声は遠ざかり──その残り香だけが、濃い重苦しい“煮詰まり”の匂いを残して消えた。
ひろしは瓦礫に足を止め、手をポケットから伸ばす。
「……昼メシ、食えなかったな」
空腹は鋭いが、戦闘後の身体の高揚がそれをわずかに和らげていた。
真希は少し離れた場所で立ち止まり、息を整える。
「……こいつ、ただの一般人じゃない。
戦える……いや、呪術の感覚が独特すぎる」
ひろしは自然に呼吸を整え、無意識に呪力を巡らせる。
“整味──関節の可動域を広げ、反射を最適化……昼飯前の準備運動だ”
呟く言葉は相変わらず昼飯哲学の感覚そのままだ。
目の前の瓦礫から、かすかにうねる影が現れる。
空膳が残した“魂料理の残滓”だ。焦げた香りが漂い、戦慄が胸を貫く。
ひろしは無意識に“味読”を開始する。
「……焦げ臭、苦味の奥に微かな甘み……
力押しは効きにくい、カウンター主体か……」
呪力の流れを“味”として舌先で感じ取り、最適な行動を身体が勝手に決める。
真希も横目で観察し、微かに唸る。
「……なるほど。確かに、この一般人(?)の味読は使える」
残滓が再び形を変えて迫る。
ひろしは瞬時に踏み込み、微細な呪力を“一匙”として注ぐ。
触手のようにうねる残滓が不自然に揺れ、瓦礫に倒れ込む。
「……ふぅ、やれやれだな。昼飯前の調理、無事完了」
ひろしは汗を拭い、背筋を伸ばす。
真希も刃状の呪力を解きながら、小さく頷いた。
「……戦える、いや、戦力になる」
乙骨が肩に手を置く。
「……ひろしさん、これで少しでも空膳の戦力把握が進みます」
ひろしはポケットからスマホを取り出し、瓦礫の間の定食屋情報を再確認する。
「昼飯……取り戻すために、まだまだやらなきゃな」
瓦礫の隙間で漂う焦げ臭の残滓を見つめながら、ひろしは無意識に次の戦闘準備を整える。
昼飯哲学──その純粋な集中こそが、空膳との決戦の伏線になっていることに、まだ気づいていない。
瓦礫の隙間でうねる焦げた“魂料理の残滓”。
それは静かに蠢き、まるでひろしたちを試すかのように、空気を震わせる。
ひろしは無意識に体を整える。
「整味──関節を広げ、反射を最適化……」
手首を軽くひねり、肩を回す動作はまるで昼飯前の準備運動だが、実際には呪力の巡りを調整しており、彼の身体能力を飛躍的に高めていた。
真希は横で呆れたように眉を上げる。
「……この一般人、昼飯の話しかしないのに、普通に戦力になるんだな」
しかしその瞳の奥には驚きが隠せない。
ひろしの“味読”は、残滓の呪力の性質や動きを、まるで食材を吟味するかのように解析していた。
残滓が一瞬の隙を突いて、触手のように伸びる。
だがひろしの身体は自然に反応する。
「一匙──」
微細な呪力を残滓の流れに干渉させ、攻撃の軌道をわずかにずらす。
触手は互いに干渉し、動きが鈍る。
「……ふむ、焦げの奥に甘みがあるな……
力押しは効かない、反射主体で」
ひろしの思考は昼飯を選ぶかのように、自然と戦術を組み立てていく。
一方、真希はその光景を息を詰めて見守る。
「……味読……まさか、戦い方まで“昼飯感覚”で決めてるのか」
残滓のうねりが再び迫る。
ひろしは軽く踏み込み、呪力を集中させる。
“味のリズム”を読み取り、弱点のタイミングに合わせて一撃を放つ。
残滓は呻き、瓦礫に弾き飛ばされ、地面に崩れ落ちる。
「やれやれ……昼飯前の調理、完了」
ひろしは肩の力を抜き、少し微笑む。
その表情には、戦闘の疲れよりも、昼飯哲学に基づく“満足感”が漂っていた。
真希も刃状の呪力を解き、軽く頷く。
「……戦える。いや、戦力になる」
「……ひろしさん、この感覚があれば、空膳の策略にも対応できるはずです」
ひろしはポケットからスマホを再度取り出し、次の昼飯の候補を確認する。
「まだ終わりじゃないな……昼飯は取り戻す、絶対に」
瓦礫の隙間で漂う焦げ臭は、遠くに潜む空膳の気配を思わせる。
ひろしの昼飯哲学──その純粋な集中こそが、やがて空膳との決戦を決定づける伏線になっていることに、まだ彼自身は気づいていなかった。
──空膳の魂料理の残滓は、ただの戦闘相手ではなく、ひろしの能力と哲学を試す“前座”に過ぎなかったのだ。