2022年11月18日(金)09:00
アインクラッド第1層
東側のダンジョン入り口付近の安全地帯
現在のレベルとスキル熟練度
シズク
レベル:12
スキル熟練度:
・両手槍[116]
・投剣[83]
・釣り[76]
育成傾向:
速さに寄ったパワーファイター
アベル
レベル:12
スキル熟練度:
・片手剣[108]
・盾[93]
・剛力[55]
育成傾向:
単騎で攻防を両立したタンク
沼コボルドとの死闘から暫く時間が経った。
あの戦いの後に入手した果実を村の道具屋に持っていくと、クエスト報酬としてその果実を材料にしたパイを堪能できた。かなり美味しかった上に、この果物を使用したドライフルーツの販売までしてくれた事が我々としてはとても嬉しかった。因みにこの情報はアルゴさんにそれなりのお値段で売れた。
この他にも、食料を調達するために村の池で釣り糸を垂らしたら思いの外釣れた為暫く食料や金に困ることはないだろう。そこそこ手応えのある釣り場だったため釣りスキルの熟練度も少し上がった。
それからまた暫くは付近のモンスターを相手にレベルと熟練度を上げ続け、武器スキルの熟練度がそれぞれ100を超えた。
使用可能なソードスキルが増えたことに加えて装備している武器そのものの攻撃力が上昇するボーナスが付いたことで、いよいよダンジョンに挑戦しようかということになった。
「それで、この先は何に気をつければいいの?」
私はアイテム欄を整理しながらアベルに質問する。
「そうだな〜。場所によっては武器が思うように振れないことに気を付ければいいぜ」
「あー、なるほど〜。そんなに狭い場所があるの?」
「いや、大体どのダンジョンも広いぞ。一番気を付けないといけないのは『仲間との距離』だ」
「えーっと…?」
「ちゃんと話すよ。まずは──」
アベルが説明することをまとめると以下の3点。
①.武器は触れてもたまに仲間が邪魔になる事。
②.①のために間違って仲間を攻撃することもある事。
③.以上を踏まえて今まで以上に連携が大事になる事。
①については単純だ。狭い道が多いのは勿論、通路は広くても戦闘時の仲間との距離がいつもより近く感じられるようになることだろう。そしてそれはモンスターにも言える。
ここでは私の槍は思ったより振れないかも知れない。
②についてはフレンドリーファイアの危険性について話してくれた。
③では話のまとめで、これまで以上に連携を大切にすることを注意された。
「ま、あれこれ話したけど一番大切なのは『仲間を傷つけないこと』の一言で終わるんだけどな」
「身も蓋も無いわね…」
「言っとくけど、これはシズクが考えてるよりだいじなことだぜ?」
「えぇ?どうしてなの?」
「それは今度話すよ。よっし!こっちは終わり!そっちは終わったか?」
「バッチリよ。いつでも行ける」
ストレージの荷物確認。腰のポーチやポケットに入れた薬と、私の場合は体のあちこちに仕込んだ飛び道具の点検。それらすべてが終わった。
「よし!じゃあレッツゴー!」
「おー!」
◆ ◆ ◆
同日09:30
同層
東のダンジョン内部
ダンジョン内部は思ったほど暗くない。そこかしこに光源となる光る石や何故か火が点いている壁にかけられた松明があるためだろう。通路全体は何処かから切り出したであろう石材で埋め尽くされており、全体的に人工物が多い印象を受ける。
付近をよく見ると風化しかけた生活雑貨などがそこかしこに散らばっており、ここでかつて人々が生活していたであろう痕跡が見られた。
「それにしても…本当によく出来てるものねぇ」
「そんなおもしろいものでもあったか?」
「アベルよく見て。壁とか床とかその辺に落ちてる小物とかを見ても使いまわしている素材が殆どないのよ」
このゲームを始めて暫く。私が驚いたのがそこだった。今更だが、このゲームのデータ総量がかなりの物であることが分かる。森の木々や大地を構成する土や石の一つ一つに同一の素材が使われていることが見たことが無いのだ。
