呪術廻戦:昼飯の流儀──死滅回遊編   作:まだら模様

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2話 避難場所という名の“昼メシ休憩所”

 

仙台コロニーの廃ビル。

壁は抉られ、焦げた床には呪力の暴走痕。

それなのに──

 

ひろしは迷わずイスを引いて座った。

 

ひろし

「……よし、ここなら昼メシが食えそうだ」

 

乙骨

「いや食べないでください! まだ危険です!」

 

ひろし

「そりゃ危険かもしれんが……昼を抜くほうがよっぽど危険だ。

男は腹が減ると正しい判断ができん」

 

乙骨

「(この人、呪術より生活の話しかしない……!」)

 

乙骨はひろしの隣に座りながらも、

周囲への結界感知を切らない。

来る。必ず来る。

空膳の“気配”がまるで底なし沼のように広がっている。

 

だが──

当のひろしは本気で“昼メシを食べる場所”を探しているだけにしか見えない。

 

 

 

乙骨

「ひろしさん。

一度、あなたのことを整理したいんです。

さっきの能力……どうして呪霊の“急所”が分かるんですか?」

 

ひろし

「急所? いや、“味”を見るだけだが」

 

乙骨

「やっぱり味なんですね……?」

 

ひろし

「食材ってのは、旨いところから崩れる。

腐ってる部分は味が“死んでる”から分かりやすい。

さっきの黒いやつも“水分の抜けた干物”みたいな味がしたから──

まぁ、殴ったら崩れた」

 

乙骨

(……いや料理じゃなくて呪霊なんだけど……

でも説明として成立してしまうのが逆に怖い)

 

ひろし

「それに俺は“昼メシの味”を守るのが使命だからな。

昼に変なもん食ったら午後の仕事に響く」

 

乙骨

「(一般人すぎる……!!

いや一般人じゃないのに一般人として成立してる……!)」

 

 

「……乙骨くん。

あれは、なんだ?」

 

ひろしが窓の外を指した。

ビルの隙間。

焼けた地面に、奇妙な“白い線”が残っていた。

 

乙骨は息を飲む。

 

乙骨

「魂……の痕だ」

 

ひろし

「魂に痕なんてつくのか?」

 

乙骨

「普通はつきません。

でも“魂を切り分けるような術式”なら──

痕跡が残ることがあります」

 

ひろし

「魂を切り分ける……?

料理の仕込みみたいだな」

 

乙骨

「(それを自然に“料理”に例えるのやめてほしい……)」

 

乙骨は膝をついて痕跡を観察する。

魂の断面がまるで“鋭利な刃物でスパッと切られた”ような均一さ。

普通の呪術ではありえない。

 

乙骨

「これをやったのは……あの“空膳一饗(くうぜん いっきょう)”という男でしょう。

仙台コロニーの術師を……もう半分以上、“調理”したという話です」

 

ひろし

「半分“調理”って……

昼メシの味が狂いそうだな」

 

乙骨

「(たぶんそういう問題じゃないんですが……)」 

 

 

ふいに。

 

ひろしの鼻がピクリ、と動いた。

 

ひろし

「……乙骨くん。

この匂い……さっきと違う」

 

乙骨

「匂い?」

 

ひろし

「ああ。

出汁を煮詰めすぎて、

塩を焦がす寸前みたいな……

いや違う。

“何かを茹でた後の鍋の裏”だ。

苦味が強い」

 

乙骨

「(何その比喩……!!)」

 

乙骨が気配を探るよりも早く、

ひろしの“味読(みどく)”が反応する。

 

ひろし

「……来るぞ。

苦ぇ“風味”が近づいてる」

 

乙骨

「気配が読めるんですか!?」

 

ひろし

「味が見えるだけだ。

味は嘘をつかん」

 

乙骨

「(こいつ……本気で“味”で戦ってる……!!)」

 

 

廊下の奥から、

ぬらり、と濃い呪力が漏れ出した。

 

影が歪む。

空間が波打つ。

何かがゆっくりと形を取る。

 

乙骨

「ひろしさん、後ろへ!」

 

ひろし

「おう。

だがさっきより匂いは弱いな……

“出汁の取り直し”って感じだ」

 

出てきたのは──

 

人間の形をしているが、

体の半分が“魂の断面”のまま固まった“料理された術師”だった。

 

乙骨

「これは……魂料理にされたプレイヤー……!!

