2022年11月6日(日)17:45
アインクラッド第1層
はじまりの街転移門広場
初めから何事もなかったかのように広がる空…いや、ここでは見上げても空は見えない。先にあるのは第2層の天蓋。アインクラッド西側から差し込む夕日が、街を照らしている。
茅場晶彦が去った後の広場は水を打ったように静まり返っている。私を含めた全てのプレイヤーは何も言わない。誰もこの状況を受け止められていないからだ。
ここで死ぬと本当に死ぬとか、クリアするには第100層ボスを倒すとか、そんな事実ではない。
自分が生きてこの世界から戻れないかもしれない。
その現実を受け止めるのがとてつもなく怖かったのだ。
──カシャン…
どこか遠くで何かが落ちて割れる音がする。ここに居るプレイヤーの誰かが持っていた手鏡が落ちて割れる音だろう。この静寂の中で初めて音がした。
「いや…イヤアアアアァァァァ!!!」
少女の悲鳴だった。たった1人分の少女の声は、それでもこの静寂に包まれた広場には大きく響き渡る。止まったように思えた時間が動き出すのを感じた。
「ふざけるな!」「出せよ!」「嘘だろ!?この後約束があるんだ!」「出してよ!」「ここから出せ!」「出してくれよ!!」「嫌だ!まだ死にたくない!」
少女の悲鳴を皮切りに広場全体が怒りに飲まれる。そしてそれは次第に絶望の叫びへと変わっていく。
広場はまさに阿鼻叫喚。泣き叫ぶ者と怒鳴り声を上げる者。力なく蹲るもの。奇妙な笑い声を上げて辺りを走り回る者。呆然と立ち尽くす者。
私はそれらの光景を、何処か遠い世界の出来事のように感じていた。世界の何処かで起きている戦争や暴動を、テレビ越しに見ているようなフラットな気持ち。
…いや違う。本当は私もこの状況をうまく飲み込めていない。まだ私の中に当事者意識のようなものがない。何か悪い夢でも見ているんだと心のどこかで思ってる。そうであってほしいと。
──だってゲームで人が死ぬなんてあっちゃいけないでしょ?私たちは純粋にこのソードアート・オンラインを楽しみにして、私なんて予約が取れなかったから発売初日に近場のゲームソフト屋に行ってラス1をゲットしたのにその結果がこれだよ?何かの間違いであってほしいと思うのは当然だと思うのよ?実際楽しかったよ。楽しかったから明日も嫌な仕事頑張ろうって思えたのよ。βテストに落ちて悔しくてたまらなかったのに漸く手に入ったソフトよ?妹にも強請られたのにそれを強引に押し切って初日にダイブする権利を勝ち取ったのは私よ?大学行って勉強も頑張って就活が上手く行かなくてもこのゲームを楽しみに頑張ったのよ?お仕事大変だった中で色々我慢してようやく遊べたのがこのゲームなのよ?小さい頃から頑張った成果がようやく報われると思った今日がその日だったのよ?
