星を目指して   作:白蜜8901

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第一層フィールドボス攻略戦 ②

 

 ◇ ◇ ◇

 

 2022年11月22日(火)17:20

 アインクラッド第1層

 拠点の村宿酒場

 

 

「スマン、シズクっち。オレっちの聞き間違いかも知れねエ。もう一度言ってもらえるカ?」

「フィールドボスの攻略について、相談させてほしいの」

「オ…オウ…」

「シズク。さすがにそういう冗談はやめろよな?」

「私は本気よ」

 

 アルゴが正気を疑うような視線を私に向けてくる。私はその目を真っ直ぐ見つめ返した。

 

「…理由を聞いても良いカ?」

「その前に一つ情報が欲しい」

「…言ってみロ」

 

 そう言われた私は迷うこと無くアルゴへとある要求をする。

 

「現時点でのこのゲームの死亡者数を教えてほしいの」

「……」

「シズク?どういう意味だ?」

 

 アルゴは何かを思案するように目を閉じる。暫くして彼女はゆっくりと目を開いて私を見た。

 

「オレっちから答えられることは何も無い。それについて知りたきゃ、《はじまりの街》の黒鉄宮(こくてつきゅう)にでも行くといサ」

「…そう…まぁ、そうですよね」

「逆にオレっちからも聞きたい。どうしてそんな情報を欲しがル?」

 

 何となくそう聞き返されることも分かっていた。私は少し考えて口を開く。

 

「このゲームが始まってもうすぐ一ヶ月。だけど未だにこの第一層の突破は愚か、その迷宮区にも辿り着けていない。そうですよね?」

「…そうだナ」

「そんな中で先行して情報収集に当たっていたのはアルゴさんだけじゃない。恐らくβテスターの殆どがそうなんじゃないですか?」

「…なぜそう思ウ?」

「ホルンカの村で少しだけ奇妙なものを見ました」

 

 思い出されるのはゲーム開始の翌日の出来事。アニールブレード獲得のために遂行する必要のあるクテストを受注したときの違和感だ。

 獲得してしまえば第三層辺りまでの主要武装として使える、この時点では最強とも言える片手剣。難易度が高いとは言え、クリアすればこの層における生存がほぼ約束されるような非常に強力な装備だ。

 初日の夜の時点でホルンカの村にプレイヤーが集まっていた為、アベルは誰よりも早く朝一でそのクエストを受注することに決めていたのだ。けれどそんなクエストが朝早くとは言え、私達以外に誰も受注する気配が無かったが私には気になったのだ。

 

「今思えば、あれは後続のプレイヤーたちの為にわざと置いていったクエストだったのね」

「ソイツらがシズクっちみてえに片手剣を使わないプレイヤーだった可能性もあるゼ?」

「第一層なんてまだ序盤よ?武装を選択する機会はいくらでもあると思うの」

「じゃあソイツらは今どこにいル?」

 

 考えるまでもない。ここまで情報が届いていないのがその証拠だろう。

 

「居ない。または連絡が取れない状況にある。それもかなりの人数が」

「おい…シズクそれって」

「迷宮区へ行くための道は一つだけではない。NPC達の会話内容からすると、どれも複雑かつ困難な道。それに加えてβテストからの細かな修整点で先行したβテスター達も対処が追いつかなくなってきている。アルゴさんが私達と一緒にいるのはアベルが心配なのと私達が発掘するクエストの情報収集、私達には言っていない内容としていざという時の保険も兼ねてなのでしょう?」

「…ヤレヤレ、降参ダ」

 

 アルゴはため息を吐いて首を振り、両手を挙げる。

 

「…もうすぐ2000人に到達すル」

「…は?」

「…多すぎるわね」

 

 βテスターの凡そ二倍。このゲームのプレイヤー人口にして約5分の1。まだ8000人近くのプレイヤーが生き残って居るとは言え、外部からの援軍を見込めないこの状況においてはあまりに絶望的すぎる。

 

「いま情報屋仲間の何人かに確認を取っているガ、どいつもこいつも似たような事ばっか言うヨ。この事に関して口を合わせて同じ嘘を言う必要なんかないから、コレについてはきっと本当のことだろうナ」

「なんだよ…それ…意味分かんねえ…」

 

 アベルは顔を伏せる。本当ならこんな話はアベルの居る所では聞かせたくなかったけど、今はもうそう言ってられる状況ではなさそうだ。

 

「…迷宮区までの道が拓けば、なにか変わる?」

「漸くシズクっちの言いてえことが理解出来たヨ」

 