空膳の仕込みの途中だ……!」

 

ひろし

「……なるほどな。

確かに“煮込みすぎ”の味がする」

 

乙骨

「(なんで味で全部説明できるんだこの人……!?)」

 

“魂料理の残り香”はひろしの味覚を刺激し、

その構造を一瞬で理解させる。

 

ひろし

「乙骨くん。

あいつは“左側が焦げてる”。

そこを叩けば崩れる」

 

乙骨

「……味でそんなことまで!?」

 

ひろし

「当たり前だろ?

料理に必要なのは観察と、

……そして昼メシへの情熱だ」

 

乙骨

「(結局そこに帰るのか……!!)」

 

 

魂の断面から呪力が漏れ、

異形は突進してくる。

 

乙骨が構え──

しかし先に動いたのはひろしだった。

 

ひろし

「昼メシの邪魔をするなァッ!!」

 

振るわれた拳が、

魂の“焦げ”の一点に突き刺さる。

 

バチィィン!!

 

断面に衝撃が走り、

魂の回路が一瞬で崩壊した。

 

ひろし

「ほらな。“焦げ”を狙えばすぐ壊れる」

 

乙骨

「(いや料理じゃない……魂だ……魂なんだぞそれ……!)」

 

崩れゆく“魂料理”の残骸の奥。

新たな、もっと濃い“出汁”のような呪力が湧き出してくる。

 

乙骨

「……まだいます。

あれは──」

 

ひろし

「ああ。

今のは“味見用”だ。

本命は……まだ奥にいやがる」

 

乙骨

(空膳一饗……!

確実にひろしさんを狙っている……!!)

 

崩れ落ちた魂料理の残骸。

そこから立ち上るのは、鉄のように重い“苦味”の呪力の煙。

 

ひろしは鼻をひくつかせる。

 

ひろし

「この匂い……“煮過ぎた鍋の底”だな。

焦げの奥に、もっと深ぇ味がいる」

 

乙骨

(味で危険察知する人間なんて初めて見た……

でも、間違いなく正確だ)

 

乙骨は呪霊の痕跡を追い、ひろしは“味”を頼りに歩く。

二人の感覚が、奇妙なほど一致していた。

 

やがて、非常階段を降りた先──

 

壁いっぱいに広がる“調理紋様”。

 

魂を切り分けた痕が、不気味な料理書のように重なっている。

 

乙骨

「……空膳一饗は、ここで“下ごしらえ”を……」

 

ひろし

「ずいぶんと手間をかけてるじゃねぇか。

だが、雑味がひでぇな。

魂を扱うってのは、もっと丁寧に……」

 

乙骨

「いや丁寧さの問題じゃないです!!」

 

 

壁の奥から、声が響いた。

 

「……面白い舌を持つ」

 

反射的に乙骨が刀を構える。

 

だが姿は見えない。

声だけが、ぐつぐつと煮える鍋の音のように重く、ゆるく広がる。

 

「魂を“味”で読む。

そんな術式は聞いたことがない……

もしや、お前──

特級の食材か?」

 

ひろし

「食材じゃねぇよ。

ただのサラリーマンだ。

昼休みを邪魔すんな」

 

乙骨

「(ひろしさん、その返しは挑発が強すぎる……!)」

 

声だけの存在は笑う。

 

「……ふむ。

“昼飯の流儀”か。

滑稽で、実に旨そうだ」

 

ひろし

「俺の流儀は“食って働く”。

てめぇの“調理”のせいで働く時間がなくなるのは困るんだよ」

 

乙骨

(いや働く働かないの問題じゃない!!

この人は本当に昼休みを中心に世界を見ている!!)

 

空膳の声は、ひろしに興味を示しつつも──

なぜかすぐに姿を現さない。

 

それが、乙骨には逆に嫌な予感を与えた。

 

 

乙骨

「ひろしさん……この“香り”、広がり方がおかしいです」

 

ひろし

「ああ。

普通の煮込みじゃねぇ。

味が“散ってる”。

誰かを……いや、“何人も”料理してる」

 

乙骨

「……仙台コロニーの術師が半分減ったという噂。

あれ、嘘じゃないな」

 

ひろし

「そりゃ……昼メシが不味くなるわけだ」

 

乙骨

「(完全に違う問題に変換してる……)」

 

そのとき──

 

風が変わった。

 

魂の残り香とは別の、

鋭く、研ぎ澄まされた“鉄の匂い”。

 

乙骨

「……この気配は──!」

 

ひろし

「ん?