だから…だから…
──お願いだから私をお家に帰して…
そんな私たちを尻目にその場から立ち去ろうとする者が見えた。
「っ!?しまった!アベル来て!」
「え?」
私はアベルの腕を引いて広場を離れる。
「な、どうしたんだよシズク!」
「時間が無いのアベル、次の拠点までの最短ルートを案内してもらえる?」
「は?どうして時間が?」
「ここを立ち去る人が何人か見えた、きっとあなたと同じ元βテスターね」
「は!?まさか自分だけ!?」
「たぶんだけどそのまさかね。それにこの世界で生き残っていくためにはモンスターを狩ってひたすら自分を強化していくしかない」
「っ!そっか、もしかしたら宝箱も!」
「すぐに周辺にあるものは取り尽くされるし、モンスターも狩り尽くされる」
「分かった!こっち!」
「ありがとう!」
先頭を走るアベルに従って私は路地裏を駆ける。広場から離れるに連れ、耳に届く茅場晶彦への怒号が少しずつ小さくなっていく。外へ続く門にたどり着くころには完全に聞こえなくなった。
◆ ◆ ◆
同日17:50
同層
はじまりの街近郊の平原
夕日が完全に沈み、この世界も逢魔時を迎える。
私はアベルの案内に従い最寄りの村まで全速力で街道を走る。
「それで目指している村は何ていうの?」
「ホルンカって名前の村だ。そこのとあるクエストでしばらく使える強い剣が手に入る!」
「おっけい!」
目的とその場所を確認し合った直後に街道のど真ん中にモンスターがポップする。
ダイアウルフ3体。
先程まで戦っていたはずなのに、この状況になって私の目には何処か恐ろしげに映る。
「っ!先行する!はぁ!」
前方でアベルが剣を抜くのを横目に私は槍を構えて突撃する。その最中にソードスキルを発動させる。
両手槍ソードスキル単発突進技【ディラトン】
助走も乗せた突進技は前方にいた1体のオオカミを刺し貫き四散させた。技後硬直で動けなくなっている私は、コルと経験値が入る音を耳にアベルの様子を見る。
「っ!?くそ!なんでだよ!」
先程の好調子とは打って変わり、1体のダイアウルフに苦戦しているのが見えた。そこへ2体目のダイアウルフが接近する。
「っ!アベル!右!」
「!うああ!」
目の前のオオカミに気を取られていたアベルは2体目のオオカミに側面からの攻撃を許してしまう。脇腹を噛みつかれたアベルからは血のように赤いパーティクルが溢れて消える。頭上に表示されたHPバーが見る見る減っていくのが見える。
「アベルから離れて!」
硬直の解けた私はアベルに噛み付くオオカミの頭にソードスキルではないただの突きを放つ。怯んで後ずさるオオカミに二度三度と技ならぬ突きをお見舞いした後アベルの格闘するオオカミへ一度の突きをお見舞いする。
「アベル大丈夫?」
「う、うぁ…」
私の文字通りの横槍で少し調子を取り戻したアベルはオオカミとの格闘を続ける。直後にアベルに噛みついたオオカミが戻ってくる。私に向かってきたソイツに対して槍を構える。
両手槍ソードスキル単発突き技【プレオン】
オオカミの突進の勢いと私のソードスキルの勢いがぶつかった結果、喉から胴にかけて私の槍に串刺しにされる。残り5割ほどだったHPバーが一気に消滅しオオカミが四散する。
後ろでもアベルがオオカミを倒した音がした。
「やったわねアベル!…アベル?」
振り返ると、そこには地面に膝をついて震えるアベルの姿があった。
「何で…どうして動けなかったんだ…さっきはちゃんとできたのに…どうしてこんなに…」
アベルのその呟きは嗚咽が混じっていた。頭上に見えるアベルのHPバーは残り4割。直ぐに回復しないとこの先が危なくなる。
「アベル…まずは回復しないと…」
「そ、そうだ…回復…回復しないと…えっと…」
震える手でメニュー画面を操作するアベル。ふと気になって自身に意識を向けると私の手も震えていた。手だけでは無い。全身が震えている。私のHPはまだ全快を保っている。まだ私は死に近づいていない。けど…
「な…なんで…これを飲むだけだろ…それでいいんだろ…なのにどうして腕が…」
震える手で持った回復ポーションを口に運ぼうとするアベル。でもそのための腕が上がらない。
「…手伝ってあげる。ほら」
「…ぐす…ひぐ…なんでだよぉ…」