もしかしたら私が見落としたものが幾つかあるのかも知れないが、それらの違いを気付かせない辺りにこのソードアート・オンラインの開発者たちの本気具合が伺える。
「うーん?それがどうしたんだ?」
「このゲームを作るにあたって、開発者の皆さんがすごく頑張ったんだなって言うのがよく伝わってくるの」
「まぁ当たり前の話だな」
「もぅ。張り合いが無いわねぇ」
「でなきゃもう一つの現実なんて言えないだろ」
「それはそうなんだけど〜」
どうやらアベルはこの手の話題にはあまり興味を示さないらしい。ひょっとしたらβテスト時代にその辺りは飽きるほど堪能したからなのかも知れないと割り切ることにした。
「それよりここには今まで出会ったことのないタイプのモンスターが出るから気をつけろよ」
「気をつけるって行っても例えば?」
「うーんそうだなぁ…コボルドが何体かとあとは…あ、アイツだ」
そう言ってアベルが指差した通路の先にソレは居た。
様々な大きさの石材を人の形に繋ぎ合わせたらこんな外見になるのだろうか。石人形はゆっくりと通路を歩きながら私たちの方へ向かってくる。
「たしかアイツがシズクが欲しがってたアイテムを持ったモンスターだな」
「確かにゴーレムっぽいけど名前が違うわね」
『アーティフィカル・ガーディアン』
頭上に表示されたモンスターネームにはそう書いてあった。『人工的な守護者』とあるが、大昔に人の手で作られた警備ロボットのようなものだろうか?
もうすぐ私たちの間合いに近付くと言うタイミングで、思った以上に高身長な事にビックリする。軽く2mはあるだろうか。地面スレスレまで下がった腕をフラフラさせながらゆっくり近付いてきた。
「弱点は体のどこかにある紋章。またはつなぎ目だ!」
「オッケイ!」
いよいよ戦闘開始。まずはアベルが石人形の間合いギリギリに入り、腕の振り回し攻撃を盾で受ける。アベルは軽めのノックバックを発生させながら私と交代。攻撃後の隙を突く形で石人形の関節部を狙う。
──ガン!ゴン!
「っ!かっったぁ…」
やはり見た目通り硬い。貫通専門のランスでは表面を多少削るくらいしかダメージが入らない。
その間に向こうも態勢を立て直したらしい。
少しかがんだ体勢で勢いよく上半身だけを一回転させるラリアットをかましてきた。
「うわっと!?」
私は石人形に張り付きながらしゃがんで回避。肩?がそこそこの高さにあったおかげでこんな曲芸紛いな回避ができた。次回からは同じように出来る気がしない。
「殴れシズク!」
「っ!アレね!」
アベルに指示された意味を汲み取り私はあるソードスキルの構えを取る。
石突の近くを両手でしっかり握り、腰を低くし野球選手がバットを振りかぶるような姿勢で一拍置く。すると槍全体が赤銅色のライトエフェクトを纏い始めすぐに私はシステムに体を乗せる。
フルスイングする要領で振り抜かれた両手槍が石人形を打ち据える。
ガァン!と大きな音を立てて石人形が大きく体勢を崩しHPバーを3割ほど削る。そこへ追い打ちをかけるように薙ぎ払う。
ガゴン!とさらに大きな音を立ててもう3割ほどHPバーを削った。その衝撃で石人形は盛大に後ろへ倒れ、その拍子に転倒時のダメージなのか僅かにHPが減るのを見た。赤銅色のライトエフェクトで彩られた二重の弧がこのソードスキルの壮絶さを物語っている。
両手槍ソードスキル二段斬り技【ペドラブル・マインド】
このソードスキルは本来斬撃属性の攻撃が可能な槍で行う中距離斬撃技だった。しかし今の私が装備している槍はランスであり、円錐型の穂先は斬撃ではなく打撃へと変わった。これによって斬撃の効果が薄く打撃が有効打となる敵に僅かながらダメージが通りやすくなった。
因みに
ドスンと仰向けに倒れた石人形にアベルが追い打ちをかける。立ち上がろうと藻掻く石人形に容赦ない打撃が与えられ、直ぐに頭上のHPバーがゼロになった。
