモを確認する。必要事項を指さし何も問題ないことを確認する。
「いよいよね…」
寝台に寝転がってナーヴギアを頭に装着する。
バイザーに表示された時計を見ると、まだ3分ほど時間があるみたいだ。
手持ち無沙汰なのでスマートフォンを開いてSNSを流し見する。どのサイトもある話題で大盛りあがりだ。
"祝!SAO本配信!"
"どれほどこの時を待ち望んだことか…!"
"店頭ラスワンでした!"
"パッケージ俺の眼の前で完売したぜ!畜生!!"
"あの有名配信者も手に入らなかったってマ?"
"↑マジだよ"
"どんだけ修羅やったんや?"
"↑どこの店も似たようなもんだったぜ"
"持ってるオレ勝ち組www"
"↑ゆるざん!"
"↑↑ゆるざん!"
"↑↑↑ゆるざん!"
"俺…この日のために有給取ってぶっ通しでやるんだ…"
"↑俺も"
"↑↑働け(血涙)"
etc.
フルダイブ初のオープンワールドMMORPG《ソードアート・オンライン》
ナーヴギア開発者の『茅場晶彦』により設計されたという触れ込みのゲーム。
その特徴はフルダイブの名の通り、五感の全てをゲームの世界へ落とし込み自分の体をゲームの世界で思うように動かして操作すると言う画期的なものだ。
一昔前のコンシューマーゲームのアクションゲームのようにコントローラーで操作してプログラムによって決められた動作を繰り返すものとは訳が違う。本当の意味で自分の思った通りの動きができることが大きな話題を呼んだ。
初回ロットは国内のみで僅か1万本。3ヶ月前に始まったβテスト版も抽選でたったの1千人。
しかもその1万本もβテスターには優先的に届けられたとのことなので、新規で入手できたのは私含めて9千人前後。
近所では予約販売もしていなかったので、発売当日に買えたのは本当に運が良かった。
βテストの抽選に落ちた時は悔しさのあまりお気に入りのハンカチを食いちぎりそうになったが、このお祭りムードを見るとむしろお釣りが来そうなくらい嬉しい。思わず口元がニヤけそうになる。
「『私も行ってきま〜す』っと、送信〜」
自身の呟きをSNSに載せて枕元にスマートフォンを置く。
残り30秒。
「……」
──心臓がうるさい。
いつも感じる新しいゲームを始めるときの心地よい緊張。これからへの期待。ちょっぴりの不安。
そして、この日のために生きてきたと思える喜び。
様々な感情が綯い交ぜになって私は世界を超えるコマンドを唱える。
「──リンクスタート!」
一瞬感じる浮遊感。同時に傍らを駆け抜けていく色取り取りの光の軌跡。意識が体から離れて電子の海へと飛び込んでいく。
「キャラネームとパスワード?まぁ適当に『Shizuku』っとアバター作成?考えるの面倒だし性別以外は自動生成でオッケイっと。これでよ〜し」
諸々の設定を終えてゲームを開始する。
Welcome to Sword Art Online
そのメッセージの後に私の意識は何かに引き寄せられるように光の中を駆け抜けていった。
◆ ◆ ◆
同日13:00
アインクラッド第1層
はじまりの街転移門広場
暗い。目を瞑っているようだ。『瞼を開けよう』そう思った時には既に瞼が開いていた。
「……ふわぁ」
左右を見回す。自室でもなく、日本のどこの景色でもない。中央に石柱の立った石畳の広場にいるようだ。
歩く。跳ねる。腕を回す。
本当に思ったとおりに体が動く。
「すごい…ここがソードアート・オンライン」
そうこうしている内に私と同じように続々とプレイヤーがログインしてくる。気が付けば私の周りには数十人近くのプレイヤーに囲まれていた。その多くは私と似たようなことをしている。きっと考えていることは同じなのかもしれない。それだけこの世界に対する感動が大きいということなのだから。
よく見ると一部のプレイヤーは足早に何処かの路地裏へ入っていく。きっと彼等が話に聞くβテスターなのかもしれない。
「…ムフフ〜」
──ちょうど良いわね。
どこの誰かは存じ上げないが、刷り込み効果であなたの後をつけさせていただきましょう。
そんなプレイヤーAが向かった先はどこか薄暗い路地にある小ぢんまりとした武具屋。壁や棚に陳列されているのは如何にも『これは武器です!』といった感じの刀剣類。
「お…おおぅ」