 アルゴがテーブルに置かれたジュースを一気に飲み干して私を見た。

 

「…プハァ…つまりこういう事ダ。オレっち達で道を切り開こうってことか?」

「ざっくり言うとそう言う事になるわね」

「ハァ〜…」

 

 アルゴは目を伏せてため息を吐く。

 

「これはオレっちが選択を誤ったなァ…」

「…えっと、何の話?」

「ああこっちの話だ、気にするナ。ンで悪いケド、あのフィールドボスについてはオレっちは何も情報は持ってねぇヨ」

 

 一瞬アルゴが何を言っているのか理解できなかった。

 

「えっと、それってどういう…」

「そのままの意味だゼ。あの谷の真ん中に居座ってるフィールドボスについては何も情報を持って無ェ」

「それって、βテストではあのボスは居なかったりしたの?」

「いいや、居たゼ。けどアベルから聞いてねぇカ?」

「…まさかだと思いますけど…『当たって砕けろ突撃戦法』?」

「せいか〜イ♪」

「………」

 

 ──もしかしてβテスターって案外…いや、やめておこう。みんながそうと決まったわけじゃないしね。

 

「だからアイツに挑むなら先ずは地道な情報収集からだナァ〜」

「…意外ですね。てっきり反対するのかと」

「そりゃ個人的には反対だゼ?だけどナァ…」

 

 そう言ってアルゴは少し遠くを見つめる。

 

「情報屋を始めてアイツについての情報をちゃんとした形で纏められなかったのが、少しばかり心残りだったからナ。この際、空白は全て埋めようと思ったんダ。挑むのは反対だが、探りを入れてみるのはいいかも知れないと思ってはいるゼ」

「えっと…それって情報屋としての矜持ってものなのかしら?」

「まぁそんなとこだナ」

 

 さてト。とアルゴが声を上げて席を立つ。

 

「じゃあオレっちはフィールドボスについて探れるだけ情報を集めてくるゼ。何かあったら連絡するから、そっちもよろしくナ〜」

 

 そう言ってアルゴは宿酒場から出ていった。

 

「なあ…シズク…」

 

 と、ここまで沈黙していたアベルが口を開く。

 

「どうしたのアベル?」

「アルゴの話したことって…全部本当なのか?」

「……」

 

 この場合アベルが聞きたいのは死亡者数の話だろうか。

 

「アルゴさんが嘘を言うとは思えない。だから私は本当のこととして聞いているわ」

「……」

 

 再び沈黙。少ししてアベルは口を開く。

 

「おれたちがはじまりの街に残ってたら…おれがあそこから逃げなかったら。もっとマシになってたのか?」

「…それは私にはわからない」

 

 ──嘘だ。本当はわかってる。私達が残った所で出来ることは何も無い。でもそれを今のこの子に言うのは酷な話だ。

 

「アベルをあそこから連れ出すと決めたのは私よ。だからあなたは何も悪くない」

 

 そう言って私は誤魔化す。

 

「でも──」

 

 俯いて話していたアベルが顔を上げて私を見る。その顔は帰り道を見失った迷子の子供が助けを求めるような、そんな切実さを感じるものだった。

 

「あそこから逃げたのは間違いなくおれだった…確かにシズクがきっかけだったかもしれない…だけどその後はおれが逃げたいと思ったんだ…シズクじゃない、おれだったんだ…」

「……」

 

 それは違う。そう言いたかった筈なのに言葉をかけられない。

 アベルは一瞬顔を伏せ、目を瞑る。

 やがてそう時間が経たない内にアベルは顔を上げた。

 

「行こうシズク。おれたちも情報を集めるぞ」

「え?ええ…」

 

 アベルは先程とは違い、どこか迷いが消えたような、決意に満ちた顔付になっていた。

 この短い間にアベルが何を考え、その末にどのような答えに辿り着いて行動に移したのかは分からない。

 ただ一つ、私は思う。

 

 ──それがあなたの英雄願望の発露とならないことを切に願う。

 

 それから私達はそれぞれ手分けして情報収集にあたった。NPCへの聞き込みに現地の偵察。アルゴも情報屋仲間の皆さんから色々聞いて回ったらしい。

 着々と情報が集まり、それをもとに作戦会議を行った。

 会議そのものは順調に終わったものの、この時の私はアベルのことがほんの少しだけ気がかりだった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 2022年11月25日(金)11:20《ボス戦中》

 アインクラッド第1層

 中央の渓谷

 

 