石人形は数秒程固まった後に青い光となって四散した。
「何とか勝てたけど…」
「戦いにくかったか?」
「ええすっごく」
今までが突き主体で戦ってきた私に、ある種の試練が課されたようなものだ。この先はより一層相手をよく見て戦い方を決めていくことになるだろう。
「取り敢えず硬そうな敵は武器で殴るって感じで良いのかしら?」
「なぐっても硬いやつは硬いぜ?」
「それもそうね…」
◆ ◆ ◆
同日11:30
同層
東のダンジョン内部安全地帯
「ここでちょっと休もうぜ」
「賛成〜もうお腹ペコペコ」
ダンジョン内部の若干広めの部屋のそのさらに一角。ちょうど六角形を描くように石柱が並べられた中へアベルと入る。
「今日のお昼は宿の人に焼いてもらったお魚と…」
「道具屋で買ったドライフルーツだな」
栄養バランスも何もない本日のメニューを挟んでアベルと向かい合って座る。両手の体の前で合わせたら──
「「いただきます!」」
簡単にそう挨拶をして食事が始まる。
現実では主に食材を用意してくださった農家の人や調理を行った人。そして食材そのものに捧げるはず言葉のだが、ここでは全てが電子で再現された仮想のもの。ではこの世界における『いただきます』は一体誰に向けられた言葉なのだろうか。
「この魚美味いなシズク!」
「そう言ってもらえると釣った甲斐があるわねぇ」
「えへへ」
──まぁ、これについては考えるだけ野暮ってものね。
食事の時にアベルはよく笑う。正直なところ、この時間が私にとって一番の救いとなるタイミングかも知れない。
本当ならこの世界はこの子たちが純粋にゲームを楽しむための世界だったはずだ。それこそ食事時に限らず、いつどのような場面でも今のアベルのようにずっと笑っていられるような。
それに私だって──
「…ダメね、私ったら」
「シズク?」
「なんでも無いわよ〜」
余計な思考を振り払うように頭を振る。
私は焼き魚に舌鼓を打ちながらダンジョンに入ってからのことを振り返る。
ここへ来るまでに2つか3つ程階段を下ったと思う。
ダンジョンそのものはそこまで深いものではないらしいが、全体的に無機質な空間と視界の悪さが与える閉塞感が少しだけ精神に負荷をかけてくる。通路の曲がり角でモンスターとばったり出くわした時など、驚き過ぎて心臓が口から飛びてるかと思った。
「それにしても結構歩いた気がするわねぇ」
「ここに入って、えーっと…何時間?」
「確か9時くらいに入ったと思うから…ここまで大体2時間半ってところね」
「まだそんなに進んでる感じがしねぇなぁ」
「そう?結構潜ったと思うんだけど」
「すっごい慎重に進んだからなぁ。βテストだと同じ時間でもっと深くまでいってたぜ」
「まだまだ先は長いのねぇ…いつ頃引き返す?」
「後もう一つ階段を下りたところを探検してもどろう。暗くなるとあぶないからな」
「オッケイ」
方針が決まると同時に手元から食料がなくなる。個人的にはもう少し休んでいたいところだが、帰りのことを考えると長居はできない。アベルに従ってさらに先の通路を目指す。
「それにしてもここまでいくつもの部屋を見てきたけど、どこも宝箱が開けられてたわね」
「はじまりの街からもけっこう近いダンジョンだからな。βテスターの他にもここに来たやつは多いんじゃないか?」
各部屋に配置された開封済の宝箱を見てそんな事を話す私たち。
私達が先ではなかったことにほんの少し苛立ちを募らせながらダンジョンの奥を目指す。
「ここの宝箱って何が入ってたのかしらね?」
「うーん…おれも実はよく知らないんだよな」
「あら意外ね。アベルでも知らないことがあるなんて」
「と言うのも、当時はみんなガンガン進んでガンガン箱を開けまくってたから、そこに何が入ってたとかは全然分かんないんだよなぁ」
「な~んか悔しい話ね」
箱の中のアイテムと言うよりは、箱を開けることそのものが目的になってるのだろうか?