さっきより味が“辛口”になったな。

新しいヤツが来るぞ」

 

 

非常階段の上部。

鉄骨を蹴り飛ばしながら影が落ちてくる。

 

真希だ。

 

真希

「乙骨! 生きてんじゃん!」

 

乙骨

「真希!!」

 

ひろし

「お……辛口の味の正体はあんたか」

 

真希

「誰だよその昼メシの感想みたいな認識!!」

 

乙骨

「真希、紹介する。

この人は“ひろしさん”。

一般人なんだけど、呪霊が見えて、

なぜか味で全部理解して、

魂料理も味で解析して、

魂の急所を味で殴って倒せる……」

 

真希

「いや一般人じゃねぇだろそれ」

 

ひろし

「俺は一般人だ。

昼にメシを食う。それだけの男だ」

 

真希

「(やべぇ、本気で言ってる……!!)」

 

乙骨

「真希、空膳が付近にいます。

声だけですが……かなりひろしさんに興味を持ってる」

 

真希

「は? 食べる気満々じゃんあの変態」

 

ひろし

「だろうな。

“味の構造”がこっちに興味津々だ」

 

真希

「味で会話すんな!!」

 

 

突如、床がぐらりと波打つ。

魂の断面の壁が、ひとりでに動き出す。

 

乙骨

「……来ます!」

 

真希

「まったく、面倒な料理人だぜ……!」

 

ひろし

「味が変わった……今度のは“下ごしらえ完了”の匂いだ」

 

真希

「それ絶対ヤバい奴じゃん!!」

 

空膳の声

「……では、“次の皿”を味わうといい」

 

床が裂け、

魂で固められた“肉片の獣”が姿を現す。

 

真希

「チッ……乙骨、下がってろ!!

私が──」

 

その横を、ひろしが普通に歩いていく。

 

ひろし

「昼メシの邪魔は許さねぇ。

雑味は、取る!」

 

真希

「お前が行くのかよ!!」

 

乙骨

「味読がもう発動してる……!

ひろしさん、あれの構造が見えるんですか!?」

 

ひろし

「見える。

“旨味が詰まりすぎた部分”がある。

料理も呪いも詰め込みすぎると、

そこが壊れやすくなる」

 

真希

「いや料理じゃねぇんだが!!」

 

だが、ひろしの拳が魂の獣に叩き込まれた瞬間──

 

鮮やかに“急所”だけが砕けた。

 

乙骨

「……本当に味で見えてる……

この人、呪術というより“食の理”で戦ってる……!」

 

真希

「化け物かよ……!」

 

 

獣が崩れ落ち、部屋が静かになる。

 

しかし──

空膳の声だけは、より深く、濃く、艶めいていた。

 

空膳

「……やはり“旨い”。

主菜に相応しい。

──ひろし。

次は、お前の“魂の下ごしらえ”だ」

 

ひろし

「丁寧にやれよ。

適当に料理されるのは気に入らん」

 

真希

「お前は何を許可してんだ!!」

 

乙骨

「空膳……完全にひろしさんを標的にしている……!」

 

空膳

「また来よう。

そろそろ“味の仕込み”が終わる頃だ」

 

声は遠ざかり──

その残り香だけが、濃い重苦しい“煮詰まり”の匂いを残して消えた。

 

ひろし

「……昼メシ食えなかったな」

 

乙骨

「そこなんですか……?」

 

真希

「……まぁ、いい。

この一般人(?)、たしかに戦える。

空膳の奴をぶっ叩く戦力にはなる」

 

乙骨

「真希、空膳の全貌を掴むには──

ひろしさんの“味読”が不可欠なんだ」

 

真希

「……本気で言ってんだな」

 

ひろし

「昼メシを取り戻すためだ。

俺は本気だぞ」

 

その目は、本当に“昼メシのため”だけに燃えている。

 

だがその純粋さこそが──

空膳を最も刺激していることに、

ひろし自身はまだ気づいていなかった。

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