ここまで来ると正直圧倒される。秋葉原の模造武具店なんか目じゃない。中世ヨーロッパで活躍したような見た目の、本物っぽい質感の武器がこうして所狭しと並んでいるのを見ると、ここが本当に『戦う世界』なのだということを嫌でも感じさせられる。
「お?あんたもしかしてニュービー?」
「…?あぁ私のことですか。はい、そうです」
──さすがに店に入ったら気付かれるよね。
さっきは後ろ姿しか見えなかったが、近くで見る雰囲気はオオカミを彷彿させる。
背丈があり、体形が細マッチョ寄り。顔は鋭い目付きに上がった口端。全体的に見てかなりオラオラ寄りの見た目。それにぴったりな声もしている。
「他の人となんか動きが違いましたからつい〜。迷惑でしたか?」
「まさか!ここを見つけられただけでも大したもんさ!ここ、他と比べて安いからな。テスターの一部じゃ有名さ」
「おお!やっぱりテスターさんだったんですね!」
──何となくそんな気はしていた。おそらくそこまで隠す気はないのだろう。
「俺はアベル!よかったらフレンド登録しねぇ?」
「シズクです。良いですよ〜…っとメニュー画面はどうやって…うぉあ!?」
メニュー画面を呼び出そうとして変な動きを繰り返してたら、眼の前で彼が慣れた手つきでコマンドを操作する。する私の眼の前に中に浮かぶ半透明な板が現れた。
「えっと…これって?」
「それがメッセージウィンドウ。取り敢えずそれにタッチすれば操作ができるぜ」
「えっと…こうかな?」
ウィンドウに書かれていた内容は『Abelからフレンド申請を受けました』とあり、その下には『◯』『☓』の2つのボタンがある。そのうち◯の方に恐る恐る触れる。ポキーンと似たような音がしたと思うと『Abelをフレンドに追加しました』とメッセージが出た。
「うーっし!初の女の子のフレンドゲット!これからよろしくな!」
「あ、うん、よろしく〜」
──ちょっと早まったかな?
今まで生きてきた中で接したことのな類の人種だから、適切な距離感がわからない。いろいろ教えてくれそうなのは助かるけど。
「さてと、それじゃあ選ぶぞ」
「?選ぶって?」
「武器選びさ!それがないと始まらねぇ。どんなのが良い?俺は一通り触れたから大体のことは教えられるぜ」
「あ、なるほど〜。うーん…そうねぇ」
棚に陳列されている武器を眺める。
剣、短剣、細剣、曲刀、棍棒、斧、槍その他色々。けれど見渡して気付く。
「弓って無いの?」
「ふーん…あんたホントにニュービーなんだな。このゲームにはそんな便利な遠距離武器なんてねぇぞ」
「え、そうなの!?」
言われて愕然とする。これでは私が今までネットゲームで培ってきた遠距離攻撃によるチキン戦法が使えないではないかと。
「タイトルを思い出してみろよ。ここは
「あー…えぇ〜…」
理解は出来たが納得できない。そんな感情が顔と声に出ていたのだろう。アベルはそんな私を見て軽く吹き出した。
「プッwwアハハハwwあんた表情コロコロ変わっておもしれーww」
「わ、笑わなくていいじゃん!初めてなんだし!」
「アハハw悪い悪いw」
ゴホン。と、アベルは咳払いをして話を戻す。
「一応、遠距離攻撃みたいなスキルはあるぜ。【投剣】スキルって言うんだが…これがちょっと曲者なんだ」
「…一応聞くけど、曲者って?」
「【ソードスキル】の一つで、文字通り物を投げるスキルだ。ただ、威力が低いから実戦では牽制かモンスターをプルするくらいしか使い道が無いんだ。専用の道具を使えば威力は上がるけど…基本消耗品だし弱いモンスターとしか満足に戦えない。【フィールドボス】や【フロアボス】相手なんてもう話にならないな」
「聞いててなんか気が滅入ってきたかも…ところで知らない単語がいくつか出てきたけど、それって?」
「あぁ、それはいずれ。とにかくまずは武器だ!どんなのが良い?」
「うーん…」
言われて悩む。弓が使えないなんて予想外だ。ならこの中から選ぶとするなら。
「…これにする」
「槍かぁ。リーチが長く、【ソードスキル】の威力や範囲も大きい。取り回しでは片手剣には及ばないが、それでも普通に殴っての威力は剣より高かったな。ただ、両手が塞がって盾が装備できないのと、眼の前まで敵に近付かれたら無防備になるから立ち回りは慎重に」
以外にしっかりした解説をくれて驚く。盾を装備できないのは盲点だった。ただそこはアドバイス通り今後の立ち回り次第だろう。
