2022年11月7日(月)06:00
アインクラッド第1層
ホルンカの村民家
「もちろん!おれたちに任せてください!」
「ありがとうございます…」
クエストNPCであるその人にアベルが返事をすると頭上のアイコンが変化した。これがこの世界でクエストを受けるという事らしい。
私たちは現在、強い剣を手に入れられるというクエストを受注するために1件の民家を訪れていた。
内容としては、娘の病を治すための薬の材料を採ってきて欲しいと言うシンプルなもの。
「それで『リトルネペントの胚珠』だっけ?そんなに難しいクエストなの?」
「難しいと言うかすごく時間がかかるし、めちゃくちゃ危ない。まぁそれはやりながら説明するよ」
「わかった。じゃあ装備を整えに行きましょうか」
私たちがこの時間に行動を起こしているのには理由がある。単純にこの時間でNPCの行動が夜パターンから朝パターンに変化するためだ。
店が開くし目当てのクエストの受注が出来るようになる。徹夜で行動していそうなβテスターも居ただろうが、どうやら彼らはここには来なかったみたいだ。
──なぜ?
「?シズク、どうしたんだ?」
「あ、ううんなんでもないの」
そんなやりとりをした後、私たちは武具屋と道具屋に向かって準備を始める。
まず最初に私たちが始めたのは、モンスターから手に入れていた素材アイテムは全て売り払って資金を作ることだった。と言うのも、私たちは今のところクラフト系のスキルを取得する予定がほぼ皆無なことと、これら素材を譲るアテがないためだ。このまま私たちのアイテムストレージで腐らせておくよりは、ここで軍資金に変えてしまう方がよほど有意義だろうとのことである。
そんなこんなで私はこれらから得た資金を元に初期の防具からアベルのアドバイスを受けて動きやすそうなレザージャケットに着替え、道具屋で投げ針と投げナイフをそれぞれ5本ずつと買えるだけの回復ポーションを補充。
アベルは新しい体防具の他に木製の盾を購入。これで片手直剣だけで戦うよりは遥かに安全な戦い方ができるとのこと。残ったお金で同じく回復ポーションを補充。
「シズクの持ってる投げ武器は場合によっては回収ができるけど、基本的には一回こっきりのつもりでいたほうがいい。変に回収しようなんて思わないでほしい」
「わかったわ」
こうして一通りの準備を終えた私たちはレベル上げを兼ねたクエスト遂行に
「「ゴク…」」
圏外。ここへ出たらモンスターの攻撃でHPが減る。昨日はほとんど気にもとめなかったが、こうして見るとやはり緊張する。
「…行こう」
「ええ…」
意外にも最初に足を進めたのはアベルの方だ。戦った先に死ぬかもしれないと分かっているのにそれでも彼は前へと進もうとしている。
本当は立ち止まってしまいたい私とは大違いだった。
「結構深くまで入るわねぇ」
「あんまり進むとリトルネペントよりも強いラージネペントの行動範囲に入っちゃう。そこは気をつけないとな」
「なるほどね…ところで、今日の目的はそのリトルネペントからドロップする『胚珠』なのよね?」
「正確には、そのリトルネペントの中でも滅多に見かけない頭に花を咲かせたリトルネペント、通称『花付き』だ」
「へぇ、それってあんな感じのやつ?」
「そうそうあんな感じの──え?」
私が指差す先にいたのは蔓をウネウネと蛸の足のように動かして地面を這うように移動するウツボカズラだった。目に当たる器官はないが、異様に大きな人の口のようなものを持ち、胴体の下部から伸びて宙を踊らせる二本の長い蔓は先端が鋭い剣のようになっている。おそらくそれを振り回して攻撃を行うのだろう。確かアベルからは口から強酸を吐き出す攻撃もあるとのこと。
「え?──は?」
アベルは二度見三度見。更に目を擦って確かめる。よほど自分の見た光景が信じられないのだろうか。
「そんなに珍しいの?」
「…と、とにかく行くぞー!」
と、そんなちょっと間抜けな掛け声でアベルと共にリトルネペントへ突撃する。すぐにこちらに気付いて二本の触手を振り回す。
「シズクはおれの後ろに!」
「ええ!」
言われた通りにアベルの後ろへ回る。振り回された触手がアベルの構えた盾に襲い掛かる。ガン!ガン!と立て続けに音がしアベルが少し後ろへ下がる。
「今だシズク!」
「分かった!」
アベルの合図で後ろから飛び出し、槍を横薙ぎに振る。再び触手が振るわれるが、少し前に出たアベルの後ろへ下がって回避。アベルの盾に触手が当たる。
その後同じように飛び出して斬撃。HPバーは残り4割を下回った。勝機とみてソードスキルのプレオンを発動。
弱点である脚と胴の繋ぎ目を貫かれた花付きリトルネペントは青い光となって四散する。その後経験値とお金が入るウィンドウの他にドロップアイテムのウィンドウも表示された。
出てきたのは『リトルネペントの胚珠』
「なぁんだ、案外簡単じゃない。はい、ドロップしたわよ〜」
「………納得行かねぇ」
私からキーアイテムを受け取りつつもどこか釈然としない様子のアベルだった。