嗚咽を漏らすアベルに後ろから抱きつく形でアベルの手を取る。ゆっくりとポーションを口元に持っていき手を傾けさせる。私に身を委ねたアベルが少しずつポーションを嚥下するのを感じ、それと同時に頭上のHPバーがジワジワもとに戻る。
「ごめんなさいアベル…今日は…」
「…行かないと…」
「でもアベル…」
「行かないとダメなんだ…」
「でも今は…」
「怖かったんだ…」
「え?」
「怒ったり泣いたりしてた…おれよりもずっとずっと大きな大人たちが…あそこに戻るのはイヤだ…だから行くしかないんだ…」
言われてハッとする。大の大人が集団で怒鳴り散らす光景はこの年ごろの子供たちにはあまりにも恐ろしく映るだろう。私でさえあの光景には身が竦むというのに。そこを配慮してやれなかった己の無力さを恨む。けれど…
「…わかったわ。でも無理しないように、ゆっくり行きましょう」
「うん…」
震える身体に心の中で鞭を打って立ち上がる私。
震えるアベルの手を取って立ち上がらせる。
最初の頃に見た頼もしさは鳴りを潜め、今は身体が縮んだことも含めてその背中はとても小さく見えた。
──私はこの子を死地に連れ出そうとしている。
自分たちが生き残るためとはいえ、平然とそんな事が出来てしまう私に驚く。けれど今の私にはこの子しか頼れるプレイヤーがいない。
仕方が無い。
ごめんなさい。
仕方が無い。
ごめんなさい。
そんな言い訳を心の中で並べ続ける。
──こんな大人になりたかったわけじゃなかったのに…
心のなかで詫びながら吐き気を堪え続けた。
アベルの足取りも重い。私の身体も少し重い。よくよく考えたらお昼を食べてから何も口にしていない。しばらく歩くと腹の虫がなり出す。このゲームにも空腹感があるらしい。そんなことまで現実に寄せなくてもいいと思うのに…
「お腹すいたわね…」
「ごはん…食べてないもんな…」
「…やっぱり戻る?」
「ダメ…」
「わかった」
自身から感じる空腹感を他所に、私たちははじまりの街から逃げるようにホルンカの村へと急ぐ。
辺りは闇に閉ざされる。このゲームが始まって最初の夜が来る。
自身に付き纏う死の恐怖に怯えながら闇の中を私たちは突き進んだ。
◆ ◆ ◆
同日19:30
同層
ホルンカの村
可能な限り最短距離を進んでは来たものの、空腹に加えて極力戦闘を避けつつ進んできたために村への到着がだいぶ遅れてしまった。
ここに来るまでにアベルも少しずつ落ち着きを取り戻していった。
そんなアベル曰く、件のクエストは1日に1回限定らしく今日はもう先に来たであろう誰かに先を越されているとのこと。
仕方なく我々は先に宿の部屋を取り、併設された酒場で腹を満たす事にした。
無事に部屋を取れた私たちは酒場の丸テーブルで顔を突き合わせながら今後の相談をする。
「さっき来た道のさらに奥の方にあるのがそのクエストを受けられるポイントなんだ。シズクが部屋を取ってたときに見てきたけど、やっぱり誰かがクエストを進めていたよ」
「そっか。ところでずっと聞き流してたんだけど、クエストってそもそも何?」
「あぁ、そう言えば話してなかったか。それは──」
アベルがより詳しく話しつつ私が頭の中で情報を組み立てると、この世界におけるクエストというものは以下の通り。
①モンスターを倒す以外にお金・アイテム・経験値を入手する手段。
②種類が多々あり、中でも多いのがお使いと魔物討伐。
③物によってはボスの情報が得られる。
「じゃあクエストってやり得なのかしら?」
「いや、そうでもないんだ。やたら時間のかかるのもあったり、その割に報酬がしょっぱいものもあったりだから『見かけたら必ずやっておけ』って言うのが案外少ないんだ」
「へぇ」
「まぁβテストではそうだったってだけで、今はわからないけど」
そんな話をしている内に料理が到着する。イノシシ肉とこの村で採れる木の実のスープだ。
「「いただきます」」
手を合わせて料理に舌鼓を打つ。スープの温かい食感が空きっ腹に染み渡る感覚。VRの味覚エンジンはここまで進化したのかと感心していると、アベルが私の前でスープの中身を木のスプーンで涙を流しながらかき込んでいた。
「ぐすん…うまい…うまいけど…お母さんのごはんが食べたいよ…」
「……そうね」
腹は満ちた。心も落ち着いた。しかしそれでも寂しさは埋められない。