「ただ、ここにあるアイテムはあまり大したことはなさそうな感じがする」
「え、どうして?」
「βテストでここに入った中にはアルゴみたいな情報屋もいたからだよ。でもその連中がここのアイテムについて何も言っていないから、あまり役に立つものは無かったんじゃないかな?」
「そういうものかしら?」
「そういうもの。切り替えていこうぜ〜」
アベルに促されてさらに奥へと進む私たち。途中何度かモンスターとの戦闘を挟みながら探索を進めていくと──
「あ!ねえアベル!これまだ開いてないわよ!」
「あ、ホントだ」
「開けても良い!?ねえ開けても良い!?」
「落ち着けシズク。それに開けるのは絶対にダメだ」
未開封の宝箱を前に興奮する私を抑えるように言葉を発するアベル。
「なんでなんで!?まだ残ってたのよ!」
「だからダメなんだ。いいかシズク、これだけ開けられていたならもっと奥の方も開けられていると思う。それがここだけ開けられてないなんて『何かありますよ』って言ってるようなものじゃないか」
「ふーん…何かって何よ?」
水を差されて不貞腐れている私は、苛立ち混じりに質問を投げかける。
「色々あるぜ〜、箱に罠がしかけられてたり、箱のまわりが罠だらけだったり、箱そのものがモンスターだったり」
「よ、よーし!先に進もっかー!」
アベルの返答もそこそこに、私は会話を切り上げて先へ進む選択をした。
決して怖気付いたからではない。ないったらない。
「まぁそんな宝箱も一応開けることは出来るけど、そのためには色々必要なものが多いんだ」
「それって道具とかスキルとか?」
「まぁそんなとこ。けど今の俺たちはそんなものを入れている余裕はない。残念だけど開いてない宝箱はスルーするしかないのさ」
「グスン…でもいつかは開けてみたいものね」
「シズクってたまに変なところでスイッチはいるよなぁ…」
──放っとけ。自覚はあるんだから。
RPGの醍醐味である宝箱の存在に少しだけ、本当に少しだけ後ろ髪を引かれる思いを感じながら先へと進む。そもそも今日の目的は宝箱では無くモンスター狩りだったのだから。
だから未開封の宝箱があるからって別になんとも思わないのである。思わないったら思わないのである。
◆ ◆ ◆
同日15:15
同層
東のダンジョン深部
「や…やっとドロップしたわね…」
「ああ…ここまでやってやっと1つ目か…」
私たちは現在、ダンジョンのそれなりに深い所に潜っている。先程、石人形を倒してようやく目当てのアイテムをゲットできた。
『映像スフィアLv1』とアイテム欄に記されたそのアイテムがこのゲームにおける録画機器であることに間違いないだろう。
「説明を見る限り、レベルで画質は変わらずに時間が変化するって考えで良いのかしら?」
「おれは知らないぞ?何せこいつはNPCの店で高く売れるから、ねらってた奴が多いのを知ってたってだけだ」
「勿体ないものねぇ」
「とにかく目当ては出たんだ。どうする?帰る?」
「そうねぇ…」
映像スフィアの説明文を閉じてアイテムストレージを確認する。
これまでの戦闘でポーションと投擲武器をそこそこ消費してしまっている。今の調子でアイテムを消費していったら帰りが危うくなりそうだ。
「アイテムも心許ないし…そろそろ帰りましょうか」
「オッケー!」
時間がかかったとは言え、本命は手に入った。
これ以上は私たちの集中が続かないのと回復アイテムが心もとない。
「えっと…マップってどうやって呼び出すんだっけ?」
「メニューを開いてすぐの所に──」
──ドゴガーーーン!!!