◆ ◆ ◆
「こちらはお礼でございます…どうぞお受け取りください」
「ありがとう!大切に使わせてもらうよ!」
アベルがそう言って受け取ったのは、昨日も遠目から見た黒い剣だ。名は『アニールブレード』。サイズとしてはスモールソードよりちょっと大きいくらいだが、身長が130センチあるかないかくらいの彼が持ったら相当な大きさに見える。
「少し重いけど、とりあえずこれで一安心だな」
クエストをクリアしたことで私たちにボーナスとしてお金と経験値が入る。規定値を超えたのか、レベルアップのファンファーレが私たちの周りで小さく鳴り響く。
「へぇ、ここでのレベルアップってこんな感じなのね」
「レベルが上がれば基礎ステータスが上がる。けど忘れちゃいけないのがあって──」
ここでのレベルアップとは、一定の経験値を貯めればレベルが一段上がり基礎ステータスが上昇する。しかしそれに加えてもう一つ私たちが能動的に操作しなければならない部分がある。
アベルに言われるまま、メニュー画面からステータスタブを呼び出す。よく見るとステータスポイントと呼ばれるものが3つ付与されていた。
「そいつを今の自分やこれからの自分に必要となりそうなところに振るんだ。次のレベルアップでも同じようにするといいぜ」
「わかった、けどどうしたら…」
振れる項目は幾つかあるが、今の私に必要になりそうなものと呼ばれるとそれが分からない。
「やってることと言えば間合いを見てソードスキルを放って倒す、ってただそれだけなのよねぇ」
「だったらまずは力にすればいいんじゃないか?技の威力が上がる」
「じゃあまずはそうしてみるかしら」
付与されたステータスポイントを全て
「出来たわ。こんな感じ」
「……大の大人がそんな馬鹿正直に力こそパワーをやるとは思わなかった」
「い、いいじゃない!前やってたMMORPGとはなんか勝手が違うから!」
「まぁシズクがいいならいいんだけど」
実際、それはこのゲームを始めた時点で感じていたことだった。このゲームにおける攻撃は、言わば『当たれば当たる』という感覚だ。
より具体的には『見た目は攻撃が届いているのにミス扱い』みたいなことが存在しない。以前やってたゲームでは、疑惑のミス判定は結構あり苦労した覚えがある。自棄になって命中率の上がる装備品を何個も付けて攻撃力を犠牲にしたことが何度かあった。
しかしこのゲームではその操作性のためか、攻撃も回避も全てが見た目通りの結果が出るようになっている。『当たれば当たる』『当たらなかったら当たらない』ある意味わかり易く、ある意味ではかなり理不尽に感じる世界かもしれない。
「確かにシズクはかなり正確に攻撃を当てられる。事前に教えたリトルネペントの弱点への攻撃も正確だった」
「そうでしょ〜」
「ソードスキルも、一度構えを憶えたら戦いながらでも正確に発動できる」
「えっへん!」
「それを思ったら、確かに少し極端な振りをしてもいいのかもしれない」
そうアベルからお墨付きをもらい、暫くはSTR一辺倒で育成を始めてみることにした私なのだった。
「そう言えば、アベルは今日はちゃんと戦えていたわね」
「ああ…なんか今日は動けるみたいだった。思えばここでのおれって、元々は結構デカイ体をしてたからその時の感覚が抜けてなかったのかもしれない」
「あぁなるほど」
言われて納得する。なんなら当時は私が見上げる側だった。今は逆転しているが。
「でも、やっぱり怖かった。今日のおれ、一度も攻撃できてなかったし…」
「でも、タンクってそんなもんじゃないの?前のゲームでも守りに専念して一度も攻撃しない人とか結構いたし」
「おれの目標は、前へ出て戦えることなんだ。でもそれができなかった…攻撃を盾で受けるたびに伝わる振動が、本当に怖かった。変だよな…前はそんなことなかったのに」
「……」
この世界は所詮ゲームだ。簡単にダメージを受けるし、簡単に回復する。これがただの遊びだったら、アベルが怖がる必要はなかったはずなのに。
「今日はこの村でクエスト三昧と行かない?ちょっとこの辺りのモンスター強かったからさ」
「そうだな。じゃあ今日はそうするか!」
無理して外へ戦わなくてもいい。別にレベルを上げる手段はそれだけではないのだから。
「そうと決まればちょっと面白いクエストがここにはあるんだ!畑の収穫の手伝いに行こうぜ!」
「なにそれ面白そう!」
こうして私たちはその日一日をホルンカの村でクエストを漁り尽くした。畑の収穫にはじまり、NPCの子供たちと隠れんぼ、鍛冶屋の材料調達、木の伐採まであったのは驚きだ。
そうして思った以上に充実していたクエストを
◆ ◆ ◆
同日16:30
同層
ホルンカの村宿酒場
本日の成果。
私 :レベル1→3
アベル:レベル1→3
取得品
・アニールブレード
・良質な鉄鉱石
・ホルンカの村特産品の食材セット
・子どもたちが拾ったダイアウルフの牙
・2人合わせて8,000コル
・リトルネペントの触手
etc.
