呪術廻戦:昼飯の流儀──死滅回遊編   作:まだら模様

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2話 避難場所という名の“昼メシ休憩所”

 

仙台コロニーの廃ビル。

壁は抉られ、焦げた床には呪力の暴走痕。

それなのに──

 

ひろしは迷わずイスを引いて座った。

 

ひろし

「……よし、ここなら昼メシが食えそうだ」

 

乙骨

「いや食べないでください! まだ危険です!」

 

ひろし

「そりゃ危険かもしれんが……昼を抜くほうがよっぽど危険だ。

男は腹が減ると正しい判断ができん」

 

乙骨

「(この人、呪術より生活の話しかしない……!」)

 

乙骨はひろしの隣に座りながらも、

周囲への結界感知を切らない。

来る。必ず来る。

空膳の“気配”がまるで底なし沼のように広がっている。

 

だが──

当のひろしは本気で“昼メシを食べる場所”を探しているだけにしか見えない。

 

◇

 

 

乙骨

「ひろしさん。

一度、あなたのことを整理したいんです。

さっきの能力……どうして呪霊の“急所”が分かるんですか?」

 

ひろし

「急所? いや、“味”を見るだけだが」

 

乙骨

「やっぱり味なんですね……?」

 

ひろし

「食材ってのは、旨いところから崩れる。

腐ってる部分は味が“死んでる”から分かりやすい。

さっきの黒いやつも“水分の抜けた干物”みたいな味がしたから──

まぁ、殴ったら崩れた」

 

乙骨

(……いや料理じゃなくて呪霊なんだけど……

でも説明として成立してしまうのが逆に怖い)

 

ひろし

「それに俺は“昼メシの味”を守るのが使命だからな。

昼に変なもん食ったら午後の仕事に響く」

 

乙骨

「(一般人すぎる……!!

いや一般人じゃないのに一般人として成立してる……!)」

 

◇

 

「……乙骨くん。

あれは、なんだ?」

 

ひろしが窓の外を指した。

ビルの隙間。

焼けた地面に、奇妙な“白い線”が残っていた。

 

乙骨は息を飲む。

 

乙骨

「魂……の痕だ」

 

ひろし

「魂に痕なんてつくのか?」

 

乙骨

「普通はつきません。

でも“魂を切り分けるような術式”なら──

痕跡が残ることがあります」

 

ひろし

「魂を切り分ける……?

料理の仕込みみたいだな」

 

乙骨

「(それを自然に“料理”に例えるのやめてほしい……)」

 

乙骨は膝をついて痕跡を観察する。

魂の断面がまるで“鋭利な刃物でスパッと切られた”ような均一さ。

普通の呪術ではありえない。

 

乙骨

「これをやったのは……あの“空膳一饗(くうぜん いっきょう)”という男でしょう。

仙台コロニーの術師を……もう半分以上、“調理”したという話です」

 

ひろし

「半分“調理”って……

昼メシの味が狂いそうだな」

 

乙骨

「(たぶんそういう問題じゃないんですが……)」 

 

◇

 

ふいに。

 

ひろしの鼻がピクリ、と動いた。

 

ひろし

「……乙骨くん。

この匂い……さっきと違う」

 

乙骨

「匂い?」

 

ひろし

「ああ。

出汁を煮詰めすぎて、

塩を焦がす寸前みたいな……

いや違う。

“何かを茹でた後の鍋の裏”だ。

苦味が強い」

 

乙骨

「(何その比喩……!!)」

 

乙骨が気配を探るよりも早く、

ひろしの“味読(みどく)”が反応する。

 

ひろし

「……来るぞ。

苦ぇ“風味”が近づいてる」

 

乙骨

「気配が読めるんですか!?」

 

ひろし

「味が見えるだけだ。

味は嘘をつかん」

 

乙骨

「(こいつ……本気で“味”で戦ってる……!!)」

 

◇

 

廊下の奥から、

ぬらり、と濃い呪力が漏れ出した。

 

影が歪む。

空間が波打つ。

何かがゆっくりと形を取る。

 

乙骨

「ひろしさん、後ろへ!」

 

ひろし

「おう。

だがさっきより匂いは弱いな……

“出汁の取り直し”って感じだ」

 

出てきたのは──

 

人間の形をしているが、

体の半分が“魂の断面”のまま固まった“料理された術師”だった。

 

乙骨

「これは……魂料理にされたプレイヤー……!!