私はその事実から目を逸らし続ける。でないと先のことを考えられないから。私たちはお互い余裕のない心を抱えながら食事を進めた。
「これからどうする?」
「今日はもう寝よう。明日のあさイチに例のクエストを受ける。その後に装備を整える」
「ここの店には何があるの?」
「はじまりの街より少し強い剣があるけど、おすすめはしない。俺が買うのは盾だ」
「あ、そう言えばそんな事を言ってたわね」
「いま思えば、その時の感覚が抜けてなかったからあんなことになってたのかもな…そうだシズク。スキルスロットはもう一つは何につかうんだ?」
「あ、そう言えばまだ空きがあったわね」
アベルに思い出す。私のスキルスロットは現在両手槍スキルがセットされているだけで、まだもう片方は空っぽだった。
「ここで取るスキルで今後の立ち回りが決まると思って良い。よく考えてくれ。おれは盾スキルが入る予定だ」
「私は何にしようかしら」
一覧を眺めていると気になるスキルを見つける。
【投剣】【索敵】【隠蔽】
この3つだ。
「【索敵】は文字通りのスキルだな。周囲にいるプレイヤーやモンスターの位置が分かる。熟練度を上げれば範囲が広がったり、派生スキルを手に入れることもできる。でもこんな序盤で取るのはやめたほうがいい」
「?どうして?」
「二人いればその分目が多くなる。そうすればモンスターからの奇襲だって気にならなくなる。だから今ここにいるおれたちにはいらないスキルなんだ」
「じゃあ【隠蔽】は?」
「単純におれたちが二人いるというだけでほとんど隠れることができないから。【索敵】スキルにはかからなくなるけど、この段階だと本当にそれだけ」
「えぇ…」
「最後に【投剣】だけど…これは武器を投げられるようになるスキル。他にも投げ針や投げナイフなんかの威力も上がるけど、今このタイミングだと武器を投げるなんて自殺行為だよ。武器だってタダじゃないんだから」
「うーん…そうなんだけど…」
ことごとくダメ出しされる。かと言って私には他に魅力的に映るスキルがここには見当たらないのもまた事実。
「……やっぱり私は【投剣】スキルを取る。使える手札は増やしたいし」
「そうか…ならここでも買えるものは多い。明日必要なものを買おう」
「うん」
私たちはメニュー画面を開き、各々必要と感じたスキルを空きスロットに入れる。
「そうだ、忘れるところだった」
そう言ってアベルはメニュー画面を操作する。
何をしているのかと思ったら、私の前にメッセージウィンドウが現れた。
『Abelからパーティー申請を受けました。受理しますか?』
メッセージの下には◯☓ボタンがある。
「いろいろバタバタしていて忘れてたよ。それで、受けてくれる?」
「もちろん」
アベルを連れ出した時点で私の心は決まっている。私は迷わず◯ボタンをタップした。
『Abelからのパーティー申請を受理しました』
メッセージが表示された後、私の視界の左上に私のHPバーの下にもう1本のHPバーが追加される。バーの横には『Abel』との表記があった。
「今は、こんなだけど…これからよろしく」
「私こそ頼りになるかは分からないけど、よろしくね」
すでに食器が片付けられたテーブル越しに私たちは握手を交わす。
先が見えない不安が私たちの身に重くのしかかる。そんな中にあっても『二人なら』と思うとほんの少しだ希望が持てる気がした。
◆ ◆ ◆
同日20:45
同層
ホルンカの村・宿屋
あれから部屋に入り必要な物や今後のレベル上げの方針を話し合っている内にアベルが船を漕ぎ出した。
「眠い?」
「うん…」
その声は本当に眠そうだ。私はともかく、まだ小学生のアベルはもう寝る時間が近い。
「もう寝る?」
「…寝るのが怖い」
「どうして?」
「……」
アベルは何も言わない。と言うか、言葉に悩んでいるみたいに視線を彷徨わせて口を開けたり閉じたりをしている。
「……今日は一緒に寝る?」
「い、いや…もうそんな年じゃないし…」
「そっか。でも寂しかったら言うのよ?」
「……それなら、寝るまで手を握っててほしい」
「わかった」
アベルは寝台に横になり備えられた毛布を被る。ちょこんと横から出てきた手が可愛らしい。両手で包むようにその手を握った。
「なんか…本当に姉ちゃんみたいだな…」
「私も、弟がいたらこんな感じだったのかな?」