「結構いいペースでレベルが上がるのねぇ」
「もうこの村でできることはやり尽くした感じだな」
「じゃあ次の街か村に拠点移す?」
「いや、レベル上げをする。元々はそれが目的だったし」
「うん、分かった」
この日は本来『花付き』リトルネペントを探しつつ普通のやつを狩り続けてレベルとスキル熟練度を上げる予定だった。しかし想定よりも早く見つかってしまったために今日はクエスト三昧となったのだ。
「で、明日はモンスター狩りなのよね。ターゲットは?」
「やっぱりリトルネペントだな。こいつをひたすら狩りまくる。この辺りのモンスターの中では一番戦いやすいからな」
「花付きが出たら?」
「そいつは放置。おれたちの他にあのクエストを進めている奴から変な誤解されたくない」
「おっけい」
「つーわけで、今日は結構金が入ったし豪勢に行かないか?」
「といってもここじゃ大したものは──あ」
──あっちゃったよ。巨大川魚の姿焼きにアヒル丸々一羽。その他諸々。
「な、なぁこれ…!」
「言わなくてもいいわよアベル…こんなのリアルじゃとても手が届かないものね…!」
「い、今のおれたちの手持ちって…!」
「十分行けるわよ!」
「店員さーん!」
「はーい!」
アベルの呼びかけに応えてNPCの店員が来る。
「この『ギガントアローナの姿焼き』ってのお願いします!」
その瞬間店員の頭上にクエスト発生のアイコンが表示された。アベルも驚いた表情をしているため、これは初めて見るのだろう。
「申し訳ありません…ただいま材料を切らしてしまっておりまして…」
「え?じゃあ今日は食べられない?」
「と言うのも、つい先日この村一番の腕を持っていらした釣り師の方が亡くなられまして…仕入れができなくなってしまったのです…」
「それは…お悔やみ申し上げます」
──とすると、釣りスキルを持ったプレイヤーが必要になるか…
そう思って何となくスキルスロットを見るとちょうど一つ空きがある。もしかしたら、さっきレベルが上がった時に増えたのかもしれない。
──………ふむ。
「どうしたんだシズク?」
「…………ねえアベル?」
「な、なんだ?」
「世の中ってね、最初に心の余裕を無くした人から負けるようにできているの」
「そ、それがどうしたんだ?」
「だからね」
私は徐に空きスロットをタップしてスキルリストを開く。
「これを期に新しい趣味を始めようと思うの」
「っ!待てシズク!早まるな!」
「いいや限界よ!押すわね!」
アベルが私の手を止めようと腕を伸ばすが間に合わず。私の3つ目のスキルスロットには【釣り】スキルが追加される。
これで私は名実ともに釣り師と相成った。
「私が獲ってきます!」
その場の勢いを持ってそう言うと、店員の頭上のアイコンがクエスト受注に変化した。
「本当ですか!嬉しいです!父も喜びます!」
「ただ、その前に腹ごしらえをさせてほしいの、これ良いかしら?」
「もちろんですとも!父に頼んで半額にしてもらいます!」
「やった!」
「あーあ…ホントこの先どうなっても知らねぇよ?」
「甘いわねアベル!ここはゲームの世界!ならとことん楽しむまでよ!」
『クエスト【失われた美味を求めて】を受注しました』
私たちの会話が終わったのを見計らってか、メッセージウィンドウが現れる。βテストでも出なかったらしいクエストに内心ワクワクが止まらない。
そうして私たちは軽めの腹拵えにとフィッシュアンドチップスを注文する。NPC店員の宣言通り半額で堪能させてもらった後店を後にする。
道具屋で釣り竿と釣餌を購入してからメニュー画面のマップに表示されたクエストマーカーの指し示す場所へと向かっていった。
◆ ◆ ◆
同日16:50
同層
ホルンカの村近辺の森林内河川
私たちはホルンカの村から出て暫く歩いた先にある広々とした川にたどり着く。森の中でも川のおかげで空が開けているためか、闇が覆い始めるこの時間であっても不思議と圧迫感はない。
流れも穏やかで、如何にも『魚がいる!』と言う気配があった。
「このあたりが例のポイントみたいね」
「ホントなんでこんなことに…ここは安全地帯ってわけじゃないみたいだから、おれが見張りに立つよ」
「お願いね」
ホルンカの村からそれほど離れているわけではないとはいえここは
「さてと…えーと…どうやるのかしらこれ?」
アイテムストレージから釣り竿を選択して実体化させる。初期で手に入る釣り竿だからか、竿の先端に糸が垂らされているとてもシンプルな作りをしている。
「リアルじゃ一度もしたことがないから、実はちょっと楽しみだったのよねぇ〜…うわぁ、釣り餌って芋虫の事だったのね」
「へぇ、おれのクラスだと家族に連れてってもらったって話があったから結構行ってるもんだと思ってた」
「私のリアルはとても忙しかったのよ…っととこれで良いのかしら?」
説明通りに釣り針に餌を付ける。針に刺されてもまだピクピク動いている様子は少し可哀想に思うが、これも我々の糧のため。クエスト達成のため。残念だけど犠牲になってもらうのだ。
「私の爆釣伝説は…ここから始まる!」
「なんか言い出したよこいつ…」
そう言って私は釣り竿を振り、釣り針を川に投げ入れる。ポチャッと小気味よい音が風に揺れる木の葉の音の中に響いた。
水面にプカプカと揺れる浮がなんとも可愛らしい。
「そう言えば、どうしてこんな秒で決断できたんだ?相手はきっと大物だぞ?」
「うーん…単純にこのタイミングで受けられる事に賭けたからかしらね」
「と言うと?」
「ここはゲームの序盤である第1層。その更に序盤であるはじまりの街の次の村。そんな場所に用意されるクエストなら、まだスキルやレベルが育ちきっていない私たちでもなんとかなると思ったのよ」
「そんなうまい話があるか?ここはソードアート・オンラインだぞ?」
「遊びではなくてもここはゲームよ。そこら辺のバランス調整は出来ていると思っているわ。この辺でも所謂『極端に強い敵』っていうのは居なかったし『そいつを討伐してこい』みたいなクエストもなかったからね」
「でもまだ分かんねぇぞ?この先本当に強い敵がいるかも知れねぇし」