「うん、これにするわ。買ってくれるのかしら?」
微かな期待を胸にアベルに聞いてみる。
するとアベルは両手を広げて肩を竦め首を横に振る。
「シズク相手なら是非そうしたいんだが…残念ながらβテストの時のデータは正式版には引き継がれないみたいでな…そんなことしたら俺の武器が買えなくなっちまう」
「あら残念。えーとお値段は…」
現在の所持金が2000コル(ソードアート・オンラインにおける通貨)。対する武器の値段が800コル。
個人的には手痛い出費だが、せっかくの親切を無下にするのも申し訳ない。思い切って購入する。
アイアンスピア。
木製の長い柄に両刃の短剣のような穂先を備えているシンプルな作りの槍。手に持って軽く振ってみたところ、材質のためか軽くて扱いやすい。突く薙ぐ叩きつけるの一通りの動作に支障がないことが分かる。
私が初めてSAOで手にした武器。たったこれだけでのことも感動する。
「へぇー、いいじゃん。様になってる」
「ふふん。ざっとこんなもんよ!」
「よし、俺も負けてられないな!」
そう言ってアベルが手に取ったのはこれまたシンプルな片手直剣。
「片手剣のいいところは何と言っても種類が多い!βテストでも使ってるやつが一番多かったのはこいつだな。後はこれに盾も装備できれば言う事無しなんだが…残念なことに今は金がねぇ…」
「じゃあどうするの?」
「もちろん稼ぐ!と言うわけで今からフィールドに行くぜ!」
「おお!いよいよね!」
「それじゃレッツゴー!」
「おー!」
◆ ◆ ◆
同日13:20
同層
はじまりの街近郊平原エリア
アベルの号令で店を後にし、近くの門からフィールドへ出る。
その途中にメニュー画面の呼び出し方や、先程私が気になった幾つかの単語の解説もしてくれた。
「このゲームは上を見ると分かる通りいくつかの層に分かれている。あっちの方にその層をつなぐでっかい柱のようなものが見えるだろ?あの中はダンジョンになっていて、そこに今ここにいる層のボスがいる。それが【フロアボス】だ」
「公式サイトでも外観は描かれてたけど、まさかあの中がこんなふうになってるなんてね〜。そのフロアボスって強いの?」
「強い。もうめちゃくちゃ強い。間違っても1人で挑もうなんてするなよ?」
「しないしない。で、フィールドボスって?」
「そのダンジョン、ここでは迷宮区って呼ぶんだが、そこに辿り着くために倒す必要のあるボスだな。ボスと呼ばれるだけあってかなり強い。事前にNPCから情報を集めてあれこれ対策をしたうえで戦うから、フロアボスの前哨戦の意味合いが強かったな」
「なるほど」
アベルから齎された情報をまとめるとゲームの攻略法な以下の通り。
①.NPCからのクエストをこなす
→これにより、フィールドボスやフロアボスに関する情報を得られることがあるとのこと。
②.迷宮区を攻略する
→このゲームの主な目的。
③.①で得られた情報を元にボスを撃破
→ボスは基本的にレイド戦となるとのこと。1人で挑んだところで勝ち目は無い。
どの層も大体はこういった流れで進めていくらしい。
「って言っても、そういう風にできたのはテスト期間の相当後の方だったな〜」
「え?じゃあそれまでは?」
「当たって砕けろ突撃戦法!とにかく数と蘇生に任せてゴリ押したなぁ」
「それはもう戦法じゃないんじゃ…」
「え?昔からネットゲームとかで使い古されたゾンビ戦法だって聞いたけど?」
「なんかボスが気の毒になってきたわね…」
倒しても倒しても湧いてくるゾンビの群れとの耐久戦。相手側からしたら卑怯としか言いようがない。
「一番大変だったのは蘇生ポイントからボス部屋までのダッシュだったな〜…っと、お出ましだな」
「っ!?」
道中の草むらが淡く光ったと思うとその中から赤い目をしたイノシシが現れた。
頭上には赤いピンと湾曲した緑色の帯。事前にアベルから教えられた情報にはあれが敵対Mobを表すマークとHPバーとのこと。HPバーの上には『FrenzyBoar』とある。恐らくモンスターの名前だろう。
「さあ初戦闘だ!俺は後ろで見てるから取り敢えず自由に戦ってみてくれ!」
「は、はい!」
私が戦闘態勢を取ったのを見てか、猪が突進してくる。慌てて大きく避けるが、器用に方向を変えて再度突進してくる。