「さぁ…?」
そう言って私たちは笑い合う。外の世界に置いてきてしまったものを必死に埋め合うように。
少ししてアベルの瞼が降りる。意外に寝つきがいい方なのか、次第に規則正しい深い呼吸がアベルから聞こえ始め、私の手の中からアベルの力が抜けていく。
私はアベルの手を毛布にしまってあげる。
「おやすみなさい。アベル」
もう夢の世界へ旅立ったであろうアベルにそう告げて私は部屋の外へ出る。鍵をかけて扉が閉まったことを確認してから私は宿を後にする。
「森の中とは言え意外に明るいわね…」
宿を出て空を見上げるとそこには満天の星空を模したような青白い発光群が目に入る。本物のように錯覚する世界の、プラネタリウムのように第2層の天蓋に映し出される本物ではない星空。星の配置も出鱈目だし、こんなに空はハッキリ映らない。
それでもその空を私はどこか美しいと思ってしまった。
「いろいろ見て回りましょうか」
もともと外へ出たのは私が前のMMORPGをプレイしていた時の癖だ。同じ街、同じフィールドでも時間帯によってNPCの行動パターンやポップするモンスターの種類。その他いろいろ変化していることが多い。
その差異を見極めて、今後の方針を組み立てるのが私は好きだった。今日はもうモンスターと戦う気力はないため、
「見慣れない人たちがいる?」
よく見ると頭上のカーソルの色が違う。確か緑色がプレイヤーで黄色がNPCだったはず。この様子だと先行したβテスターたちだろうか。
少し離れて様子を見てみる。
「っで、どうだった?」
「特に何も。目ぼしい情報はなさそうだ」
「つーことはここで受けられるクエストも目玉は変わらない感じか」
「どうする?レベル上げする?」
「やめとく。今はまだ情報がほしい」
私からは何のことだか分からないが、一応情報交換みたいなことをしていることは理解できた。とすると彼らはβテスター?
「ん?」
ふと、アベルが受けたいというクエストがある村の奥の方を見ると一人のプレイヤーが向かっていくのが見えた。ゲーム開始初日に強い剣が手に入るクエストを受けたプレイヤー。少し気になったので十分な距離を開けて後をつけることにした。
──あの子、一人?
こんな序盤でソロプレイなど無謀にも程があると思うが、きっと彼もβテスター。それでも切り抜けられるという自信があったのだろう。
──でも、なんだか小さな背中。
この村の店で買えるのかもしれないレザージャケットに、はじまりの街で買えるスモールソード背中に吊った出で立ちの少年。残念ながら距離を空け過ぎているためにそれ以上の詳しい情報は私には得られない。そんな彼の足取りはどこか重たげだ。
──小屋に入った。やっぱりクエスト受注者?
小屋につけられた窓を距離を空けてこっそり中を覗き見る。双眼鏡でもあればと思ったが、人よりも視力が良いと自負している私は気にせず実行。傍から見たら不審者丸出しだが、ここにはそれを咎める法的機関は存在しない。ほんの少しの罪悪感に胸をチクリとさせながら中の様子を見る。
──黒い剣。なんか強そう。
このクエストで手に入るという剣。一目見られただけでも収穫だと思った私はその場を離れようとする。しかし妙にあの少年が気になる。やっぱりどんな人物が先にこのクエストをクリアしたのかが気になった私は観察を続行。
……本当に不審者だこれ。
──お父さん、お母さん。ごめんなさい。私はどうやら悪い大人になってしまったみたいです…
どうやら別の部屋に入ったらしく、少し大回りをしてその部屋についていると思われる窓をめざす。
程なくしてそれを見つけると同じように覗き込んだ。
──あ…
そこに居たのは啜り泣く少年とベッドの上で身を起こして少年の頭を撫でるNPCの少女だった。
──帰ろう。
これは私の失態だ。少し気になったからと深入りするべきではなかった。私はそっとその場を離れもと来た道を引き返す。夜も更けてきて、村のNPCたちが店仕舞いや家に戻る様子が見える。
私もそれに習って宿の部屋に戻り、アベルの様子を見る。少し見ない間に何やら芸術的な体勢を取っている。
「…フフ」
その様子が少し可笑しくて思わず笑みが溢れる。アベルの毛布をかけ直して自分もベッドに入った。
私たちがこの世界に来て初めて迎える夜はこうして終わりを迎えるのだった。