「アベル…あなた…」

「たしかに最初のときはシズクに手を引かれて来たかも知れない。ここまでだって自分だけの足で来たなんて思っちゃいない。だけど!」

 

 アベルは私の肩から手を離す。

 

「ここまで来て、こうしてボスと戦っているのは間違いなくおれたち自身の意思だ」

 

 それに。とアベルは続ける。

 

「シズクはおれをここまで連れてきたことを悪いことだと思っているがな、そもそもあんな所に居たくなかったのはおれの方なんだ。そりゃあんな話を聞いたら気分が沈むけどよ、それでも今おれたちはこうして生きているし、あそこに居続けたらそれこそどうなってたか分からないんだ」

 

 だから。とアベルは続けて私の手を取った。

 

「だからおれは、シズクに『ありがとう』って言う。こうして強く生きているのは間違いなくあんたのおかげなんだ」

「っ!…そんなの…私の方こそ…!」

 

 ──あれ?どうして視界が滲んでいるんだろう。私はただアベルに感謝されただけなのに?感謝?

 

 今思えば私はこれまでアベルの気持ちを本当の意味で考えた事も、顧みたこともなかったように思う。今ならその理由が理解できる。怖かったのだ。

 私達がこの世界で生きていくために楽しい/面白いと思うことをたくさん見つけて、それを糧に明日を迎えて。

 それでも私は心の奥底に不安があった。特にアベルにどう思われているのかが一番怖かったと思う。

 

「アベル…私の方こそありがとう…!」

「おう!」

 

 ──でも今は、こんなに晴れ晴れしている。

 

「アー…盛り上がっている所ひっじょ〜に申し訳ないんだガ…もうすぐアイツの目が治るゼ?」

 

 アルゴのその言葉に現実へと帰ってくる私たち。

 二人で慌てて状況を再確認する。

 手持ちの回復薬は無し。アルゴは持ってるそうだが、私たちの身にもしもの事があった場合撤退して情報を公開する手筈となってる。入口を塞いだ岩石群はアルゴの脚力なら乗り越えられるだろう。

 HPの残量は私が残り7割で、アベルが残り8割。安全マージンを取ってるアルゴは特に言うことはない。

 部位の再生速度から見て、あと30秒程で大猪に捕捉されるだろう。

 

「二人とも、ちょっといい?」

「なんだ?」「なにかいい作戦があるのカ?」

「時間が無さそうだから手短に。今から私が言うように動いてほしいの」

 

 私は戦いながらあの大イノシシの挙動をつぶさに観察していた。その中で一つ気付いた事がある。しかしそれを伝える時間はない。だから端的にどう動くかを説明する。

 

「──っていう感じなの。出来そう?」

「うーん…出来るっちゃ出来るとは思う…けどヨ」

「それってシズクは大丈夫なのか?」

「失敗したら最悪の場合、私だけが死ぬわね」

「オイオイ…」

 

 二人は疑わしそうな眼差しを私に向けつつもとりあえず信じて動くことにしたらしい。二人は大イノシシへの側面へと向かう。私は正面を陣取る形となる。大イノシシの治った目が真っ先に私を見るように。

 

「!!!!ブオオオオオオオンンンン!!!!!」

 

 怒りの咆哮を上げる大イノシシ。初めに聞いた物と違い、短くとも確かな感情を感じ取ることができた。

 最初は私たちをテリトリーから追い払うための威嚇の咆哮。けれど今回のは本気で確実に私達を仕留める為に気合を入れたものだった。そしてその眼は今、私を向いている。

 

「行くわよ!」

 

 距離を取っての応戦はもう出来ない。そもそも距離を取った所で今の大イノシシの足の速さではすぐに詰められる。だったら私達の方から近付いてしまえば余計な行動は取らせることがないと思われた。

 

「たあ!」

「せい!」

「ほらヨ!」

 

 各々が手にした武器を大イノシシに叩きつける。最初の頃と比べると相手のHP減少量は微々たるものだ。

 

 ──やっぱり硬くなってる。

 

 もちろん黙って攻撃を受け続ける大イノシシではない。最初の頃に繰り出した回転跳躍の予兆を見る。

 

「退避!」

 

 私の合図で一斉に距離を取る。やはり先ほどより発動が速い。と言うか、どのアクションも軒並み発動が速くなり、硬直も短くなってる。

 

 ──この『怒りモード』は基礎ステータスを段階的に上昇させるもの。所謂発狂モードってところかしら?