帰りの相談をしている脇でそれは突然起こった。
私たちの直ぐ側の壁が、突然上記の擬声語を伴ってぶち破られたのだ。
「「……」」
あまりにも唐突な出来事に、私たちは壊れかけのブリキのおもちゃのような動作で音のした方に顔を向ける。崩れた壁の向こうから何かが顔を出した。
「……ンゴゴゴ」
声にならないその音は、恐らく関節の軋む音。見た目は私達が先程まで相対してきた石人形と似ているが段違いに大きい。
5m程の高さの天井にギリギリ届くか届かないかの巨躯に地面スレスレまで届くあまりにも大きすぎる腕。壁を破壊したのがこの巨大石人形だと言う認識で間違いはなさそうだ。
『アーティフィカル・スーパーバイザー』
それがこのモンスターに与えられた名前だ。雰囲気からして石人形たちの親玉的な存在だろうか。明らかにそこいらのモンスターとは一線を画す存在であることが理解できた。
しかし私たちを驚愕させたのはモンスターの名前や雰囲気に対してではなかった。
それはモンスターネームのすぐ下に表示されているHPバー。
普通のモンスターなら1本だけのそれが、目の前のソイツには
私たちが知る2本のHPバーを有するモンスターは第1層の北と南に分ける断崖の渓谷を陣取る大猪だけ。それと同等のフィールドボスクラスのモンスターが突然目の前に現れたのだ。
『緊急クエスト:同胞の無念』
また突然なことに、私たちの目の前にメッセージウィンドウが表示される。同時にクエストログが更新された。
『あなたたちは数々の守護者を打ち倒しました』
『志半ばで散った守護者の想念が統括者に届き、それは遂に起動しました』
『同胞たちの無念を晴らすべく、統括者が侵入者の駆除に動きます』
『生き残るためにこの遺跡からの脱出をお急ぎください』
ログはここで終わり、目標地点のマーカーがダンジョンの入り口に設定された。
「ンオオオオオオオオオオンンンン!!!!」
ここへ来て初めてこのタイプのモンスターの
『緊急クエストを開始します』
メッセージウィンドウが表示され、自動で閉じられる。
「走れシズク!」
「う、うん!」
アベルの判断は早かった。放心してすぐに動けなかった私の手を引っ張り、何とか統括者から距離を離そうと走り出す。
──ゴン!ゴン!
後ろから聞こえるその音が統括者の足音だと理解するのにそう時間は掛からなかった。その音は走っている私たちから一定の距離を空けて…否、少しずつ距離が近くなって聞こえてくる。
「おれたち全力で走ってるよな!?」
「きっと歩幅が大きいのよ!このままじゃすぐ追いつかれる!」
──ブゥン!!
背後から重たい風切り音が聞こえてくる。
私は咄嗟にアベルの頭を掴み一緒に地面に伏せる。
頭上を何かが通過する音がした。おそらく例の巨腕。
──ドゴアガアアアアアン!!
振るわれた腕がダンジョンの壁に当たり、がらがら音を立てて崩れる。崩れた壁が新たな石材として統括者の腕に集まり、唯でさえ逞しい巨腕が更に強化された剛腕へと変化する。
「マ、マジかよ…」
「っ!今ので動きが止まった!急ぐわよ!」
アベルの手を引いて立ち上がらせる。先程よりスタートダッシュが上手く行き初速はバッチリ。また追いつかれたら同じような攻撃が来ると予想するが、次も同じように避けられる自信はない。
──考えろ…なにか…なにか無いの!?
