呪術廻戦:昼飯の流儀──死滅回遊編   作:まだら模様

1 / 8
思いつき投稿です
短編でどうしようかなと考えています


1 ランチを求めて仙台コロニーへ

 

その日、ひろし(仮)は、自分を“昼飯の流儀を極めし男”だと信じ込んでいた。

 

 本名は別にある。

 ただ──ある時から彼は強烈に思い込むようになったのだ。

 

 「俺は……野原ひろし(昼飯の流儀)だ」 と。

 

 もちろん本人はアニメのキャラだとは分かっている。

 だが“昼飯の最適化”だけは、自分の中で真理と化し、

 人格の根っこが染まりきってしまっていた。

 

 会社も辞め、趣味というより“使命”として昼飯を探す男になってしまった。

 医者には軽い妄想気味だと言われたが──本人は至って真面目だった。

 

 だから今日も、ひろし(仮)は真剣に昼飯を追い求めていた。

 

 ただ、それだけのはずだった。

 

 仙台市内を歩きながら、彼は選択肢を吟味する。

 

 豚の生姜焼きか、鯖の味噌煮か。

 味のバランス、栄養、腹持ち。

 昼飯で人生の午後は決まる──それが彼の揺るぎない“流儀”だ。

 

「今日は……生姜焼きかなぁ……魂が求めてる気がする……」

 

 自分で言っておきながら、ひろしは首を傾げた。

 

「魂が……ってなんだよ俺……」

 

 冗談のつもりだった。

 だが、その直後に“本当に”魂がざわついた。

 

 空気の温度が急落する。

 街の音が消え、世界が息を潜めた。

 

 そして──透明な壁のような揺らぎが、道路を塞いだ。

 

「……え?」

 

 境界が締まる音すら聞こえない。

 ただ“外界が切り落とされる”感覚だけが残った。

 

 ひろし(仮)は知らない。

 だがこれは死滅回遊の結界発動だった。

 

「えっ……ちょ、昼飯……?」

 

 完全に閉じ込められたことより、

 昼飯を食べられない可能性の方が彼には深刻だった。

 

 その時──

 

 ぬるり、と黒い塊が路地に盛り上がる。

 四足獣に似た影。

 目が赤く濁り、口から黒い液を垂らした“人の顔”。

 

 呪霊。

 

 しかしひろし(仮)は叫ばない。

 別の理由で固まった。

 

「……うわ……腐った油の臭い……?」

 

 彼の感覚が異常に鋭いわけではない。

 ただ“昼飯の流儀”を拗らせすぎた結果、食の嗅覚と味覚だけが異常発達してしまったのだ。

 

 そして、その瞬間。

 

 彼の中で、また別の“勘”が動きだす。

 

 ──味読(みどく)。

 

 普通なら料理の味を読む用途の能力。

 しかし錯覚と過剰適応の結果、ひろしは呪霊の構造すら“味”として読んでしまった。

 

 呪霊が襲いかかる。

 

「昼飯の邪魔すんな──!」

 

 ひろしの腕が横に振られる。

 素人の動きだ。

 だが、次の瞬間──

 

 呪霊の体が“まずい部分から分離するように”裂けて弾けた。

 

「……何これ。脂っぽい……最悪……」

 

 ひろしは呪霊の破片を見て純粋に嫌そうに顔をしかめた。

 

 それを、背後からじっと見ている男がいた。

 

「……いまの、君が?」

 

 静かな声。

 ひろし(仮)がゆっくり振り返ると、白い装束の青年が刀を携えて立っていた。

 

 乙骨憂太だった。

 

 彼の目は警戒と驚愕の色で揺れている。

 

「君……一般人じゃないよね?」

 

「いや、俺は……“昼飯の流儀”を大切にする普通のサラリーマンで……」

 

「……普通のサラリーマンは呪霊を素手で弾け飛ばさないよ」

 

「まぁ……ちょっと昼飯のこと考えてたら、体が勝手に……」

 

 乙骨は、精神科案件か術式暴走かの判断に困って眉を寄せる。

 

「名前は?」

 

「広田……いや、ひろしで」

 

「いやどっち……?」

 

「本名より昼飯の時の俺のほうが……しっくり来るんですよ……」

 

 乙骨は頭を抱えた。

 

「えっと……一応聞くけど……野原ひろし、じゃないよね?」

 

「ちがいますよ!? でも……昼飯への向き合い方は……似てるかもしれません」

 

 乙骨は確信した。

 

 これは完全な一般人ではない。

 だけど術師でもない“危険な境界の人間”だ。

 

 そしてこのコロニーには──

 

「……魂を“料理する”術師がいる。

 人間を皿に並べて味をつけて食う……そういう異常者だ」

 

「魂……料理……?」

 

「さっきの呪霊みたいな匂い、もっと濃いやつが今この街を支配してる。

 多分、君みたいなのを見つけたら“最高の食材だ”とか言って狙ってくる」

 

 ひろしは数秒沈黙したあと、ぽつりと言った。

 

「……昼飯、食べられないじゃないですか」

 

「そこ!?!?」

 

 乙骨の声が思わず裏返った。

 

 しかしこの瞬間、乙骨は悟る。

 

 この男──

 

 昼飯のためなら、死滅回遊すら突破するかもしれない。

 

 

乙骨の白い刀が、ひろしの喉元へ向けて構えられている。

 

だが、ひろしはまるで気にしない。

その表情には、極限状況とはまったく場違いな、

「飲食店の混雑待ちに立たされた父親」みたいな余裕がある。

 

「……いやぁ、いい匂いだな。

腹が減った男の鼻は誤魔化せねぇ……店はどこだ?」

 

「……あなた、本当に“一般人”なんですか?」

 

「当たり前だろ?