 

 アクションRPGなどではよく見られる仕様だ。HPを減らすとその割合に応じて変化する行動パターン。特に終盤になると、こちらが想定しないような厄介な動きが追加される例が往々にしてある。今回の場合はフィールド内をスタミナ上限を無視して縦横無尽に走り回るあの攻撃だろうか。取り敢えず名前を『蹂躙乱走』と名付ける。

 行動後の隙が少なくなったことと基礎ステータスが上昇したことで思ったようにダメージを与えられていない。かと言って威力のあるソードスキルをこんな所で使おうものなら技後硬直が発生し、隙を晒すのはこちらになる。

 だから私達はひたすら待つ。耳元で音を立てる羽虫のように付かず離れず立ち回りながら威力の低い攻撃を繰り返す。

 そうすれば機会は自ずと巡ってくる。

 

「ブギャアアアアアアアアアアオオオオオオオオンンンンンンンン!!!!!!」

 

 ──来た!

 

「作戦続行!みんなは離れて!」

「「了解!」」

 

 どこか邪悪な気配を漂わせるこの咆哮は蹂躙乱走の合図。

 アベルとアルゴが大イノシシから距離を取り、逆に私は距離を詰めるように動く。

 私は跳び上がって大イノシシの眉間に【オメガポイント】を叩き込みヘイトを稼ぐ。

 着地してすぐに距離を取るとその瞬間に大イノシシの周囲に地面が揺れるエフェクトが発生する。

 

 ──大丈夫。私なら出来る。

 

「さあ…来るなら来なさい…」

 

 その声が届いたのかどうかは知らない。私はすぐに射線を外れるように動き大イノシシの突進を余裕を持って回避する。そしてスピードを緩めずに壁際で急ターンして再び私へと向かってくる。

 

 ──思った通り、一番ヘイトを稼いだ私の方へ向かってくる。

 

「シズク!」「シズクっち!」

「大丈夫!」

 

 自分に来ると分かっているならターンと同時に射線から外れるように動けばいい。また壁にぶつかる寸前にターン。

 

「うヒ!?」

 

 それを間近で見ていたアルゴが上擦った声を上げる。ちょっと可愛い。

 大イノシシは近くにいたアルゴは無視して私へと向かってくる。同じように動いて回避。また壁でターン。近くのアベルを無視する。

 

「そういう事だったか…でもだからってこのままじゃヤバいぞ…」

 

 この攻撃はパターンを理解すれば対処は難しくない。私は最初に何も無い場所へ向かって走った事からランダムな走行だと勘違いしたが、実際にはその時点でタゲを取ったプレイヤーを優先して突進を繰り返している。

 先程は安全を考えて一時的に固まって行動していたのが仇となった。防いだり動いたり捌いたりでとにかく足を動かす余裕がなかっのだ。

 

「それにやっぱり…スピードも上がっているわね…そのトリガーはおそらく…」

 

 壁から壁に到達する時間が少しずつ短くなっている。この加速こそが私が避けきれなかった最大の要因で間違い無いだろう。

 そして急ターンでの大イノシシの挙動。これは私が想像した通りのもので間違いなさそうだ。

 

 ──これを待ってた!

 

 私は大イノシシの突進を回避した直後に大急ぎで壁に向かって走る。私が壁に到達するのと大イノシシが急ターンするのがほぼ同時。

 

「フッ!」

 

 私は目の前の壁に向かって跳躍。勢いのまま二歩三歩と壁を大きく駆け上がり、大イノシシの頭上を取れるように高さを稼ぐ。

 

「これなら!」

 

 そう言って私は壁を蹴って中空に身を躍らせる。谷の真ん中には大イノシシが来る。

 

「行ける!」

 

 そう言って私は槍を握った手と反対の手で()()()投げ針を指の間に挟む。

 

「せい!」

 

 空中で私はとある投剣スキルを発動する。

 

「プルギョアアアアアア!!?!?!?」

 

 それは基本技である【シングルシュート】とは似て非なるもの。私の手から放たれた二本の投げ針は狙い違わず大イノシシの両目に真っすぐ飛んでいき、その視力を奪うことに成功した。

 

 投剣スキル二撃技【ダブルワイドシュート】

 

 ◇ ◇ ◇

 

 投剣スキルの熟練度が100を超えた所で使用可能となったスキルだ。複数の敵を相手に牽制目的で使用することが多いスキルだが、その特性上命中精度がイマイチなスキルとなっている。

 それと言うのもこのスキルは武器が目の前へ直線軌道で飛ぶわけではなく、前方左右へ広がるように飛んでいくためだ。この広がり幅がかなりの曲者で、武器の持ち方と発動タイミングで大きな差が出てくる。