「まぁその時はその時よ。っと、ヒットしたわ!」
浮が沈み竿が引っ張られる感触が伝わってくる。
確か説明だと、直ぐに引き上げようとせず最初は魚の動きに逆らわないこと。ある程度の弱らせたところで一気に仕掛ける、だった筈だ。
「ほら!ほらほら!」
魚の動きに合わせてグイグイと左右に竿を揺らす。時々フェイントを混ぜて引っ張り上げる動作も混ぜて魚を翻弄する。
「やべぇ、なんかドキドキしてきた!」
「ここで仕掛ける!行っけぇ!」
動きが遅くなったところで一気に引き上げる。最後の精一杯の抵抗なのか、今までよりも高い負荷が竿にかかるが問題ない。魚影が水面に濃く浮かんだところで──
「フィーーーーッシュ!!」
確か、釣り上げた時にはそう叫ぶものだと教わっていた。我ながらテンションが高くて驚く。
「やったなシズク!」
「えっへん!どんなもんよ!」
「でもこれ…狙ってたやつとは違うよな?」
「まぁそうなのよねぇ…」
残念ながら釣り上げたのは『ホルンカアユ』と呼ばれる見たまんま
「さあ!まだまだやるわよ!」
「なんかおれも楽しみになってきた!」
そうして暫くの間、順調に釣果を上げ続けた私達であった。
◆ ◆ ◆
同日17:15
同層
同所
これまでの釣果。
・ホルンカアユ6匹
・タイガーマス3匹
・カープ4匹
・ミニシュクラブ7匹
「釣れない…全っ然釣れない…」
これまで何度もトライしてきたものの、来るのは鮎にサワガニに鯉にマス。ギガントアローナのギの文字も出てこない。喰い逃げもそこそこ発生しており、道具屋で買った釣り餌も底をつきかけている。
「なぁ、本当に釣れるのか?」
「少なくともクエストマーカーはここを指しているわね」
「でも全然釣れないじゃん?」
「今どうすればいいかを考えてるの」
しかしこれといって妙案があるわけじゃない。釣れば釣るほど、考えれば考えるほどにドツボに嵌って行く負のスパイラル。次第に苛立ちが募る。
「ちょっと聞いてもいいか?」
「なーに?」
「うわめっちゃ機嫌悪そう」
「そりゃここまで成果がないとそうなるわよ…それでどうしたの?」
「どうしてそこまでこだわるんだ?」
「あぁ…」
そう聞かれたなら少しは冷静にならないといけない。私は大人だからその辺の感情のコントロールはできる。出来ないといけない。
「アベルはさ。一見クリア不可能に見えて実際にはクリア可能なゲームと、一見クリア可能に見えて実際にはクリア不可能なゲーム。どっちをやりたい?」
「え?そりゃクリア可能なゲームだろ」
「そうよね。じゃあこの世界はクリア可能に見える?」
「そ、そりゃ…」
アベルはそこで言葉を濁す。
「見た目には不可能に見えるわよね?今私のやってるこのクエストと同じように」
「でもこのクエストとこの世界は別だろ?」
「例えばの話よ。一見不可能に見えてもどこかに必ず攻略の糸口はあるはずなのよ」
「でも、そんなものは…」
アベルの言葉が途切れる。私も先の長すぎるこの世界にどのような活路を見いだせるのだろうかと考えることがある。まだまだ遠い未来の話だと言うのに。
「それで、さっきの質問の答えになるかはわからないけど、これは私にとっての願掛け」
「願掛けって?」
「花占いみたいなものね。花弁を1枚ずつ外してやるアレ。これをクリアできなかったらこの世界が無理ゲーだと認めるようなものになっちゃう…」
「そんな、こんなクエストで」
「そんなくだらないクエストだからこそよ。大人ってのは何かとこういう事をして心の平穏を保ちたくなるものなのよ。それに結構美味しそうだったし、アベルも食べたかったでしょ?」
「まぁそうだけどさ」
それから会話がなくなる。再び釣り針に魚がかかったが、釣れたのはやはりアユだった。
「あ〜あ、アハハ…またハズレ。ここまで来るといよいよ笑えてきちゃうわね…」
「そう言えばさ」
「ん?どうしたのアベル?」
ふと何かに気が付いたようにアベルが口を開く。
「アローナって何?」
「あぁ。まぁ言ってしまえばアロワナのことよ」
「アロワナって?」
「上向きに口がついた、高いジャンプ力を持つ肉食の淡水魚ね」
「何を食べるの?」
「主に水面にいる虫とかを食べるらしいわね。確か他にもエビやカニ…ああ!!」
「な!?どうしたんだよシズク!」
「なんで今まで気付かなかったのよ私!」
「何だ!?なにか分かったのか!?」
「カニを餌にしてなかったのよ!」
アイテムストレージに入っている『ミニシュクラブ』を長押しして説明文を開く。思った通り釣餌に転用可能だった。
「よし!」
早速実体化して釣り針に通す。もう何度も芋虫を通したため釣りエサを付けるのも慣れたものだ。
「ここからが私の爆釣伝説の新たな幕開けだ!」
「またなんか言ってるよ…」
慣れた動作で竿を振り上げ、釣り針を川へ投げ入れる。熟練度を上げたお陰なのか、動作が少しずつスムーズになっているように感じた。
「えへへ…待っててね〜アロワナちゃん…」
「あぁ…とうとうシズクがぶっ壊れた…」
それから程なくして魚がかかる。
「うぇ!?ちょ!?」
──お、重い!?なにこれすごい重い!
今までに感じた事のない力で竿が引かれる。
レベルが上がって力全振りにステータスを上げた私を川中へと引きずり込もうとする。私は川に落ちないように踏ん張るだけで精一杯だ。
「どうしたシズク!?」
「こ、これすごい重いんだけど!ちょっとアベル助けて!」
「わ、わかった!」
駆けつけたアベルが一緒に竿を持ってくれたおかげで多少は楽になる。しかし依然として魚との攻防は続く。防戦一方だったのが、アベルを加えたことでようやく勝負の土俵に上がれたようなものだ。
「おいおいっ!マジかよこれ!」
「こ、これ竿の耐久力大丈夫かしら!?」
「店にはこれしかなかっただろ!ならこれで釣れるんじゃねえのか!」
「もうそう信じるしか無いわね!」
それから長い間私たちと魚の勝負は続く。私たちの気力と竿の耐久力。そして魚の体力と筋力との勝負だ。これで私たちのHPバーが1ドットも減らないのが不思議なくらいに私たちの消耗は激しい。釣り竿は買い替えたほうが良いだろうか?