空膳の仕込みの途中だ……!」

 

ひろし

「……なるほどな。

確かに“煮込みすぎ”の味がする」

 

乙骨

「(なんで味で全部説明できるんだこの人……!?)」

 

“魂料理の残り香”はひろしの味覚を刺激し、

その構造を一瞬で理解させる。

 

ひろし

「乙骨くん。

あいつは“左側が焦げてる”。

そこを叩けば崩れる」

 

乙骨

「……味でそんなことまで!?」

 

ひろし

「当たり前だろ?

料理に必要なのは観察と、

……そして昼メシへの情熱だ」

 

乙骨

「(結局そこに帰るのか……!!)」

 

◇

 

魂の断面から呪力が漏れ、

異形は突進してくる。

 

乙骨が構え──

しかし先に動いたのはひろしだった。

 

ひろし

「昼メシの邪魔をするなァッ!!」

 

振るわれた拳が、

魂の“焦げ”の一点に突き刺さる。

 

バチィィン!!

 

断面に衝撃が走り、

魂の回路が一瞬で崩壊した。

 

ひろし

「ほらな。“焦げ”を狙えばすぐ壊れる」

 

乙骨

「(いや料理じゃない……魂だ……魂なんだぞそれ……!)」

 

崩れゆく“魂料理”の残骸の奥。

新たな、もっと濃い“出汁”のような呪力が湧き出してくる。

 

乙骨

「……まだいます。

あれは──」

 

ひろし

「ああ。

今のは“味見用”だ。

本命は……まだ奥にいやがる」

 

乙骨

(空膳一饗……!

確実にひろしさんを狙っている……!!)

 

崩れ落ちた魂料理の残骸。

そこから立ち上るのは、鉄のように重い“苦味”の呪力の煙。

 

ひろしは鼻をひくつかせる。

 

ひろし

「この匂い……“煮過ぎた鍋の底”だな。

焦げの奥に、もっと深ぇ味がいる」

 

乙骨

(味で危険察知する人間なんて初めて見た……

でも、間違いなく正確だ)

 

乙骨は呪霊の痕跡を追い、ひろしは“味”を頼りに歩く。

二人の感覚が、奇妙なほど一致していた。

 

やがて、非常階段を降りた先──

 

壁いっぱいに広がる“調理紋様”。

 

魂を切り分けた痕が、不気味な料理書のように重なっている。

 

乙骨

「……空膳一饗は、ここで“下ごしらえ”を……」

 

ひろし

「ずいぶんと手間をかけてるじゃねぇか。

だが、雑味がひでぇな。

魂を扱うってのは、もっと丁寧に……」

 

乙骨

「いや丁寧さの問題じゃないです!!」

 

◇

 

壁の奥から、声が響いた。

 

「……面白い舌を持つ」

 

反射的に乙骨が刀を構える。

 

だが姿は見えない。

声だけが、ぐつぐつと煮える鍋の音のように重く、ゆるく広がる。

 

「魂を“味”で読む。

そんな術式は聞いたことがない……

もしや、お前──

特級の食材か?」

 

ひろし

「食材じゃねぇよ。

ただのサラリーマンだ。

昼休みを邪魔すんな」

 

乙骨

「(ひろしさん、その返しは挑発が強すぎる……!)」

 

声だけの存在は笑う。

 

「……ふむ。

“昼飯の流儀”か。

滑稽で、実に旨そうだ」

 

ひろし

「俺の流儀は“食って働く”。

てめぇの“調理”のせいで働く時間がなくなるのは困るんだよ」

 

乙骨

(いや働く働かないの問題じゃない!!

この人は本当に昼休みを中心に世界を見ている!!)

 

空膳の声は、ひろしに興味を示しつつも──

なぜかすぐに姿を現さない。

 

それが、乙骨には逆に嫌な予感を与えた。

 

◇

 

乙骨

「ひろしさん……この“香り”、広がり方がおかしいです」

 

ひろし

「ああ。

普通の煮込みじゃねぇ。

味が“散ってる”。

誰かを……いや、“何人も”料理してる」

 

乙骨

「……仙台コロニーの術師が半分減ったという噂。

あれ、嘘じゃないな」

 

ひろし

「そりゃ……昼メシが不味くなるわけだ」

 

乙骨

「(完全に違う問題に変換してる……)」

 

そのとき──

 

風が変わった。

 

魂の残り香とは別の、

鋭く、研ぎ澄まされた“鉄の匂い”。

 

乙骨

「……この気配は──!」

 

ひろし

「ん?