思考を巡らせる内に一つ気が付いたことがある。
アベルと私とでは走行時の速度が違うらしい。考えてみれば当たり前のことだが、私は自身の槍を振るいやすいように
対するアベルは盾主体でのタンクの構成のためか
つまり何が言いたいかと言うとだ。このままではアベルが先に統括者に追いつかれて危ないということになる。
──だったら私のいま取るべき手段は…!
「アベル、ちょっとごめん!」
「ぅえ?ちょ!?何するんだシズク!?」
走りながらアベルの身体を抱え上げその胴体を私の左肩に担ぐ。丁度アベルが後ろを向いている形となり、私のやりたいことの準備はできた。
「な、なあどうなってるんだこれは!?」
突然のことに戸惑っているアベルは私の肩の上で身を捩らせる。私は動かないようにアベルの胴体を担いだ左腕で思いっきり締め付けた。
「今は暴れないで!アベルは地図を見ながら出口までのナビと統括者の攻撃動作を見て!」
「っ!そういう事か!分かったぜ!」
今のやり取りでアベルは今の役割を理解したらしい。話が早くてとても助かる。
肩に担いだアベルからリリリンと鈴の音のようなSEが聞こえた。その体勢でもメニュー画面を開けることに微かな驚きを覚えるが、今はとにかく前を向いて走ることに注力する。
思った通り、速度は落ちていない。STRを中心にステータスを上げた今の私は、人一人を担いだところで機動力が落ちる事がないらしい。
元々、今回のダンジョン探索は日帰りで計画を立てていたのもあって、食料や回復薬などの消耗品は必要最低限しか持ってきていなかった。
モンスターからのドロップ品とかも考えると持ち物の空きはなるべく確保しておいたほうが良いというアベルの意見もあり、結果として所持品の重量制限にはかなりの余裕ができていたのだ。
──だったらアベルを
馬鹿げた考えではあったが他にいい考えは思いつかない。迷ってる時間が惜しいのでアベルには説明は
こうして咄嗟の考えではあったものの、アベルに統括者を見てもらいつつ出口までのナビを
「次を右!」「そこの階段登れ!」「ひたすら真っ直ぐ!」「右に避けろ!」「そこを左!」「しゃがんで!」
「っ!まだまだ…!」
脇目も振らず、後ろを振り向かず、只々ひたすらにアベルのナビを頼りにダンジョンを駆け抜ける。
後方から響く統括者の硬く重い足音がどこか遠くの出来事にも感じられる。時折重い衝撃が私の背中や胴体に響く。統括者の剛腕から放たれる攻撃から生じる衝撃波か何かだろうか。たまたま至近距離で浴びてしまったものがあり、その時にダンジョンの破片が私たちに当たり、HPバーが僅かに減るのが見えた。
──何としても攻撃の直撃は回避。それしか無い。
そう理解はできた。理解はできたが、まだ小学生の子供とは言え人を担ぎながらの回避行動はかなり負担がかかる。気が付けば私たちのHPバーは5割を下回りイエローゾーンに突入していた。
「…っ!出口は!?出口はまだなの!?」
「あと1フロア!」
「ポーションは!?」
「あと3本!」
「…っ!」
──もうそんなに減ってたの!?