長く続く勝負の間にそんな事を考えていた。
「っ!今よ!」
「せーの!」
「どおおおりゃあああ!!!!」
一瞬力の弱った隙に一気に勝負を掛ける。私たちが川に引きずり込まれないように真下に置いていた重心を一気に後方へ傾ける。
──ザッパーーン!
そんな大きな音を上げてその魚は釣り上げられた。
「キシャーーーー!!!!!」
独特な奇声を発しながら現れたそれは、空中遊泳をする体長2メートル近くに達する超巨大アロワナ。っていうか魚型モンスターだった。
「「はあーーーー!?!?」」
頭上のHPバーの隣には『Gigant Arowana』とある。どうやらこれが目的の獲物だだたらしい。
「モンスターだったなんて聞いてないわよ!?」
「と、とにかく戦闘準備!」
「え、ええ!」
アベルの号令で各々武器を構える。しかしその間にアロワナの方も攻撃準備を済ませていたようだ。
口元に何か青いエフェクト後集まっているような…
「っ!?まずい!シズクはおれの後ろに!」
「え!?うん!」
急いでアベルの後ろに回り込んだその瞬間に私がいた地点に何かが飛んできた。地面が湿っていることから水鉄砲みたいなものと推測。しかし着弾地点が異様だった。
「み、水鉄砲ってクレーターができるの!?」
「まともに受けたらヤバい!とにかく散るぞ!」
その後もアロワナから2発3発と水鉄砲が発射される。そのたびに周囲の環境が盛大に破壊されていく。やがてそれらを撃ち尽くしたのか、アロワナはソードスキル発動後の技後硬直みたいな状態になった。
「今だ!」
「どぉりゃああ!」
それぞれ手持ちの武器でソードスキルを発動する。私の全体重を乗せた【アクシオン】がアロワナのHPバーを3割ほど削る。そこからアベルが見慣れない構えを取ってソードスキルを放つ。
片手直剣ソードスキル単発斬撃技【スラント】
斜め上方向から袈裟気味に軌道を描いたその斬撃は黄緑色のライトエフェクトを伴って弧を描く。それが直撃した途端アロワナは残ったHPを半分以上削られ小さく悲鳴を上げた。
「すごい強い!武器が強いとここまで変わるの!」
「おれもびっくりしてる!」
そんな事を話しているとアロワナの方も硬直が解けたらしい。長い体を器用にくねらせて鞭のように尾ビレを私たちに叩きつける。すぐに盾を構えたアベルの後ろに退避した私だが。
「うおっ!!ちょっとやべぇなこれ」
「いたた…大丈夫!?」
「直撃はまずい!」
盾で防御したアベルでさえ大きくノックバックし、更に2割以上のHPを削る衝撃。私もその巻き添えを食らって1割ほどのHPを削られる。しかもそれは技ではないただの攻撃だったようで直ぐに第2撃が来る。
「避けろ!」
「っ!」
頭上と左右からうねるように飛んでくる尾ビレ。叩きつけられる度に砂塵や
それらの攻撃が高速で空中遊泳をしながら飛んでくるため、こちらは
「やってやろうじゃない…!」
ここに来て初めて強敵というものに出会った。ポーションを飲みつつ目の前の敵に集中する。まず尾ビレにだけは当たったら終わり。まともな防具を身に着けていない私は当たればタダでは済まない。たぶん即死しなければ良い方だ。砂塵も怖い。もともと川岸なんて足場が不安定な場所で戦っているからだ。
けれどその緊張感が脳を活性化させる。いつ以来だろうか。これほど目の前の出来事に集中出来たのは。部活?受験?それとも就活?どれも大したことはしていないと思う。やるべき事をやる。それに対して正当な結果が返ってくる。いつもそれだけのことだった。でも今はどうだろう。この感じはどこかであったのだろうか?
目の前でアロワナが体をくねらせる。
──来る!
左からくる尾ビレ。大きく後ろに跳んで避ける。その際に槍の穂先を置いて勢いを利用したダメージを与える。アロワナが移動をして今度は上から。石礫が飛んでくるので大きく横へ跳ぶ。少し当たったがさっきよりは威力を抑えられた。右上から噛みつき攻撃。攻撃が来る方向へ向かって前転。ここなら避けられるし石礫も飛ばない。ガラ空きの胴体に攻撃。僅かながらダメージを与える事に成功。
このように攻撃の合間に発生する僅かな隙を見つけて技ならぬ突きをお見舞いしてダメージを蓄積させる。
──速く!もっと速く!