 習得直後にワクワクしながらこのスキルをその辺のモンスターに試し撃ちして、あまりの使い辛さに絶望したのはつい最近の事だ。お陰でこのスキルをモノにするのに私は丸一日を費やすこととなった。(アベルはそんな私に呆れたような眼差しを送っていた)

 

 ◇ ◇ ◇

 

 この思いつきの作戦で己の研鑽の成果に賭けることとなったが、その結果は重畳。作戦の第一段階は突破し、上手く行けばこのまま第二段階へ進める。

 

 再び視界が暗闇に包まれる事態に混乱する大イノシシ。しかしその足は止まること無く、宙にある私の真下を凄まじいスピードで通り過ぎていった。

 

「よっと、イテテ…」

 

 それなりの高さから落ちたせいか、受け身を取って着地してもそれなりの落下ダメージを食らう。しかし今はそんな事を気にする余裕はない。すぐに振り返って結果を見届ける。

 

 この戦いの中でずっと不思議に思っていたことがある。特に後半の蹂躙乱走。

 戦いの最初の方でも大イノシシは突進攻撃を何度か行っていたが、この攻撃だけはどこか異質だった。

 というのも奴は谷底の真ん中だろうが壁際だろうが何処でもその攻撃は使用していたように思う。けれどどの攻撃も壁にぶつかる寸前で止まっていた。

 私は最初、これはシステム的に攻撃を停止させる何らかの処理が大イノシシに働いているものとばかり考えていた。だからこそ蹂躙乱走で壁際で速度を変えず、むしろ更に加速して急ターンしてきた大イノシシに驚いたのである。

 そこで私は再び発動される蹂躙乱走で大イノシシの挙動を注意深く観察した。特に壁にぶつかる寸前。急ターンの動作はどのようにして実現していたのかを。

 

 ──ドゴオオオオオオンンンンン!!!!ガラガラガラガラドゴドゴドゴドゴ!!!

 

「プルアアアアア!!!!!プルアアアアアアア!!!!」

 

 両目を潰されたことで視覚による情報を失った大イノシシ。加速したその勢いのまま谷の岩壁にその身を叩きつける。そして脆くなっていた谷は砕け、その残骸が大イノシシに降り注がれる。残り4割近くのこっていたHPは一気に2割を切った。

 

「プアア…プルアアア…ブルアアアアアアア!!!!」

 

 絶望に満ちた鳴き声を上げる大イノシシ。しかし最後の抵抗とばかりに積み重なった瓦礫から這い出ようと激しく藻掻く。

 

「一斉攻撃!」

「「おう(サ)!!」」

 

 そしてこの機を逃す私達ではない。瓦礫で押さえつけられて殆ど身動きが取れなくなった大イノシシに、それぞれ自分が放てる高火力のソードスキルを間断なく浴びせていく。

 

「ふ!」

「ぜりゃ!」

「ハァ!」

 

 ガクッガクッと激しく削られていく大イノシシのHP。

 そして──

 

「ブルギャアアアアアアアアアァァァァァァ………!!!」

 

 大イノシシの頭上に表示されていた二段のHPバーが、その残りをすべて消滅させる。

 大イノシシは断末魔の叫びを上げ、私たちがこれまで倒してきたモンスターと同じように青い光となって爆散した。

 

「「「………」」」

 

 互いに言葉は無い。と言うか、言葉を交わす余力がない。まだ何かイベントはないかと警戒を緩められない私たち。

 10秒ほどの静寂が続いただろうか。それまでずっと無音だった私たちの世界に一つの音が鳴る。

 

 ──ピコン♪

 

 その可愛らしい音は私の方から聞こえてきた。

 と言うか、ただ私の受注していたクエストが更新されただけだった。

 

「お──」

 

 最初に声を出したのはアベルだった。そんな言葉にすらなってない母音を口から漏らした直後。

 

「「「終わった〜…」」」

 

 私達は一斉に安堵の息を吐いて地面にへたり込んだのだった。




 シズク
 レベル:16
 スキル熟練度:
 ・両手槍[145]
 ・投剣[109]
 ・釣り[96]
 育成傾向:
 速さに寄ったパワーファイター

 アベル
 レベル:16
 スキル熟練度:
 ・片手剣[142]
 ・盾[115]
 ・剛力[83]
 育成傾向:
 単騎で攻防を両立したタンク

 アルゴ
 レベル:13
 スキル熟練度:
 ・片手爪[111]
 ・両手爪[79]
 ・隠蔽[93]
 育成傾向:
 スピード特化の斥候
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