口に出す余裕はなかったが、そう思わずにはいられない。こうして見るとダンジョンに深入りしすぎたということだろう。そもそもこんなモンスターがいること自体が想定外なのだから対策など立てようもない。
兎に角HPを回復しなければ。
走りながらメニュー画面を開き回復ポーションを実体化。落とさないよう注意しつつ飲み口の栓を口でかじって開封。そのまま一気に流し込む。レベルが上がってHPが増えたせいか、固定値で回復するポーションでは最大値の8割までしか回復しなくなった。今後の乱用は禁物だろう。
最後の階段を駆け上がる。通路を崩しながら追いかけて来る統括者からプレッシャーをかけられるが構わず駆ける。そもそも私に気にしている余裕など無い。
そうして走り続ける内に、私の目の前には一直線に長い通路に辿り着く。天井が統括者の身長より低い所にあるため、ここに統括者が入る余地はなさそうだ。その先に外の光が微かに見える。
「ラストスパートよ!しっかり掴まって!」
「つかんでるのはシズクだ!」
「確かにね!」
駆け抜ける。力の限り、意志ある限り。
──足を止めるな。振り返るな。今はただ前を見据えろ。
この世界にスタミナの概念は存在しないことになっている。理論上はこうして走ろうと思えばそう考え続ける限りいつまでもどこまでも走り続けることが可能だ。
しかしそれでも限界というものは確かにある。現実の肉体から精神を解放してこの世界での仮想の体を自由に動かしている私だが、どうしてもこの世界から切り離すことが出来ない現実側の体組織がある。
脳だ。
ナーヴギアは私達の脳から発せられる命令と首より下から得られる情報を延髄付近で遮断し、代わりにこの仮想空間で得られる感覚を私達プレイヤーの脳へ反映させている。
この世界で動かしている身体は、ナーヴギアが延髄部で遮断ないし回収した脳からの命令を、現実ではなくこの世界で反映させるようにしている。
ここで私が何を言いたいかと言うと、私達がこの世界で動き続ける限り現実側に居る私達の脳が活性化した状態になる。そしてその状態が長く続けばどうなるか。
──不味い…目がチカチカし始めた。意識も飛びそうになってる…
意地でも足は止めないようにしているが、それ以外の感覚が少しずつ無くなってきているのを感じる。
ある意味で現実以上の動きができるこの世界でもその情報を処理するのは現実側の脳。個人差はあれどその処理能力には限界がある。その脳が処理できる以上の負荷を加え続けるとどうなるか。その結果については
学生時代に体育系の部活動に所属していた私でさえこれだ。実に脳によろしく無いゲームだよホント。
「マズイ避けろシズク!」
「──っ!?」
走りつつ通路の右端へ大きく跳ぶ。どっちに避けろとかどのくらい避けろとかの具体的な指示はなかったからこれでいいだろう。動いてからどうしてかと疑問をアベルにぶつけようとしたところでコンマ数秒前に私が走っていたレーンを超高速で何かが轟音を伴って突き抜けていった。
一瞬だけ見えたそれは石材の塊。統括者によって砕かれたダンジョン壁が固められた物だろう。私の身長ほどの直径の大雑把に丸く固められたそれが私たちを襲った飛来物の正体だった。
この通路に統括者が入れないものだと思って油断した。奴は何としても私達を──
──考えるな!考えちゃダメだ!
思考を打ち切り前を見据えて走る。ここで余計なノイズを入れてはいけない。後ろはアベルが見ているから問題ない。
前方遠くで先程投射?射出?砲撃?された石材が通路の真ん中で着弾する。壁が崩れる音が遠くで響き、前方が土煙で覆われる。
──視覚情報が遮断された。真っ直ぐな通路に障害物アリ。崩れた壁の範囲は…何となくこっち!
通路左側のレーンへ移動。先程と同じく轟音とともに石材が射出される。今回も私が走ってた側のレーン。
前方右側は一部が崩落。出口までの距離は凡そ70m。砲撃までの時間を考えると…
「アベル!今のタイミング憶えたわね!?」
「おう!」
「グッジョブ!指示をお願い!」
少しずつ間隔の短くなる石材の砲撃。しかし前を向くしかない私と違って、統括者の動きを全て見ていたアベルには意味の無いものだった。
右へ左へ真ん中へ。アベルに指示されるままレーンを変えて走る。
残り50m。
少し晴れた土煙の中から着弾して砕けた石材が見えてくる。速度は変えずに足元に注意して走る。
残り25m。
最初の砲撃で射出された大きな石材が通路の真ん中に横たわっている。この高さなら飛び越えたほうが早い。そう判断して躊躇無くジャンプ。なぜかアベルのHPが僅かに減少するのを横目に最後の障害を突破。
「っぃてー…やべえぞ!アイツ自棄になった!」
「っ!?」
残り10m。
アベルの発した言葉の意味を考えるより早く私の身体は反応していた。
──速く…!もっと速く…!