思考を回す。回し続ける。敵の位置。敵の動き。立ってる場所。アベルの様子。それらすべての情報を精査し、最適解を出そうとする。
水鉄砲の予兆は分かる。対処に問題はない。尾ビレ叩きつけ。体のうねり方次第。噛みつき攻撃。一番厄介。とにかく速い。捕まったら終わり。回避。困難。動き続けることで対処。足場。目視しかない。砂塵。直前の地形を憶えるしか無い。アベル。ポーションで回復中。周りの敵。無し。目の前に集中出来る。
世界がゆっくり進む。次にどう動けばいいかが何となく分かる。避けて避けて避けて隙を見つけて攻撃。すぐ離れてまた避けて避けて避けて攻撃。避けて避けて攻撃。HPが減ったら隙を見てポーションを一気飲み。タゲを私が取り続けたおかげでアベルが復帰できそう。たぶん切り札はあの子。
そんな調子で数十秒ほど経っただろうか。私にとっては気の遠くなりそうな程の長い時間それを繰り返していると、痺れを切らしたアロワナが再び水鉄砲を放とうとする。
「させない!」
攻撃を止めたことを好機とみて懐に手を入れる。
ジャケットの内側に忍ばせていた投げナイフをアロワナの口腔内狙いを澄まして一息に投げる。
投剣スキル単発速攻技【シングルシュート】
刃先がアロワナの喉奥に綺麗に刺さり、アロワナのスキルが不発に終わる。その際に盛大に怯んで大きな隙ができる。
「今よアベル!」
「了解!」
後方でHPを回復させて戦線に復帰したアベルがその勢いに任せて飛び上がり、上段から勢いよくソードスキルを放った。
片手直剣ソードスキル単発斬撃技【バーチカル】
黄色のライトエフェクトを纏って放たれたその技は、落下の勢いもあってかアロワナに残されたHPを瞬時に削り取り、その身体を両断する。ギガントアローナは断末魔の叫びを上げて青い光となって四散した。
周囲に他のモンスターがいないことを確認して私達は緊張を解く。あまりの疲労に私は槍を支えに両膝を地につけてしまった。
「か…勝ったわね…」
「あぁ…そうだな…」
「ドロップ品は?」
「さっきの奴のそのままストレージに入ってる…」
「そう…」
まともに会話ができる気がしない。ものすごく脳が疲労している。暫く動けそうにない。
「アベルは無事?」
「問題ねぇ…むしろシズクが大丈夫かよ?」
「ちょっと動けそうにないかも…」
「しばらく目をつむれ。頭を休めるにはそれがいい」
「そうさせてもらうわ…」
少しの間めを瞑って視界に入る情報を全てシャットアウトする。脳にかかっていた負荷が少しずつ落ち着いてきたのを見てゆっくりと瞼を開ける。
「そろそろ帰りましょうか…」
「そうだな…1日の最後に思ったより疲れた」
目的のものを命懸けで入手した私たちは、なんとも言えない空気の中帰路についた。日は完全に落ち、森は闇に飲まれ始める。私たちがここにきて二度目の夜が訪れる。
◆ ◆ ◆
2022年11月7日(月)18:00
アインクラッド第1層
ホルンカの村宿酒場
「まさか本当に釣って来てくれるなんて思っても見ませんでした!もう何人もの剣士様たちが返り討ちにされてきたので諦めかけていたところなんです!早速父に届けたいと思います!それとこれは個人的なお礼ですので遠慮せず受け取ってください!」
「あ…アハハ…あリがとう…大事にするわ…」
『クエスト【失われた美味を求めて】をクリアしました』
そのメッセージウィンドウが表示された後に私たちパーティーに報酬が分配される。同時にNPC店員の頭上のアイコンが通常に戻った。
「ではお約束通りに【ギガントアローナの姿焼き】を早速調理して参ります!父が!お代は結構です!父がもう張り切ってますので!」
「そ、そう…じゃあいただくわね」
──もう何でもいいから好きにしてほしい……
そんな言葉は心のなかでグッと飲み込み、疲労困憊の中で愛想笑いを浮かべつつNPC店員とのやり取りを進めた。
周りのプレイヤー達もなんだなんだとこちらをチラチラ見てくる。正直ちょっと落ち着かない。
「それでシズク。何もらったんだ?」
「私たちに分配された経験値とお金と…後は私に、と言うかパーティー内の釣りスキル保持者に報酬として何かアイテムがあるわね。コレは…釣竿みたい」
「武器とかじゃないんだな?」
「そうみたいね」
タップして調べると『インバイトアングラー』と書かれている。意味としては『招き釣り竿』と言った所だろうか。店売りの釣り竿よりも遥かに性能の良いものが手に入った。レア魚の食い付き率上昇と食い逃げ防止に多少のボーナスがかかるらしい。
「これはいよいよ私の爆釣伝説が始まるわね…」
「序盤でこんなことして後でどうなっても知らんぞ?」
「でも結果として金策にもなるからいいじゃない」
「言われてみりゃそうか」
釣った魚を調理するアテのなかった私たちはそのままこの宿酒場に卸す形で売却した。おかげで懐は潤ったし、この店もしばらくは魚料理に困らないことだろう。また魚が少なくなった時期にクエストも発生するだろうし。
「そう言えばレベルも上がったわね」
「あのアロワナと今回のクエスト達成で経験値もガッポリだったしな!これはチョロい予感しかしないぜ!」
「そんなふうに調子に乗ってたらあなたいつか死ぬわよ?」
「それはシズクに言われたくない」
「それもそうね」
実際ちょっと調子に乗っていたところはあると思う。
これは後になって知ったことだが、このクエストは受注後に村人たちからある程度情報を集めた上で入念に準備を整えていく必要があったそうなのだ。その際に目的の『ギガントアローナ』が実はモンスターだったという情報も得られたのだそうだ。
釣りスキルだけを持ってりゃいいや、と思っていた私には痛恨の極みだった。もっと安全に進められたとか、何なら直ぐにでも釣り上げられたのかよとも。
「そして今回の戦いで分かったことが一つあります」
「なんだ?」
「今の私には…速さが足りないと!」
「ほうほうそれで?」
「だから今回のボーナスは速さに振ります」
「ならおれは体力に振ろうかな」
そうして私達はそれぞれステータスタブを開き、ポイントを振っていく。
私は主にAGLとSTRに。アベルはSTRとVITに振っていった。やはり攻撃力は大事なのだと。先の戦いでは私自身の火力不足も痛感した。