「ぅえ!?あっ!うわ!?ちょ…攻撃が、当たらない…」
避ける際に槍を振ってみても上手く当たらない。焦る私は闇雲に武器を振り回すことしかできない。当たる時は当たるが大したダメージにはならないらしく、バーも数ドットしか減っている様子はない。
「あーらら、それじゃ戦いにならないよ。代わって、俺が手本を見せてやる」
「お、お願いします〜…」
泣く泣くアベルの方へ走って逃げる。アベルはそんな私を特に気にする様子もなく猪と対峙する。
「まず戦いの基本は相手の間合いと自分の間合いをしっかり理解すること」
そう言って突進してくる猪を足捌きだけで軽々と避ける。
「理解していればかんな感じで最小限の動きで回避できる」
再度突進してくる猪を今度は回避しつつすれ違いざまに斬りつける。
「自分の間合いをしっかり理解していれば今みたいにカウンターも入れられる」
同じ動きを2回3回と繰り返していると頭上のHPバーが緑色から黄色に変化した。これだけでかなりのダメージを稼げている。
「そろそろ締めるか」
アベルはそう言って少し身を屈めたと思うと手にした片手剣を目線の高さまで上げて切っ先を正面に向ける。すると刀身が仄かに光り出し、何かが駆動するような音が聞こえ始めた。
「そおぅら!」
片手剣ソードスキル単発突進技【レイジスパイク】
アベルは私が今まで見たことがない速度で剣を真っ直ぐ突き出して突進して行き、派手な音とライトエフェクトと共に猪を貫く。
猪は硬直し、軽く震えると青い光となってガラスが砕けるような音を出し四散した。
「…すごい」
「っとまあこんな感じ。ちなみに今のが【ソードスキル】って言う、簡単に言うと必殺技みたいなもんだ」
「あの、どうやったら出せますか?」
「まずはスキルをセットするところからだ。俺が言った通りにやってみな」
アベルに言われるままにメニュー画面を開きスキルウィンドウの項目へ移動する。
「うわ、何かいっぱいある」
「そのウィンドウに出ているのが今シズクがセット可能なスキルだな。次に左側にあるキャラフィギュアをタップしてみな」
「えっと、こうかしら?」
言われた通りに進めると装備品からまた別の項目に切り替わる。キャラフィギュアから突き出た2つの丸い吹き出しが出た。
「そこにこれから使いたいスキルをセットする。シズクの場合は確か両手槍スキルだったはずだから、それを探してみてくれ」
「わかったわ」
スキルウィンドウから両手槍スキルを探し出してタップ。キャラフィギュアの空きスキルスロットにセットする。
「うまくいったみたいだな。今セットしたスキルは長押しで使用可能なソードスキルが見られるから確認してみな」
「えっと…」
言われた通りに一覧を出す。
スキル熟練度は当然0。
使用可能スキルは今のところ3つ。
単発突き技【プレオン】
単発斬り降ろし技【アクシオン】
単発突進突き技【ディラトン】
「熟練度はその中にあるスキルを使い続けることで上昇する。武器スキルは主にソードスキルを使い続ければ上昇するぜ」
「ちょっと練習してみても良い?ぶっつけ本番で成功させる自信がないから」
「いいぞ」
許可を得てアベルから少し離れる。間合いには誰もいないことを確認して意識を集中させる。
「ソードスキルは初動が大事だ。しっかり構えないとシステムが認識しないからな」
遠くから聞こえるアベルからのアドバイスを受けてそれぞれの構えを思い出す。
試しに使う技はプレオン。
腰を低くして槍を思い切り後ろへ引く。すると穂先が光り出し、独特な駆動音が鳴り出す。
「いいぞ!あとはそのまま動きに任せて!」
「え?うわ!?」
アベルの言葉の通り私の体は何かに惹かれるように勝手に動き出す。イメージとしては綱引きだろうか。持っていた綱に身体が引き寄せられるあの感覚に近い。
派手な音とライトエフェクトを伴って私の体は槍を思い切り前へ突き出していた。
穂先のライトエフェクトが攻撃の軌跡を描いて消える。
「う…あぇ?」
「すっげーな!一発で成功だ!!俺だって成功させるまで何度も試したのに、シズクは一発でやった!」
「え?そんなにすごいの?」
「少なくとも俺は今まで一度も見たことがない。こりゃきっと将来大物のプレイヤーになるぞ〜ハハハ!」
「お…おわ…」
──すっごい褒めてくる。リップサービスにしても盛り過ぎでは?