願いが通じたのか、それとも単に火事場の何とやらで脳のリミッターが外れたのか。数値上の最高速度で走っていた私の足はここでさらに加速。
1フレームにも満たない様に感じたほんの僅かの時間だったが、私はそれに助けられた様だ。
──ゴガン!ガゴン!グガン!ゴグアガーーーーン!!!
「「うわぁーーーー!?!?」」
背後で無数の石材が着弾する。大質量の物体が着弾と同時に衝撃波を発生させて私達を吹き飛ばした。
「ハァ…ハァ…で…出られた?」
「ああ…そうみたいだぜ…」
「ハァ…フゥ…追撃は?」
「ない…みたいだな…」
吹き飛ばされた先は見覚えのある景色。朝に私たちがいたダンジョンの入口だった。
統括者の追撃はない。侵入者である私達をダンジョンから追い払った事で満足したのか、或いは管轄外に逃れた獲物を追いかける様にプログラムされていないだけなのか。
「「ハァ~……」」
盛大に安堵の息を吐き、肩の力を抜く。
「あ、ヤバい倒れる」
「し、シズク!?」
私の場合は肩どころか全身の力が抜けてしまったようだ。HPは減ってないから問題ないだろう。
それにしても視界が凄いことになってる。像が二重にも三重にもなって見え、景色もグラグラ揺れてる。よくもまあこんな状態で走り続けられたものだ。
『Quest Clear!』
そんな私の視界にメッセージウィンドウが現れる。辛うじて読めた内容はクエストクリアの表示。他には何か報酬として経験値やアイテムがあるみたいだが、そこまではちょっと確認できそうにない。あとでログを確認しようと思いウィンドウを閉じる。
これで終わったのだと漸く理解し、アベルと顔を見合わせる。
「「……」」
アベルは驚きと安堵と喜びの混ざった複雑な表情を浮かべている。対して私はどうだろうか。ハイになって変な顔をしていないといいのだが。
「スゲえ顔だなシズク」
「その顔をやめなさい」
「いや無理だな」
「後で憶えてなさいよ…と、そう言えば」
私の顔を見てニマニマ笑い出すアベル。
先程奇妙な現象があったことを思い出す。
「さっき通路を跳んだ時、なんでアベルのHPが減ったの?」
「うげ…見えてたのかよシズク…」
「そりゃ相棒の状態もしっかり見てないとだし。で、どうしたの?」
「……」
アベルはバツが悪そうに明後日の方向に視線を向ける。どういう訳か少しだけ頬に朱が差しているように見えた。
「……言わなきゃダメか?」
「もし同じようなケースで貴方がダメージを負って、それでHPが全損なんてしたら洒落にならないでしょ。だから教えて」
「……」
私がそう話すとアベルはついにそっぽを向いてしまった。しばらく待って漸く口を開く。
「……舌噛んだ」
「……あー」
「そ、その顔やめろ!」
「いや〜ねぇ〜?」
顔を真っ赤にして怒るアベル。その様子に思わず口元が緩んでしまう私。鏡を見なくてもそれはそれはすごい顔をしているであろう事が理解できた。
「アハハハ!」
「な!?笑うなよ!」
「お互い様でしょ?」
「おれはそこまで笑ってない!」
ひとしきり笑った後、モンスターとのエンカウントを最小限に留めながら拠点の村へと足を向ける。道中に今回のクエストの情報をどうアルゴさんに伝えるかを考えながら。
そろそろ既存キャラを活躍させたいところ。