さっきより味が“辛口”になったな。

新しいヤツが来るぞ」

 

◇

 

非常階段の上部。

鉄骨を蹴り飛ばしながら影が落ちてくる。

 

真希だ。

 

真希

「乙骨! 生きてんじゃん!」

 

乙骨

「真希!!」

 

ひろし

「お……辛口の味の正体はあんたか」

 

真希

「誰だよその昼メシの感想みたいな認識!!」

 

乙骨

「真希、紹介する。

この人は“ひろしさん”。

一般人なんだけど、呪霊が見えて、

なぜか味で全部理解して、

魂料理も味で解析して、

魂の急所を味で殴って倒せる……」

 

真希

「いや一般人じゃねぇだろそれ」

 

ひろし

「俺は一般人だ。

昼にメシを食う。それだけの男だ」

 

真希

「(やべぇ、本気で言ってる……!!)」

 

乙骨

「真希、空膳が付近にいます。

声だけですが……かなりひろしさんに興味を持ってる」

 

真希

「は? 食べる気満々じゃんあの変態」

 

ひろし

「だろうな。

“味の構造”がこっちに興味津々だ」

 

真希

「味で会話すんな!!」

 

◇

 

突如、床がぐらりと波打つ。

魂の断面の壁が、ひとりでに動き出す。

 

乙骨

「……来ます!」

 

真希

「まったく、面倒な料理人だぜ……!」

 

ひろし

「味が変わった……今度のは“下ごしらえ完了”の匂いだ」

 

真希

「それ絶対ヤバい奴じゃん!!」

 

空膳の声

「……では、“次の皿”を味わうといい」

 

床が裂け、

魂で固められた“肉片の獣”が姿を現す。

 

真希

「チッ……乙骨、下がってろ!!

私が──」

 

その横を、ひろしが普通に歩いていく。

 

ひろし

「昼メシの邪魔は許さねぇ。

雑味は、取る!」

 

真希

「お前が行くのかよ!!」

 

乙骨

「味読がもう発動してる……!

ひろしさん、あれの構造が見えるんですか!?」

 

ひろし

「見える。

“旨味が詰まりすぎた部分”がある。

料理も呪いも詰め込みすぎると、

そこが壊れやすくなる」

 

真希

「いや料理じゃねぇんだが!!」

 

だが、ひろしの拳が魂の獣に叩き込まれた瞬間──

 

鮮やかに“急所”だけが砕けた。

 

乙骨

「……本当に味で見えてる……

この人、呪術というより“食の理”で戦ってる……!」

 

真希

「化け物かよ……!」

 

◇

 

獣が崩れ落ち、部屋が静かになる。

 

しかし──

空膳の声だけは、より深く、濃く、艶めいていた。

 

空膳

「……やはり“旨い”。

主菜に相応しい。

──ひろし。

次は、お前の“魂の下ごしらえ”だ」

 

ひろし

「丁寧にやれよ。

適当に料理されるのは気に入らん」

 

真希

「お前は何を許可してんだ!!」

 

乙骨

「空膳……完全にひろしさんを標的にしている……!」

 

空膳

「また来よう。

そろそろ“味の仕込み”が終わる頃だ」

 

声は遠ざかり──

その残り香だけが、濃い重苦しい“煮詰まり”の匂いを残して消えた。

 

ひろし

「……昼メシ食えなかったな」

 

乙骨

「そこなんですか……?」

 

真希

「……まぁ、いい。

この一般人(?)、たしかに戦える。

空膳の奴をぶっ叩く戦力にはなる」

 

乙骨

「真希、空膳の全貌を掴むには──

ひろしさんの“味読”が不可欠なんだ」

 

真希

「……本気で言ってんだな」

 

ひろし

「昼メシを取り戻すためだ。

俺は本気だぞ」

 

その目は、本当に“昼メシのため”だけに燃えている。

 

だがその純粋さこそが──

空膳を最も刺激していることに、

ひろし自身はまだ気づいていなかった。

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