「ハハハ…よーし落ち着いた。それじゃ今度からはそれを戦いながらやれるようにならないとな」
「えっと…ちょっとハードル高いから一緒に戦ってくれる?」
「もちろん!頼りにされて嬉しいぜ!」
そうして私たちは平原を歩きながらポップしたモンスターと戦闘を重ねる。流れとして、アベルが先制してある程度ダメージを与え、アベルの合図で私がソードスキルを放つ。初期スキルだからか、初動のモーションがシンプルなのが多い為に上達が早かった。
「ハァ…ハァ…これ楽しい…」
身体が熱い。
異常に興奮した時には、いつも体温が上がる。
ソードスキルを放って敵を倒していく爽快感。それを自分の体を使って放つ快感。脳内の興奮物質が全身を駆け巡るのを錯覚する。
その果てにモンスターを撃破していく様は、私にとってはどこか官能的ですらあった。
「ハマるだろ?」
「すっごく!」
ある程度慣れてきたら今度は私が先制。ソードスキル以外にも、槍の扱い方を私なりに研究していく。穂先のほうがダメージが大きいとか、石突で突くことも出来たりと、結構多彩な使い方が出来た。
「シズクはかなり器用だな。やっぱ他になにか試してみねぇか?ひょっとしたら槍以外にもなにか出来たかもしれねえぞ」
「うーん…やっぱりこれがいいかなぁ。敵の間合いの外から攻撃できるのはやっぱり強いよ」
「…噂だと射程が伸びるソードスキルもあるみたいだから、武器の間合いって見た目はあんまり当てにならないんだよなぁ…」
「そうなの?」
2体のダイアウルフが四散したのを見て私はアベルに聞き返す。
「熟練度を上げたら上位のソードスキルを習得できるんだが、中にはそういうのもあるらしい。βテストで片手剣を使うやつが多かったのもそういう事情があったりしたんだ」
「へぇ」
「そして当然ソードスキルを使うモンスターだっている」
「武器を持つモンスターがいるってこと?」
「いる。そしてそいつらは本当に手強い。この層の後半がまさにそのモンスター達で占められてるな。確かコボルドだったか?」
「へぇ〜」
そう話していると、今度は3体のダイアウルフが現れた。
「俺は左の2体!」
「私は右のね!」
そう言って散開する。先制は思い切ってソードスキルではない突進突き。良いところに当たったのか、HPバーが2割近く減る。直ぐに槍の中腹近くに手を持っていき、すれ違いざまに穂先で斬撃。ダイアウルフが飛び掛ってくるが、軌道上に穂先を持っていき回避。ダメージが入り残り5割。怯んだところにソードスキル。
両手槍単発斬り降ろし技【アクシオン】
石突近くを持って渾身の力で斬りつける。槍全体が青いライトエフェクトを伴っていたからか、青い扇のような軌跡を描いた。
ダイアウルフは攻撃モーションに入るところで硬直し、四散。
「なんか、さっきより威力が上がった?」
「ソードスキルは一度発動すればあとはシステムが勝手に体を動かしてくれるが、実はそれに合わせて自分からも同じように動けば威力と射程が増す、なんてテクニックがあるぜ。たぶんシズクがやったのはそれじゃないか?」
「へぇ〜なんか面白い」
こんな感じで戦闘を重ねていく。気が付けば眩しい夕日がアインクラッド第1層に差し込んでいた。
◆ ◆ ◆
同日17:00
同層
はじまりの街近郊平原エリア安全地帯
フィールドには各所に安全地帯が配置されている。今いる石柱で六角形に囲まれている所がそれらのうちの一つらしい。
私たちは夕日を眺めていた。
「綺麗な夕日…これがゲームの中だなんて嘘みたい…」
「確かにな」
視界の隅に表示されているデジタル時計を見るともう午後五時を回っていた。良い子はおうちに帰る時間である。