「新しい槍ってないのかしらねぇ…」
「この層では聞いたことないな。
「でもなにかいいのってなかったりするかしら?」
「店売りだともう少し先だけど結構高い。後はモンスターからのドロップしかねぇな。聞いたことはないが」
「望みは薄そうね…」
そんな会話を進めていると酒場が
「大変!長らく!!お待たせしましたー!!!こちら『ギガントアローナの姿焼き』です!!!!」
「「デッッッッッッ!?!?!?」」
昨今でもなかなか見ないような、と言うかこんな村の酒場のどこにあったんだ?と言いたくなるようなとてつもなく大きなワゴンに乗ってそれはやって来た。
元々が体長2メートル近くに達する巨体。焼かれて多少は身が縮んでいるようだがそれでもその圧倒的なデカさは健在。五等分六等分にしても尚、人一人が食べきるにはあまりにもボリュームがありすぎる。
そんな巨大魚の姿焼きがこの酒場のテーブルを埋め尽くした。
「そ、そう言えば姿焼きだったわね…」
「おれは…これを食べようとしてたのか?」
「にしたってこれは罠でしょ…」
だが目の前から漂ってくる香ばしい匂いは軽食をとって暫く置いた私達の胃袋を大いに刺激する。空腹感まで伴ってきた。
ぶっちゃけた話、勢いのままに齧り付きたい。
「ちなみに先ほども申し上げた通り、今回に関してはお題は結構です!父も大変喜んでおりましたから!また機会がありましたら依頼をさせていただきますので、どうかよろしくお願いします!」
「わ、わーい!嬉しいなあ!」
「声震えてるぞシズク」
──もうこうなりゃ自棄だ!この喜びのままにかぶりついてやる!
「いただきます!」
「あ!抜け駆けすんなシズク!」
「っ!?こ、これは!?」
パリパリに焼かれた皮、プリプリな白身、香草の中から漂う油の匂い。フォークを刺した瞬間に感じたのは微かな弾力。しかしそれは生焼けというわけではない。身にはしっかりと火を通してあるがそれでも尚引き締まった肉体。口に入れると抜群の歯応えが返ってくる。大量の唾液が分泌され、身が柔らかくなるまで何度も咀嚼を重ねる内にその奥深くに眠る極上の旨味が私の舌で踊り出す。
気が付けば私の口内から身が消え失せる。あの感覚をもう一度。もう一度と繰り返す内に私の目の前にあった皿は空っぽになっていた。
端的に言って、これまで食べてきた魚の中で抜群に美味い。
「生きてて…よかった…!」
「そ、そんなにか?」
「これを全部食べきれないと分かっているのが勿体ないくらいに…」
「そうか…そうだ!」
アベルが何かを思いついたらしく急に席から立ち上がる。
「ここにいる幸運な野郎ども!今日はおれらの奢りで今日ここに来たやつ全員にこの超うまい料理を食わせてやるぜ!!さあ遠慮すんな!!!」
それを聞いたプレイヤー達はお互いに顔を見合わせる。ヒソヒソと何事か相談しているようだが、そんな中一人のプレイヤーが私たちの方に近づいてきた。
「なァお嬢ちゃんに坊や。それは本当に貰っていいのかナ?」
独特のイントネーションで話す小柄なプレイヤーだ。フード付きのマントを着ているため素顔は見えないが、声の高さから女性だと当たりをつける。
「ええ、いいですよ。もう私たちだけでは食べきれませんので」
「そっか。そんじゃあ遠慮なくいただこうかナ」
そう言ってテーブルに近付いたそのプレイヤーはフォークを手に姿焼きを切り出してパクリ。よほど衝撃だったのか、思わず飛び上がってしまっていた。その拍子に私からフードの中が見えた。目を輝かせていたその顔はやはり女性のもの。しかし何より特徴的だったのは頬に描かれた三本のヒゲのような線。体躯も相まってその様はどこか小柄な齧歯類を彷彿させた。
「美味え!何だこれ超美味えぞ!おいホントにこれタダで貰っていいのカ!?」
「おう!遠慮すんな!食え食え!!」
「おい聞いたかおめえラ!ここで引いたらオレっちが全部食っちまうゾ!!」
それを受けてこちらを遠巻きに見ていたプレイヤーたちも1人また1人とアロワナに食らいつく。最初は恐る恐る口に運んでいたプレイヤーたちも、いつの間にか口に料理を運ぶ手が止まらなくなったようで少しだけ静かだった酒場が一気に賑やかになった。
「おい美味えなこれ!」「だよなだよな!」「これがタダって嘘だろ!?」「もうリアルじゃ飯食えねぇなこれ」「よく見たらメニューに書いてあるな」「じゃあなんでタダなんだ?」「そんなことよりまずは食うぞ!」「もう味のしない黒パンに戻れる気がしねぇ…」
大好評である。ここに集まっていたのはたったの10数人。それぞれ目的もあるだろうし、やらなきゃいけないこともたくさんあっただろう。でも今はここで同じ卓を囲んで一時の安らぎを楽しんでほしいと心の底から思った。
「いやァ、満腹満腹。ご馳走さン。こんな美味い飯をSAOで食べたのは初めてだからサ。柄にもなくつい興奮しちまったヨ。ありがとウ」
「どういたしまして。私はシズクって言います」
「おれはアベル!よろしくな!」
「シズクにアベルね〜なるほどなるほド……ってアベル!?」
急に大声をあげたそのプレイヤーに私たちは少しのけぞる。周囲の賑わいにより、周りはあまり私たちを気にしていないようだ。
「ど、どうしたんだよそんな大声上げて?」
「え!?お前本当にアベルなのカ?オレっちの聞き間違いじゃなくてカ?」
「あー…なるほどそういう事か」
「どうしたのアベル?」
「たぶんコイツはおれと同じβテスターだ。この雰囲気だと名前は確か──」
「待った待った!ここから先はオレっちに自己紹介させてもらうヨ!」
そう言って彼女はゴホンと咳払いをする。そして少しだけフードを持ち上げて話し始める。
「改めて、オレっちの名前はアルゴ。昨日から情報屋としてこのゲームを駆け回っている者だヨ。これからよろしくナ」
「情報屋さんですか。それは今後も頼りにさせてもらいたいと思います!」
「気をつけろよシズク、コイツは売れる情報なら何でも売るようなやべぇやつだ」
「え?」
「オイオイ、お前さんがオイラにそんな事を言ったことも今商品棚に追加させてもらうゼ?」
「ほらこういう奴だ」
「な…なるほど…」
──βテスターって、こんな癖のある人たちばかりなのかしら?