俺は“昼メシの流儀”を追求する普通のサラリーマンだ。

どっかにうまいランチがあるはずなんだが……」

 

乙骨は思わず剣先を下げる。

 

(こいつ……呪霊を素手で砕いておいて『サラリーマン』……?

完全に常識が噛み合ってない……)

 

だが、彼の周囲を漂う異常な“味の気配”は、

明らかに術式のそれだった。

 

「さっきのは……どうやって呪霊を倒したんですか?」

 

「え?

ただ“味見”しただけだが?」

 

「味……?」

 

「食材を前にしたら、どんな料理でも“どの部分が旨いか”が分かるんだ。

肉でも魚でも……さっきのあの黒いやつでも、だ」

 

「……呪霊の“味”が分かるってことですか?」

 

「おう。旨味成分の流れが全部見える。

で、腐ってる部分を“整える”と──」

 

ひろしは軽く拳を握る。

 

スッ、と空気が震えた。

呪力の濃度が上下するような不自然な“味の波”が走る。

 

「こうなる」

 

「……(完全に術式……! しかも性質が読めない……!」)

 

ここに来て乙骨は確信した。

この男は、自覚なく術式を発動している。

“味読(みどく)”と“整味(せいみ)”。

明らかに呪力の作用だ。

 

周囲の空気がざわり、と揺れた。

 

「……来ます」

 

森林の影、建物の瓦礫。

その隙間から、何十体もの高速型呪霊が這い出してくる。

 

「こんな数……!

通常のコロニーの密度じゃない……これは──」

 

「……おい乙骨くん、すまない。

あれ、どう見ても“ランチ待ちの行列”だよな?」

 

「違います!! 殺されます!!」

 

「だろうな。

だが列の進みが悪いとイラつくのが男ってもんだ」

 

「(いや食事の話しかしてない……!)」

 

呪霊たちが一斉に飛びかかる。

 

「下がって──」

 

「ああ、任せた!」

 

といいつつ、ひろしは一歩前へ。

呪霊の咆哮を、まるで厨房の煙のように嗅ぎ取る。

 

「……焦げ臭ぇな。

火加減が強すぎるぜ」

 

次の瞬間──

 

ドンッ!!

 

ひろしの拳が呪霊の“最も味の悪い部分”を正確に殴り抜く。

呪霊は一点から壊れ、塩が弾けるように消し飛んだ。

 

「な……!」

 

「ほら、味が偏ってるだろ?

バランスが悪いと料理は崩れるんだよ」

 

「(料理じゃなくて呪霊です!!)」

 

二人の戦闘スタイルは噛み合いすぎていた。

 

乙骨の剣撃は高出力・直線的。

ひろしの攻撃は、まるで急所だけを“味で探る”天性の最適化。

 

どちらかだけなら押し負けていた数でも──

二人なら突破できる。

 

「ひろしさん、右へ!」

 

「任せろ! 右の“焦げ”はもう落としてある!」

 

軽口を叩きながらも、ひろしの拳は正確無比だった。

呪霊たちは次々と破裂し、まるで“出来損ないの料理”のように散る。

 

「……すごい……」

 

「おう、だが腹は減ったままだ。

このままじゃ昼メシに辿り着けねぇ」

 

「(なんでこの状況で昼メシ探す気満々なんだ……?)」

 

呪霊の波を突破した瞬間──

乙骨は異様な呪力の塊を感じた。

 

「……いまの呪霊の密度……明らかに誰かが

“寄せている”……?」

 

その時だった。

 

コロニーの奥から、

濃厚で粘ついた“魂の匂い”が漂ってきた。

 

「……む?

なんだこの……

“出汁を煮詰めすぎたような匂い”は……?」

 

「感じますか!?

あれは……強い術者がひろしさんを狙っている可能性があります!」

 

「……昼メシの邪魔をするってのか?」

 

「(マジで昼メシ基準なんだ……!)」

 

 

深い霧の向こう。

視線だけが、ひろしを舐めるように追っていた。

 

空膳一饗(くうぜん いっきょう)──

魂を“料理する”術師。

既に仙台コロニーの術師の大半を“調理済み”の男。

 

彼は静かに、

ひろしの“味”に舌を鳴らしていた。

 

 

「……面白い。

なんと濃い“旨味”……

あれほどの一般人が存在するのか……?」

 

その口角がゆっくりと吊り上がる。

 

「──お前の魂は、最高の“主菜”になりそうだ」

 

霧が閉じ、ひろしはまだ気づかない。

 

乙骨だけが、その底知れぬ気配に震えていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。