「ふぁ〜あ…もうこんな時間か〜」
「なんか…ここまで思いっきり体を動かしたのって久し振り…」
「そうなのか?なんか意外〜」
「これでも新卒の社会人ですから体を動かす暇がなくて…明日も仕事かぁ…」
「え!?年上!やっべ…俺タメ口聞いてた…」
「え?ああ!良いの良いの!ゲームの中まであんまりリアルは持ち込みたくないし…ごめんね?愚痴っちゃって」
「イヤまぁそれなら良いんだけど…いや、ですけど…」
「いや、タメ口でも、別にいいんだけど…」
「……」
「……」
──気不味い。
空気を変えるために何か適当に話題を振る。
「そ、そういえばβテストではどこまで進めたの?」
「え?あ、あ〜どこまでね。えっと確か…第8層までだったな」
「え?2ヶ月で?思ったより進んでない…」
「それだけ難しいのもあるが、単純にマップが広いのもある。なにせ自分の足で情報を集めないといけないから、コンシューマーのオープンワールドみたいにゃ行かねぇ。攻略サイトもないし、見られないからなぁ」
「そう考えたら8層まで行けたのも結構すごいことなのかしらね?」
「次はもっと速くなるさ。なにせ1千人が1万人だぜ?楽勝楽勝〜」
次に一つ気になったことを聞いてみる。
「アベルはどうして片手剣なの?」
「あー…」
なぜか私の質問に答えが詰まるアベル。
しばらく「あー」だの「うー」だの唸った後に口を開く。
「…ちょっと変なこと言うかもしれないけど…笑わないでいてくれるか?」
「物によるわね」
こうしてもったいぶるアベルは何か珍しい。
少し時間をおいて口を開く。
「…あこがれ、かな?」
「憧れ?」
「βテストのときにさ、俺を含めてそれなりに強いやつはまぁいっぱい居たわけだけど、その中でもとびきりやべぇのがいたんだ」
「やべぇの?」
「そう…何ていうか、言葉でうまく説明できねぇ…まるで…」
そう言葉を区切って口を開くと──
「…まるでこの世界で戦うために生まれてきたような…そんな奴だった」
「……」
思わぬ返答に私は言葉が出ない。現実的にはあまりに抽象的で、けれどこの世界においてはあまりに明確すぎる答え故に。
「…俺さ、自分たちと違う生き物や人って、何を考え、どんな思いをしながら生きているのかって、考えるんだ。学校でいじめに関する授業があってから余計にさ」
「…それで?」
「これもそのうちの一つで、あの人はどうしてあんなに強いのか、何を見てどんな考えを持っていて、どんな世界を見ているのか…それを知りたくて俺はこの剣を持っている」
そう言って鞘から抜き放ったスモールソードを見つめる。
「この世界でいつか強くなって、そうしてあの人に挑んで、その強さの秘密に触れたい。わかりたい。女の子を好きになるのとはまた違う、よくわかんねぇ感覚なんだ」
アベルという人のリアルはわからない。けれどこの話を聞いて、私はこの子は「すごくいい子」なのだなと感覚で理解した。私より年下なのは会話の流れで何となく理解して、私は勝手に「いい大人になるんだぞ〜」と心のなかでエールを送る。
「ハハ…なんてな!なんかやっぱ恥ずかしいわー。はい、終わり終わり!」
「えー?私は良いと思うのになー」
「もういいから終わり!」
「はいはい、じゃあ今日はもう落ちるわね。ここって安全に出られる?」
「ああ、ここならモンスターは来ねぇし、安全に再開できるぜ。俺も宿題やらなきゃだしよ」
「じゃあ今日はここまでね、また明日〜」
「おう!また明日な!」
そう言ってメニュー画面を開き、ログアウトの操作を──
「──あれ?」
「?どうした?」
「ねえ、これってどうやってログアウトするの?」