「それで、早速商談なんだけど良いかナ?」
「と言いますと?」
「今回君達が達成したと言うクエストに関する情報を売ってほしいんダ。もちろんタダでとは言わないヨ」
「えっとそれは良いんですが、どうしてこんな話を?」
「さっきも言った通りオイラは情報屋ダ。今回動いているのも情報収集の一環でナ、βテストとの差異を色々と比べている最中なのサ」
「βテストとのさい?なんだそれ?」
ここでアベルが疑問を口にする。何となくアルゴの言っている意味の分かった私が横から解説する。
「正式サービスはβテストとは違った調整がされているかもしれないってことよ」
「は!?なんでそんな事を」
「このゲームの公平性を保つためでしょうね」
「公平性って?」
「オイラもそれには同意見なんだヨ。アベルはさ、今このゲームで一番優位に立ってるプレイヤーは誰かナ?」
「そりゃβテスターだろ?」
「でもそれってズルくねぇカ?ここに来た約一万人のプレイヤーの内、たった千人がこの先の金や経験値、ダンジョンの宝箱を独占するってのはヨ」
「あ…そうか…」
アベルもようやく納得したらしい。アルゴは話を続ける。
「そんなズルを働かせない為に、このゲームはβテスト時代とはまた違ったバランスの調整がされていると思ったわけヨ」
「今回私たちが達成したクエストも、その差異の発見の一環なのかしら?」
「新規実装クエストは差異の発見としても新鮮な情報としてもどちらでもオイラにとっては美味しいわけヨ。魚も美味かったしナ」
そんな話をして話を一旦仕切り直す私たち。
「それで教えるのは良いのですけど、タダではないとおっしゃってましたよね?」
「そりゃ勿論。けど生憎オレっちも他プレイヤーの例に漏れずロクな持ち合わせがなくてナ…だからこの第1層がクリアされるまではオレっちの裁量でシズクとアベルには情報量を割引してやろうと思うのサ。どうだイ?」
「えっと…アベルはどう?」
「そりゃうれしい話だ。こいつの情報はめちゃくちゃ信頼できるからな。いいぜ、その話乗った」
「毎度ありィ〜。じゃあ早速話してもらおうかナ」
「わかったわ。このクエストは──」
それから私達は今回達成したクエストについてその一部始終を詳細に話した。アルゴはその話を真剣な顔付きでメモを取っていく。ところどころ分からないところはアルゴから質問が来て私たちはそれに対しても思い出せる限りで答えていく。15分くらい経っただろうか。アルゴはようやくペンを置いた。
「フー…なるほどな…まさかモンスターを釣り上げるクエストだったなんてナ…1体からアレだけの量がとれるなら納得ダ。コレは知らずにクエストを進めると大変なことになってたヨ。お手柄だナ、君達」
「正直死ぬかと思いましたけどね…」
「ホントよく勝てたよな」
「いやァおつかれー。ただ、クエスト報酬については初回限定とかもあったりするだろうから、この辺については伏せさせて販売させてもらうヨ」
「そうしてもらえると助かります」
一通りやりとりが終わった後にアルゴは大きく伸びをする。
「もしかしたらこの第1層を突破した後もお世話になるかもしれないわね。アルゴさんフレンド交換しない?」
「もちろん!オレっちとしても優良そうな顧客が増えるのは願ってもない話サ」
「じゃあついでにおれも」
私とアベルはアルゴからのフレンド申請を受諾。ちなみにフレンド登録をすると特定のエリアでメッセージのやり取りが出来るのだという。常時視界にUIが表示されている事を除けば現実としか思えない光景のなかで、こういう所はなんだかゲームっぽい。
「んじゃ、オレっちはそろそろ行くヨ」
「アルゴさんも先へ行くんですか?」
「ああ。ここでオレっちが出来ることはもう殆ど終わったからナ。後に続くプレイヤー達のためにやれる事がまだまだあるからサ」
「じゃあ一つだけ聞かせてくれませんか?」
「…物によっては高くつくけド、何が聞きたいかナ?」
私はアベルに目配せする。アベルは私の様子を心配そうに見つめてくる。
意を決して口を開く。
「いま、はじまりの街はどうなってますか?」
「……100コル…と言いたいところだけド、遅かれ早かれ耳には入るだろうしナ〜…コレについてはタダで教える。耳を貸しテ」
アルゴはそう言ってテーブルの中央に顔を寄せる。私とアベルもそれに習って彼女の話に耳を傾けた。
「……地獄だヨ」
アル語は難しいのです。
何か違和感がありましたら教えて頂けますと幸いです。